長崎「軍艦島」

1月10日(火)

㈳日本音楽レクリェーション指導協会の理事長、堀口直子様がこのお正月にアップされた長崎「軍艦島」の現在の画像をシェアさせていただきます。

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「軍艦島」については、NHKでもかなり以前からしばしば取り上げていて、私もその島の名前からして興味をもっていましたが、残念ながらまだこの目で見たことはありませんでした。


★以下、クリックすると大きな画像でご覧になれます
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1970年代、私はまだ中学~高校生でしたが、「あすをひらく」という科学ドキュメント番組(30分)がありました。
身近なテーマを科学的に検証するその番組で、鉄筋コンクリートの建物の寿命について取り上げたことがあったのです。

高度経済成長期にどんどん建てられた鉄筋コンクリートの建物。しかし川砂利が取れなくなって代わりに海の砂を使うようになり、よく洗ってもどうしても塩分が残る。それが鉄筋を錆びさせる、耐久年数はどれぐらいなのか…というお話し。

そこで軍艦島の調査の話に。海に囲まれて常に強い潮風にさらされている軍艦島の建物は、都会でのコンクリートの老朽化を、時間を縮めて観察できる、ということでした。

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それから40年以上たった現在の軍艦島の姿…

かつて炭鉱でさかえ、学校やショッピングセンターもあり、家族とともに生活の場だった「街」…かつてここに住んだ人は感慨深いものがあるでしょうね。



今から12年前の夏、「長崎被ばく60年メモリアルコンサート」で初めて参加したオーケストラ。
障がいのある方とも「ともに生きる」をテーマとして活動し、その後「音楽の力」「せめて私にできることを」と思うに至った、私にとって原点ともいえるのが長崎の地。

そのコンサートのあと、家族で長崎から船で周遊したことがありますが、そのコースからは軍艦島を見ることはできませんでした。

その軍艦島の今(=このお正月)の画像をFBにアップされていたのが、偶然にも昨年認定試験でお世話になった㈳「日本音楽レクリェーション指導協会」の理事長、堀口直子様でした。

堀口様には快くご了解いただいて画像を拝借しました。ありがとうございます。


<堀口様からの紹介文>

帰省中の元旦に世界遺産の軍艦島に上陸!
明治23年から炭鉱都市として栄えた、人口密度は東京の9倍で世界一の街。最盛期は5200人が住んでいました。大正5年に日本初の鉄筋コンクリートの高層住宅が建設され、幼稚園から小中学校、映画館まであったそうです。
三菱がこの島を買い取り開発が開始されてから40年前に閉山。日本の経済発展の歴史が詰まった軍艦島(端島)、ぜひ、一度足をお運びください。感動します。

軍艦島の名前の由来は、軍艦「土佐」の姿に似ているからだそうです。

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三菱重工業のクレーン上部の、ひし形の三菱マーク。白い部分の面積はテニスコート一面分だそう。
いかに大きいかがわかりますね。こちらでは16万トンの船が作れるようです。



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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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