時間を有効に使おう!

10月15日(土)

きのう(金)、午後早く仕事が終わったので、原宿~表参道を少し歩き、行きつけの楽器屋さん(KAWAI)へ寄り、問い合わせてあった楽譜を入手。

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この原宿駅の駅舎も、東京オリンピックの波で駅の改装が言われていますが、なんとか残してほしいものです。

ケヤキ並木はまだ色づいてませんでしたが、この風景を見ると私はなぜかほっとします。学生時代からの古巣です。

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同潤会のアパートも、何年か前の再開発で姿を消し、ガラス張りの近代的な建物に生まれ変わりましたが、原宿駅から一番遠いこの一か所だけ、昔ながらのアパートが姿をとどめています。

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帰宅後すぐに楽譜をコピー、貼り付け、夏物のジャケットをクリーニング店に出し…

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夜は、久しぶりに去年までお世話になった国立音楽院に顔を出し、講師としていらしてる指揮者が手掛けておられる「ボレロ」にピアノ伴奏で参加させていただき、そのあと焼き鳥屋で歓談…

平日の午後がとっても長く有効に使えました。


ちょっとした時間にできる、小さなユニット

1日は24時間。仕事もある、寝る時間も大切。でも、やらなければいけないこと、やりたいことはたくさんあるものです。
寝る時間以外に、せめてあと〇時間欲しい…そう思ったことはありませんか?

私も学生時代からどれほどそう思ったことか。
それを防ぐには、無駄な時間をなくすしかありません。

ひとつは不確定なことを待つ時間。相手あっての予定で、相手の都合や流れによってどうなるか分からないと、それまでの時間が「待ち」になってしまいます。かといって、人との接触を断つわけにはいかない…

不確定な時間(待ち時間)にできることを日ごろから見つけておくのです。
何かを作る、何かを書く、何かを調べる…なにかやろうと思ったら、そのことを1~10まで完成させることのできるまとまった時間がないとできないと思いがちですが、そうではないのです。そう思うから何事も取り掛かれないのです。

1時間でも、30分でも、ふとした時間にできることはある、いやできるようにしておくのです。
事前に調べておくこと、作業のための準備、「今日(いま)はここだけやろう」…といった「小さなユニット」に分けておくのです。



たとえば、次の演奏会に向けて交響曲を1曲覚えるとします。学生の頃は、もらったパート譜、ポケットスコア(総譜)、筆記用具、打楽器の練習台…すべてを手元にそろえ、1日何時間も部屋にこもって向き合うことができましたが、社会人になるとそれは無理ですね。じゃ、やること自体が不可能なのでしょうか?…そんなことはありません。

やる曲のCDを入手して、何かをしながらでもいいから、まずは聴く。
パート譜をもらったら、のりづけ製本。めくりの箇所を確認、スコアと見比べて練習番号や繰り返し等をチェック。
ポケットスコアに、練習番号ごとにタテに赤線を入れ、入ってくる楽器に印をつけるなど、見やすくしておく。

…そうした準備作業をちょっとした時間にやっておけば、学習の準備が整います。

「よし、きょうは1楽章」と決めたら、パート譜を見ながらじっくり聴く。2回目はスコアを見ながら聴く。
1楽章だけなら10分程度。それを2~3回繰り返して聴いても30分。集中力も十分もつ時間です。
通勤電車の中でポケットスコアを眺めただけで、どんな音楽かが鮮明に浮かぶようになってるはずです。

同じように2楽章、3楽章…と、1週間もあればだいたいの骨格はつかめるはずです。
あとは、難しい箇所を練習台に向かって練習。手首を柔らかく、曲・音に対するイメージを…

ちょっとした時間にもできることはあるのです。
それをやるかやらないかは、精神論だけではありません。すべてまとめてやろうとせず、ちょこちょことできる小さなユニットに分解してやっていくのです。


「ながらラジオ」はできでも「ながらテレビ」は難しい!

かかっているテレビをついつい観てしまって気づいたら…ということ、多くないですか?

放送関係の職場では居室でも1日じゅうテレビがかかっています。それは当然なことですね。でもやるべき仕事はある。テレビがかかっていてもそっちに気を取られることなく仕事をする。きょうの出来事や緊急のニュースはすぐに飛び込んでくる、まさに「ながらテレビ」です。

自宅で、子どもたちがDVDを見ています。これも当然のこと。一緒に観たいなと思えば一緒に観ればいいし、自分のやることがあるならテレビの前を離れて自室に行けばいいだけのことです。
でも、自室でテレビをつけてしまうと、私の場合「ながらテレビ」は難しいのです。

FMやCDを流しながらなにかをやることはできます。もっとも、なにかを集中して考えたい、楽譜を書きたい時にはあらゆる音が邪魔ですが、わりと単純な作業の場合、あまり煮つまったり気分が滅入らない程度の適度はBGMがあった方が良いことはあります。深夜にシーンとした中で勉強するより、ラジオを聴きながら勉強した方が気分も乗ってはかどる…「ながらラジオ」の効果ですね。

でもテレビをつけてしまうと、そうはいかなくなります。視覚と聴覚の両方を持っていかれますから。

いったんテレビの電源を入れると、よほど何かお目当ての番組をやってない限りいろいろとチャンネルを変えてみます。とくに何かを観たいというわけではなく、その時の気分でなんとなく観たいものを探しているんですね。

ドラマ、グルメレポート、ワイドニュース、クイズ形式のバラエティ…etc
次から次へと流しそうめんのように流れてくる番組たち。もちろんその番組を作っている人たちの苦労もあるわけですが…

かかってるとついつい観てしまうのがTV。
その先を知りたいところでCMが長く入り、手の込んだCMもつい見入ってしまい、番組に戻ったと思ったらまた違う話題から始まったり…、くだらないな~と思ったりイライラしながらも、時間はどんどん過ぎていきます。

国会中継で、質問の答えにならない答弁を聴いているとイライラしてきてチェンネルを変えます(笑)
テレビの電源を切る(=テレビを見るのをやめる)のではなく、チャンネルを変えるという行為は「他にもっとましな番組はないか」と探す、いわばテレビへの依存は続いているわけです。


テレビの「だら見」をやめる!

ある曲について調べたい、耳コピしたい、ちょっと練習もしたい…勤め帰りの電車で思っていたこと、考えたいことが、テレビをつけたとたんに吹っ飛び、気づけば何時間も無駄にしている…なんともったいないことでしょう。

私は部屋に戻って、天気予報をやってないかな、なにか事件か事故のニュースでもあったら…となんとなくテレビのスイッチを入れる習慣を断ち切りました。

このなんとなくスイッチオンによるテレビの「だら見」を断ち切ることで、人生限りある時間がかなり有効に使えるようになるはずです。

ある時間帯のニュース番組だけ観る、ドキュメントなど「これは見たい」と思った番組だけをチェックして観る…そうした自己管理をして観ることです。
そして観るときは、ちゃんと集中して中身までしっかり考えながら観るのです。

だら見はしないで、自分の意志でテレビと積極的に付き合う、ということです。

袋菓子を開けて、そのまま手を突っ込んでポリポリ食べ続け、気づいたら空っぽ…という食べ方ではなく、いま食べようと思う分だけをお皿か紙に出して、袋は閉じる…それに似てるかもしれませんね。

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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