シン・ゴジラ

9月12日(月)

「シン・ゴジラ」、ついに観てまいりました!

学生たちの夏休みが終わる9月になってからと思ってましたが、土日はなにかと予定が入ったり、都合のつく上映時間枠はけっこう満席だったり…
週明け早々の平日の夕方、ぽかっと時間ができたので、即決で行ってしまいました!

まだ上映中ですのでくれぐれも「ネタバレ」にならないように…

シン・ゴジラ20160912


日本(人)にとってのゴジラ

さかのぼること1954(昭和29)年、第五福竜丸がビキニ環礁での水爆実験による「死の灰」を浴びました。日本にとってヒロシマ・ナガサキに次ぐ第三の被ばくです。
第一作の「ゴジラ」は、この年の11月3日(文化の日)に封切られました。核の放射能を浴びて太古の恐竜が突然変異を起こして日本を襲う…という設定です。

「明るい未来を拓くエネルギー」として「鉄腕アトム」に象徴される「原子力」と同じ化学反応でありながら、人類にとっての脅威の「核」。ゴジラは「核の脅威」の象徴なのです。

人類が生み出した科学技術の矛盾によって誕生し、南から日本に上陸して都市を襲うゴジラは、戦時中の記憶もまだ残る日本人にとっては「空襲」の再来とも、さらに「台風」「地震」「津波」といった自然災害の恐怖とも重なる恐怖の象徴であり、日本(人)にとって切っても切れない存在。

そして襲いかかるゴジラと向き合う日本人の姿(=ゴジラが戦う相手、ときにゴジラ以外に別の怪獣が現れることもある)は、その時々の日本が直面する社会問題・矛盾の象徴です。
(公害問題が深刻な時代の「ゴジラ対ヘドラ」、コピー時代の「ゴジラ対メカゴジラ」、バイオと生命倫理が問題となっていたころの「ゴジラ対ビオランテ」…など)

これについては、「ゴジラの来る夜に」(高橋敏夫著)を参照しつつ、以前このブログでも紹介しました。
→ 「ゴジラと日本人」

つまりゴジラ映画は新作が作られるたびに、その時々の日本が直面する大きなテーマと重ね合わせて描かれているのです。

今回も「まったく新しいゴジラ」とされながらも、最後のタイトルバックに流れたのは伊福部昭さん作曲の歴代のゴジラの懐かしいテーマ音楽のメドレーでしたし、最後に出る「終」の書体も、モノクロの昭和時代の映画を思わせるレトロなものでした。


今回のシン・ゴジラをどう観るか


「ネタバレ」にならないように書くのは難しいですが…

登場人物・ストーリー展開・結末には触れず(←すでに他でネタバレしてるでしょうが…)、私なりにとらえた映像表現・象徴されているテーマについて書こうと思います。

まず、今回のゴジラ映画は、これまでのゴジラとは違うまったく新しいものだと聞いていました。
それは…


*CG主体の表現

これまでのゴジラ映画では、ゴジラが破壊する都市や自衛隊の戦車ではミニュチュアが主役でしたが、いまはもう完全にCGの時代になったんですね。
実在する地域の実写とCGとの合成によって、リアルに描かれています。

おりしも昨日は9.11、また東日本大震災と津波以来、各地での大規模災害を彷彿させるリアルな描写もありました。


*未知なる、新たなゴジラ

今回のゴジラは、これまでのシリーズもののゴジラが再び日本を襲う設定ではなく、まったく未知の海底の巨大生物が出現するという設定になっています(→結局のところ「ゴジラ」になるんですが)。ハリウッド映画にもなった「GOD-ZILLA」、つまり「神」「恐竜」という意味が今回のネーミングにも生きています。

この2点は、この映画を見る前からバレていたことですから問題ないでしょう。

で、今回ゴジラと向き合う「現代の日本」を象徴するテーマとは?



*政府の危機管理

前半、巨大生物の出現・上陸・対応策…そのすべてが「官邸用語」によって進行されるイメージです。
いかに省庁の縦割り・前例主義では何の対応もできないか…
「想定外」というキイワードもしばしば登場します。

ゴジラ映画と言えば自衛隊が大活躍するのはお決まりの伝統ですが、自衛隊が出動する前の政府の決定までのプロセス、記者発表で何というか、政界の舞台裏…ここまで風刺的に(?)描いたのは初めてでしょう。何度となく吹き出してしまいました。


*放射性物質・冷却

いうまでもなく、福島第一原発の事故以来すっかり定着した放射性物質、いまの日本が直面する最大の不安・脅威のキイワードです。
「シーベルト」という放射線量を示す単位が頻繁に登場するのも、これまでのゴジラ映画にはなかった点です。
もうひとつ、放射性物質の根源(=ゴジラ)への対応策として、「冷却(凍結)」も重要なキイワードとなります。


<対比的な2極のテーマ>

*「アメリカ・国連」と「日本」

日本を襲うゴジラに対して、これまでは日本が独自に戦ってきました。
しかし今回は、アメリカが深く関与してきます。そして国連の決定や多国籍軍も…
グローバルな視点で、日本は国際社会の協力なくしてはやっていけない、という面を描いています。
しかし、「戦後は続くよどこまでも」…結局のところアメリカの言うなりにするしかないのか…?


*「新」と「旧」

前例のない想定外の危機に直面して、政府内・各省庁の思惑によって、さらにアメリカからの力によって動くしかない日本政府のトップ(=旧)。
それに対して、各省庁内の「変人・オタク・一匹狼」たちの寄せ集めともいえるような若い頭脳チーム(=新)。
日本の将来はどちらに託されるのか…?


*熱核攻撃か、それとも冷却・凍結か?

単体で増殖するゴジラを壊滅させるべく、核による攻撃の道を選ぶのか、それとも冷却・凍結か…?
アメリカや国連に頼ってその指示に従うのか、日本で独自の解決策を見出すのか…?

これは今日の日本に突きつけられている究極の選択であり、また人類に突きつけられている原子力とどう向き合うかというテーマそのもののように思えます。

原子力(=核)に対して人類はどう向き合い、どういう選択をしていくのか?
さらに「核の脅威」に対して「核武装」によって制していくのか、それとも「冷却」という他の解決の道を見出すのか…?


日本は、ゴジラ(=核の脅威)と共存していくしかないのでしょうか…?

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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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