71年目の終戦の日に…

8月16日(火)

◆日韓 「未来志向的な関係」へ?

戦後71年目を迎えた「終戦記念日」、韓国では「解放記念日」、韓国のパク・クネ大統領は演説で日韓関係について「未来志向的な関係を作っていかねばならない」と述べました。またこれまでで初めて、日本による従軍慰安婦問題に触れませんでした。

「未来志向的な関係」という表現は、昨年安倍総理も口にしていました。

安倍総理や新しく就任した稲田防衛大臣が今年の終戦記念日に靖国神社に公式参拝しなかったこと(配慮)も関係があるのか…?
あるいは昨年末の12月28日に外務大臣が韓国を訪問し、過去の従軍慰安婦問題に対して「心からの謝罪」が伝えられたことも影響しているのか…?
今は北朝鮮のミサイルや核開発の脅威もある中で、日・米と協調していかなくてはいけない時だという認識も当然あるでしょう。

一方、韓国の要人たちが竹島に上陸。しかし韓国のメディアはこれを「せっかく日韓関係を改善に向かわせようというこの時期に、好ましくない」と報じました。
日韓関係にやや明るい兆しが見えてきているのではないか、という希望は持ちたいと思います。

しかし、これら韓国側の動向が何を意味するのかは、あくまで憶測の域を出ません。
韓国の動向に憶測で一喜一憂したり、予想屋のような見方で政局を論じるよりも、私たち日本人は、日本の過去にきちんと向き合い「あの戦争は何だったのか?」を問いかける必要があると思います。それなくして「未来志向」はあり得ないと思います。

これまで数年にわたって、とくに夏のこの時期にこの「★アジアの中の日本の過去」というカテゴリーに書いてきた記事をあらためて振り返りつつ、総括してみたいと思います。


過去の罪は消えない

パク・クネ大統領はきのうの式典とは違う場で「加害者と被害者との関係は千年たっても変わらない」とも述べています。
決して過去のことを許しているわけではなく、罪の赦しはそんなに簡単なものではないのです。
昨年末、12月28日に岸田外務大臣が韓国を訪問し、過去の従軍慰安婦問題について「心からのお詫び」を伝え、慰安婦支援団体に10億円の資金提供を申し出ました。
→ 年末の日韓外相会談に思う

しかし、それで直ちに「慰安婦の像」を撤去できるものではありません。過去の傷はそう簡単には癒えない現実があることを知るべきでしょう。戦争の歴史とはそういうものなのです。


靖国神社とはどういう場所か?

靖国神社を閣僚が参拝するたびに、中国や韓国は激しく抗議します。
それはなぜなのでしょうか?

多くの日本人は「(靖国神社には)A級戦犯も一緒に祀られているから問題なのだ」という認識を持っているのではないでしょうか?
政府関係者の間でも、靖国神社からA級戦犯だけを分離すべきではないか、という議論もあるぐらいです。

しかし私は、問題の本質はそこではないと思っています。過去のブログ記事でも何度となく書いてきました。

靖国神社は、戊辰戦争で皇軍として戦った人たちの霊や、明治以降の戦争に出征して散っていった軍人たちの霊が「英霊」として祀られている場所です。
つまり「お国のため」に戦って亡くなった日本人の軍人だけが「神様」として祀られているのです。

きのうも多くの閣僚が靖国を参拝し、「今日の発展の犠牲となった人たちに敬意を表する」と口をそろえます。

しかし戦争で犠牲になったのは日本の軍人だけではありません。
子どもやお年寄りなどの非戦闘員(民間人)、さらに朝鮮半島(今日のような北・南の境はない)から強制的に連れてこられ、日本のために戦わされ、犠牲となった多くの方たち…

そういうすべての戦争の犠牲者の霊は靖国神社には祀られていないのです。

千鳥ヶ淵にある「無名戦没者の慰霊碑」や、東京大空襲の犠牲者の慰霊碑、あるいは朝鮮半島から日本に連れてこられて犠牲となった人たちの慰霊碑(広島や沖縄にある)に花をたむけ、手を合わせ、「あの戦争の過ちを二度と繰り返してはいけない」と黙とうをささげるなら、アジアの人たちも怒るはずないのです。

それをこともあろうに、日本の軍人だけが「英霊」として祀られている靖国に閣僚が公式に参拝するから問題になるのです。
見方によってはかつての軍国主義、ひいては戦争を美化しているとも受け取られるわけです。

また、過去の戦争を「やむを得なかった」ととらえるとき、「日本を守るための戦い」に導いたA級戦犯も一般の軍人も同じく「英霊」となってしまうのです。そこが問題の根本だと私は思うのです。

その根本を認識することなく、参拝が公式なものか私的なものかを弁解したり、かつての小泉首相のように「心の問題だ」とか「内政干渉だ」などと発言するに至っては、アジアの人たちの逆鱗に触れるのです。


「靖国で会おう」を合言葉に…

靖国の桜

私の知人にも、親族が靖国に祀られている人がいらっしゃいます。
「靖国で会おう」を合言葉に散っていった若い特攻隊員たちの遺族、戦友たちが、しずかに靖国神社を参拝して手を合わせること自体は問題ありません。

桜も美しい場所です。また夏の御霊祭(みたままつり)も幻想的で美しいです。一般人が靖国を訪れることについて外国からとやかく言われる必要はありません。

私は、アメリカから知人が来日した時、ご本人の意向もあって靖国神社と資料館にご一緒したこともあります。戦争についてあらためて感じ、考える場所だと私は思っています。


御霊祭

2013年4月のブログ記事をあらためて
→ 閣僚が靖国参拝 またしても日韓・日中に亀裂


そもそもA級戦犯とは何か?

私の認識は上記の通りですが、閣僚の中にも「靖国にA級戦犯が合祀されているのが問題だ」「A級戦犯は分けてはどうか」といったことを真剣に口にする人たちがいます。

ではお聞きしたいのですが、A級戦犯とはそもそも何なんでしょうか?
 
戦後GHQによって東京裁判が行われ、「平和を乱した罪」に問われた「戦犯」のうち、とくに重い罪に問われ処刑された人たちですね。

しかし、東京裁判の場で、アメリカ人の弁護人から「そもそも戦勝国が敗戦国の戦犯を裁くことが妥当なのか?」という動議が出されていたという事実をご存じでしょうか?

戦勝国も敗戦国も、戦時下においては非人道的なことを行うのは戦争の常です。国際法において「戦争」そのものを「有罪」とは定めていないのです。そもそも「戦犯」とは何なのでしょうか?

2013年8月のブログ記事
→ あの戦争は何だったのか?(1)A級戦犯とは


「あの戦争は何だったのか?」を日本人自らがきちんと検証し、反省すべきことを反省し、その後の教育を通じて歴史を正しく伝えてきたといえるでしょうか?

軍部のみならず、教育の場においても、一般社会の中でも、戦争反対を唱えたり、命を大切にしよう、文化を守ろうなどと口にしようものなら「非国民」と呼ばれたあの時代、あの流れは何だったのか…?

GHQ(アメリカ)によって裁かれたごく一部の者だけを「悪者」にして幕を引き、戦後の復興、経済成長に向けてひた走ってきた。その延長にあるのが今の日本ではないでしょうか?

何か起きても「ことの本質」を見ようとしない、誰も追及しない、誰も責任を取らない、無責任大国ニッポン。そしてまた同じ過ちの歴史を繰り返すのではないか、という危惧へ…

同じく2013年8月の記事の「つづき」
→ あの戦争は何だったのか?(2)誰も責任をとらない



原爆はなぜ投下されたのか?

昨年の8月には「原爆はなぜ投下されたのか?」という記事をアップしました。

今日でもアメリカ国内には「戦争を早く終結させるために、原爆はやむを得なかった」とする世論が根強くあります。
しかし現実はそうではないのです!悪魔のシナリオがすでにできていたのです!

核分裂反応のしくみが分かり、それを活用すれば恐ろしい大量破壊兵器ができるということは、日本が真珠湾攻撃を決行して太平洋戦争がはじまる前に分かっていました。
原爆を最初に作り、完成させ、日本に投下したのはアメリカでしたが、もしかしたらドイツあるいは日本が先に原爆を開発していたかもしれないのです。

マンハッタン計画はいつ始まったのか、太平洋戦争はどう深みにはまっていったのか?
ヤルタ会談において話し合われた戦争の終結と戦後処理、8月にはソ連が参戦するという情報。それと並行して、原爆の最初の実験、投下への計画。

間もなく完成する原爆をアメリカの手によって実戦で使用し、人体実験も兼ねてその脅威を世界に知らしめて戦争を終結させたい、ソ連より優位に立ちたい、というアメリカの思惑。
ドイツがすでに降伏しているため、それが実施できるのは日本しかありません。原爆が完成するまで日本には戦争状態を続けさせておく必要があったのです。

ポツダムの会議室

そのために日本が絶対に受け入れないであろう「無条件降伏」をポツダム宣言に掲げ、最初の原爆の実験の成功を見定め、ソ連が参戦する日もにらんで投下する日を決め…その綿密なタイムスケジュールによって起こるべくして起こったヒロシマ・ナガサキの悲劇

本当に「あの戦争はいったい何だったのか?」を根底から考えさせられます。
→ 原爆はなぜ投下されたのか?



若い女優・石原さとみさんが、ドキュメント番組のインタビューを通じて元日本兵の小野田さんや被爆者らと会う機会があったそうで、 「戦争をくりかえさないために日本は…」 という思いを書かれていました(15日朝日新聞デジタル)★注)

戦争体験のない世代が圧倒的多数を占める今日ですが、間接的にでも戦争体験者の話を耳にしたり、戦争の記録などのドキュメント番組を見たり、本を読んで、何かを感じ、考えるきっかけとすることはできるはずです。

「平和を守ろう」「平和憲法を守ろう」「戦争には絶対反対」…それらを「政治的な発言」として口をつぐんではいけないと思います。

一人一人がちょっとした想像力をもって「あの戦争は何だったのか?」を考えることの大切さをあらためて思います。


★注)
石原さんのようにしっかりした人もいらっしゃる一方で、同じぐらいの年齢(29歳)の方の中には、「お寺」「神社」の区別もつかない人や、ナチスヒットラーの名前すら知らない人も現実にいることを知っています。
そういう人に、「靖国神社にはお墓はないんだよ、死者が埋葬されてるんじゃなくて、祀られてるんだよ」といっても話は通じません。日本とともに同盟国として戦っていたドイツとの戦後の比較の話もできません。困ったものです。

小学校・中学校レベルの「情報としての知識」の問題ではなく、そういうことをふだん考えたことがない、口にしたことがない、思考回路に痕跡がまったくない ことに問題があると思います。

特定の誰かの批判ではありません。でも現実にその程度の人もいらっしゃるという前提で、情報はなるべくわかりやすく「考える材料」として提供していかなくてはいけないと痛感します。


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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