舛添知事の辞任で「幕引き」!? ~民主主義の本質とは?~

6月15日(水)


東京都の舛添知事の政治資金をめぐる疑惑問題。ついに知事の「辞任」という形で決着がつきました。

海外出張の費用があまりにも高すぎることが指摘されてから2か月以上、正月の家族旅行先に「関係者」を招いて「会議」を行ったという不自然な公費の出費、湯河原の別荘への公用車利用、美術品を「資料」として購入…次々と政治資金をめぐる疑惑が浮上し、連日の報道で舛添氏の話題が出ない日がない状況が続きました。

東京都民だけでなく国民的に怒りと批判の目は日に日に高まり、舛添氏の公私混同ぶりや答弁の曖昧さはだれの目にも明らかだったので、私はあえてこのブログで話題にすることは避けてきました。

しかし、NHKホールでのベートーヴェン「第九」のコンサートに家族同伴で来場する際に公用車を使ったことが追及されると「東京の音楽政策のため」という言葉が飛び出しました。
「音楽政策」などという言葉、初めて聞きますし、第九を2回聞いたからといって、東京の音楽政策を語れるのか…?

個人のプライベートな時間に個人のポケットマネーで楽しんだことからも、公務へのヒントを探るのが常識ではないのか? 
いくら追い詰められての苦しい答弁とはいえ、なんでもかんでも「公務」とするこの発想こそ「公私混同」であり、ひたむきに音楽に向き合っている多くの人たちへの侮辱だ、と怒りがこみあげました。

そしてついに、15日に「辞任」へ。

「舛添都知事辞任!」の号外も出ると、3万件を超える苦情が寄せられていた都庁の電話やFAXも急に静かになったそうです。

たしかに舛添氏の数々の不正、公私混同は許されるものではないと思います。
しかし、あまりにも器の小さい、せこい、ひとりの政治家の公私混同を糾弾し、辞任が決まったら「よしよし、めでたしめでたし」で幕引きにして良いのでしょうか?


◆野党が提案した「百条委員会の設置」が、過半数議席を占める自民党の反対によって否決!
不正疑惑に対する追及はけっきょくなされないまま…?


政治とカネの決着は?
舛添氏は「給与の全額を辞退しても構わないので」と条例案を出して続投を懇願していましたが、辞任が決まった段階で条例案は白紙撤回。けっきょく夏のボーナス380万円と、退職金2200万円は支払われることに…?

民間でも一般の公務員でも、不祥事を起こして懲戒免職もしくは依願退職となったら、退職金なんかもらえませんよ、ふつう!
自主的に辞退して全額返納すべきだし、今後「不祥事によって辞任する場合は退職金は支給されない」といったルール化をすべきです。


◆舛添氏の手を取って「この人しかいないじゃありませんか!」と叫んでいた安倍総理をはじめ、強く擁立してきた自民・公明の連立政権の任命責任はどうなのでしょうか?

舛添氏が最後の最後までしがみついていたリオ五輪の閉会式、「9月まで猶予をいただきたい」という言葉を受けてぎりぎりまで調整を図っていた自民党東京都連。
野党がそろって「不信任案」を出したら「ノー」とは言えない状況から、都議会の過半数を占める自民党議席の辞任勧告によって決着した形になりましたが、見え隠れするのは1か月後にせまった参院選で、有権者の批判が自民党に向かないようにすることが狙い。

不信任決議案では、知事の辞職もしくは議会の解散という2つの選択肢がある。ならば、百条委員会には反対して責任追及はこれ以上しないようにしてあげるから、ここで「辞任」してくれ、と舛添氏を説得したのではないか…?
つまるところ疑惑の真相解明=政治倫理・責任追及よりも、議席の安泰および次の選挙が大切?

マスコミが騒ぎすぎともいえるほどの舛添氏個人への怒りや批判よりも、私はむしろその背後にある力・しくみこそ「本丸」だと思うのです。


~民主主義の本質とは?~

与党だけで過半数議席を占めてしまう問題点

各党からの「不信任案」の提出→可決成立によって知事の辞任もしくは都議会の解散か、という選択肢もありましたが、結果的に知事自らが辞任する形で都議会の解散・再選挙はなくなりました。

よって、「百条委員会」設置があっさり否決されてしまったように、自民・公明で過半数議席を占めてしまっている現状は変わらないままです。私はこれこそが最大の問題だと思っています。

それは都議会に限らず、国会においても同様です。

選挙前には「経済対策」だけを表面に掲げ、政権の座を獲得したとたんに安保法制、集団的自衛権の行使容認、憲法改正、社会福祉の切り捨てや派遣法の改悪、武器輸出の解禁、法人税の減税と消費税造成…etc.

よくもまあ次々と、国民・世論の反対を無視して大企業(経団連)ばかりを優遇して弱い国民を切り捨てる政策を推し進めてきたことでしょう!
それも、国会の場でさえ民主主義的なルールを無視した、欺いてどさくさ紛れの中で採決するような強引なやり方で、「数の原理」で押し切ってきたことか!

私はこの「数の原理」こそが問題で、「決められる政治」=安定政権、とも言えますが、「なんでも(勝手に)決められてしまう政治」を許し、民主主義を危機的な状況に追い込んでいる諸悪の根源だと思っています。

なぜこのような状況を許してきてしまったのでしょうか?
わたしたちの社会・政治について、今あらためて考えてみる必要があると思います。

これまでにも、このカテゴリー内に書いてきたこととも重複しますが、参院選も近いことですし、あらためて…


最大与党でもいいが、過半数議席である必要はない!

「自民も良いとは思わないけど、他の野党もね~」「じゃ自民に代わってどの党に政権をゆだねられる?」…といった声が、けっこう社会・経済にも明るいはずの熟年層の口からしばしば聞かれます。
そのたびに私は思います。民主主義、選挙をどうお考えなんですか?、と。

最大与党は最大与党でいいとして、過半数の議席でなくても良い、いや、今の状況においては過半数の議席を与えてはいけないと思うのです。

いわゆる「ねじれ」と言われるような状態で、政局が混乱すればいいと思っているわけではありません。
通したい案があるなら、その目的・対象・範囲などを明確に示し、質問には正面から答え、丁寧に説明し、考え直して修整すべき点は修整し、野党側も納得して賛成しなければ通らない、という当たり前の民主主義を取り戻すべきだ、ということなのです。


選挙は「勝ち馬に一票」のレース予想じゃない!

これまでにも私は何度となく書いてきましたが、選挙は「どっちが優勢か」「どっちが勝つか」の勝ち馬レースの予想じゃないんです! どこに政権与党になってもらったら良いか、という話でもありません。

かつて民主党が政権交代を果たしたときのことを思い出してみてください。

民主党がまだ野党だったころ、菅直人氏は「逆さにして鼻血も出なくなるまで、消費税を上げる議論はすべきではない!」と国会で力説しておられましたね。

しかし民主党政権となって鳩山氏に次いで総理になった菅直人氏の口から「消費税増税もやむを得ない。かつての自民党案も視野に入れつつ」…とぽろっと出たのです。

何をかいわんやです。

政権与党になったとたんに、自民党と同じように、経団連・財界・大企業・官僚からの力(=しがらみ)への風見鶏となって、国民のための政治とは程遠いものになってしまうのではないでしょうか!?


野党が野党たるゆえにできること

一方、野党が野党たるがゆえにできることがあります。
それは、与党のような財界や官僚からのしがらみを受けることなく、国民の視点に立ってものが言えること。与党の暴走を止め、民主主義を守ることです!

そういう野党にしっかりしてもらい、与党だけで過半数議席を占めさせないことです。
国民の視点にたった議論をしっかりしてもらい、勝手にものごをを決められない状態をつくることになります。
レベルの低い話かもしれませんが、今の日本で民主主義を取り戻す道は今のところ残念ながらこれしか思い浮かびません。

そのためには、野党にもしっかり勉強してもらい、単なる与党への批判だけで終わらせないこと。政治的な手法としてとんちんかんな発言をせず、きちんとした政策論・政治的手腕を身に着けていただく必要があります。

われわれ有権者も、それぞれが信じる野党を育てていくんだ、ぐらいの意識があって良いと思います。


われわれ有権者の使命とは?

「政治的なことは難しくてよくわからないから」「もう少し勉強してから、考えてみたいと思います」では、いつまでたっても何もできないでしょう!

「政治の専門的な手法」ではなく、もっと単純な「私たちの身の回りの問題」「私たち社会の問題」「自分にも大いに関係のある問題」について最低限の関心をもつこと。

日本の社会風潮のように言われている「宗教と政治と野球の話はタブー」なんて言ってちゃいけません。
「私はだれのファンです、誰を応援しています」というレベルの話じゃないんです。それだと、ほとんど信念というか信仰に近いもので、それの押し付けの話になってしまいます。阪神ファンの人は巨人ファンの人と敵対するように…(笑)

そのレベルでの「政治の話」ではなく、社会の一員として、私たちの日常の問題や日本にとって重要な課題をどう考えるのか?いまのままの政治に任せておいていいのか?

そういう話題を、飲み友ママ友とできてもいいと思いませんか?

テレビ・新聞だけでなく、雑誌やネットなどいまはさまざまな情報があるのですから、与党・野党の言っていることを見聞きして、自分なりの受け止め方をすればいいのです。そして自分なりに賛同できる考え方を探していくのです。

コースに並んだ馬の中から、「どの馬が勝ちそうか?」「どっちが大勢だろう?」で勝ち馬に一票という発想は捨てるべきです。
また常にある政党だけを「信者」のようにいつも応援する必要もなく、今直面している日本の社会の課題に対して、どの党の言っていることがわれわれ国民の目線から理に適っているかな、という純粋な目を向けてみることです。

投票率が低ければ低いほど与党に有利、組織票など不動票によって与党が過半数議席を簡単に獲得してしまう、なんていうこと自体がおかしいのです。

せっかく18歳まで選挙権が引き下げられたのですから、みなさん社会の一員として、最低限の社会への関心をもって投票には行きましょう!

国民有権者ひとりひとりの信念で投票した地域の代表が国会議員=「国民の代表」となり、野党には野党のよい面で大いに頑張っていただく。有権者はそれを見守り育てていくのです。


見守る目

最後にもうひとつ…

「センセイに なってしまえば別の人」…なんて下手な川柳じゃありませんが、当選して議員になり、それなりの権限とお金を手に入れてしまうと、悲しいかな人が変わってしまうこともあります。
まさに「政治とカネ」におぼれてしまい、有権者を裏切るような言動をした場合、われわれ有権者はどうすべきでしょうか?

(議員の行為は許されないけど)まあ、そういう人を選んでしまったのはわれわれ有権者だから…」なんて物分かりのいい悠長なことを言ってはいけません!

立候補した段階ではいい公約を掲げ正しいことを言っていたはず。個人的に長い付き合いもない候補者を信じるかどうかは、公約に掲げたことで判断し信頼を託すしかありません。

信頼を受けて当選した議員が、公約を破ったり有権者を裏切る行為をした場合、有権者は厳しく糾弾すべきなのではないでしょうか?それでこそ「選んだ責任」ではないでしょうか?



ずらっと並んだ馬の中から「誰が勝ちそうか」で一票を投じたり、もしその馬がコースを逸脱したら「まあその馬を選んだのはわれわれだから」なんて諦めてるようでは、民主主義を正しく理解しているとは言えないと思います。

できれば候補者あるいは当選した議員さんとも「対話」の機会をもち、私たちの声をきちんと反映させて努力してくれてるかどうか、質疑の場面でどんな発言をしているかをきちんと見届け、納得できないことはきちんと正していく…

本来そこまでが、有権者としての務めではないかと私は思います。



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ものごとの本質は?

報道や街の声を聞いていて、「話題のツボが違うんじゃないか?」と私が感じているのは大きく次の3点です。

政治とカネの問題の決着は?
「自らの給与を全額返上」と条例案を出して続投を懇願し、議場で失笑を浴びた舛添氏。しかし、辞任によってその条例案は白紙撤回され、2年4か月の執務に対する「2千2百万の退職金」と夏のボーナス380万は支給される!

あのね~、民間はもちろん一般の公務員でも、不祥事を起こして懲戒免職、もしくは自主的な依願退職の場合、退職金なんて出ませんよ!
さまざまな疑惑で問題になったことは「今後は改める」の連続でした。全額返納、もしくは損害賠償責任はないんでしょうか!?

「都民のために全身全霊をつくす」がもし本心なら、退職金と夏のボーナスは辞退すべきだし、今後不祥事によって不信任・辞任する場合は退職金はない、というルールを残すべき。
そして湯河原の別荘や美術金を売却して全額を「東京都」へ寄付すべきでしょう!
舛添氏を「けしからん」と思うなら、追及すべきはそこでしょう!

背後の巨悪、安倍・自民党政権
この舛添氏を2年半前に担ぎ上げた責任は?
選挙が近づくのをにらみつつ、野党の都議が不信任案を出した場合「NO」とは言えない、にはじまり、最終的には不信任案を「とりまとめ」たような顔。しかし水面下ではぎりぎりまで舛添氏の9月までの続投を認めてあげようと動いていた!

それが自民党という政党の体質であり、本質。
国民のための政治なんかできるわけない政党が「過半数議席」を占めてしまっている現実。都議会もしかり、国会もしかり。ここが次の選挙での最大焦点になるべき!

はやくも「次の候補はだれ?」フィーバー
舛添氏はいちおう21日までは現職。まだ告示はおろか公示もされていないのに、辞任表明直後から「ポスト舛添はだれ?」といろんな人の名前が飛び交い、各党の党首や名前の挙がっている本人に「出馬するんですか」とぶら下がり取材。早くも勝ち馬レースの予想屋みたいな話も…馬鹿じゃないでしょうか(笑)

どうも、ものごとをとらえるツボがずれてるように思えてなりません。
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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