音楽療法の課題

11月30日(月)

今年度も継続して学んでいるコード付け(リハーモナイズ)の記事は、懐かしい曲など「★私のこの1曲」のカテゴリーに書いてしまっているので、この「★50代ことはじめ」のカテゴリーで記事を書くのは久しぶりです。

きのう29日(日)、昨年度に受講したある先生を囲んで、音楽療法の現場に関わっておられる受講生らとともに研究会に参加してきました。今年度に入ってこの研究会は4回目となります。


音楽療法の「効果」を何で測るか?

音楽は認知症のお年寄りにも、障がいのある人にも、精神的にも身体的にもいい効果があることは間違いない、そう信じたいです。
しかしそれをきちんと科学的に立証できて、効果があったと評価(アセスメント)が得られなくてはなりません。

では、何をもってそれを評価するのか? 「事例発表」が今回のテーマでした。

1年間で10回以上のセッションを、どれぐらいの頻度で、どのようなプログラムで実施したか?
参加者が何人いたか?…そこは報告できるでしょう。

問題は、それによってどんな効果が得られたかです。

「楽しかった」といった本人の自己申告、音楽療法に向かう時にどのぐらい生き生きしているか(観察)、
心拍数、脳波、体温や血圧の変化、さらに唾液の成分によるストレス度…といったデータ…etc.

音楽療法は単なるリクレーションではなく、一定の効果が認められなくてはいけない訳ですが、音楽で楽しんでいるところで心拍数や血圧を測れる環境にあるかどうか、という問題もあります。

また、日常の生活の中で、音楽療法を取り入れたのと取り入れないのとでどのような差があるか、ということを、何で見極めたらよいのでしょうか?


◆「効果」の見極めの難しさ

音楽療法に限らず、さまざまな職場における業務遂行にあたって、日常的に点検・確認・記録していることはいろいろあると思います。でも、何かを新たに導入したことで、日々の状況にどんな変化が現れたか、見えるものと見えないものがあるでしょう。

例えば、パソコンの集計システムを変えたことで、ある作業にかかっていた時間が短縮された(=能率が上がった)、あるいはミスを発見しやすくなった…といった「効果」がすぐに判ることもあるでしょう。

しかし、「人」のモチベーションや精神的な影響は、感覚的には明らかに違うと感じられても、それを数値によるデータでとらえることは非常に難しいはずです。
たとえば職場で朝と午後に「体操」や「瞑想」を取り入れたとして、日々の業務全体にどんな効果が出たか、精神的にどんな変化が現れたかを聞かれても、とても曖昧なものでしかないのではないでしょうか?

音楽療法に課せられる「報告」「評価」の難しさはまさにそこにあると思います。

よく怒っていたクライアントが、最近あまり怒らなくなってニコニコしている!
それは良かった!…と思いきや、単に認知症が進んでいた、なんていうオチにもならない話も…


個人情報の壁…

事例研究には、個別のクライアントの継続的な観察データを報告する必要があります。
でも、最近とくに個人情報の保護が大きなテーマになっています。

音楽療法の効果を観察・立証する上で、いわゆる「検体」となっていただける方を絞り込めるのでしょうか…?

ご本人、家族、施設の方たちに、事前の許可を取らなくてはなりませんし、データや写真などをどこまで公開できるか…という問題もあります。
かといって、「〇〇に在住のおじいちゃんAさん」だけでは、本当に事例として存在するのかどうか信憑性が得られないでしょう。


以上が、きのうの研究会で出た話題に関連する私の雑感です。
みなさんはどうお思いでしょうか?


今後のとらえ方

私なりに…

●食欲、やる気、表情…といった日常的な行動観察で「効果」を見ることももちろん大切ですが、音楽の現場での変化を観察対象にてきないか?

たとえば、最初はまったく関心を示さず伴奏しても口を開けなかった人が歌うようになった、身体を動かすようになった、リズムを正確に打てるようになった、曲によってなんらかの顕著な反応が見られる…etc.

もちろん音楽療法は、音楽的な技術を磨くための音楽教室ではありませんが、まずは「音楽の現場でのなんらかの変化」は第一に捕えられてよいと思うのです。

それによって脳が活性化しているのではないか、身体的な機能が回復しているのではないか…といったことはある程度判定できるのではないでしょうか?
それと日常的な生活上のデータとを照合すれば、何らかの因果関係が見いだせるかもしれません。


●学会に、あるいは社会に「評価」を得るためには事例発表はもちろん大切ですが、「報告」のための個人情報の確認やデータ化などに音楽療法士たちのエネルギーの多くが消耗させられてしまうのでは本末転倒。

たとえば発想として、音楽に理解のある人が管理するある施設では、継続して音楽サロンのような活動を実施していたとします。その活動の概要、プログラム、入所者たちの参加状況、日常生活…といったことを継続的にとらえて、トータルに「事例」として報告することもあってよいのではないでしょうか?

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国立音楽院のMT(ミュージック・セラピー)オーケストラに私も参加し、2013年と2014年に実施した、鎌倉シルバーホームでの訪問演奏の様子。入所者たちは、生オケの伴奏で、懐かしい昭和の歌謡曲を熱唱してくださいました。


社会の中での課題

音楽療法については世間でも少しずつ知られるようになってきているとは思いますが、介護(福祉)や医療の現場でプラス・アルファ(=予算も含めて余裕があったら…)程度に捕えられているケースが多いように思います。

入所者数に対してボランティアも含めた職員の数は圧倒的に不足していて、多くの施設で「ギリギリで回していくのがやっと」というのが、きのうの研究会に参加されてた多くの方からも出た本音のようです。

にもかかわらず、政府は今年の春から大幅に介護手当をカットしました! 介護保険料は値上げし、本来福祉目的にしか使わないはずの消費税も段階的に引き上げてきたにもかかわらず、福祉の分野を真っ先に削って、軍事費や海外へのばらまきに…etc.

今の政権への批判はここでは控えますが、お年寄りをはじめ弱い立場の人たちをどんどん切り捨てる方向に国は動いているように思えてなりません。

高齢化が着実に進み、今後ますます認知症への対策も急務です。
政府も2020年を見すえて、「認知症への対策」という検討項目は設けているようですが、その中身は「医療の充実」「施設の充実」「医療と製薬会社との連携」…といった内容。

製薬会社にとってはビジネスチャンスかもしれませんが、認知症にとって何が大切なのか、ことの本質は何なのか、方向性が違うように思えてなりません。



ちなみに、日本の政府がよくお手本にする本家アメリカでも、今およそ700万人の認知症患者がいると言われていますが、その多くは施設に収容されています。

毎日同じ時間に起き、同じ時間に食事を与えられ、施設の外に出ることは許されず、自由は奪われ、大きな声を出すと鎮静剤や安定剤を投与され、いわば薬漬けにされ…
認知症が改善されるどころか、人としての尊厳生きる気力がどんどん失われて、みな無表情な生きる屍のような様相を呈しています。これが福祉や医療の目指すところなのでしょうか…?

しかし昨年ご紹介した『パーソナルソング』というドキュメント映画のように、話しかけても何一つ返事もしないお年寄りに、その人が若いころに親しんだ懐かしい曲(その人にとって特別な曲=パーソナルソング)をヘッドフォンで聴かせたとたんに、目を輝かせ、身体を動かし、昔の話を語りはじめる…という奇跡のような事例が数多くあるのです!

残念ながら今のところ、「音楽を聴かせる」という行為は「医療行為」とは見なされていません。
また福祉の一環としても、正式に認定された方法ではありません。

それを認めてもらうためには、音楽療法の効果を科学的に立証する必要があり、多くの事例発表を重ねていくしかない、という話に戻ります。
なかなかお金にならない音楽療法士の本来の仕事(=音楽の現場でのワーキング)以外に、事例集め・データづくりの膨大な手間暇が要求される…という冒頭の話へと循環する、いわば自己矛盾のような話ですね。

しかし…「高い薬を与えるよりも 1曲の音楽を!」 は大きな力であり、莫大な予算をかけなくてもできる有効な方法であると思うのです。
それをどうやって証明し、世の中に広めていけるか…?

医療や福祉の「おまけ」としてではなく、「音楽の力」を独自に、社会(公的機関・民間企業・団体など)に認識してもらえるにはどうしたらよいか…?

その辺りが、いま私にとってもっとも関心の強いテーマといえるでしょう。


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No title

20年程前教育系の大学院大学で学んだ時にも音楽療法の効果の評価について心理学だったかの授業で話題になりました。この時は、日本で治療の一環として認められるか(診療報酬になりうるか)ということだったと思います。音楽療法の活動を評価する場合、集団あるいは集団の中の個人を対象にするのか、個人のみを対象にするのかによって異なるかと思いますが、いずれにせよ論文あるいは研究発表する場合”Aさん”という表記とAさんの簡単なプロフィールの表記になるかと思います。私は教育学を学びましたので、どういう音楽療法的目的を持って活動を行うかということに注意を払います。しかしその都度評価をするわけではないので効果のほどは不明ですが、楽しむ、次回に期待する、あるいは音楽的活動から得られる満足感などの表出が活動の効果かなと思っています。

Re: No title

神田裕一さま

貴重なご意見ありがとうございます。

集団の中の個人を対象にするのか、個人だけを対象にするのか…?
両方とも大切なことだと思いますが、こと今回の「音楽療法の効果をいかに社会に認識してもらえるように広めるか?」という観点で言うならば、集団内の個人、あるいは集団そのものに目を向けることが有効ではないかと私は思いますね。

あと、「音楽療法の効果」というより「音楽の力の効果」と言った方がよいかもしれませんが…
統計的なとらえ方もあるかと思います。たとえは悪いですが、「喫煙者とそうでない人とで肺がんの発生率はこんなに違う」的な集団による比較です。
70歳以上の高齢者の中で、若いころから音楽を聴いたり、歌ったり、楽器を演奏することが好きだった人と、そうでない人とで、認知症の発生率がどう違うか…みたいなデータは取れるんじゃないかと思うのです。

なってしまってから音楽療法で効果があるかないか、も大切ですが、将来的に「認知症の予防」という観点から、音楽の力は友好である、といったことが言えたらいいな、と。
高齢者、認知症、障がい者、発達障がいの子ども…といったいわばタテ割りで考える対処療法としての音楽療法ではなく、「すべての人に音楽を」という広いテーマにも…
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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