考えること、表現することの大切さ

政治的な話題はタブー? 「民意」について、「音楽と社会との架け橋」について…これまで綴ってきた内容を、58歳を迎えた日にあらためて整理してみました。


◆考えたくない人たち


私が学生時代だった今から30年以上前、法学部のゼミの合宿や飲み会の席でも、ちょっと真面目な社会の話題を出すと、みな一瞬かたまり「まあまあまあ、は~い、かんぱ~い」とはぐらかされたことを今でも覚えています。

そのことを30年以上ずっと根に持って生きてきたわけじゃありませんよ(笑)。
ただ、ここ数年ブログやフェイスブックを通じて肌で感じるのは、ちょっと真面目な社会的なテーマで書くと、皆さん引き潮が引いていくように反応がなくなること(笑)。そういう風潮がいまの社会全体にあるのではないか、と思うのです。

今は難しいことを考えたくない、自分には直接関係ない、自分のことでいっぱいいっぱい、ですか?

社会的態度(世の中に対する意見)を明らかにすると友達を失いますか? 仕事を失いますか? グループ内で居づらくなりますか? 

国家によって言論統制されてるならともかく、まだ少なくとも今のところは大丈夫です。
でも、うっかりした事を発言すると身が危ない(←特定秘密保護法案が話題になった時の大いなる誤解)…みたいな感覚をお持ちの方や、暗に圧力のようなものを感じている方も現にいらっしゃるようです。

国による言論統制は大問題ですが、今のようないわば「自主的な言論統制」を生む風潮こそ、私は怖いと思うのです。


◆政治の話はタブー?

よく「政治と宗教と野球の話題は避けた方がいい」なんて言う人がいます。
たしかに「おれは阪神、おれは巨人…」「私は仏教、私はクリスチャン…」というのと同じレベルで、「自民党は…」「民主党は…」なんて話を始めたら、お互い信条も考え方も違うんだし、話が長くなって平行線ですからね(笑)。
銀座のクラブのママなんかは、限られた時間にいろんなお客様と接するのにそういう話題は振らないようにしている、というのなら分かります。

でも、新聞やニュースに出てくるさまざまな社会の問題、国会の動き、政権が出してくる政策や法案、その決め方、日本の将来のあり方…それらは私たちに直接関係のある「社会の問題」ですよね?
なぜそういう話をしちゃいけないんですか? いや「いけない」というより「できない」んでしょうか?


◆ポーカーフェイス or 評論家

選挙で「私は何党に入れた」なんて口にすべきじゃないという伝統・風習が日本の社会には根強くあるようですね。もちろん話したくなければ強要はしません。

小学校の学級委員の選出から「無記名投票」に馴染んできたことが、もしかすると関係しているのかもしれません。限られた学級内では、だれがどっちに入れたかが分かってしまうと後々までクラスの人間関係に尾を引きますから、自分は誰に一票を入れたかは「匿名」(秘密)の方がいいでしょう。

地域社会においても、今よりも地縁的な人付き合いを大切にしていたころには、あそこの家は誰を応援してる、などということで近所づきあいに支障が出るといけないし、もともと思想的な話題をあまり好まない国民性もあるでしょう。

でも、政治の話=「私は誰(どの党)を支持する」「どっちが優勢か」だけでは、「オレは巨人、オレは阪神」「今シーズンは絶対勝つぞ!」「いやいや、そうはさせるか」…などと言っているのと同じレベルですね。

また、どの世界でも、妙にマニアックな分析をして「~~するとどうなって、~~はこうなる」みたいな話を延々と語る評論家か予想屋みたいな方がいらっしゃいますね。私は申し訳ないけどそういう話にはあまり興味をそそられません。

私が言いたいのはそういう類の話ではないのです!

社会の一員として、社会の問題、私たちの生活に密着した問題をどうとらえるか、民意が政策にちゃんと反映されているか、といった話です。私たちの日常生活とつながった政治の話がなぜできないのでしょうか?


◆私たちの身近な社会の問題として

政治は、めったに口に出すべきではない、タブーとされるような「神聖で内的な精神世界」…でもないと思うんですよね(笑)。

たとえば、税制や年金問題、集団的自衛権って何なのか?、本当はどんな目的で認めさせようとしているのか?、議事進行やものごとの決め方は?、なぜ弱者を切り捨てるような政策ばかりが次々に出てくるのか?、税金の使われ方は?、原発問題は?、政治とカネの問題は?…etc.

中学生でも感じる素朴な疑問から、私たち社会全体の問題について、もっと自然に語り合えていいと思います。

選挙が近づいたときだけ「お友達」としてどこからともなく現れて、ある政党への応援を呼びかけるのではなく、ふだんの会話の中でも、私たち社会全体のテーマについて語り合えることが大切だと思います。

国会運営上のテクニック的なこと、政党間の駆け引き…といったマニアックな「政治の話」じゃないのです。
私たちの社会の問題、これからの日本を考えてこの政策がいいのかどうか、民主主義の中でのものごとの決め方として正しいのか、といったごく当たり前のことについて、ふだんから意見を交わしたり、自分なりの価値観を構築していくことが大切だと思います。


◆人間は「ことば」で考える生き物

「考えてないわけではないけど、あえて言わない」とおっしゃる方もいます。

たまたまそういう方と飲みながら社会的な話になったことがあります。たしかにテレビや新聞で報じられている「出来事」としてはご存じなんですが、ちょっと掘り下げて前からの経緯、海外の事情などに話を振ると、まったくといっていいほど何も返ってこないんですね。
申し訳ないけど、「情報」としては入ってても、正直あまり考えてない、自分の意見として構築されていないな、という印象を受けるのです。

いまはいろんな情報がありますから、知識としての情報は入ってきます。でも人間は「ことばで考える生き物」です。
なんとなく漠然とは考えているつもりでも、自分の言葉に出して話したり書いてみる(表現してみる)ことで、自分なりの価値観も構築され、意見交換の中でいろんな考えや価値観に触れたり、人の気持ちを理解できる表現を磨いたり、より深い思考が積み重なっていくのではないでしょうか?


◆飲み友や、ママ友同士でも

ママ友、近所の知り合い、学生時代の友達、職場の人たち、音楽仲間…etc.
どんな人たちとも政治の話ができなきゃおかしいと思います。 私たち社会の将来に直接関係ある話なんですから。

私がいま通っている音楽の学校でも、若い年代の方と少し話してみて、政治の問題も身近に感じて選挙にも関心を持ってくれた人が何人かいらっしゃいました。できれば選挙の前だけでなく、ふだんからそういう会話もできたらいいなと思います。
どんな職業、どんな趣味の人でも、男同士の飲み友とでも、女性ならママ友とでも、「社会の一員」として政治のこともごく自然に話せる社会になったらいいなと、私は思っています。


  
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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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