民主主義の危機を救うには…?

9月17日(木)

昨夜(きょう午前3時過ぎまで)参議院の特別委員会が開かれ、けさ8:50に再開予定でしたが、急きょ委員会の行われる部屋が変えられたことに対して野党側が「だまし討ちだ」と反発。鴻池委員長に対する不信任動議が出されました。

鴻池委員長という人物は、政治家個人としては与野党を超えて信頼が厚いようです。ただ、ここ数日の公聴会を終えた後の委員会運営を巡って、あまりにも性急で強引な方法が目に余るという意見。鴻池氏個人の問題というより、そのような委員会運営を託されている、つまり背後にある政権の大きな力があるのではないかと私の目には映りました。

この動議をめぐる討論が13時から行われ、野党各党の代表者から動議の理由が述べられました。
しかし、結果として不信任動議は賛成少数で否決! その直後、再び委員会室に入った鴻池委員長席を野党議員が取り囲み混乱状態に…

しかし、このどさくさに紛れて、参議院特別委員会で安保関連法案を強行採決…!?

昨夜にひきつづきもう少しだけ書かせていただきます。
まず、安保法案に賛成の立場と常にぶつかる「言葉の問題」について少し触れておきます。


★「戦争法案」…いま提出されている法案は「安全保障法関連法案」です。日本の防衛、および世界の平和に貢献するための法案であって、戦争をするための法案(=戦争法案)ではない、と賛成論の方はおっしゃいます。でも、社民党の福島みずほ議員をはじめ何人かの野党議員は、あえて意識的に「戦争法案」という表現を用いています。
それは、きのうの記事にも書いたように、この法案の意図する本当の目的、法案の解釈によっては、日本が戦争できる国となり、アメリカをはじめ戦争する国の支援を行うようになる法案だからです。

★「軍事政権」…もし今の政権が「軍事政権」なら、国会前を取り囲んでいる反対デモ隊に対して、戦車が出てくるはずだと。なかなか面白いですが、表現に対する揚げ足取りです。「戦争法案」と同じく、反対派が懸念している趣旨から出てきた表現です。
安倍政権は、すでに武器輸出3原則を解禁し(2014年4月)、この安保関連法案によって「戦争できる国」「ふつうの国」をめざし、他国の戦争のために武器を運んだり弾薬を提供できるようにする。この10月1日には「防衛装備庁」なるものを発足させ、経団連から武器産業の指針を受け取っているのです。

★「独裁政治」…今の自民党政権は、「国民が選んだ政権」。
民主主義の原則にのっとって選ばれた政権の決めることを「独裁」というのはおかしい。はい、そこに関しては、こんな政権を良しとしてしまった民意に対しても情けないと思います。

昨年12月の解散総選挙の結果を受けて書いた記事があります。
→ 衆議院選挙結果に思う

有権者の中で投票に行った人はわずか52%、約半数です。そして自民党に入れた人はそのうちのせいぜい4分の1か3分の1、有権者全体の20~25%です(と私は昨年12月に書きましたが、実際のところ自民党に投票した人は17%だそうです)。
その自民党に投票した人の65%は「他よりましだから」…これが本当に「支持」と言えるんでしょうか?

もし自民党が議席の大半を占めたら、安倍政権は向う4年間の任期を得て、「民意を得た」との御旗を掲げて安保法案・憲法改正・福祉の切り捨て・大企業や経団連ばかりを向いて庶民の生活を切り捨てる政策をどんどん押しすすることは、解散総選挙の前から火を見るより明らかでした。

しかし自民党が選挙前に掲げていたのは「経済政策」であり「日本を元気に」だけでした。それにコロっと騙され、「他にいい政党がないから」「経済は大切だから」と投票した人たち(無党派層)、さらに企業優遇の政策の恩恵を受けて自民党に政治献金をしているような企業の人たち、あるいは地方に新幹線や高速道路などの利益を誘導してくれる自民党のセンセイに一票を投じた人たち…そういう人たちが、全有権者の17%いた。それで「最大与党」です。

まあ自民党政権でもいい、「最大与党」でもいいですが、過半数の議席である必要はない。もっと野党にも頑張っていただくしかないと思う次第です。


★「強行採決」「民主主義の危機」…
国民の選挙の結果得た自民党議席であり、合法的な国会運営によって、最大与党である自民党の案が通るのは「民主主義」の結果だろう。「強行採決」という表現は不適切だ。…はい、前の項目と類似する論法ですね。ちゃんとした民主主義の結果であると?

ではひとつ違う視点から言わせてもらいましょう。

国会での賛成・反対の票は、あくまで議員ひとりひとりに与えられたものです。
自民党だからといって、なぜ全員が「賛成(=政権の意図)」でなければならないのでしょうか?

政権の出す法案に反対したら「造反者」とされ、「破門」され、政党助成金が受けられなくなるから?
大きな政党を離れたら議員生命も危うくなるから? 政党って暴力団ですか? みなわが身が可愛いだけですか? 何のために国会議員になったんですか?

最大与党が過半数を占め、与党内では個人の意見を出してはいけないという無言の圧力でしばられていたら、どんな不条理な法案が出され、野党がすべて反対しても、数の原理で通ってしまう。
多くの国民の声を代弁する野党の主張に耳を貸さず、答弁にきちんと答えるなど誠実な説明責任を果たさず…etc.

これで本当に議会制民主主義の原則が守られていると言えるでしょうか?(↓ 追記)

*    *    *     *

今日の鴻池委員長への不信任動議も、あれだけ野党各党が反対理由をそれぞれに述べましたが、国会中継に写っていた与党席の議員たちは隣同士でお喋りしたり、笑ったり、途中退席したり…とても真摯に野党の切実な訴えを聴いている態度ではありません。

「どうせ、おれたち自民党が不信任動議に賛成しなけりゃ通らないんだ」と鼻で笑っているようにも見えます。

いまの安保関連法案の中身に関する矛盾、危険性、議論はまったく尽くされていない…といった切々とした声、それは「どこの野党だから」どうこうではなく「多くの国民世論の代弁」と私には思えました。

これを「数の原理」でせせら笑い、握り潰し、どさくさに紛れて強引に決める…それが民主主義と言えるんでしょうか?
午後4時半過ぎ、委員長の不信任動議が与党らの反対多数で否決され、委員長が戻ってきて席についたとたん、野党議員が委員長席を取り囲み…
中継していたNHKのアナウンサーでさえ、音声が聞き取れず、いま何が起きているのか伝えず…

あの一瞬で、国民最大の関心事「安保関連法案」はあっけなく可決!?
これを「強行採決」と呼ばずして何と呼ぶべきでしょう? これで民主主義と言えるんでしょうか?
逆に、あのような姑息で強引なやりかたで採決するしかないような法案だった、ということでしょう。


<追記>

本当の民主主義とは?

「数の原理」と書きましたが、「民主主義=多数決」が絶対的にすべてなのでしょうか?

中学生のとき、学園祭での出し物を決める時やクラスのルールを決める時にも「多数決」はよく行われてきましたが、そこで話題になったことを今でも覚えています。

10人の人がいて、そのうち6人は海に行きたい、3人は山に行きたい、残る1人はどちらでもいい、だったとします。どこかへ出かけるたびに「多数決」を取ったら、毎回毎回海に行きたい人の意見が通ってしまうことになります。
そこで「2回海に行ったら、1回は山に行こう」とするのが本当の民主主義ではないかと。

機会が何回もある場合はそれもひとつの解決策ですが、1度しかない企画で、海に行きたい人が多数でも、もし台風が接近していて海は危険だという情報を少数派が出して来たらどうするでしょう? その情報を確かめ、もし本当なら考え直すのではないでしょうか?

また、何か重要なルールを決める場合、過半数が賛成する案であっても、とても危険な問題がその中にあると指摘する声があったら、たとえそれが少数派の声であっても耳を傾け、皆で真剣に考えるのではないでしょうか? 
ある部分は合意できる。でもここの部分は見直した方が良い。取りやめて考え直す。別の修正案を出す、といったことを考えるのではないでしょうか?

家族で何かを食べに行くにも、アマチュアの演奏会での曲目を決める時にも、大切にしたい人たちがお互い尊重し合って物事を決める時、いつもいつも多数決だけで決めるでしょうか?

少数派の意見も尊重して、一人一人を大切にし、全体としてどうすべきかを考えるのが「民主主義」です。多数決はその中でのひとつの手段にすぎません。

少数派の声にも耳を傾けて、皆が納得もしくは妥協できるところを探していく。それが本当の民主主義ではないでしょうか?


議会制民主主義を取り戻すには?

その点、今の自民党政権の姿勢はどうでしょうか?

野党の質問をいかに論破する(かわす、はぐらかす)か、いかに野党の反対を押し切って無理やりでも通すか、しか頭にないように見受けられます。
そして最後は、質疑を一方的に打ち切り、暴力的な混乱の中でどさくさに紛れて採決する。
それを「強行採決」と呼ぶかどうか、またしても言葉の問題になりますが、私は充分に「強行採決」だと思います。

逆に、そんな姑息な方法でなければ採決することすらできなかった、ということでしょう。
法案の中身、議論の中身、議論がし尽くされたかどうか、問題はないのか…といったことが全く無視されているのですから。

今回の安保法案だけではありません。派遣法の改正にしても、どんな政策でも、弱い立場を切り捨てるような案を出してきて、国民の声も、野党の声も、沖縄の声も、すべて「関係ない」という態度ではないでしょうか?

しばしば会見に登場する菅官房長官(政府としての公式見解を出す広報のような役割)は、反対意見について記者から質問されても、いつもどろんとした目つきで無表情に「まったく影響ないと考えている」、「粛々と進める」といった言葉を発します。
そういう意見があることは承知しているが、耳を傾けるつもりはありません、と言わんばかり。まさに民主主義を無視した態度です。

選挙の結果、過半数の議席を確保しているからと言って、議決はあくまで議員一人一人が1票のはずです。
先ほど「最大与党でもいいが、過半数でなくても良い」と書きましたが、仮に最大与党が過半数であったとしても、党内の全員がトップと同じ意見でなければならない、党組織の「力」によって、反対の意を唱えたら「造反者」などと言われるのは、本当の民主主義と言えるのでしょうか?

野党の中にも賛成する議員がいて、与党の中にも反対する議員がいる。その上で最終的に賛否はどうか、というのが本来の姿ではないでしょうか?

なんでも数の原理で、与党のトップの意のままに物事が決められてしまう。
国民の声や野党の声に耳を傾けもしない、反映される余地もないとすれば、議会制民主主義とは形ばかりで、実態は「独裁」と言われても仕方ないのではないでしょうか?

主権在民を、そして本当の議会制民主主義を取り戻すにはどうしたらよいのか、私もずっと考えてきて、今年の夏のはじめに書いたひとつの提案がこちらです。有権者から議員に直接意思表示する方法です。
ひとつひとつは小さな力でも…

→ 「主権在民」を示すひとつの形



     
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パパとかわいい子大事に!

FBの忠石です、エマさん、アメリカにいて、そんなに日本の事、気にしていいの?パパに嫌われたら大変だよ。

to papa and sweet daughter

I wonder why you have much concern to Japan.
I fear that your husband shall have little concern to you.
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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