G線上のアリア

2月14日(土)


ヨハン・セバスティアン・バッハの「管弦楽組曲第3番」(BWV1068)の第二楽章「ARIA」が原曲。♯2つのDdur(ニ長調)で書かれています。

こちらはもっともよく聞く弦楽四重奏の楽譜(前半のみ)

ARIA BACH
これをのちの1871年に、アウグスト・ウィルヘルミがヴァイオリン独奏(ピアノ伴奏)用に編曲した際に、ひとつ下のハ長調に移調し、ヴァオリンの4本の弦の中で奏者からも見て一番左にあるG弦(=最も低い音の弦で開放で下の「ソ」の音)1本だけで演奏できることから「G線上のアリア」と呼ばれて有名になりました。

バッハがオリジナルの「管弦楽組曲第3番」を書いたのは、最近の研究によってライプチッヒ時代(1725~1750年、ちょうど『マタイ受難曲』が書かれた時期)と言われています。ウィルヘルミは150年ほどのちに編曲したことになります。



◆私の思い出の1曲

小学校の高学年を過ごした名古屋の小学校で、放課後に校庭で遊んでいて下校時刻がせまると「さあ、みなさん、気をつけて帰りましょう」と流れていた曲がこの「G線上のアリア」でした(ほかにシューマンの『子供の情景』から「トロイメライ」なども)。

大人になって、遊びでフルートをはじめて、運指を覚えて早々にまず吹いてみたのがこの「G線上のアリア」でした。

こういうゆったりした曲は、指の速い動きこそありませんが、息継ぎ、息づかい、フレーズ感、コード進行の色変わり、さらにバッハの時代にはfやpの強弱記号はありませんが、音楽的な流れでの強弱の表情は当然ながらあります。なかなか奥深い曲です。

最初に覚えたのはウィルヘルミ編曲のハ長調でしたが、最近はオリジナルのニ長調でも吹いてみています。2度上がるだけですが♯系の明るさ・解放感のようなものを感じますね。



じつは…隠れフルート

あまり口外はしてきませんでしたが、実は私はフルートも大好きなんです。
オーケストラで倍率の高いフルートの席に座らさせていただけるほどの技量はありません。あくまで遊びレベルですが、ピアノもティンパニも持って行ける楽器ではないので、手で持ってどこへでも行ける楽器にずっと憧れていたんです。

いまから20年以上前に知り合いからタダ同然で譲り受けたNIKKAN(現在のYAMAHA、昔よく中学のブラスバンドで使用)のフルートを愛用してきましたが、少し鳴るようになってくるともう少しちゃんとした楽器が欲しくなりますよね。

いまから8年ほど前、かみさんが娘2人を連れてクリスマス~新年にかけてイギリスの知人宅へお邪魔することに。長期休暇が取れない私はひとり(亡き父と)家で留守番。
そこで「イギリスまでの往復の航空運賃って大人ひとりどのぐらい?」とかみさんに尋ね、「じゃ、その範囲内で…」と交渉成立させて買ったのがこのフルート。 いちおう管体は銀で、あこがれのオープンキイです。

フルート



その人ごと、人生に合った曲のテンポ

このバッハの「アリア」は長調ですので、あまり遅すぎるまったりした演奏よりも若干流れを感じられるぐらいのテンポが私は好きです。オリジナルの弦楽合奏ならともかく、私レベルのフルートでは息の長さにも限界がありますし…(笑)

ところで、同じバッハで無伴奏フルートのための『パルティータ』(イ短調)という名曲があります。

以前、フルートの巨匠ランパルが晩年、この2曲目「クーラント」を、驚くほどゆったりしたテンポで吹いているのを何かの音源で聴いてとても感銘を受けました。
フルートを演奏する人なら誰でもほぼ間違いなく一度は吹いてみる曲で、私もこの2曲目クーラントは我流ながらよく覚えています。

クーラントとはもともと舞踊形式のひとつで4分の3拍子、耳慣れているのはそれなりの流れに乗ったテンポのものが多いのですが、ランパルはまるで自分の人生をかみしめるように、一音一音を大切に語りかけるように吹いていました。

若いころに「練習曲」として奏でる耳慣れた曲でも、たとえばゆったりしたバラード風にアレンジ(編曲)すればまったく違う曲の味が出るように、一人ひとりの奏でる曲は一期一会のオリジナルなんですね。クラシック音楽は楽譜に忠実でなくてはならない世界と思われがちですが、生の演奏にはテンポをはじめその人なりの「即興」(一期一会の音)の要素が必ずあるものだと思います。

曲のテンポは決して絶対的なものではなく、その演奏者ごとに、その時々のもっともふさわしいテンポがあると思うのです。

オーケストラの中で打楽器をやっていると、指揮者の決めるテンポは絶対です。その中で皆が一体とならなくてはいけませんし、それが大規模なオーケストラの魅力でもあるわけですが、同じ交響曲でも指揮者によってテンポも曲の解釈も異なるのは当然です。

例えばベートーヴェンの有名な交響曲5番「運命」の4楽章の明るいAllegroでも、軽快に速い演奏もあれば、「え!」と思うほどゆったりしたテンポの演奏もあります。ただ、テンポが遅い=まったり間延びした音楽ではなく、AllegoroにはAllegroの推進力というかエネルギー感はあるので、どっしりとした重量感が出てきます。

よくわれわれは、AllegroとかAndante、Moderatoといった表記を「速度指示」だと思い込み、メトロノームに合わせて「これぐらいのテンポ(速さ)でなくてはいけない」などと思いがちですが、音楽に求められるテンポは絶対的なものではなく、その演奏家なりの表現にもっともかなったちょうどいいテンポというものがあるんじゃないか、と。

ですから、演奏家の技量、年齢、演奏する空間で、いまそこにいる聴衆に、「この曲をどのぐらいのテンポで演奏したらよいか」が的確に把握できたら、その演奏はきっとほぼ成功したと言えるのではないでしょうか?



年齢を重ねるごとに、テンポ感も若い時よりも少しゆったり気味がちょうどよく感じられるようになります。
テンポを遅くすることで、それなりに息遣いを工夫しなくてはならなくなったり、それまでは途中経過の中で何気なく通り過ぎていた1音がすごく重要に感じられるようになったり、新たな発見もあります。

私もまだそれほど人生を知り尽くすようなレベルではありませんが、年齢相応に、思い出の曲とも長く付き合っていけたらいいなと思っています。


プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
このすぐ下の「カテゴリ」から興味のあるテーマごとにクリックして覗いてみてください。
一部パスワードをご存じのメンバーの方のみ閲覧できるページを含みます。

カテゴリ
カウント開始 2011.1.14~
リンク
最新記事
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR