親子の会話

私の父が旅立ってからちょうど5年になります。今年と同じ2月24日が日曜日、前日に春一番の吹いた翌日でした。

私はその前の週に山形でのコンサートを終えて東京に戻り、年に5日あるクリエイティブ休暇を年度内に取得していたため、同居していた父と最後の数日を少しのんびり過ごすことができました。
かみさんや娘と同居だと、ついこちらのペースが優先しがちで、父とはすれ違うことも多かったのですが、最後の数日はとくに喧嘩もせず、私が夕食をつくって父の大好きだった牛丼を一緒に食べ、リハビリで覚えてきたお雛様の折り紙を娘(父から見れば孫)に教えたり…と平穏に過ごせたのがせめてもの救いです。

私が高校受験をひかえて中学3年になるとき、父の転勤先だった広島を離れて東京へ出てきたのも「春」。しばらく離れる時にはあれこれ話を交わしたものです。また、ちょっと数日どこかへ出かけるにも、色々と伝えることはあるもの。なのに、人が永遠に旅立つ前にはなんの「お別れ」の言葉も残せないんですね。
私の父も母も、家で突然倒れてそのまま帰らぬ人になったので、介護も心の準備もないまま突然の別れとなりました。一人っ子でさんざん迷惑をかけ、今も思い出すたびにたくさんの「ごめんね」や「ありがとう」を言いそびれたことばかりです。



さて、そんな両親に感謝しつつではありますが、「親子のすれ違い」という面にもちょっと冷静に目を向けてみると…

今住んでいる家はちょうど築後10年目の点検で色々な業者さんが入ってきます。大手の住宅メーカーさんが大元で情報管理してくださるのでとてもスムーズに問題なくいきますが、思い出すのは両親がまだ健在だったころ住んでいた前の家のこと。

同じ敷地内に「母屋」と「離れ」があり、私の両親のすぐ隣にわれわれ夫婦が住んでいました。家も古い在来工法で、補修や改築のたびに昔ながらの工務店(大工さん)と必要に応じていろんな業者さんがやって来ました。

下見に家の中を見に来るのに、約束した日程よりも1~2日も早く突然業者さんがやってきてしまうことがよくありました。
ふつうだったらそんな予定外の日にいらしても「不在だった」ですみます。業者さんにしてみれば、ほかに屋外の工事も請け負ったりしている中で、天気都合などもあってたまたま空き時間ができたので早めに見られたら…程度の心づもりで来ているんでしょうから。

なのに、隣に住んでいる両親はたいてい家にいるので、突然であってもこちらの都合も聞くことなく「あ、どうぞどうぞ」と勝手に鍵を開けて家の中に通してしまうんです。
実際に住んで生活している家の中に業者さんをお通しするには、それなりの都合・準備というものがありますよね。家の中に下着の洗濯物を干してあるかも知れないし、あまり見られたくないものが散逸していたり… 。私は実の息子だからまだいいとしても、かみさんにしてみれば「え~!!」なわけです。

なのに、親としてはいつも「~~しておいてあげたよ」。



親にしてみればいくつになっても息子(または娘)のために、息子(娘)夫婦のために、さらに孫の絡むことにはなおさら「なにかお役に立ちたい」「してあげたい」わけです。そこに素直に「ありがとう」と言われれば嬉しいのも分かります。でも、もう大人になれば色々とこちらにも都合がある。とくに子ども(親からすれば孫)に対しては一定のルールをもって臨んでいることもあります。

たまの夏休みや正月休みに会うおじいちゃん・おばあちゃんが、親は許さないようなものを買ってくれたり、ということはよくあります。たいていおじいちゃん・おばあちゃんはパパやママより甘くやさしいから好かれる存在。その程度ならまだいいでしょう。

でも、近くに住んでいてあまりにもしばしばそれがありすぎるとちょっと問題です。
たとえば兄弟でひとつのものを共有してルールを決めて仲良く使う、ということも大切なこと。あるいは、欲しいものをすぐに買い与えるのではなく、似たようなものの中からどれにしようかじっくり考えて、お小遣いをためて買う楽しみもあります。
それをもし「よしよし、おじいちゃん(おばあちゃん)が買ってあげよう」とやられたらどうでしょう?

何かをしてあげたい、喜ばれたい気持ちは分かります。それが嬉しくないわけではありません。でも、やはり本当にやって欲しいことと、やって欲しくないことがあるんです。せめて事前にひとこと相談して欲しいのです。

「そんなことじゃなくて、もっとこういう所をわかってほしいのに」というところはなかなか聞いてもらえず、有難いけど、申し訳ないけど、ちょっと迷惑なことばかりやってくれる…
私の親に限らず、どこにでもあるケースのようですね。



私の娘もやがて大きくなり、親にもあまり言いたくないプライバシーもだんだん増えていくでしょう。やがては大人になり、社会人になり、結婚もして…
親から見ればいつまでたっても子ども、見返りを期待しない愛情を注いでいるつもりであっても、やはり相手も一人の人格をもった人間。

「なにをして欲しいのか?」「なにをされたら困るのか?」…そこはちゃんと理解して行動しなくてはいけないな、と自覚しておかなくてはいけないと思います。

それにはやはりコミュニケーション、それも、相手を本当に理解しようと思う気持ちが大切だと思います。親子といえども相手は別人格と心得て、きちんと相手の話しを聞く、理解する、きちんと伝える、といったコミュニケーションが重要ですね。



最後に、これだけ注意を喚起しても一向になくならない「振り込め詐欺」について。

親には常に「息子(娘)が困っていたらなんとかしてあげなきゃ!」という心理が瞬時に働くもので、そこを見事に突いた犯罪だと思うのです。
でも、これだけ何年にもわたって騒がれて社会問題にもなっているにもかかわらず、まだ起こるということは、犯罪者が悪いのはもちろんですが、「ひっかかる人がいるから後を絶たない」とも言えますね。

今は息子を語る「おれおれ詐欺」だけでなく、公共の職業を名乗って「税金が戻ってきます」などと誰でも心の奥底にある願望をくすぐるようにうまく突いてくるようですね。

でも「なんでそこで、こちらから現金を払う必要があるの?」といった常識で考えたらおかしなことがあるのに、パニック状態ですっかりどこかへ飛んでしまうのでしょうか?
この手の犯罪の被害者とならないためには、まずは常識で考えておかしなことを見抜く冷静さが求められますが、齢をとるとどうしても冷静な判断が瞬時にできないことも出てくるのかもしれませんね。

それを防ぐためにも、やはりふだんから親子のコミュニケーションをよく取っているかどうかが運命の分かれ道になることも多いのではないでしょうか?
これだけニュースにもなっているんですから、まだご両親がご健在の方はふだんからよく話し合っておきましょう。

「もし万一何かお金に困った時はどうするよ」とか「オレ(私)は何かあっても絶対~~しないからね(または「するからね」」といった会話をふだんから交わしていたら、あの手この手でかかってくる電話にも「あれ?おかしいぞ」と気づく可能性もかなり高くなるはずです。

税務署や警察を名乗る電話を受けても、よく分からないことは息子や娘に携帯で連絡を取って聞いてみる、というワンクッションがあればいいでしょうね。仕事中などに親から電話がかかってくるのは煩わしいと思うかもしれませんが、育ててもらってさんざんお世話になったんですから、たまに携帯にかかってくる親からの電話にちょっとの時間を割いて対応してあげる気持ちさえあれば防げる犯罪も多いと思うのです。

分かっているつもりでも実はなかなか分かっていないのが親子。それを少しでも克服するには、やはり基本はコミュニケーションに尽きるのではないでしょうか?


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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

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