オーケストラの奥行き ~13メートルの壁~

♪ 13メートル 1/30秒の壁

13メートル … 皆さんはどんな距離を連想されるだろうか?

箱根登山鉄道の1車両の長さがおよそ13メートル、大型バスの車長もほぼそれ位である。
あとは、25メートルプールのおよそ半分…etc,

いずれにしても屋外で見ると“すぐ目の前”の距離である。

ところが、舞台の奥行き、つまりオーケストラの打楽器のいる位置から指揮者やコンサートマスターまでの距離として見ると、これがとっても遠くて怖い距離に感じられる。

オーケストラの規模・編成にもよるが、よくあるホールで指揮者やコンサートマスターのいるステージの前から、ステージの一番奥にいるティンパニまでの距離はおよそ13メートルぐらいである。
100人規模の編成の大きいオーケストラ、会場もNHKホールに張り出しステージがついたりするとその距離はさらに大きくなる。

オーケストラの奥行き

オーケストラ配置
NHKホール:オケピットをつぶして張出しステージも設け、オケは150人規模だった「こころコンサート」の図 。このときは20mを超えていたと思う。


♪ ところで音の速さは…?

気温・気圧などの条件によって変わってくるが、1気圧で気温が摂氏0℃の場合、空気中を音が伝わる速さは1秒あたり331.5メートル。気温が1度上昇するごとに0.6メートルずつ速くなる。国際標準大気(ISA)では海面上で気温が15℃での音速は340m/秒である。

仮にコンサート会場の気温が20℃前後だとして、音が13m伝わるのにおよそ30分の1秒かかることになる。

30分の1秒。ビデオ映像は1秒間を30フレーム(コマ)で撮影している(=日本やアメリカのNTSC方式の場合)からそのひとコマ分だ。
人間が感じる時間としてはほんの一瞬だが、カメラのシャッタースピードで30分の1秒というのは決して速い方ではない。流れる水や走る列車などは糸を引いたように流れて線のように写る。


♪耳で聞いて合わせる? 目で見て合わせる?
 
音楽を一緒に合わせるとき、相手の音を聴いて合わせるか、相手の動きを目で見て合わせるか…?

13メートル離れたところでは音はどう聴こえているのか?
私は学生時代に合宿先の河口湖の宿で、みんなが夜パート練習をしている時に打楽器は合奏会場をそのまま使っていたので、ある実験をやってみたことがある。

指揮者の譜面台を水平にして、そこにメトロノームを置き、よく基本練習の時に使う120というテンポ(=1分間に120回打つ速さ。つまり2つ分で1秒である)にセットした。

メトロノームは最近よくある電子式のものではなく、昔ながらの振り子式のもので、往復する金属の棒が目で見え、その棒が真上を通過するあたりで「カチッ」と音がする。

メトロノーム
♪ 学生時代から愛用しているメトロノーム


まずはその「カチッ、カチッ」と聴こえてくる音に合わせて打楽器の位置で太鼓を叩いてみる。

他の打楽器メンバーにちょっとご協力いただいて、コンサートマスターの座る位置に座って聞いてもらった。すると明らかに私の叩く音は遅れて聞こえたようだ。

そこで次に、目で見て合わせることを試みた。いつも近くで見ているメトロノームは、振り子がほぼ真上を通過する頃に「カチッ」という音を発するが、はるか指揮者の位置に置いたメトロノームでは、振り子が左右に振りきれたあたりで「カチッ」と聞こえてくる。

今度はそのメトロノームの動きに注目し、振り子がほぼ真上を通過するタイミングで、つまりメトロノームが「カチッ」と音を発するのと同時にこちらも叩くようにしてみた。

コンサートマスターの位置にいる人の耳には、さっきよりはだいぶ合って聞こえたようだ。
ためしにその人に、木管の最前列のクラリネットの人の座る位置で聞いてもらったら、ほぼ同時にちゃんと合って聞こえたようである。

同時に発した音であれば、木管楽器のいる位置(オケのほぼ真ん中)ではちゃんと合って聞こえているはずなのだ。

しかしバイオリンはステージの最前列にいるので、バイオリンから出た音はすでに客席の方へも飛んで行っている。こちら打楽器が仮に同時に音を発しても、その13メートルの遅れはどうしようもない。

音楽を演奏する上で、その遅れを見越して一瞬先に叩く、なんてことはできないし、やるべきではない。もし打楽器が先行して飛び出したら音楽的に非常にみっともないことになってしまう…。どうすればいいんだ??


♪「同時」に出せばちょうどいい!

ここにオーケストラという素晴らしい宇宙の不思議がある。

弦楽器は、弓を大きく動かして弦をこすっても、弦の振動が胴に伝わって音が鳴り響くピークに達するまでにほんの一瞬の時間がかかる。

それに対して、管楽器はタンギングで音の立ち上がりを明確に出せるし、打楽器はまさに打てば響くように鳴るはずだ。

オーケストラの形は長い時代を経て今のようなスタイルになった。

かつての宮廷音楽で弦楽4重奏がだんだん編成を大きくし、そこに木管や金管、さらに太鼓を加え、大きな編成になっていった。
いまのオーケストラの配置は、ストコフスキーの時代にほぼ基本が出来上がったと言われている。

低弦のチェロがいちばん上手側にいくか、ビオラと並んで中央付近にくるか、またホルンが上手・下手どちら寄りに陣を構えるか…など、細かいところでは世界的に決まったルールはなく、曲によって、あるいはその楽団によって色んなスタイルが今日もなお試行錯誤されている。

だが、おおよそ弦楽器はステージの最前列(=お客さんに一番近いところ)にいて、その後ろに木管・金管、そして一番後ろか下手の端あたたりにティンパニほか打楽器…という、ステージの奥行きの中での大枠の配置に違いはない。

弦楽器よりも音の立ち上がりがはっきりした管楽器、それも木管よりも金管、金管よりも打楽器と、音の立ち上がりのしっかりした大きな音の出る楽器ほど後ろの方に控える配置になっている。

だから、お互いが同じ音楽を「同時」に感じ、「同時」に音を出してさえいれば、オケ全体の音はとてもバランスよく客席にも届いてくれるはずなのである。


♪片道分のズレ、往復分のズレ 

音楽を一緒に合わせるとき、もちろん相手の音を聴いていなくてはいけない。今そこで流れている音楽の微妙な揺れ、ニュアンスを身体全体で感じ取ることはとても重要だ。

しかしここで注意がいる。先ほどの合宿場でのささやかな実験の話を思い出していただきたい。

こちらの耳に聞こえてくるメトロノームの「カチッ」という音は、そこで鳴った音がこちらに届くまでの時間(およそ1/30秒)をかけて届いた音である。
 
その音を聴いて、その音にぴったり合うように叩くと、こちらの音が向こうに届くのにさらに時間がかかるわけだから、音のズレとしては往復分のズレ、つまり時間にして1/15秒の遅れになってしまうのである。

ふだん音楽をCDなどで聞きながら、その音楽に合わせてテーブルを叩いているような時、たいてい耳で音を聴いて、そのタイミングとジャストで叩いている。しかしオーケストラの中でその感覚のまま叩いたら必ず遅れる、ということだ。

ゆったりとした音楽の中で1発だけ狙い打ちで叩くような場合はあまり問題にならないが、速いテンポの曲で、音楽に合わせて刻みを入れるような場面、あるいは打楽器が全体をリードしなくてはいけないような場面では、この遅れは致命的である。

13メートルの往復分、1/15秒の遅れとは、四分音符=152ぐらいのアレグロのテンポの曲では、8分音符ひとつ分のズレとなって表れてしまうのだ!


509スタジオ

<「合わせる」について、以下につづく>



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プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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