人生というステージで

1月25日(水)

ステージ(舞台)には、さまざまな装置があります。
歌舞伎(お芝居)の専用舞台には、回り舞台・せり・花道といった特殊な設備があります。

回り舞台 歌舞伎舞台


また、音楽専用ホールは残響時間を計算して作られ、立派なパイプオルガンもあったりします。

みなとみらいホール
横浜みなとみらいホール

あるいは、演奏会のほか展示会・イベント・講演会などにも使える多目的ホールのステージもあります。

舞台機構有)トラクト装研 HPより


舞台の間口・奥行、美術バトン(幕やセットを吊るためのバトン)の本数・耐加重、照明や音響設備…それらによって、そこで演出できる内容も大きく変わってきます。

吊りバトン
びっしりと並んだ吊りバトン

逆に、せっかくパイプオルガンを設置したものの、それを活かすような演目が年間を通してほとんどないような事例も…
どんな目的を想定してそのホールが作られたのか、せっかくある設備はちゃんと活かされているかどうか(=運用するソフト面がしっかり充実しているかどうか)…?

また、忘れてはいけない大切なことがあります。

立派な設備を備えた専用ホールはもちろん素晴らしいですが、古い公民館や集会施設、あるいは学校の体育館、教会の会堂やお寺のお堂のような空間であっても、使い方によっては人々にかけがえのない感動を与えることはできるのです。



人の人生も同じではないでしょうか?

その人が生まれた時から授かった才能、学んで身につけたこと、長年やり続けてきたこと… 

隣の人のステージにあるものを羨ましがるのではなく、自らのステージに授かったものを活かして
人生を演出しているかどうか?

人生というステージにおいて、ひとりひとりが役者でもあり、演出家でもあるのですから。



人生、一瞬先は…

1月13日(月)


新成人のみなさん、大人への仲間入り、おめでとうございます。
夢を大きく抱いて、今できることを大切に、自分に正直に成長してくださいね。



私事、人生一瞬先には何が起こるか分からないんだなと改めて実感する出来事が…
皆さんにご迷惑・ご心配をおかけしました。

先週9日(木)、プライベートで楽しいお酒を飲み始めたのが21時ごろ。それから1時間弱、大した量も飲んでいないのに、突然立ち眩みしたように気分が悪くなり、血圧が低下していると思ったら大量の下血!

築地の聖路加病院に救急搬送され、そのまま入院・検査と相成りました。

CTの画像から、憩室(けいしつ)出血が疑われるとのこと。大腸内から外側に向かって憩室と呼ばれる突起(腸内から見ると“凹み”)が年齢とともにでき、その粘膜からの出血だったようです。

応急処置をして個室に移動したのが深夜2時ごろ。そのころにはすでに出血は止まっていましたが、翌朝から何度も下剤を飲んで腸内を清浄すると真っ赤な血。私は血を見るのが弱いんです。
でも、看護師さんによると残留分であって新たな出血はしていないとのこと。

夕方ようやく内視鏡検診となりましたが、その時はすでに出血した箇所を特定することはできませんでした。憩室出血にはこういうケースが多いそうですね。


循環器系 & 消化器系

今回の緊急入院は消化器系です。しかし、人間の体の異常は、医学の縦割り通りに異常は起こらず、同時多発で起こるもの。

時間をおいて内視鏡検査をしても、出血は止まっている、出血した場所も特定できない。脈拍も血圧も正常…「では、あの出血の騒ぎはいったい何だったの?」

ここ数年、ふだんなら何でもないほどの少量のお酒に、たまたま体調が悪かったのか疲れがたまっていたのか、急に立ち眩みような症状を伴って悪酔いし、肩や首が急に張り、貧血が起きて脂汗が止まらなくなることが…

数年前に循環器系の検診にひっかかったことがあります。まあ、コレステロール値は高く、動脈硬化・心筋梗塞・狭心症などには気をつけなくてはいけない年齢ですから。

ところがたいていは冷たい水を飲んで横になって休めば回復しますし、定期健診の際に医師に告げる、あるいはそういうことがあった翌日に医師に診せ、血圧や心電図を見てもまったく異常は見当たらない(心臓や循環器系の異常は、たいてい落ち着いてから見ても異常は見つからないことが多い)のです。

今回は出血による急激な血圧低下もあったのでしょう。救急車で搬送されながら測定された血圧は、上:60、下:40でした!
そのような異常が起きている時点での脈拍・心電図・血圧などのデータが取れたことは貴重でした(私自身のデータとして一式いただきました)。

また、今回の徹底的な内視鏡検診で、大腸内に独特の痛みを伴いながらも自分の大腸内を初めて画面で見ました。
幸いなことに悪性のポリープも大腸がんも見当たりませんでした。まあ人間ドッグでも大腸がん検診はオプションですから、今回ちょうどいい機会に受けられたと思いましょう。


遠のく意識の中で…

救急車のサイレン、私の両親が他界するときにも耳につき、あの音を車内で聴くと本当に人生観が変わりますね。

今回自分が横たわってサイレンを聴きながら、一時的ながら意識が遠のく瞬間がありました。
付き添ってくださった友人や救急隊員の「しっかりしてください」という声はしっかり聞こえます。
意識はあっても身体はなるようにしかなりません。

家族への連絡は?、翌日の仕事のことは?、週末~翌週にかけての予定は?…etc.
頭はフル回転していろいろと考えるものですね。

職場のこと、夜通っている学校のことは真っ先に気になります。限られた人数でやりくりしている職場にも多大な迷惑をかける、学校の方も今月は訪問演奏があるのにリハーサルは…?
でも職場も学校もチーム・組織ですから、いよいよ一人欠けても何とかなります。でも、個人としての「私」という人間の「今」という時間は今しかないのです。

「そのうち見ておきます」「明日にでも…」と先延ばししていたこと、ある人に伝えておきたかったこと、明日も来週も来年も、当たり前のようにめぐってくると信じて疑わなかった「私の時間」が、このようにある時突然ぷっつりと止まるのです。

時間は永遠にはないのです!
今やろうと思えばできること、できるのは今しかない
のです!

一人でやろうとしてもできないこと、一朝一夕にはできないこともを焦っても仕方ありません。できないことを恨んでもいけませんが…とにかく今できることは今、なのです!



お世話になりました

100歳を超える現役医師の日野原先生の本は読んだことがあり、音楽関係者の話で病院内でも音楽療法が盛んな聖路加病院の話は聞いていましたが、まさかこのような形でお世話になるとは思いませんでした。

すべてが個室で1泊の差額ベッド代もけっこう高額でしたが、医師も看護師もみなさんとても親切でした。救急外来もあんな遅い時間にCTを取ったり救命措置をしたり…大変なお仕事だろうとつくづく思います。

金~土にかけて、本当によく眠らせていただきました。朝も昼も検査の合間も、よくもまああそこまで眠れるものだと思うほど眠り続けました。にもかかわらず夜になっても目がさえることなくそのまま朝まで熟睡。

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土曜の夕方、面会に来た家族と待合室へ。築地からの夕焼けがきれいでした。

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日曜日の朝、屋上を散策。花壇の土には大きな霜柱が!
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そして退院。
まだ自宅で養生が必要なので仕事への復帰にはもう少し日数をいただきますが… 



「感動」を受けること、「感動」を伝えること

11月8日(金)


感動は、ただ受身的に待っていてもやってきません。

商業主義的に作られて与えられる感動ではなく、身の回りの生の感動を探し求め、自分自身がまずそこに感動できる心を常に持ち続けること。

人に感動を与えたいと思うなら、まず自分自身が感動できる人であること。
人に喜ばれたかったら、まず自分が喜びにあふれた人であること。人に幸せを提供出来る人でありたいと願うなら、まず自分自身が幸せであること。

でも、自分がそこに酔いしれてしまっていたら、人に感動を伝えることはできません。
一過性の気まぐれな感動だけではなく、地道な努力の積み重ねが必要です。

感動を受け取る力(=感性)と、感動を伝える力(=表現)…難しいですね。
小手先のテクニックや、人まね、単なる言葉上手では表現できない、本当の中味を磨くこと。

音楽や芸術の世界ももちろんですが、人生そのものがそういうものではないでしょうか?

私もこの歳になってようやくそう思えるようになってきたような気がします。まだまだできてませんが…



前にも書きましたが、先人たちが遺した名言はたくさんあります。
どんな世界にも共通する真実のようなものが秘められているのでしょう。

そうした過去の名言に共感を覚えるのは、きっとその人自身のアンテナに何かがひっかかり、その人自身の中にも共鳴体があったということでしょう。

できれば人の言葉の引用で代弁してもらうのではなく、自分自身で見つけた感動を自分なりに表現できたらいいですね。
 
人は誰もみな、自身の人生の脚本家であり、演出家であり、演者なんですから…


自分探しの旅の途中に…

11月8日(金) <予約投稿>

ごく最近、facebookを通して大学時代の友人とコンタクトが取れた。実名を出して自分を表現して発信するメディアのお陰だ。

その友人も人生いろいろ、私も人生いろいろ…
学生時代とは明らかに変わった自分もいれば、本質は変わっていない自分もいる。漠然と思っていたことがますます確信を得て強くなった価値観もある。

私はfacebookをはじめて2年弱だが、いま600人以上つながらせていただいている「友達」で仕事関係は皆無であることに、この上ない幸せと感謝を覚えている。



またある別の友人が最近「仕事」について学生に問いかけられたことを記事にされていた。
お金(=生活費)をいただくため、自分の夢・自己を実現させるため、社会に参加するため…etc.いろんなとらえ方があると思う。

だが、最近の日本を見ていると、戦後アメリカから入ってきた自由主義・資本主義があまりにも定着し、自由な競争によって経済的に豊かになること、競争に勝って自分が「勝ち組」になることに走りすぎてきたのではないかと思う。

どこか企業に所属すること=「就職(仕事)」なんだろうか?
資格を取るのはいい、だがそれで社会に対して何をしたいのか?
世の中に必要とされているボランティア。ボランティア=無償が当たり前でいいのか?
世の中に必要なこと・自分にできることを提供している人が最低限の報酬を得られるようなしくみは作れないのか?

いまの日本、人の命よりも企業の利益が優先され、企業が伸びること=個人が豊かになることとは必ずしも結びつかない。つぎつぎに生み出される技術やモノに支配され、人の顔がなかなか見えない。自分のことにいっぱいいっぱいで隣人への感謝・思いやり・想像力が衰退し、ストレスのたまる社会へ。

「★豊かさとは…?」というカテゴリの中で私は折に触れて自分なりの価値観をつづってきた。 

私の人生にとってもうひとつ大切な柱が「音楽」である。

幼いころから音楽にはちょっとしたご縁もあり、大学時代からは学生オーケストラ・市民オーケストラに参加してアマチュアながら演奏活動を続けてきた。 しかし2人の子供ができて、毎週日曜日にアマチュアオーケストラに出かけていたら家庭が崩壊するんじゃないかと、いったん活動を休止。

1年ちょっとだったがそのブランクがあったお陰で、自分があらためて音楽が好きであることを自覚でき、ある素晴らしい指揮者からのお誘いにより、障がいを持った人たちとも「ともに生きる社会」を目指して不定期に活動するボランティアのオーケストラと出会うことができた。そして東日本大震災からは被災地を巡って演奏する機会も与えられた。

単に「好きだから演奏したい」だけじゃなく、「音楽の力」を信じて「せめて自分にできることを」…私の中で眠っていたことが目覚めてキイワードとなった。

被災地でのコンサート、ご招待した仮設住宅にお住まいの方たちからお菓子の差し入れをいただき、演奏後は満席の観客が全員立ち上がっての拍手。
ふつう「ブラボー」という声が飛んでくるところで、「ありがとう」という言葉が飛んできた。
ステージにいながらにして目頭が熱くなった。ボランティアは「してあげる」ことじゃなく、こちらがエネルギーをいただいて発信する循環なのだ。 


そんな経験から、私は「音楽の力」をあらためて実感し、「せめて自分にできることを」と思って始めたのが、音楽療法の勉強。

50代にして学生となり、音楽心理や小児医学など今まで未知の分野だった理論、そして「楽譜がないと弾けません」から脱却し知っている簡単な曲にもちょっとオシャレなコードを付けてどの高さでも即興で伴奏できるよう、ジャズピアノの世界へ。理論系と実技とを半々のバランスで履修し、勤め帰りに毎日学校へ通う日々。
今さらながらあらためて気づく音楽の面白さ・奥深さ。どんなに仕事で疲れていても学校へ行くとリフレッシュして元気になってしまう。



一方、これまで仕事を通じて得たこともももちろんある。大学を出て数年かかわった「まちづくり」の仕事では、社会に対する価値観、人として大切なことを学んだ。
その後大きな組織に移り、さまざまな部署を回らされたが、基本は「確認」「伝達」、「段取り」「準備」…基本はどれも人としてのコミュニケーションの大切さ。 

どんな大きなことでも、小さなことの確実な積み重ね。一人の人間に特別のスーパー能力が求められるのではなく、しかるべきタイミングできちんと伝える、確認する、といったごく基本的なことの大切さ。番組・イベントでも、家を建てることでも、遊びの計画でも、個人でもグループでも、その基本はすべてに通じるように思う。

大きな組織の名前にいつまでもしがみつくつもりはない。私という人間、これまで生きてきた証し、今の自分にできることは…?

まだまだ自分探しの旅の途中にある。

セピア色の私

5月5日(日) 子どもの日に

日本列島ほぼ晴天に恵まれた大型連休、いかがお過ごしでしょうか?
緑あざやかな初夏の日、みなさんはどんな子どもの頃の思い出をお持ちでしょうか?

私は、3歳~小学校3年までを父の転勤先・京都(住んでいたのは枚方)で過ごしました。
小学校低学年の「子どもの日」に、嵐山~保津川下りのやかた舟に乗り、かしわ餅を食べたのが思い出に残っています。


ところで、私のブログを愛読して下さっている何人かの方から、私の幼い頃の写真を見たい(←何のために?)とのリクエストをこれまでに頂いているので、「子どもの日」の勢いに乗じて載せてしまいます!
まあ当たりさわりのない範囲で、音楽と鉄道に関係する印象的なところから…

♪ 楽器への関心はこの頃から…?(小学校1年生)
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♪ ピアノの発表会(1965年・小学2年 大阪・梅田の阪急ホールにて)
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♪ 指揮なんぞも…(後ろは亡き母)
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♪ 虫取り少年(小2)
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<父の転勤で名古屋へ>

♪ 名古屋放送児童管弦楽団に所属(小学5年)
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 NHK名古屋放送局内スタジオにて
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♪ 名古屋駅にて 懐かしい0系新幹線と
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♪ 亡き父と明治村にて
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最後の明治村でのカット以外、すべて亡き父のカメラによる写真です。
カメラ目線での「はいポーズ!」ではなく、カメラを意識させないで撮られていたんだな、とあらためて思います。
両親の愛情に感謝しつつ、今も本質はあまり変わっていない私のルーツを…(苦笑)


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徒然なるままに 己を見る

歳とともに変わっていく自分、変わりたい自分、変えようと思う自分、でもなかなか変われない自分、いつまでも変わらないでいたい自分…

無常な中で変わるべきか・変わらざるべきか…、その答えはすべて自分自身の内にある。
徒然なるままに わが身を振り返って思うところを…



♪ 人からの評価や人気は、変動する株価のごとし

自分がやったことがたまたま成功して好評を博したり、上の立場にある人から評価されたりすると、周りの見る目も変わる。いわゆる「株が上がる」と言われる。

すると、近づいてくる人も多くなり、なにかと相談を受け、発言にも皆が耳を傾けてくれ、賛同も得られやすい反面、見えないところでやっかまれて疎まれるかもしれない。

逆に上の人に叱られたりぶつかり合って憎まれたりすると、直接利害はないはずの周りの目もとたんに手のひらを返したように変わる。その変動ぶりは時におそろしいほど早く、引き潮のごとく遠ざかっていく人もいる。

こちらも周りもしょせんは「人の子」。完璧な神様でもなければ、我欲を捨てて解脱した仏でもないし、閻魔大王のように真実のすべてを見通して完全な裁きをすることもできない。
それぞれの立場や都合がある。また周りの声や気分によっても影響も受け、言うことも時として変わることだってある。時としてよしとされたことも、あるときはダメと言われることもある。状況いかんいによっては180度変わることもある。決して永遠不滅の絶対的なものではない。


♪ 人に流されず、自分自身の信念を

組織やグループのために、よかれと思ってやったことも、時に周囲の反感をかったり上の人の逆鱗に触れることもある。 
逆に自分の信念もとくになく、その場その場を立ち回っていても、たまたま上の人と相性がよくて気に入られれば、上昇気流に乗った凧のように天高く舞い上がることもあり得る。

かくして、少しでも自分に有利な情報を発し、自分に有利に立ち居振る舞い、自分に都合のいい方に影響力のありそうな人に近づき、さまざまな条件とかけひきによって自分に有利な方向へと交渉事を導こうとする動きが活発になる。

いまの政治もまさにそこに終始しているといっても過言ではない。 国民の命・生活は話のダシに使われることはあっても、しょせんは政治家同士の政権争いの駆け引きの口実となっているのが実情ではなかろうか?

いや、それは政治の世界に限ったことではない。会社組織においても、学校や地域のコミュニティにおいても、趣味のサークルにおいても、およそ人が集まるところには全てそうした思惑がうずまき、常に人の目を意識しながら人は動こうとする。

しかしそれでは、人によく思われることしかやろうとしない人間ばかりになってしまう。
自分の信念をもってやるべきこと、やらなくてはいけないこと、進むべき道がある。間違っていたら間違っていた部分を素直に認めて正せばよい。


♪ 正しいつもりが人を傷つける

では自分は何を基準に行動し、どう生きるのか? どう生きたいのか?

わがままで軽率な振る舞いは嫌われて当然だが、自分が何らかの信念と責任感をもってやったことでも、時にそれが裏目に出て人を傷つけたり反感をかうことはしばしばある。

何もしなければそれも起こらない。自分が正しいと思い、なんらかの使命感に駆られて「なんとかしなくては!」と一生懸命になった時に「空回り」や「摩擦」も起こる。
ことに自分は正しいと思っている時ほど、死角で見えない部分があったり、人を傷つけやすかったりするものかもしれない。

当初の信念、自分がやろうとしていた意図そのものまでも否定して、「やらなきゃよかった」と思う必要はない。
ただそのプロセスにおいて、こちらの意図したことがちゃんと正しく相手に伝わらなかった、人を傷つけたり、反感をかってしまった、という面があるとすれば、そこをきちんと反省して今後に活かすべきだろう。

言い方など表現の仕方やタイミングに問題はなかったか?、相手の気持ちを踏みにじっていなかったか?、自分自身のそれまでの行い、ひいては心の内はどうだったか?…etc. 


♪ 過ちを認め、謝ることの大切さ

人はみなそれぞれに感情をもち、自分自身の立場や利害もある中で生きている。誰もみな一生懸命努力したことは認められたい。

こちらも人間、相手も人間。 なるべく相手の気持ちを考えて、こちらの態度や言い方ももちろん、こちらが腹の内で思っていた面も冷静に分析してみると、自分のわがままも見えてくる。 
ついつい芽生えてしまった勘違いや思い上がりがあったかもしれない。有頂天になって初心を忘れ、見失っていたことがあるかもしれない。

自分が知らず知らずのうちに周りに与えていた影響に気づけば、相手がこちらに対して抱いた感情や相手の対応も「ごもっとも」と思える。そこに気づいて、相手に申し訳なかったと思えるなら、そこはなるべく早く伝えたい。自分の内を明かして謝るのは勇気のいることだが、素直な気持ちは「生(なま)もの」。干からびないいうちにきちんと伝えたい。


♪ 謝る表現、受け止める表現

「いじめ」は決して許されることではないが、いじめられる側にも何らかの問題がある場合も多い。 外見や生い立ちなど、本人にすればどうすることもできない偏見による「いじめ」は加害者側が100%悪いが、いじめられる側に問題がある場合もある。
その人の言動が複数の人たちになんらかの不愉快さを与えたり、周りの好意を踏みにじったり裏切ったりして反感をかい、いじめにつながるケースも多々ある。

周りの人の態度に「あれ?」と感じたら、もしかして自分に何か問題がないかチェックしてみることが大切だ。そしてもし何か思い当たる節があったら、そこはちゃんと相手に伝えて謝ること。その大切さは子供にもよく伝えている。

しかし、謝るとかえって「やっぱりお前が悪かったんだな」と相手がつけ上がり、ますます意地悪されたり無視され、状況はかえって悪くなる…という話を聞くことがある。残念ながらそれは大人の社会にもしばしばあるかもしれない。

♪ 

たしかに、いくら謝ったからといってもそうそう簡単に「気づいてくれてありがとう、こちらこそ」とすぐに笑顔が戻るのはドラマの世界だけ。実際はなかなかむずかしい。

「今さら何を!」と思われるかもしれないし、謝られること自体が迷惑でうっとうしいかもしれない。また、いくら口先で謝っても行動が伴ってなければ信じてもらえない。それどころか、謝ってる割には変わってないこちらの言動がより一層目立ってしまうかもしれない。
心象はいったん与えてしまうと、何をやってもしょせん「偽善」だと思われて敬遠されるかもしれない。 

でも、だからといって自分を顧みることもせず、間違ったままゴリ押ししたり、自分をごまかして生きるのはよくないと思う。ときどき自分をしっかり振り返って、なにか非があれば認めて相手に謝るというのは、ちょっと勇気のいることだが大切なこと。

だから、もし誰かが反省して謝ってきてくれたら、まず謝ってきてくれたことに対して「ありがとう」と返したいと私は思っている。
謝られてもどう返して良いか分からず、そのまま無視してスルーしたり、触れたくない部分を避けて通ったり逃げてはいけないと思う。

それができないと、似たもの同士(と思える相手)と何事もなければ「仲良しごっこ」はできても、自分と違う人・立場・気持ちを理解してその先の人間関係を築いていくことは難しいだろう。

「謝る=自分の非を認めること=責任を問われる」、だから謝らない。謝る勇気がない。
一方せっかく謝ってきた相手に嫌悪感を抱いて無視して遠ざかる。…これは人間関係の危機につながるような気がする。



お互い過ちも犯すし、感情もある人間同士。謝られて「ありがとう」と思えるかもしれないし、「何を今さら!」という感情がわいてくるかもしれない。だが少なくとも相手のことを認め、ちゃんと受け止めることは大切だ。

謝ることは、相手の気持ちを思って詫びること。しかしそれをどう受け止めるかは相手の問題。相手が許してくれるかどうか、信頼を回復できるかどうかはあくまで結果である。
許してもらうために謝るのではない。大切なのは、自分自身の誤り・過ちを正して改めること、人の気持ちに気づくことだ。



♪ 無視して遠ざける(遠ざかる)のは簡単だが…

こちらの真意を分かってくれない人のことを「あいつはバカだから」「あいつはどうせ違う世界の人だから」…などと言って無視して片付けることは簡単だが、それでは成長はない。

誤解やすれ違いのプロセスを経ながらも、こちらも改めるべき点は改め、お互い認めるところは認め合って、新たに再構築されていく人間関係は必ずある。その機会をこちらから破壊してしまうのは愚かなことだ。

上下線ですれ違う列車をこちらの線路に乗せ換えて同じ方向に走らせることは無理なように、いまは自分とすれ違ってしまう人を直ちにこちらの思い通りに変えることはできるはずもない。
無理な要求を相手につきつける前に、自分が変わるべき点、変えられることがあるかどうかを見極める方が早道だろう。

「去る者は追わず」ということもまた真実。 しかし決して感情論で相手を嫌ったり無視して見捨てるのではなく、自分も改めるべき点は改めてこちらが成長をしていくしかない。思いやりの気持ちを大きくもって、時の流れを味方につけよう。


♪ 「自分はどうありたいのか?」の原点にかえって

人の気持ちを察し、相手の素晴らしい面は素直に認め、こちらが悪かったと思うことは素直に謝り、変えられることは変えようと努力する。
それでもまた相手に何か失礼なことを言ってしまったり、不快感を与えてしまうこともあるかもしれない。そこはまた素直に反省しながら進んでいけばよい。

人とぶつかったり誤解を受けることを恐れて、やるべきことを「やめとこう」にしてしまったり、本来の信念そのものを捨ててしまったり、考えることもやめてしまう…というのは本意ではない。
自分の信念に基づいて「正しい」と思うこと、「やらなくてはいけない」と思うこと、現状に対して「おかしい(=正すべきだ)」と感じること、心の底から「やりたい」と思うことは貫けば良い。いや、しっかり貫くべきである。 
 
自分自身をしっかりと見据えたうえで本当にやるべきことは、周りからどう思わようと気にすることなく貫くべきだ。謙虚に、かつ毅然とした態度で。

それが自分のやってきたこと、抱いてきた信念に対する責任ではないだろうか

人の言うことに耳を貸さない単なるワガママな「頑固」と、謙虚さを兼ね備えた「信念」とは別のものだと思う。



<おことわり>

生意気に長々と申し訳ありません。
とくに何か個別の事例について書いたつもりはありません。
このカテゴリ「★己を見つめる」は、私のこれまで振り返って感じる、あくまで一般論としての雑感です。
なおこの記事はまだ書きかけです。一部手直しすることもありますが、ご了承ください。


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お世話になり、迷惑をかけ、生かされている

 
「生きているということは、誰かに借りをつくること
 生きていくということは、その借りを返していくこと」

放送作家の永六輔さんの言葉である。

私も50の声を聞いて、つくづく生きているということはそういうものなんだな、と実感として思えるようになってきたような気がする。
人は生きている以上、誰かのお世話になり、たくさんのものをいただいて、こちらからは迷惑をかけ続けていくことなんだな、と。

しかしながら、自分はできるだけ人様の迷惑にならないように、人の役に立ち、人に対して誠実でなくてはならない、という思いも当然ある。そのためにあらゆる努力もしてきているはずだ。
そういう目から見ると、人にお世話になっている、人に迷惑をかけている、ということは、できることなら「あってはならないこと」のようにも映るだろう。仮にまあそういう部分もあったとしても、それ以上に自分が役立つことをしなくては、と。

そのように努力する姿勢は、もちろん悪いことではないし、向上心となって素晴らしい力にもなってくれる。真面目で誠実なことの証しでもある。

しかし、その頑張りは、ともすると自分自身の守りを固めるために無理な力がかかり、ストレスとも背中合わせになっている場合がある。


◆「幸せ」を見つけ 事実に気づくひとつの方法

現代社会においてはとかく、人に対して「かけひき」的な見方をし、人に借りをつくらないように、迷惑をかけないように、いわばマイナスをつくらないように頑張って生きようとしてしまいがちである。

しかし、あまり頑張りすぎると「自分はこんなに頑張ってるのに」「(相手に)こんなにたくさんしてあげてるのに」という自負が強くなり、「なのに私は、ちっとも報われない」…と不満・不幸を感じるようになる。
自分が頑張って、たくさんのことを相手に与え、迷惑はかけないようにしてきたはず、と思い、その自分を支えるためにますます頑張ってしまう。人のお世話になり迷惑をかけている部分をあまり見つめることなく無理な頑張りを続け、いつしか素直な気持ちで心の底から「ありがとう」や「ごめんなさい」が出づらくなっていることに気づかない。

つまり、マイナスを作らないように努力する頑張りは、ストレスの元にもなりかねないのだ。

それに対し、一見あまりうれしくない、あってはならない“マイナス面”に目を向けてみることで、自分が人からしていただいたこと、自分が相手に迷惑をかけたこと、それでも許され愛されて生かされてきた事実が見えてきて、「幸せ」を発見することにつながる。


◆「内」を観る

そんな方法のひとつに、私が大学時代に法学部のゼミの先生を通じて出会った「内観(ないかん)」という方法がある。

よく建築図面などで、建物を外から見たものを「外観図」と呼び、建物の中の様子を描いたものを「内観」と呼ぶ。その名のとおり「内側をみる」ということだ。

人の心の内側を見る、というと、何か医学か心理学など、とても難しい、何やら恐ろしい扉を開けるような印象を受けるかもしれない。
また、心の問題に触れるので、もしかすると怪しい宗教か…?などと不安に思われるかもしれない。

しかし、そんな難しいことでも恐ろしいことでもなく、単に自分の小さいころの記憶をたどりながら、ある3つのテーマで、本当の自分、客観的な自分の姿を見つめてみよう、というきわめて単純な作業なのである。

その3つのテーマとは…
人に対して 「していただいたこと」、「迷惑をかけたこと」、「お返ししたこと」 の3つである。

これは、ふだん自分から人を見るときに無意識のうちにしがちな、「してあげたこと」、「迷惑をかけられたこと」、「返してもらったこと」という視点とは全く逆の視点(=すなわち相手の目に近い)である。
 
いってみれば「心の逆立ち健康法」。ふだん力んで使っている筋肉を少し休め、逆にふだん使っていない筋肉を使ってみる…そんなものだと思えばいい。

今まで見えているようでなかなか見えなかった、「相手の目から見た自分」「相手の気持にたった見方」に近い発見につながる。
かけひき勘定の目で不安に思って詮索してきた「自分がどう思われてるだろうか?」ではなく、相手の目に近い立場で、相手の気持ちになって自分を見つめてみる作業、と言ってもいい。

でも、今まで「かけひき」の対象としてきた相手(他人)に対して、いきなりこういう見方をしてみるのは、感情的な面が邪魔したりして難しい面もあるかもしれない。

そこで、一般的に入りやすいのがまずは「母親に対して」だろう。
小学校に上がる前に母に対して、小学校低学年、3・4年生、5・6年生、中学…と時間を区切りながら、3つのテーマで調べていく。

やがて現在まで来たら、次は父親に対して、兄弟や祖父母に対して…とやっていく。今現在の学校や会社などの人、あるいは友達など、いろんなしがらみやかけひきのある人に対していきなりやろうとしないで、まずは母親・父親など、お世話になったことがいわば“当たり前”と思える抵抗のない相手に対して、3つのテーマで調べていくのが入りやすい。

ある事情で、どうしても母親に対して恨みがある、母親に世話になったと思いたくない、などの事情がある人は、父親でもいいし、祖父母でもよい。
要は、何かをしていただいたり、迷惑をかけてきたことを、自分自身が納得して素直に認められる相手の目を借りて自分自身を調べるのだ。

もともと、親には世話になり迷惑をかけるのは「当然」で、それがない人はいない。親にしてもらうのは「当然」で、特別に恩義に感じたりしなくてもいい存在なのであれば、それを思い返したところで、「あら大変!親にこんなに世話になってたんだ!どうしよう!まずい!…」などと今さら慌てる必要もなく、さほど苦痛ではないだろう。

その「当たり前」のようなこと、親からすれば「見返りを期待しない愛」があったからこそ自分は生きてこられたんだ、という事実。そこに気づいて事実を事実として受け止めることがまず原点なのである。


◆記憶をなつかしくたどりながら

小さいころ住んでいた家の中、家の近所の風景、音、匂い…、懐かしい場面の数々を思い出してみよう。
普段の日常生活では忘れ去っていた懐かしい場面。毎朝学校へ行く前のごく日常的だった家でのこと、夏休みに連れて行ってもらった旅行のこと、誕生日やクリスマスなどの大切な日をどう過ごしたか、どんなプレゼントをもらって、何を食べたか…etc.
ふだんの忙しい中では記憶のかなたに埋もれていた自分自身のルーツを。

あるいは、幼少の頃に親との関係で何らかの辛いことがあり、それを封印するように記憶の中から消し去ろうとして生きてきた人もいるかもしれない。
しかしそういう方にもぜひ見つめてほしい。封印されてしまった幼少時代の中にも、何かひとつやふたつ、親からしていただいた出来事は思い出せないだろうか?

懐かしい、と素直に思える人も、忌わしい出来事が出てきてしまって思い出すことが辛い人も、とにかくこの「単純作業」にしばしつき合って、自分の育った中で現実にあったはずの「していただいたこと」「迷惑をかけたこと」を思い出し、それに対して「お返したこと」を淡々と探してみよう。そこが自分の原点を知る出発点であることは間違いない。

まずは記憶にある限りの幼少のころから小学校に上がるまでの間、つぎは小学校低学年のころ、つぎは高学年のころ…という風に、2~3年ごとに時代を区切りながら、母親に対してなら母親に対して、この3点に絞って探していく。


◆3つのテーマから外れないように

よく昔のことを思い出しながら、自分の母親はこういう人だった、こういう長所があって、こういう短所があって、と説明してしまうことがある。
「母は社交的で人と接することが得意だった」とか、「母は面倒見のいい人で、私に対してもこまめによく気づく人だったが、世間体を気にする人で…」みたいな母親像を語っても意味がない。

しかし、自分の母親がどういう人だったか、どういう性格だったか、という母親自身の性格や問題はちょっと棚に上げておこう。母親のことを調べるのは「内観」(=自分を見つめる作業)ではないのだ。

また、母親がしてくれたことが、自分にとって本当に嬉しかったか、本当はもっとこうして欲しかったのに、といった自分の側の感情や都合も、しばし棚に上げておこう。そういう見方は「自分の都合」を含んだ目で、今までにもさんざん見てきた見方だろう。

まずは淡々と3つのテーマに沿って事実を事実として思い出していくことに専念しよう。

3つめの「お返ししたこと」は、「していただいたこと」へのお返しである。しかし子供のころに親からしてもらったことにいちいち恩義を感じ、その都度「お返し」などしてないことがほとんどではないだろうか? とりあえず今調べている同じ時期に、自分から母親に何か「してあげた(お返しした)こと」はなかったかを探せば良い。どうしても思い出せなかったら「思いつくことが見当たらない」でもよい。その事実をとりあえず受け止めておけばよい。

当然ながら、「いろいろと世話になった」「実に多くの迷惑をかけてきた」などと総くくりで述べても何の意味もない。ひとつひとつ具体的な出来事を探し、自分の感情や都合ではなく、ひたすら3つの観点で調べていくことだ。


◆たとえばこんな見方・考え方で

はじめは淡々と「していただいたこと」「迷惑をかけたこと」「して返したこと」を思い出せるままに、箇条書きのように挙げていくのでもよい。

ただし、出来事だけをたくさん思い出しても、必ずしも内観が深まるとは限らない。少し思い出す作業に慣れてきたら、当時のあるひとつの出来事をじっくり見つめ、その周辺をくまなく照らし出すように調べてみる。

たとえば、「小学校の低学年の時、遠足のお弁当をつくってもらった」という出来事があったとする。当時も一応そのことは「してもらったこと」として認識はしていたはずである。ただし「クラスのみんなもそう」「親なんだからしてくれて当たり前のこと」として…

そのあたりをもう少し掘り下げて、前後のでき事や相手の状況・気持なども含め、もっと詳しく思い出してみると…。



遠足へ行く前日、たしか母は頭が痛いと言っていた。それでも、お弁当に入れる何かが足りないからといって、夕方雨の中を買い物に行ってくれた。・・・夕飯の後片付けをした後で、お弁当のおかずの下ごしらえをしてくれた。
翌日晴れるようにてるてる坊主を作っていた私が、ぶら下げる糸がないと言うと、タコ糸を出して切ってくれた。・・・・天気予報の時間を気にしてテレビをつけてくれ、「明日の朝までに雨は上がり、晴れてくる」と聞くと、まるで自分のことのように「よかったね」と喜んでくれた。・・・・寝る前には明日着ていくものを整えてくれた。行った先で寒いといけないからと、1枚上に着られるものをリュックに入れてくれた。・・・・・朝起きたら、台所からいいにおいがしていて、もうお弁当は出来あがっていた・・・・・
 
そうしたひとつひとつこそが、具体的な「していただいたこと」である。
単に「遠足のお弁当をつくってくれた」というだけではまだ漠然としていて、よく分かっていなかったことに気づかないだろうか?少しだけ相手の気持ちも見えてこないだろうか?

さて、それに対して、そんな母親に対して「迷惑をかけたこと」や「して返したこと」は?

まず、遠足ではそのお弁当を全部きれいに食べて帰ってきて、ちゃんと「ごちそうさま」や「ありがとう」を言っただろうか?
学校からもち帰った行事予定のプリントを見て、いつ遠足があるかを私以上に何日も前から気にしてくれて、前日は頭が痛かったにもかかわらず買い物や準備をしてくれた母親に対して、ちゃんとお礼やねぎらいの言葉をかけただろうか?肩でも叩いてあげたりしただろうか?・・・・ etc.

「していただいこと」の具体的なことと対応させて、自分はその当時それをどう受け止め、何をしたか、といったことも今いちど自分に問いかけてみよう。

ほかの友達と比べて、本当は母親にもっとこうしてほしいのに、などと不満を蓄積させていたことはなかっただろうか?ワガママを言って困らせたり、悲しませるようなことをしていなかっただろうか?…etc.

「迷惑をかけたこと」「して返したこと」も同様に、ただ漠然と羅列するのだけでなく、ある出来事を中心にできる限り具体的に調べてみよう。

(この下の記事に つづく)
→ 内観の具体的な進め方

内観の具体的すすめ方と視点 

◆内観の具体的な進め方

研修所などに1週間こもって、およそ1時間ごとに「小学校〇年生の時、母親に対して、していただいたこと・迷惑をかけたこと・して返したこと…」を調べ、面接してもらいながらすすめる集中内観もあるが、毎日ふつうに生活しながら、夜寝る前に15分ずつ、「小学校〇年生の母親に対して」と思い出し、専用につくったノートに3つのテーマごとにメモしていく記録内観という方法もある。
また、すでに内観の方法を習得している者が、日々の日常の中で行うのが日常内観である。


<集中内観>

集中内観では1時間~1時間半ごとに面接者が回ってきて、「ただいまの時間、いつの時代の誰に対しての内観をしてくださいましたか?」と尋ねられる。「いつの時代の、誰に対して、していただいたことは~~、迷惑をかけたことは~~、して返したことは~~」と答える。やり方や掘り下げ方にについてアドバイスを受けることもあるが、たいてい面接者は黙って聞かれ「では次はいつの時代の誰に対して内観してください」と言われるので、また次の時代の内観に入る。

面接者にとっては、内観している人の生い立ちや家族関係に興味をもって聞き出すことが目的でもなければ、あなたと母親とどちらが正しかったかを裁くことが目的でもない。
ちゃんと3つのテーマから外れることなく、過去の出来事を“題材”にして自身を見つめる作業をちゃんと正しくやっているかどうか、を点検するために面接しているだけである。

面接者から「その時、お母様はどんな顔をなさってたか、覚えてますか?」などといった質問を投げかけることもあるが、決して過去の出来事をほじくり出して、興味を持ったりどちらが正しかったかを裁くためではなく、あくまで内観という作業のプロセスで、その時の相手の気持ちを考えたり、自分が母親に対して言ったことで相手にどういう影響を与えていたか、といったことを相手(母親)の視点で掘り下げているかどうか、内観の進み具合に合わせて、考える方向を修正して気づかせるためのアドバイスをしているにすぎない。

これを1週間、朝起きてから夜寝るまで、食事も個室に運んでいただいてとり、トイレ・風呂でもし他の内観者と顔を合わせても一切会話はせず、ひたすら自分自身と向き合い内観を続ける。


<記録内観>

1週間というまとまった時間、外界と完全に切り離された場所にこもることができない多くの社会人の場合、専用のノートを作って、寝る前に毎日15分、思い出したことを記録していく方法で内観をすすめることができる。それが記録内観である。

かつて大学時代のゼミでも、夏休みを利用して記録内観をやった人もいた。毎晩すこしずつこつこつと記録をつけていくやり方でも、1~2か月続けることで1週間の集中内観とほぼ同じ成果が得られるようだ。

ただ、まったく初めての内観では、つい間違った方向に思考が行ってしまわないかを、誰かにちょっと見てチェックしてもらった方が良い。

面接者になるのに特別な資格は要らないので、内観を経験したことのある人であれば誰でもできる。 幼少のころの極めて個人的な情報をひもとくことになるので、あまり親しい人に面接されるのには抵抗感があるかもしれないが、先ほど書いたように面接の目的はあなたの過去を探ることが目的ではないので、信頼できる人にだったらお願いしても良いだろう。

今だったら、それこそメールでその日に内観したことを「いつの母に対して、していただいたこと・迷惑をかけたこと・して返したこと」と3つのテーマごとに書いて送り、その文面からチェックしてもらってアドバイスしてもらう、という方法でも面接に代えることもできるだろう。

そして少しそういう思考にも慣れ、深まってきたら、より細かい部分、自分自身の心の奥底にあるもの(嘘をついたこと・相手から奪いとったことなど)と正直に向き合って掘り下げてみる。面接なしに自分自身でやってみれば良いだろう。
さらに、そうした思考が習慣化し、日常の中でもいつでも内観ができるようになれば素晴らしい(日常内観)。


◆ある種の疑似体験

昔のことを思い出しながら、「母にしていただいたこと」をひとつひとつ探し出し、そのときの自分との関係についてフィードバックしていく作業。

それは、自分がただその当時にタイムスリップして、その当時と全く同じ自分の目で見ているのではなく、大きくなった今になって、ほんの少しだけ母の側に立って見えてくるように思えないだろうか? 自分と母とは完全に一体の、やってくれて当たり前の関係ではなく、私という一人の人間と、母というやはり一人の人間との関係として見えてこないだろうか?

これはまたある意味、両親を亡くしてから思う親の愛情への気づきにも似ている。
実際に向き合っている相手とは、ついこちらの都合・わがまま・照れくささ…といった自分のフィルターを通して相手を見ている。

だが相手の死、もしくは自分自身の死に直面すると、そういうお互いのかけひき感情ではなく、自分の都合や欲がなくなって初めて見える本当の気持ちが見えるのだ。
内観はそれに近いことをちょっと疑似体験的にやってみるようなものといってもよい。

だが、かくいう私も、大学のゼミ(法学部・犯罪学)の研修で1週間だけ集中内観をやらせていただいたが、その時にたどったのは3歳ごろの記憶のあるあたり~20歳を超えるぐらいまでの人生。
その後大学を卒業し、社会人になり、結婚して子供ができ、母親・父親が他界するまでにそれより長い時間生きてきたことになる。だが、実際に親を亡くしてからあらためて気づくことも多いのだ。

内観でちょっと体験したような見方がいつもできていればよいのだが、なかなか難しいのだ。

だが少なくとも、親子を「当たり前」の関係ではなく、ひとりの人間として、私という人間に対して「してくれた」という事実。「迷惑をかけた」という事実を思い出してみる作業は、決して悲しく落ち込むような作業ではない、ということだけはお伝えしたい。

母親や父親がどんな性格であろうと、どんな問題をかかえていようと、親になにも愛情を注がれずに生きてこられた子はいないということに気づくはずだ。まずはその事実を、自分自身の問題として客観的に見ることだ。


見返りを期待しない親の愛 

いくらこちらから頼んで生まれてきたわけじゃない、と言ってみたところで、あるいは親にしてみれば、必ずしも私のような子が生まれてきてほしかったかどうかはともかく、現に生れてそこに存在した私のために、そうした数々のことをしてきてくれた、ということだけは紛れもない“事実”なのである。そういう親からのケアがなかったら、1日たりとも生きられなかったのだ。

そしてたいていの子は、親がしてくれることにいちいち感謝してお礼を言ったりはしないで成長する。 中には大変よくできた子もいて、ちゃんと親にお礼をいったり、年老いてから親孝行を充分にして見送れる人もいるかもしれないが、たいていは親が子に施した愛を超えることは難しいだろう。

「親だからしてくれて当然」で「子供だからしてもらって当然」の構造がそこにはある。それがまさに見返りを期待しない親の愛なのだ。

その「当たり前」に受けてきたことをひとつひとつ見つめ、自分もまさにそういう「見返りを期待しない愛」に包まれ、わがままを許され、生かされてきた、という事実だけはきちんと受け止めることが大切だろう。

(この下の記事へ つづく)
→ 生かされている自分、授かったものを活かす
プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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