ティンパニ・曲の途中での音変え<ヒント>

8月8日(月)

久々に大きなオーケストラの演奏会に参加して1週間、またしても「夢のお告げ」…?
私が青春時代から大好きな曲のひとつ、スメタナ作曲の「モルダウ」が夢に登場しました。

少し前にある方から「曲の途中でティンパニの音を変えなくてはならないとき、どうしたらいいんでしょう?」と尋ねられていたこともあって、たまたまこの曲が夢に出てきたのかもしれません。

ちょっと(かなり?)マニアックなお話ではありますが、音楽のお好きな方、オーケストラの裏事情に興味のある方にはなるべく分かりやすく伝われば…と、書いてみます。



スメタナが祖国チェコをテーマに6曲から成る連作交響詩「わが祖国」を書きましたが、その中の2曲目が有名な「モルダウ」です。

小さな滴(しずく)が集まって「流れ」となり、狩猟の森や農夫が踊る村を通り、月の光を川面に映し出し、やがて大きな流れとなってプラハ市内を流れ、1曲目の「高い城」が風景として再現し、エルベ川へと注ぐ…そんな情景が目に浮かぶ美しい曲です。

まずは、有名なメインテーマはこちら。
楽譜を書くソフト「ミュージックスコア」を初めて使ってメロディラインを書き、伴奏は略してコードのみ書いておきました。

メインテーマ修正済
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この曲のティンパニは、途中で何回か音変えが必要になります。

まず冒頭の有名な主題ではE(ミ)B(シ)。
メインテーマを2回繰り返し、次の「狩猟の森」に入る場面では突然C(ド)G(ソ)の音が必要になります。

続く「農夫たちの踊り」の場面では、D(レ)A(ラ)です。
そして、月の光が川面に映る静かなシーンを経て、ふたたびメインテーマが再現するところでは冒頭と同じE(ミ)B(シ)、そのまま曲の最後まで突き進みます。

仮にぜいたくにも4台・5台のティンパニを揃えられる、お金に多少の余裕のあるアマチュアオケでも、この曲で使用する音域は、たいてい真ん中の2台を音を変えながら使って演奏することになります。



問題は、静かな「川面に月の光が映り、水の精が舞う」シーン(=とても静かで美しい場面)の間に、次の再現部に必要なE(ミ)B(シ)の音を準備しておかなくてはならないところです。とくに、はじめに出てくるB(シ)の音を正確に取っておきたいところです。

スコアで見る限り、しばらく出番がなく休んだ後に、「シ」の音で静かなppのトレモロからスタートする、たったそれだけのことなんですが…


<スコア>
モルダウ20160808


今流れている音楽の調(キイ)とはまったく違う調に変わる場面ですぐにティンパニが出る場合、前もってどうやってその音を取っておくか…?

美しく水の精が静かに舞っている、ppのとってもデリカシーが要求される場面で、ただでさえ動きの目立つティンパニ奏者が中腰になってティンパニの皮に耳を近づけて次の音の準備を念入りに…はできれば避け、なるべくスマートに次の音を正確に取っておきたいろころ。

響きの色変わりを予想できれば一番望ましいですが、曲によっては「ある楽器のこの音に合わせれば良い」というガイドとなる音がある場合もあります。
しかし、この「水の精」が舞っているシーンでは、オーケストラ内のどこにもB(シ)の音が見当たらないのです。


これまでこの曲を演奏したことは何度かあります。
会場でのリハーサル時に、本番で使う楽器の癖をある程度把握しておき、ゲージを頼りに音を取り、もし万一叩き始めてみたら微妙にピッチが違っていたらペダルで微調整…

まあ一般的にはそんなところなんでしょうが…

<ティンパニのゲージ>
ティンパニのゲージ

やはり大好きなこの曲への思い入れが増すほど、ここではなるべく正確にB(シ)の音をとっておきたい!…そんな執着が出てきます。

ではどうしたら良いのでしょうか?



やはり、今流れている音楽の響きの色変わりをコードでとらえてみることです。
その中で、自分が次に出すべき音をどこから拾うか、です。

問題の、「川面に月の光が映り、水の精が舞う」シーンを、ピアノ譜にコード名をふってみました。


<楽譜1>
月の光が川面に…1カット

<楽譜2>
月の光が川面に…220160808

<楽譜3>
月の光が川面に…320160808

<楽譜4>
月の光が川面に…420160808

ご覧のように、この流れの中に「もろ出しのB(シ)の音」はどこにもありません!
しかし、あらためてコードの流れで追ってみると、じつはこの中に何か所か、次に出すべきB(シ)の音を探るガイドとなる響きがあるんです!

上の<楽譜4> ★印をつけたところ~

ホルンとトロンボーンが静かに刻みを入れてくるところで音楽は躍動感を増してきます。
このあたりで速やかに次の音を準備すれば、音楽の流れを壊すこともないでしょう。

2回ほど出てくる「Cm」の響きに「メジャー7」の響きを思い浮かべることができれば、それがB「シ」の音です!
あと、ちょっと難しいかもしれませんが、直近の「A♭m」の真ん中の音が「ド♭」=「シ」ですね!


そして問題の場面。

<楽譜5>
月の光が川面に…520160808

ティンパニがトレモロで奏でるB(シ)は、B7のベース音です。
そしてそれは、美しいメインテーマが再現するEmから見ると属七(ドミナント7)のとっても重要な音であることが分かります。

このように、次に出てくる調とまったく異なる響きで音楽が流れている中であっても、次に移り変わる響きを予測できるとベストです。
そのための訓練として、 「ある響き(コード)」の中の「ある音」をガイドにすることができれば、より正確な音取りができるのではないでしょうか?


*「わが祖国」全体の曲目解説はこちら…
  → 連作交響詩「わが祖国」




基礎からクリニック

10月25日(日)


学生オケ時代からお世話になってきた百瀬和紀先生(=元N響首席ティンパニスト)のお宅にお邪魔して、久しぶりにクリニックを受けてきました。

「新世界より」

先日のリハーサルでは完全に打ちのめされてしまいました。
まだまだ曲に対する思い入れ・読み込み・気迫が足りなかった。
そして何より基礎的なテクニックにも問題があった。

でも、いま落ち込んでる場合ではありません!
とにかくCDを繰り返し聴いて、スコアを読み込み、リセット!

そして何より、イメージ通りの音を出せるには、やはり基礎的なテクニックの洗い直しが必要と痛感。


はじめから他力本願はいけませんが、我流でやってきた時間が長く、本番1週間前という切羽詰まったところではありますが、逆にまだ1週間あるうちに、基本的な間違いは正しておいた方がよいだろうと。

百瀬先生は最近世田谷に引っ越されたとはお聞きしてましたが、なんとわが家から自転車で10分ほどの場所! 
これは、「早く行ってきなさい」という天からの声だったのでしょう。

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ここ数日、浅い眠りの中で何度となくCDを聴き直しながら、各楽章ごとのポイント、予拍の感じ方、注意点などは自分なりにメモして行ったのですが、それらも含めて大切な根本的なご助言がいただけました。

基礎的なところで間違ったまま要求される音を強調しようとすると変な力がかかってしまったり、音の粒がきちんとコントロールできていなかったり…

予拍の感じ方、左手への意識、マレット選び、マレットの持ち方、構え方、打つ瞬間のインパクト…etc.
ほんのちょっとした意識の持ちようを変えることで、まるで魔法にでもかけられたように出てくる音が変わるんです! 

どの世界でも、基本に立ち返ることは大切ですね。

そして何より、学生オケの頃から要所要所ながら私の癖も見てきてくださった百瀬先生の的確なご助言に感謝です!
 → 百瀬先生 古希のお祝い(2011年9月)



あとは、残る限られたリハーサルで、トュッティ(オケ合奏)の中でちゃんと体現できるかどうか?
変な力み、妙な萎縮、そして馴れ合いや驕りといった邪念を捨て、音楽に対する真摯な気持ちで「いい音づくり」に集中するしかありません。

1週間後の11月1日、サントリーホールのステージでは楽しく自然体で演じられるように…


そのコンサート本番とは…?
→ 「コバケンとその仲間たちオーケストラ 10周年記念」

♪ モルダウ ~楽譜表記の解釈から~

スメタナ作曲 連作交響詩『わが祖国』より 「モルダウ」


近々、久しぶりにこの曲を演奏します。

小さなしずくが重なって流れが生まれ、流れが集まって大きくなり、農夫が踊る田園を流れ、静かな川面に月の光をk映し出し、やがてヨハネの急流で渦を巻き、プラハの街を流れて「高い城」を望み、雄大なエルベ河へと注ぐ…
チェコの美しい情景が目に浮かぶような曲で、昔から大好きだった曲のひと=つです。


<ティンパニのパート譜>
Timp1.jpg Timp2.jpg
★左右、クリックすると大きな画面になります


ただ、この曲のティンパニでいつも悩むのが、楽譜上に示された記譜上の「?」です。
かなり専門的な内容なので、興味のない方はスルーしてください。


●農夫の踊る田園風景のシーンで、トライアングルが頭打ちで、ティンパニは裏打ちなのに…
 突然ティンパニに「頭打ち」が何小節か混じるんです。

<楽譜1>

農夫の踊り

練習記号「D」から、音楽的にはずっと連続しているのに、鉛筆でダッシュ印を付けたところだけ「頭打ち」なんです。ここだけ変える意味は…?

指揮者によっては「ティンパニはずっと裏打ちのままでやって!」と指示される方もいるんですが、中には「楽譜通りに」と指示されることも…。私としては裏打ちのままで行きたいところ。

→★FBで久保様からご回答いただき、信頼できるのはチェコで出版されているアルティア版で、裏打ちが正解とのこと。
  ありがとうございます!


●「刻み」なのか、「ロール(トレモロ)」なのか?

曲の後半で、音符の旗につけられた髭が3本だったり2本だったり、表記が混じるんです。
たとえば、ヨハネの急流で渦巻いて、明るい調で流れが再現する前、練習記号「K」のところ。

<楽譜2>
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それまで3本髭でロール(トレモロ)だったのが、「K」で突然髭2本になってます。
流れがとどろくように強弱をつけるところは16分音符で刻みなさい、と?



先ほどの農夫の踊りの<楽譜1>で、3段目の後半には白いオタマジャクシの2分音符に髭1本、しかも上に4つ点が示されていますから、ここは8分音符で刻む指定であることは明確ですね。

通常、白い音符でも黒い音符でも、髭が1本ついていたら8分音符で刻み、2本なら16分音符、3本は32分音符で刻むのが原則です。

ただ、3本髭の場合、よほどゆったりした曲で、他に「tr~」(トゥリル)表記が出てくるならそこをロールで、髭3本はきっちり32分音符を意識して刻まなくてはいけませんが、そこそこ速いテンポの曲で3本髭だったら、もうロール(トレモロ)と解釈します。

ベートーヴェンやワーグナーでは、髭2本なら16分音符刻み、3本ならロール、と解釈して叩き分けてます。しかし、スメタナ先生の楽譜は、どうもそのあたりの区別が曖昧でよく判からないのです。



スメタナの曲で「信頼できる」といわれるスプラフォン版のスコア(総譜)を持ってますが、それを見ても、10小節以トレモロが続くところで、ページをめくると突然3本から2本に変わっていたり…
(おそらく作曲者自身が書き進める中で適当に表記し、初版でもそのまま印刷してしまった?)

とくに曲の終わり近く、モルダウの流れも荘厳になってプラハの街を流れ「高い城」を望むシーン。
3小節単位で同じフレーズが出てくるのですが、なぜか1回おきに髭が3本、2本となっているのか?ここを区別する意味はあまりないように思うんですが…。


<楽譜3>

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実際、このあたりは結構テンポアップしてますから、粒の速さとして刻み・トレモロの区別することは難しいです。しいてやるとすれば「粒立ち」を意識して聴かせるか、「響き」とするかの違いぐらいでしょう。

ここではむしろ、3小節単位の中でどこにアクセント・重心を置くかの方が重要かと。
全体のダイナミックスとしては「ff」の中で、「fz」(スフォルツァンド)のついている2小節目に重心をかける。

あと、「>」(アクセント)と、「fz」とをどう演じ分けるか…?
「>」アクセントは頭の音だけを強く、「fz」はその音符の長さ全体を強く…そんな解釈もできますね。

あまり悩みすぎてもいけませんが、事前に色々考えた上で、本番の流れの中でどうするかです。


★「モルダウ」は、全体で6曲から成る連作交響詩『わが祖国』の2曲目。

チェコの伝説にまつわる曲(古いチェコ)と、美しいチェコの自然・風景を描写した曲(現代のチェコ)を交互に挟んでいます。
勝利を象徴する「高い城」に始まり、最後は、ローマカトリックによって迫害されたフス教徒たちが山にこもり、力を結集して自由を勝ち取るという勝利の物語になっていて、「プラハ市民に捧げる連作交響詩」として、毎年5月のプラハの春音楽祭で演奏される、チェコを代表する名曲です。

曲全体のストーリーに関しては、以前書いたこちらの記事をご参照ください。 
→ スメタナ連作交響詩「わが祖国」


マレットの補修

9月3日(水)

私がお世話になっている国立音楽院には、当然ながらたくさんの楽器があり、それぞれ専門の方たちがメンテナンスしています。「楽器リペア科」というのもあるぐらいです。

ただティンパニ用のマレット補修はたまたまやる人がいなかったので、私が…

楽器庫内にあるマレットケースにはティンパニ用のマレットも多数ありますが、フエルトが擦り切れているものが何組かあり、去年からじつは気になっていて、MT(ミュージックセラピー)オーケストラのメンバーと時間を見つけてやろうかという話もあったのですが、せっかくなら学校としても公式の場で皆さんにも見られるようにと。


<作業工程>

作業工程を記録したので、私のブログでも公開しましょう。
★画像はすべてクリックすると大きな画面でご覧になれます。

古くなってすり減ったマレットたち。だいぶ酷使されたようですね。
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ハサミやカッターで縛ってある糸を切り、フエルトを丁寧にはがします。
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頭の芯の部分はコルクのものや木のものなどさまざま。材質・大きさ・重さによってバランスは変わり、当然ながら音も変わってきます。それぞれのマレットにどんな厚さのフエルトを巻いたら良いかは勘とイメージ。とにかくいろいろ作って、実際の演奏場面で使い分けて試してみることです。

愛用のマレットも巻き直すと音が変わってきますので、本番前夜ではなく、せめて本番までに1~2回練習のあるうちがお奨めです。

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今回用意したフエルトは、メガネ拭きぐらいの厚さ1ミリ程度のもの(赤・緑)と、自由に裂いて使える厚手のフエルト(5ミリ厚)の2種類。いずれも楽器専門店ではなく、街の手芸屋さんで売っているものです。
私が愛用しているのと同じタイプのマレットもあるので、厚手のフエルトを半分に裂いて使用する一般的な方法をご紹介します。

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まず、芯の部分をすっぽり包み込める大きさにフエルトを丸くカットします。糸を通して縛るとフエルトは案外伸びるので、あまり余裕を持たせ過ぎないで「ギリギリかな」と思う位のサイズでちょうどよくなります。だいたいこのようなプリンのカップの大きさが目安でしょうか。

5ミリほどの厚さのフエルトのほぼ真ん中にカッターで切れ目を入れたら、あとは手の感覚で少しずつ裂いていきます。

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両手の力の入れ具合に気を付け、裂けたフエルトの厚さを時々光に透かして見たりして、2枚が同じ厚みになるようにします。 一方向からだけ裂いていくのではなく、回しながら周りから中心に向かって行くようにすると均等になりやすいです。

同じ大きさ・同じ厚みのものが2枚できました。そのエッジ部分に、丈夫なタコ糸を縫い付けます。
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エッジから2~3ミリ内側に5ミリ間隔ぐらいでザクザクっと糸を通していきます。スタートとエンド部分は他の縫い目とほぼ同じ間隔で、相互に引っ張れるようにしておきます。糸は両方とも長め(手で引っ張って縛りやすい長さ)に出しておきます。

裂かれた面(柔らかい方)が表に来るように巻きます。
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マレットのヘッド部分にしっかり固定して糸を双方向から引っ張ります。ただ、いきなり強く引っ張ると糸が切れたりフエルトのエッジを破いてしまいますので注意!
球体によくなじませるようにゆっくりと締め上げていきます。糸を引っ張る方向は、当然ながらヘッドに巻かれたフエルトのエッジと水平の方向です(作業しやすいからと言って間違っても上に向けて縛り上げるとフエルトのエッジが裂けてしまいます。

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しっかりと縛り上げたら固く2重に結びます。せっかくきつく縛ったのに結ぶ段階で緩んでしまわないように、割りばしなどで結び目を押さえながら結ぶといいでしょう。
一人でやるときはバチのヘッド部分を膝に挟んでバチの尻側に顎をのせて押さえながら縛りますが、助手に持っててもらえると作業が楽ですね。
余った糸を切って完成です。

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気持ちよくリニューアルされたマレットたち。
一番奥の赤いヘッドは、薄手のフエルト(こちらは2枚に裂かずに1枚ものとしてそのまま使用)を巻いたもの。やや硬めの軽い音がします。

さらに硬さをいろいろ変えたりヘッド部分の重さを調整したい時は、フエルトを巻く前に芯の部分にちょっと細工をしてからフエルトを巻きます。
薄手のフエルト・布・皮などを芯の周りに帯状に接着剤(合成ゴム系)で貼ったり、少しヘッドを重くしたい場合は銅線か針金を巻いたりします(ただし叩く部分は避けて根本の部分に)。

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本日の打楽器部 手工芸班のメンバーたち。演奏とは対照的に静かなひと時でした。


<その他、色々なタイプのヘッド>

今回はもっともシンプルで万能ともいえる「てるてる坊主巻き」(←正式名称ではありません!)をご紹介しましたが、マレットの作り方には他にもいろいろあります。
演奏家やメーカーが協力し合ったりしてさまざまなものが作られています。

マレットの先端部分が細くなっていて、そこにドーナツ型のヘッドを差し込んでゴム等で固定するタイプもあります。
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ただ、このタイプは演奏中にネジが緩んできてカタカタと変な音がしたり、最悪の場合はネジが緩んでいることに気づかないまま演奏中にヘッドを飛ばしてしまう危険もあるので私はあまり好みません。


薄いベルベッドのような布を何枚もミルフィーユのように重ねて、重なった切片の部分で叩くタイプのものもあります。
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やや軽めで硬い音がして、古典のシンフォニーにはいい音を出してくれるので私も一組愛用していますが、これを自作するのは大変でしょう。


帯状にしたフエルトをぐるっと巻いて合わせ目を縫い合わせ、最後に天地を絞るタイプもあります。
芯の形状にもよりますが、俵のような筒型に近くなり、太鼓の皮(ヘッド)との接触面がやや大きくなることで少しやわらかい音になります。
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ただ、叩く面に一か所、縦に縫い目ができてしまいます(上の写真で上面に見えます)。
縫い目の部分で叩くと、パタパタと異質な音が混じります。オケのメンバーや客席にまでその音の違いは分からないでしょうが、叩く側の意識として嫌ですね。バチを持つ時にいちいち縫い合わせ面がどこにあるかを気にしなくてはなりません。

けっきょく上に紹介したような単純なテルテル坊主方式がもっとも単純でトラブルも少ないように思います。

また、同じ「テルテル坊主巻き」でも、フエルトを丸く切ったあとエッジ部分に山と谷の切り込みを入れて歯車のような形にして、フエルト内に水平に糸を潜らせて通す方法もあります。
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これのメリットは、最後に絞り上げる部分に波打ちが出にくく見た目がすっきりすることですが、フエルト地の中ほどに糸を通しているため、最後にきつく縛り上げる時に糸がフエルトのエッジ部分を裂いてしまう恐れがあります。

そんな理由から、私は今回紹介したように単純に丸く切ったフエルトにジグザグに糸を縫う方法でやってきました。
もし縛った後の浪打ちが気になるようなら(見た目はともかく、叩く面にまで浪打ちが及んでいるような場合には)、山になった部分をハサミで少しせん定してやるとよいでしょう。ただしあまり切りすぎないように。

ほかの打楽器奏者の皆さんも、なにかオリジナルのいい方法があったらぜひ教えてください。 
コメントお待ちしています。


2014.9.3 Akira Takagi 

ハンガリアン舞曲4番(ブラームス)

7月3日(木)

ブラームスのハンガリアン舞曲、1番・5番・6番は有名ですね。とくに5番はCMでもよく使われます(最近では「ヘパリーゼW」のCMなど)。

が、4番ってご存知でしょうか…?
もとはピアノ曲(連弾)として書かれたものをオーケストラに編曲したもの(他の舞曲も同様)ですが、オーケストラで4番を演奏する機会は少いのでは…?

F# 短調で、冒頭はゆったりとチャールダーシュ風にはじまり、2コーラス目からしだいに速くなって舞曲風に。いい曲ですよ。

こちら、きのう入手したばかりのポケットスコア(日本楽譜)。
速くなった舞曲風のところで…あれ?
ティンパニが他の楽器と1小節ズレてる? 印刷ミス?

いや、案外これでいいのかも…?

メロディラインと同じリズムをちょうど1小節後追いで刻む(画像左)。 後半は他の楽器たちと一緒です(画像右)。

ハンガリア4番① ハンガリー4番②

<追記>

おととい(3日)この記事をアップしてから、フェイスブックに寄せられたコメントでは、プロの打楽器奏者の方からも「間違い」説が有力です。

パート譜でも同様、はじめ5小節休んで叩いて、そのあと4小節休んで叩くよう表記されてますが、はじめは4小節休んで出て、そのあと5小節休んで叩く、と言う風に読み替えるのが一般的だとか。

たしかにその方が素直で、演奏するのも簡単ですが、あえてズレて(=この楽譜通り)叩くバージョンでのイメージが私の頭の中では妙な落ち着きを見せはじめています(笑)。
8小節目で叩き終わるフレージングとしてもおかしくないないですし、変化がついて面白いんじゃないかな、と。

今回、この曲のティンパニ担当は私ではないんですが、いちおう今後のために…
ブログをご覧の皆さんはどう思われますか?

♪Akira

理にかなった音楽 ~「せっつかれた音楽」にならないために~

せっつかれた音楽、間延びした音楽

以前から、アマチュアオケの演奏に参加したり聴いたりしていて時々思っていたことのひとつだが、曲のテンポとしては決して速すぎるわけではないのに、なぜかお尻をつつかれたような、せわしない「せっつかれた音楽」に聞こえてしまう時がある。

有名な曲をよくある演奏よりもほんの少し速めのテンポで演奏しても、安定した感覚で心地よく聞ける場合もある。 しかし逆に、決して速すぎるテンポで演奏している訳でもないのに、なぜかせわしなく聞こえてしまうのはなぜだろう…?

音楽としての理にかなった安定感がどこかで損なわれているのではないだろうか?



ピンポン玉が床に弾むのを見て、次に落下するタイミングに合わせて手を叩いてみる。あるいはバッターがボールを打った瞬間に、ボールがどこに落下するかを予測して外野選手はひた走ってちゃんとキャッチする。
人間は不思議なもので、べつに軌道をコンピューターで正確に解析しているわけではないのに、ものが落下する位置とタイミングをじつに正確に予測しているのだ。

もしトランポリン競技をビデオ映像に撮影し、空中に浮かんでいる時間をほんのわずかカットして編集したら、見ている人はきっと不思議な感覚に陥るのではないだろうか?

音楽でも、もしそれに近い現象がどこかで起きていたら…?

速いテンポではあっても、メロディがちゃんと安定したまとまりとなって聞こえているか?
等間隔で来る頭打ちが不規則に乱れることなく、理にかなったタイミングで来てくれているか…?
ゆったり伸ばすべき音がほんのちょっと短かったり、頭打ちの音が次に来るべきタイミングよりほんのちょっとずつ早め早めに入ってきていたりすると、どことなく寸づまってお尻をつつかれたような「せっつかれた音楽」に聞こえてしまうだろう。
また逆に、次につながっていく音楽が、ひとつの楽器のフレーズだけで完結してしまうように停滞すると、音楽の流れが寸断され、「間延びした音楽」に聞こえてしまう。


◆理にかなったアンサンブル

オーケストラの音は、指揮者の棒(打点)に全員が寸分たがわずピタッと音を出しているとは限らない。指揮者に合わせて演奏するのはもちろん大原則であるが、指揮者の棒が少し先行している場合もあれば、逆にブレーキをかけているような場合もある。車の加速・減速の時にはタイヤにきしみが出るように、指揮者とオーケストラとは微妙にきしみあいながら音楽を進めていくのである。

いま実際に鳴っている音楽の流れがある中で、テンポを少し巻いたりおさえたりする場合、重低音を受け持つコントラバスやティンパニの頭打ちはとても重要な役割を持つ。

もし重低音楽器の頭打ちが、オーケストラ全体がいま奏でている音楽の流れをまったく無視して(一緒に音を感じることなく)ただひたすら指揮者の打点だけに忠誠を誓って出てしまったら、音楽の流れを壊して不自然になってしまう。
メロディを奏でるパートも、伸ばすべき音がほんのちょっとずつ短くなったり、速いパッセージを遅れまいと必死に弾かなきゃ・吹かなきゃと思い過ぎると、音楽としての安定感が損なわれてしまう。

「せっつかれたような音楽」は、そうした何かしら不自然な力がほんのちょっとずつ積み重なって起こるのではないかと思う。

また逆に、指揮者の棒よりもオーケストラがやや走り気味で前に行ってしまっているような場合、音の流れに身を任せてノリノリで行ってしまったら指揮者を完全に裏切る暴走馬になってしまう。
かといって自分だけは指揮者の棒に忠実に合わせたんだ、といくら主張しても、音楽の流れの中では結果的に遅れて聞こえてしまうこともある。指揮と音とのジレンマに立たされる場面である。

このように、指揮者とオーケストラの音楽の流れとの微妙なせめぎあいの中で、「せっつかれた音」にも「遅れた音」にもならないギリギリのところで、「理にかなった音」を出すことが重要なようだ。



メロディ(とくにソロ)は主役であり、あまりテンポを刻むタテの線だけを意識しすぎると、カラオケでただひたすらテンポに忠実に、首を縦に振りながら歌うようなつまらない音楽になってしまう。大枠から大幅にずれてしまっては困るが、大枠の中である程度自由に伸び伸びと歌っていただきたい。
そして、頭打ちや刻みを受け持つパートは、ゆったりと歌うメロディに聞きほれてまったりし過ぎることなく、ちょっとクールにテンポをキープする必要がある。
(ブラームス交響曲1番4楽章のホルンのソロと刻みのティンパニの関係など) 

ピアノなどのソロ楽器では、例えば指の都合でどうしても遅くなってしまうような箇所があっても、一人の奏者が描く音楽の流れがきちんとあれば、それは音楽として成り立つ。

しかし複数の楽器で作り上げる音楽(アンサンブル)には、「全体としての音楽の流れ」というものがあり、その中に個々の楽器のメロディやリズムの塊(フレーズ)がある。個々のフレーズもぶつ切れでは困る。何らかのまとまり感がなくてはいけないが、それがさらに大きな流れに中では統合されている。個々のフレーズが全体の流れをつくっていくのだが、その全体の流れにそぐわないと不自然に聞こえてしまう。

個々にいろいろなパターンがあるが、およそメロディラインとリズム(刻み)との関係には次のような大原則があるのではなかろうか。

メロディは大きなリズムの枠の中で自由に歌う
●細かい刻みや合いの手はメロディに合わせる 

言い換えるなら、音楽にはまず大きな枠があり、その枠の中に納まる自由で伸び伸びしたなメロディがあり、そのメロディに細かい刻みや合いの手は合わせていく…ということ。

あと、「先行した音につける」という原則もある。
メロディが先に歌い始めて、後から刻みや合いの手が入る場合、メロディに絶対服従しなくてはいけない。合いの手がちょっと早めに入ったら「せっつかれた音」に、微妙に遅れて入ったらそこで流が止まって「間延びした音楽」になってしまう。
しかし、もし1小節あるいはたとえ1拍でも「刻み」が先に入っている場合、後から入ってくるメロディは刻みにちゃんと乗っかってこなくてはおかしい。

これは指揮者とオケとの関係というよりも、オケ内部の各パート間のアンサンブルの基本だろう。
こういうアンサンブルがちゃんと理にかなっていれば、指揮者が創り出したい音楽についていくにしても、決して「せっつかれたような音楽」にも「間延びした音楽」にもならずに、ちゃんと自然に気持ちよく聞ける「理にかなった音楽」になるはずだ。


音のニュアンスづくり

前にこのカテゴリ内に「テンポのニュアンス」という記事を書いた。

アレグロとかアンダンテという表記を、必ずしもメトロノーム上で1分間に4分音符いくつの速さで…という絶対的な速度だけでとらえるのではなく、アレグロにはアレグロの、アンダンテにはアンダンテの、その曲なりのニュアンス、理にかなった音楽というものがある…ということだ。
音楽というのは本当に不思議なものだとあらためて思う。

ここでも「速い=せっつかれた音」ではないということが分かるだろう。テンポというものが絶対的にあるのではなく、あくまで音楽のニュアンスがあってこそ、ということだ。
 
テンポだけでなく、強弱のつけ方でも音楽のニュアンスは大きく変わる。
全員で一斉にピアニッシモに落とす場合、ひとりも裏切り者を出すことなく全員が完全に揃うことが望ましい。それも「なんとなく落とす」のではなく、全員一致で「完全に落とす」のである。これが決まった時は鳥肌が立つ。
 
一方、静かな中から何かが湧きあがってくるようにクレッシェンドしていく場合、どうしたらいいだろうか?
全員が同じようにじわじわと湧き上がってくるのが良いのか? あるいはある楽器がちょっと先行して湧き上がってくるのが良いのか? もしそうだとしたらどの楽器が先行するのが良いのか? 高音のメロディ楽器が先行してクレッシェンドするのが良いのか?、それとも重低音楽器から先が良いのか…?

曲の場面によってもケースバイケースだろうが、多くの場合は重低音の方から先に湧き上がってきた方が良いことが多いように思う。それもたとえばティンパニが真っ先に勃発してしまうのではなく、まずはチェロやコントラバスなどの低弦から何かが沸き起こってきてくれて、それにティンパニが少しずつ力を添え、ホルンや金管、ついにヴァイオリンなどの高音楽器が頂点に達するところで、最後にティンパニが一気に膨らませる…という形にしてみるとやはり鳥肌が立つのではなかろうか?

おそらく「鳥肌」というのは、生理的にも理にかなった形で決まった瞬間に起こるのではないだろうか?
ただ「そこにPPと書いてあるからやる」「そこにクレッシェンドと書かれているからやる」のではなく、どうせやるなら「鳥肌PP」・「鳥肌クレッシェンド」にしたいものだ。


指揮者とオーケストラのよき関係とは?

こうした演奏家としての学び・追及・試みは、決して指揮者をないがしろにするものではない。
指揮者は全体としての音楽を創り出してまとめる立場であるが、実際に音は出さない。 音を出すのはオーケストラのメンバーたちである。指揮者の掲げる理想とする音のイメージに演奏者たちがどこまで応えられるか?
 
オーケストラメンバーは、ただ受身的に指揮者から指図されたように音を出すロボットではない。
基本的な音づくりのノウハウ、オケとしてのアンサンブルはある程度分かって、音楽のタテのラインを合わせるぐらいのことは自分たちでできてこそ、指揮者としてのもっと大切な仕事をしていただきたいと思う。

演奏中ときどき指揮は見るが、ほとんど多くは自分の楽譜にしがみつき、他のパートの音を聴いたり見たりする余裕がない。指揮者に注意されたことだけは素直に聞くけど、オケ内部で音づくりに関する啓発ができないのでは困る。

「先生にこう言われたから」と指揮者に言われたことだけやっていても音楽はできない。ギャラを払ってすぐれた指揮者を呼び、その指揮者のために出席率よく集まり、すべての音づくりを指揮者に「お任せ」で1からやってもらう…ときどきそういうオケもあるようだが、いったい何のために集まっているのか?自分たちで音楽をやろうという意識はあるのか? 
 
アマチュアのオーケストラもいまや各地に星の数ほどあるが、忙しい社会人が集まっているにもかかわらず、かなり質の高い音を奏でている団体も少なくない。
忙しくてもなんとか譜読みと練習をして集まり、自分のパートのことだけでなくできればその曲について、他パートの動きも少しは把握し、自分たちである程度基本的なアンサンブルはできた上で、指揮者にはもっと違う立場での「音楽づくり」をやっていただきたい、と私は常々思っている。

指揮(棒)の見方にもちょっとしたコツがある。ただ指揮者の振り下ろす打点だけを直視してもダメである。指揮者が棒を振り下ろす姿全体から、音楽のニュアンスやエネルギーのようなものをトータルに感じ取る必要がある。
また、とかく1拍目だけを見て2拍目や4拍目を軽視しがちだが、テンポの変わり目や音楽の揺れを感じ取る上で重要なのは2拍目・4拍目の弱拍部。そこを見ることでテンポ感を確かめることができる。

ずっと指揮者だけを常にじーっと見つめている必要はなく、手元や楽譜を見ながら視界の中で動きを把握できていればいい場面もあるが、テンポの変わり目などではしっかり見なくてはいけない。経験豊富な奏者は、たいていここでは指揮を見る、というタイミングで指揮者とアイコンタクトが取れるものである。

指揮者を見ていてもヴァイオリンの最前列にいるコンサートマスターの動きは視界の中に入るはずである。オケメンバー全員に、コンサートマスターがちゃんと見える位置に座るように厳しく徹底している楽団もあるぐらいだ。
トゥッティで全員が一緒に音を出す場面では、指揮者を見て全員が一緒に息を吸って気持ちを統一すれば見事に揃うが、ゆったりした音楽の流れで、テンポが微妙に揺れていたり「ため」があったり、大きな呼吸の中で厳密な1点に合わせるのは難しいこともある。とくに打楽器だけでも鳴り物がたくさん同時に出る場合、全員が微妙にバラバラに出るとみっともない。
こういう場面では、コンサートマスターの身体と弓の動きを見れば全員が同時に音を鳴らすことも容易になる。いわば「音源同士」で合わせるのである。

曲の中でも、ここでは何の楽器がメロディ(ソロ)で、何の楽器が刻んでいるか、ここの刻みはメロディに合わせる、逆に刻みが先行していたらメロディはそれに乗ってこなくてはいけない…といった音楽の基本原則のようなものは、オーケストラ内の各パート同士である程度分かっているのが望ましい。

音楽というのは奥の深い、難しいものだとつくづく思うが、世界共通の言語のようなもので、どんな曲でも基本的な原則というものがあるように思う。
世界中どこの道でも、坂道を下る時はエンジンブレーキをかけ、街中で右左折するときは一時停止して左右を確認する、みたいな運転の原則は共通しているように、ドイツの音楽でもイタリアの音楽でもアメリカの音楽でも、それぞれの特徴はもちろんあるが、どんな音楽にも共通する大原則のようなものは必ずあるように思う。

指揮者の目指す大きな理想に向かって、オケメンバーの経験の差こそあれ、そうした音楽のもつ共通言語のようなルールをなるべく皆で共有し、曲の場面ごとに「理にかなった音」を求めてアンサンブルができたらいいと思う。 

ティンパニの高低音 ~音の役割と配置について~

12月14日(土) 2nd


「50代ことはじめ」のカテゴリに書いた主和音(Ⅰ.トニック)・属和音(Ⅴ.ドミナント)の話題からの延長で、久々の「ティンパニのつぶやき」です。

太鼓族の楽器の中で数少ない「音程のつくれる太鼓」といえばティンパニ。
単に「高めの音、低めの音」ではなく、ほかの楽器ともちゃんとハーモニーをつくれるしっかりとした音程が出せるのがティンパニです。

昔は動物の皮でしたから、リムのネジを締めたり緩めたりして音程を変えられる範囲も限られていましたが、今はABS樹脂ですから伸縮性もあります。リム上の8つのネジは皮を均等に張るためのもので、ヘッド全体を鼓のように絞るメカニズムがペダルと連動していて、ペダルを踏み込めば全体が絞られて高音に、ペダルを上げれば緩められて低音に、曲の途中でも瞬時に音程を変えることができます。

さて、ここではティンパニという楽器のメカニズムのお話しではなく、ティンパニで出す音程は曲の中でどういう役割があるか、というお話しです。



ティンパニの音程(チューニング)は4度または5度で合わせることが非常に多いです。あらためてそれはなぜでしょう?

古くは中世の教会旋法の時代からいろいろな変遷を経て、バッハやヘンデルの時代になり、楽曲で中に今日のティンパニの原型ともいえる楽器が登場しました。その中で5度の音程というのは非常に重要な音だったのでしょう。

ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典派から、メンデルスゾーンやブラームスなどの初期のロマン派までの多くの曲では、同じ楽章内では2音だけで演奏することが多いです。曲の途中で音変えが必要な場合もありますが、同時に使うのは2音で、たいてい2台あれば演奏できます。
 
チャイコフスキー~近現代の作品になってくると同じ楽章内に3つ・4つ・5つも音が出てくることがあるので台数もそろえなくてはいけませんが、それでもせいぜい4音か5音。ほかのチェロ、コントラバス、トロンボーン、チューバなどの低音楽器のどれと比べても限られた音数しか出てきません。それだけに「要」となる音だともいえます。


では、ティンパニの出している音程はオーケストラ全体の響き・曲の流れの中でどういう役割の音なんでしょうか?

有名なベートーヴェンの交響曲5番「運命」では「ド」と下の「ソ」に合わせます。同じくベートーヴェンの交響曲1番もハ長調でティンパニの音程は同じく「ド」と下の「ソ」
3番「英雄」は変ホ長調でティンパニの音程は「ミ♭」と下の「シ♭」
ずっと飛ばして最後の交響曲「第九」はニ短調でティンパニの音程は「レ」と下の「ラ」

いずれも、高い方の音がその曲の調性の主音で、低い方はその4度下。4度下ということは1オクターブ上で考えると主音より5度上の属音(Ⅴの和音のベース音)です。

でも、必ずしも低い方が属音で、高い方が主音とは限りません。同じベートーヴェンの交響曲7番はイ長調で、ティンパニは「ラ」と上の「ミ」。
ここでは低い方の音が主音で、もう一台は5度上の属音です。

でも、こんなことをふだんあまり改まって考えないでしょう。
楽譜をもらって、そこに出てくる音にチューニングして、休みの小節を数えて叩いている分には、その音が主音なのか属音なのかなんて関係ない、知ったことじゃない?(笑)

実際にたたく場面では、微妙なタイミングや音色、強弱のバランスや表情など、いろいろなことに気をつけなくてはいけません。
楽譜上に強弱記号やアクセントの表示があれば当然それに従いますが、仮にそういう表記がなくても、ちょっとした強弱、音の塊のニュアンス、音色、微妙な溜め込みなど、ティンパニのちょっとしたニュアンスの持ち方ひとつでオーケストラ全体の音色・曲想がガラッと変わってしまう責任重大なポジション。

ならばなおさら、自分の出している2つの音程がオケ全体のハーモニーの中でどういう役割なのか、場面ごとに下の音から上の音へ、上の音から下の音へ移る際に、どちらの音により重みがあった方が良いのか、どっちの音を大きめに出した方がいいのか、といったことをちょっと考えてみることはとても重要だと思います。



たとえば、ビゼーの有名なオペラ『カルメン』の中にこんな場面が出てきます。
劇版では第4幕の前奏曲、組曲版では「アラゴネーズ」という題名がついている曲。闘牛士たちが競技に向けて準備をする場面、いかにもスペイン風の曲です。

同じようなフレーズが2回繰り返されたあと、むせび泣くような弦楽器に続いてメロディが下降していった後にfffで伸ばし、テーマが再現される重要なこの箇所。



カルメン 
★画面上をクリックしていただくと、全面を大きくご覧いただけます


ほとんどすべてのパートは「ラレドシドラシソラファー」と「ファ」の音を伸ばしている場面で、ティンパニは下の「ラ」の音を大きく奏でます。
メロディは「ファーミ」と伸ばして主音「レ」へと移行します。その直前の「ラ」は属音、とても重要な音です。
ティンパニ以外に「ラ」を出しているパートは、コントラバス、トロンボーンの3番などごく限られた楽器だけで、他の楽器はユニゾンで「ファ」の音です。

この1発は、それこそステージの床全体を「ラ」の音で振動させて染めてやるぐらいのつもりでしっかり出したいところ。死んでもカスってはいけない音です!

ところがティンパニのパート譜面だけを見ると、ここの強弱指示は「f」となっているんです。他のオケ全体は「fff」なのに。ティンパニだけ弱めに叩けという意図で作曲者はそう書いたのでしょうか…?

交響曲などでもよくあることですが、前からの流れとしてのダイナミックスは「ff」なのに、ある1つの音だけに「f」がついている場合、「その音をとくに強調して」という意味だったりします。この場面もまさにそうでしょう。
まずは自分なりにそう解釈して思いっきり叩いてみて、「大きすぎる、もうちょっと遠慮して」と指揮者から言われてから考え直せばいいでしょう(笑)

とにかく、自分のパートだけを見て「f だからこの程度の大きさ、fffならこの位…」などと絶対的なボリュームレベルや叩くバチ(マレット)を決めてはいけません。

常に曲全体・オケ全体の中でのバランスを見ながら、ひとつひとつの音のイメージ・役割を考えることがとても重要になってきます。


左=低音 or 右=低音 ?

ところで、音の高低差のあるティンパニを複数並べる場合、奏者から見て左側=低音・右=高音に並べるか、逆に左側=高音・右=低音に並べるか?

最近は後者の右=低音に並べるティンパニ奏者も増えてきたように思います。
左=低音に並べるのをジャーマン方式、右=低音に並べるのをアメリカン方式と呼ぶようですが、必ずしもドイツでは左=低音というわけではなく、世界的に決まったルールというのもありません。

私の場合、ピアノでも木琴類でもハーモニカでも、左側に低音・右側に高音があるものだという感覚を身体が覚え込んでいるので、ティンパニも左=低音の配置でずっとやってきました。

ティンパニ(左低音) 左=低音


でも、反対に右=低音に配置するにもそれなりの理由があるようなんです。

高音域の小さな楽器と、低音域の大きな楽器とを比べたら、鳴らすためにはどちらがより大きなエネルギーが必要でしょうか?
バイオリンを弾くのとコントラバスを弾くのとを想像してみてください。当然ながら大きい楽器の方がより多くのエネルギーが必要ですね。低い音は振動幅が大きく、共鳴させる器も大きいのが常です。

ティンパニも同じで、楽器を十分に鳴らして高低いずれも均等に聞こえるには、低音(大きい楽器)を鳴らすのにより大きなエネルギーが必要なのです。同じ力でたたいたら客席で聞いたときに低音の方が弱く聞こえてしまいます。
 
また、先ほど書いたように、低音の方が属音としてとても重要な役割を果たす場面もけっこうあるということ。

仮に奏者が右利きの場合、右側に低音があった方が、低音をよりしっかり打てるというメリットが出てくるわけです。

私も試しに、よく知っている曲でティンパニの配置を逆にしてやってみたことがあります。
というのも、コンサートで私だけでなくもう一人別の奏者と交代するような場合、もし相方さんが右=低音で慣れてきた方だと困ります。
曲の途中でステージ上のティンパニを並べ替えるのもみっともないし、そんな時間もないでしょう。もし私がどちらにも対応できたら便利かな…と。

実際、ドヴォルザークの交響曲8番や9番「新世界より」、シベリウスの交響詩「フィンランディア」などの曲では、右に低音を置いた方がやりやすいと感じる場面もあります。


ティンバニ(右低音) 右=低音


トレモロ(あるいは3連符や5連符など奇数の音符)を叩いていて高・低いずれかへ移る場合は、右には右手から、左には左手から飛べばよいので問題ありませんが、高い音を速い16分音符で4つ刻みで叩いていて次の頭で低音に飛ぶ場合、右手で叩きはじめて左側の低音に飛ぶためには腕をクロスさせなくてはいけませんが、右側に低音があればすんなり楽に右手を飛ばせます。
 
逆に低音で4つ刻みをやって高音に飛ぶ場面もあるので、どっちもどっちですが、クロスさせて左側の低音を正確に狙うよりも、右に低音があると気持ちの面でも安心ということもあるようですね。

まあ、そんな小手先の都合や右か左かの議論はどうでもいいんですが…(笑)

「低音の方こそしっかり叩かなくてはいけない場面が多い」ということだけはちょっと頭の片隅に意識しておいた方がいいかもしれませんね。


ベートーヴェン交響曲7番

11月19日(火)

今日は20時半ごろ帰宅できたので、24日(日)の本番に向けてベートーヴェン交響曲7番の再チェック。

ベト7

おととい(日)のリハーサルで初めてティンパニを鳴らして参加し、今回やるテンポはおよそ把握できました。3・4楽章にたくさんある繰り返し箇所の有無を重点的にチェック!



ベートーヴェンって、古典的なソナタ形式をなんとか打ち破ろうと奮闘したんじゃないかな?、と思うことが多々あります。

古典的なソナタ形式は、全体が3楽章でできていて、楽章内も主題・展開・再現の「A・B・A」形式でできています。でもモーツァルトの後期の交響曲では、ゆったりした2楽章のあとにワルツの3楽章が入ってからフィナーレの最終楽章へ、全体が4楽章で書かれた曲が多くなっていきます。

ベートーヴェンの交響曲は、1番~5番「運命」まで、そしてこの7番~9番「第九」まで、すべて4楽章形式で書かれています。6番「田園」だけは5楽章まであります。速い3拍子の3楽章につづいて4楽章で「嵐」となり、嵐が去ってカッコウが鳴く最終楽章は5楽章。全体が詩集のような印象を受けます。



今回の7番は、「のだめ」でもすっかり有名になりましたね。過去には「不滅の恋」や「25年目の弦楽四重奏」といった映画でも用いられています。

1楽章は音階練習のような序奏部分からあけると、騎馬民族のリズムが終わりまでずっと続きます。頭どっしりの農耕民族の音楽にならないように!拍の頭を手の甲の側で上に向かって感じるようにするといいようです。

つづく2楽章は物悲しく重々しく、でもあまりもたれ過ぎないように。

3楽章は明るく速い3拍子のスケルッツォ。トリオと呼ばれる中間部を真ん中に挟んで「A・B・A」のサンドイッチ形式になるのが一般的ですが、ベートーヴェンは「A・B・A・B・A」とダブルサンドに、さらに最後にもう一回「B」のテーマが顔を出し「いつまでやるつもりだよ!?」と思わせておいて「チャンチャンチャンチャンチャン!」で終わる。「第九」の2楽章もそうですね。

そういう意味では、5番「運命」の3楽章はうまいことやってますね。A・B・Aでも完全に頭と同じAには戻らずに静まっていき、長いトンネルを抜けてそのまま4楽章フィナーレに突入します。そして4楽章が展開したところで再び3楽章のテーマを登場させる、という循環形式をとっています。面白いですね。
 
最終楽章の4楽章は軽快そのもの。同じような繰り返しが多いので、全体の構成をきちんととらえて、初めからあまり勃発しすぎないように!
 
3・4楽章は快適なテンポで楽しく、ティンパニもほとんど叩きっぱなしの「太鼓の達人」状態(笑)?
でも、こっちが乗っかってついていくんじゃなくて、各所・各楽器の動きをよく把握して「決め」なくてはいけません!
細かい繰り返しも多く、一瞬「あれ?いいんだっけ?」と思った瞬間に乱れが忍び寄ります。またベートーヴェンによくあるのが「頭」と「裏」の逆転現象。7番はそれほどのトリックはありませんが、4小節単位で来るかと思うと1小節あってドン、みたいなフェイントもあったりして油断大敵です!

さて、土曜日のGPまで「フィンランディア」「未完成」「ベト7」のイメトレに専念しましょう!

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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