遊びから学ぶ…人生の恩人

鉄道模型の世界から

私にとって音楽以外のもうひとつの趣味 …それは鉄道模型である。

車や飛行機、空想科学もの…模型はもともと好きだったが、小学校5年の時から鉄道模型という世界に魅かれて行った。
 レールの幅が決まっているため、スケールも統一されていてコレクションしやすいという面もある。精密さや重量感ももちろん大きな魅力だ。

しかしそれだけではない。鉄道にはその先の“旅”への想い・風景・歴史・人生・郷愁・ロマン…が無限に広がっているように思える。背景となる景色にもこだわりを持ちはじめると、寺院・民家などの建造物、山や切りとおしの表情、川と鉄橋の構造、さらに木々の種類や地層まで…実に幅広い方面へと探究心の道は続いていく。

私の場合、父の転勤で関西・名古屋・広島…と小学校~中学時代に移り住み、夏休みや冬休みになると東京のおばあちゃんの家に遊びに来るという生活を過ごした。
そんな影響もあって、今も蘇る心の原風景には、昭和4~50年代の東海道線・山陽線で活躍していたかつての国鉄車両が瞼の内にあり、幼少時代の思い出とも繋がっている。

模型1

模型3 

マイ・コレクションから…

中学1年の夏からは父の転勤で広島に住んでいた。
でも転勤族なので、いつまでも広島に住んでいるわけではないし、次は東京ではないか?…このまま広島で高校受験したらその先どうなる?

中学3年を迎える春休み、親元を離れて東京の祖母の家(=母方の実家)に居候して、東京の高校受験を目指したい、と両親を説得して東京に出てきた。


ある模型屋さん(専門店)との出会い

そのころすでに鉄道模型のコレクションは始まっていたが、デパートに売っている“高くて精密なおもちゃ”であり、お小遣いやお年玉を集めて買った何両かの機関車を、それこそ宝物のように持っていた。
あと父が模型誌を見ながらペーパー車体で作ってくれた客車も何両かもっていて、手作りでも車両は作れるんだ、ということは知っていた。

東京には、工具や細かい部品を本格的に扱っている素晴らしい模型屋さんがあることも専門雑誌を見て知っていた。

中学3年・1学期の中間テストも終わった五月晴れのある休日、二子玉川にある鉄道模型の専門店をはじめて訪ねた。1972年5月、私は14歳だった。

昔と変わらない模型屋さん

模型屋入口1 
いまも変わらないたたずまいの模型屋さん(二子玉川・いさみやロコワークス)

店内には、1個何十円という細かい部品や工具類が豊富に並び、当時は中・高校生から大人までが店につめかけていた。
「○○型を作りたいんですけど」というと、おやじさんが手際よく床下器具や屋根上のパーツなどの細かい部品を、何気なく小さなトレーに入れていく。「○○はどのタイプにする?」などとマニアックな質問を交わしながら…

その店内の空気に、中3の私はただただカルチャーショックを受けていた。
やはり鉄道模型って、手づくりでこんなことまで出来ちゃう凄い世界なんだな、ずっと大人になっても続けられる奥の深い世界だったんだな…とその空気から確信した。

パーツ類1
             
パーツ類2
1個何十円から、さまざまな部品が今も店頭に並ぶ。
年間どれほど売れるのかは分からないが、こういう部品こそ手づくり・改造には欠かせない!



その時に買った糸ノコやハンドドリルは今も工具箱に入っていて“現役”だが、それを買って会計するときに、私はぎこちなく変な自己紹介をしたのである。

「あの~、ボクは受験生なんで、模型なんかやってる場合じゃないんですけど…」

本当はもっと色々たくさん買って、この店にも足しげく通いたいところだが、時間もお金も限りがある。でも鉄道模型はとっても奥深い世界だと思うので、これからもずっと末長くよろしくお願いします…うまく言えなかったが、そんなことを伝えたかったのである。

するとそのおやじさんはすかさず笑って、
「何?高校受験か? あ、そう。じゃ次は大学受験だね。彼女ができて、就職して、結婚して、子どもができて…、一生いつまでたっても『模型なんてやってる場合じゃない』だろうね」…と。

「やらなきゃいけない本業(勉強)はきちんとやる。人一倍しっかりやる。そして好きなことをやるための時間をつくり出すんだよ。好きな世界は仕事にはしないでずっと大切にしたらいいよ。」

…親も先生も言わなかったその言葉に目からうろこ!!



遊びの哲学・人生の恩人

本業じゃないことは、べつにやらなくたってどうっていうことはない。誰からも責められもしない。
でも逆に、本当に続けようと思ったら、言われたこと・やらなければならないこと(=本業)以上に真剣にならないと続けられない。そういう「本気の遊びの世界」というものがあるんだ、と。

現実のさまざまなしがらみもありながらも、趣味で音楽活動を続けてこられたのも、中3の時にこの模型屋さんとの出会いがあったからかもしれない。
ヒマを見つけてちょこちょことながら、模型を通じてものをつくる喜び、「よごし」も含めたよりリアルな表現、いかに「らしく」見せるか、自分なりのこだわり…etc.

音楽と鉄道模型、どちらも「再現する」という点で通じ合うことも多いようにも思える。実際、音楽を本業とされている方たちの中にも、「実はテツなんです」という人の比率が高いように思う。


模型2

 
長らくのブランクをしばしばあけつつも、その模型屋さんからは、単に模型をつくる際の「困ったときの相談役」だけでなく、さまざまな「人生」「真剣な遊び」の哲学を学ばせていただいてきたように思う。

人生・遊びの哲学の恩人O社長 
いまもほとんど当時のままの模型屋のご主人・小河さん 


最近は、昔のようにお小遣いを握りしめて模型屋さんにやってくる子どもたちは少なくなった。
プラモデルさえ作ったことのない子どもも多く、塾に忙しく、時間があったらゲーム…?

しかし、高校生が手作りのロボットで競技に参加するために1年がかりでものづくりに取り組んでいる。
構想・アイディアからはじまり、実際に作り始めてさまざまな失敗・壁にぶつかり、それを乗り越えて完成した時の喜び…ものづくりの喜びは時代を超えて変わらないはずである。

たかが鉄道模型、されど鉄道模型。
どうか小河さんも、これからもずっとお元気で!

鉄道模型というライフワークを通じて、人生のロマンを、遊びの哲学を、ひとりでも多くの人たちに伝えていってください。

模型屋入口2


感謝をこめて…


2010年7月4日  Akira T.


★写真にある車両たちはすべてHOゲージという、レールの幅は16.5ミリ、車両のスケール80分の1のモデルたちです。
最近人気のあるNゲージはレール幅9ミリ(ナインゲージ)で車両のスケールは150分の1。
自宅で風景の中を走らせることが目的ならNですが、重量感のある車両を作りこむにはHOですね。
私もNゲージの車両で路面電車や2両編成の小型車両などはもっていて、鎌倉~箱根あたりの風景(ジオラマ)を…と思いつつ、水(渓流)の表現を色々試したり、「あじさい寺」「街道のしもた屋」などは自作したものが眠っています。ただ用地買収と着工のめどが立っていません。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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