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ようこそ 「ティンパニで朝食を」へ !

すべての人に音楽の喜びを! 障がいのある人もない人も、音楽の力でともに生きる社会へ。
ブログを開設したのは、そんな思いを強くした2010年の4月でした。左の「プロフィール」もご参照ください。

長文の記事も多いですが、視覚に障がいのある方も音声変換で閲覧されますし、中学生でもきちんと読んでいただければ分かる文章で書くように心掛けています。

はじめてご訪問の方にも分かりやすいように、常にこの「メニュー紹介」がトップにくるように投稿日時を本年末の日付に設定しています。 このトップページだけをご覧になって「あ~、まだ更新してないな」と閉じないで下さい! 最新記事はひとつ下にあります。

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~ 音楽関連~

公開情報(コンサート・放送予定など)
コバケン仲間オケ in 千葉20160731


音楽ギャラリー(リハーサル・バックヤードの様子など)
ティンパニ 2010年3月「こころコンサート」 NHKホールにて

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コバケン先生との出逢い(05長崎・06熊本)
コバケン先生 

出逢いに感謝して
出逢い 

ティンパニのつぶやき(オーケストラの打楽器)
打楽器


50代ことはじめ ~音楽療法の世界へ~
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「音」についてアラカルト
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私のこの一曲

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オペラの世界へ(「カルメン」劇版を中心に)
カルメン2 オペラ1



~社会~


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コミュニケーション

「豊かさとは…?」~日本が見失ってはいけない大切なこと~
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原発関連 ~「社会・時事に思う」から分離しました~

★アジアにおける日本の過去 ~「社会・時事に思う」から分離しました~
 

~季節・鉄道・模型・旅~

季節・日記
季節 

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いさみや

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~自然・科学~

★身近な科学(ちょっと好奇心)

自然・歴史・民俗
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なまず通信…2011年1/18(=東日本大震災の約2か月前)に立ち上げたカテゴリーです
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~その他~


己を見つめる

パウゼ(♪ひと休み)…疲れた頭と なまった腹筋に!

ピアノジョーク…「パウゼ」から分離しました

尻っぽの生えた天使たち


ニュース記事を串刺しにしてみると…

4月30日(日)

加古隆さんの♪「パリは燃えているか」を聴きながら、過去の愚かな過ちの歴史をl繰り返さないことを祈りつつ…

いま報じられているニュースを、単品ではなく、いくつかを串刺しにしてみると、何が真実なのかが見えてくるような気がします。

たとえば…


◆海自艦、初の米艦防護へ 四国沖まで、安保法制に基づき

2015年に成立した安全保障関連法に基づいて、平時から自衛隊が米軍の艦船などを守る「武器等防護」を実施するよう、稲田朋美防衛相が初めて自衛隊に命じたことが分かった。米海軍の補給艦が防護対象という。複数の政府関係者が明らかにした。


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【写真】長崎・壱岐の北西約20キロを航行する米海軍の原子力空母カールビンソン=29日午前10時2分、朝日新聞社機から、迫和義撮影

 米軍からのニーズが高かった任務で、自衛隊法に基づき、防護のために自衛官は必要最小限の範囲で武器を使える。昨年11月から12月にかけて南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊に「駆けつけ警護」の任務が加えられたのに続き、安保法制に基づく自衛隊の任務が本格化する。

 政府関係者によると、海上自衛隊の護衛艦「いずも」が5月1日午前に横須賀基地(神奈川県)を出港。房総半島沖周辺で米海軍の補給艦と合流し、四国沖までこの補給艦を守りながら一緒に航行する計画とされる。

 この補給艦は、北朝鮮による弾道ミサイル発射への警戒をはじめ、日本近海で情報収集などをしている米太平洋艦隊の艦船に補給する見通し。29日に対馬海峡から日本海に入った米海軍原子力空母カールビンソンの艦隊に補給する可能性もあるという。カールビンソンは北朝鮮のさらなる挑発を抑えるため、同日から日本海で韓国海軍と合同訓練を始めた。訓練には韓国海軍のイージス駆逐艦「世宗大王」や哨戒機などが参加している。

(朝日新聞デジタルより) 



一方…

マレーシアでキム・ジョンナム氏を暗殺、国連決議に反して弾道ミサイル発射を繰り返すなど、常識では考えられない人道に反することを繰り返す北朝鮮ですが…

◆「金正恩の時代、確実に終わる」 北朝鮮元公使が会見

 昨年夏に韓国に亡命したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使は25日、民衆蜂起による金正恩(キムジョンウン)政権の崩壊もありうるとの見方を示した。ソウル外信記者クラブでの記者会見で語った。日本人拉致問題を巡って、「北内部の指導層は日本にだまされたと考えている」と語った。

 テ氏は「北内部で政権に対する反感が高まっている」と説明。「住民は政権の宣伝運動に耳を貸さない。確実に金正恩の時代は終わる」と語った。

 背景の一つとして、外部情報の流入や不正の横行を指摘。「韓国ドラマを見て捕まっても、2千ドル(約23万円)払えば釈放される」と語った。「私が子供のころ、北の経済規模が南より大きいと学んだが、今は映画やドラマで南の生活水準が高いことを知っている」とも説明。北朝鮮も住民に対して「経済水準は南が上だが、米国の植民地に過ぎない」と説明しているという。

(朝日新聞デジタルニュースより)




どちらも朝日新聞(デジタル)。とくに政権寄りでも反政権寄りでもない記事だと思います。
しかし、同じ日に出されているたったこの2つのニュースを串刺しにしてみるだけで、

「北朝鮮は驚異だ」「きのうはミサイル発射の情報を受けて東京メトロも一時運転を見合わせたんだって」「本当にミサイルが飛んでくるかもしれないぞ」…という脅威論を前提に、

「日本はアメリカに全面的に協力していくんだ」と集団的自衛権の行使を当然のように扱い、日本も武力行使できる方向にもっていこうという政府の意図が浮き彫りになりませんか?

「ミサイルが発射されたら、頑丈なコンクリートの建物に避難せよ」とか「化学兵器が使われたら、窓を絞めよ、来ていた衣服は切り裂いて脱ぎビニール袋にいれよ…」などなど、じつにきめ細やかな注意書きが学校でも配布されてるようですが…

もし本当に北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射してくる危機が現実のものとしてあるのなら…
なぜ、ミサイル攻撃に対応するすべをなにも持たないまま原発を再稼働させ、ミサイル対策も皆無のまま放置するのか?

国会で山本太郎議員からの質問になにひとつ具体的に答えられなかった答弁は、まさに映画「シン・ゴジラ」の政府の危機管理能力そのものではありませんか。

そして、そんな危機的状況にありながら、大臣・副大臣など閣僚らがこの大型連休に海外遊説に出かけるんでしょうか?


状況をどう見るか?

これから書くことはあくまで私見ですが…

北朝鮮がかたくなになるのは、孤立への恐れの反動・強さの誇示と見ます。
朝鮮半島を二分する戦争(=70年前の朝鮮戦争。停戦状態のまま)によって民族は分断され、南を支援したアメリカや日本は大きな経済最長を遂げたのに対し、北はどうなのか?

南(=韓国)とアメリカとが共同軍事演習を強化することに反発し、自分たち(北)こそが正義であると…

しかし、中国やロシアからも見放されて世界で孤立すること、および核兵器の発射ボタンを押すことで全面核戦争になったら地球規模でどういうことになるか…それが分からないほど馬鹿ではないのではないか?

成功したミサイル発射は劇的に報じ、失敗したミサイル発射は国民に知らせない…
つまり国民に向けては「強いぞ」と誇示しつつ、国際的には孤立することが本当は怖くてしょうがない。
拉致問題も含めて、むしろ本音では対話のきっかけを探っているのでは…?

だから、ここでトランプ大統領の言う「あらゆる選択肢がテーブルにある」などと、シリアに対して行ったような武力行使も視野に入れてることを絶賛したり、まちがっても日本が先制攻撃に手を貸すようなことがあったら、それこそ歴史の過ちを繰り返す愚です。

日本が北朝鮮に向けていきなり武力行使することは今のところ考えにくいですが、トランプ率いるアメリカ軍が北朝鮮に早まった行動をとった場合、日本は当然ながらアメリカのやったことを批判することなく容認・絶賛するでしょう。そうなれば、日本も北朝鮮から真の標的にされるでしょう。

常識の通じる相手かどうか…と言う前に、国際社会が連携してあくまで平和的な解決を目指すべきです。
ひとたび挑発に乗って武力衝突となれば、もはや第二次世界大戦の比ではなく、地球滅亡への道へと進みます。

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…以上、私なりの見方に過ぎません。私は評論家でも預言者でもありません。
しかし、報じられていること・皆が騒いでいることを一方的に鵜呑みにして動揺することなく、自分なりに「なぜ?」を求めていきたいと考えています。

新聞・テレビ各社の報じ方・切り口もさまざまですが、国民ひとりひとりがさまざまな情報の中から「何が真実か?」「ことの本質は何か?」を考えて読み取る力が、今後ますます大切になってくるような気がします。

先日書いたこちらの記事もご参照いただけたら…
→ 「マスコミの影響力は大きいが」



加古隆「パリは燃えているか」

4月29日(土)


大型連休の初日

●早朝の北朝鮮のミサイル発射情報に東京メトロが運転見合わせをしたとか…?

●ミサイルが発射されたときの注意事項なるものがもっともらしく広報され、小中学校では配布されてるとか?

…それ自体意味のないことだとは申しませんが、空襲を受けたらバケツリレーで消せ、敵が上陸してきたら竹やりで戦え、と同レベル。国として、国際社会としてやるべきことは?


●米国内の憲法違反でたびたび停止されるような大統領令を出し続けるトランプ大統領が、シリアに対して爆撃をしかけたことを全面的に「賛同」する日本の政権

…かつてのトンキン湾襲撃事件は、北ベトナム爆撃を開始するための「ねつ造」だったことが判明しても、中東に大量破壊兵器など存在しなかったことが判明しても、過去の米国の武力行使について正当性がはたしてあったのかどうかの検証は一切していない。国会で野党から質問されても一切答えません。


●「憲法を改正した方がよい(改正してもよい)」と思っている人が43%…などという某放送局の世論調査結果が報じられたり…


「愚かな過ちの歴史」に逆戻りさせるような力・扇動がいたるところに働いているように思えてなりません。


加古隆 ♪「パリは燃えているか」


https://youtu.be/urlIxLTx300

ちなみに「パリは燃えているか」という同じタイトルで、1966年にアメリカとフランス合同で作られた戦争映画(フランス・レジスタンス(共産主義者とドゴール派)と自由フランス軍によるパリの解放を描いたノンフィクションの原作)があるようです。


かつて「映像の世紀」のテーマ音楽ともなったこの曲を聴きながら、あらためて世界の平和を祈ります。

日本の、世界の指導者たちが、正しい民意によってを正しい方向に導かれますように!


アリエッティ風ドールハウス(2) すべり出し

4月下旬 その後…

前回ご紹介したアリエッティ風のドールハウス。
→ アリエッティ風ドールハウス 工作ことはじめ

まずは建物前面が開閉式の蓋となるため、文字通りそこから「すべり出し」。
ここで床面の高さなど建物の基準となる寸法をしっかり決めておきます。


1階・2階 バルコニー

前回ご紹介した手すりの試作イメージをもとに、幅4センチ(=実物では72センチ相当)のバルコニー(1階・2階)を作成。

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1階と2階は最終的には柱でつながるので、手すりの位置を正確に合わせておきます。

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手すりの上端に1ミリ角材を貼ることで、細密感が増します。2階は腰の部分も仕上げておきます。

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試作した幅の狭いものも、側面窓の手すりとして活用する予定。


窓・ドア抜き

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ただ、中央部分には糸鋸のフレームが届かないことが判明! 
厚さ2.5ミリの合板を、カッターで根気よく抜きました。

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丸柱

壁面にレンガシートを貼った後で、中央2か所に取り付ける半割れの丸柱をどうするか…?
やわらかいバルサの6ミリ径の素材を調達。

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窓を抜いた合板の端切れにカッターナイフをブリッジ状に固定して…

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ちょっとした手作業工場ですね!(笑)

建物の四隅には四角い石のブロック、建物中央部には丸柱(半割れ)、デッキの1・2階は丸柱で接続…いずれもその柱頭部の受け皿(=斗)が必要。
その細工には、バルサより少し硬めの桐の木片がよさそうです。

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この辺りはまだ素材加工の段階なので、追ってご紹介します。


基礎工事

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やはりはじめの「基礎」は大切です。1階の床面までの高さを3センチに設定。
建物前面が開閉式になるため、階段や手すりを破損しないよう、地面と一体にしておいた方がベターでしょう。

地面+階段(8ミリ×3段)+バルコニー床、でちょうど30ミリになります。

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なんとなく見えてきました。建物側面・屋根・内装(照明含む)など、先が気になりますが、焦って進むと後になって「あっ、しまった!」が必ず起こります。

焦らず、こつこつと… あれこれ考え悩む時間も楽しみのうち。




マスコミの影響力は大きいが…

こんな世の中になったのは「マスコミのせい」…?

わがままで短絡的な犯罪が多くなった。自分のことだけでいっぱいいっぱいで政治や社会に目を向けない人も多い。芸能人のスキャンダルや娯楽にばかり目を奪われている。国の先行きを左右する一大事についてあまりにも無知・危機感がない…etc.

そういう話題になると必ずと言ってよいほど出るのが「マスコミの影響は大きい」という声です。

「視聴率」という前近代的な商業主義的な数字に振り回されて、ウケを狙って売れてる芸能人を連れてきて、旅・グルメ・クイズ・バラエティ…レベルの低いボケとツッコミ、「え~!」というわざとらしい効果音を入れ、どの局も似たような安易で低俗な番組が多すぎる…と憤りを感じる面はたしかにあります。
なので、家に帰ったらテレビのスイッチを入れ、だらだら惰性で見る習慣を断ち切って久しいです。

たしかに、放送番組も「需要と供給」のバランスで成り立っています。
マスコミがそういう番組を流すから国民の思考回路がこうなる、とも言えるし、国民が求める番組をつくるとこうなる…ニワトリとタマゴのような話になるのです(笑)。

「マスコミと社会」について…
私が学生時代のころに、ちょっとタイムスリップしてみたいと思います。



◆「全員集合」は諸悪の根源だった…?

いまからもう40年近く前の学生時代、社会学で「マスコミ論」に触れたことがあります。
そこでよく耳にしたのが「テレビで暴力や性的な表現が多いから犯罪が増える」という仮説。
テレビの影響で、そういう欲望をあおるから模倣して犯罪が増えるのだ、というのです。

かつてドリフの「8時だよ全員集合」の影響で、子どもが下品な悪ふざけをしたり先生の言うことを聞かなくなる、と目くじらを立てる教育関係者の声があったことを思い出します。

しかし、あの「全員集合」という番組が本当にいけなかったのでしょうか?

最近のお笑いのようにツッコミの勢いで笑いを取るのではなく、毎回の設定の中で5人のキャラクターそれぞれの奇想天外な展開、計算しつくされた絶妙なタイミングで「え、まさか本当にそこまでやるの?」という本気の「ボケ」の連続で、腹筋が痛くなるほど笑わせていただきました。

毎週全国各地を回りながらの生放送で、あれだけの台本を書き、それを具体化する大道具の本気度も半端ではなかった。いま思い出しても素晴らしい文化だったと思います。

たしかに学校のクラスの男子の中には、私と同様、あの番組で見たネタを学校で真似して怒られた経験のある人もいらっしゃるでしょう。
でも、本気で差別や偏見をもったり陰湿ないじめの原因になることではなく、多くは「実際にはありえない状況=仮想」を楽しんでいたのではないでしょうか?


◆「模倣」か「代償」か?

凶悪犯罪を扱う刑事ドラマでも、性的な表現の多い大人向けの深夜番組でも、見る人がちゃんとした常識と理性をもって見れば、実際にやってよいことと悪いことの区別は当然つくはず。現実にはできないことをテレビの仮想現実の中で疑似体験して楽しむ(=代償)…それが娯楽ですね。

そういう理性を持った人が多い社会なら、そのような娯楽によって潜在的な欲求が満たされること(=代償)で、むしろ現実の犯罪を抑止している、という面もあるはずです。

刺激・模倣によって犯罪が増えるのか、代償によって犯罪が抑えられるのか?
そこは、その社会を構成している人たち次第なのです。

暴力的な映画や番組を流すことで、ある町では犯罪が増え、ある町では犯罪が減った…ということが「実証」できたらよいのですが…


社会学では、科学のような「実験」はできない

化学・科学の世界では、ある因果関係を調べるために、一定の条件である要因を加えたケースと加えないケースを「実験」して「検証」することができますね。
しかし、社会学をはじめ人間の行動科学の分野では、そうした純粋な条件下での「実験」は不可能です。

とくに社会学は、社会の中のさまざまな事象が、あることに影響を与えたり影響を受けているきわめて流動的な状態。
いわば、お風呂の栓を抜いて排水しつつ、水とお湯を足し続けているような状態に近いでしょう。
ある事象とある事象の因果関係について「仮説」を立て、流動的な「社会」という巨大な装置の中で「観察」するしかありません。せいぜい「統計」をとって比べるぐらいでしょう。

…ここまで、学生時代から思っていたことをちょっとつづってみましたが、要は…


◆なんでもマスコミのせいにしない

冒頭に書いたような最近の番組の傾向には、たしかに問題もあると私も思っています。
公平な立場で伝えるべき報道が、政権の都合のいいように偏っていないか、逆に政権を批判することばかりに偏ってはいないか…?

いつの時代でもどこの国でも、多かれ少なかれテレビ各社・新聞各社によってどっち寄りの視点で報道するか、それぞれの傾向はあるものです。
私自身、なにか社会や国会で大きな動きがあった日には、夜のニュースで複数局を見比べて、どの局がどのニュースをどのような切り口で伝えたかをチェックしているぐらいですから。

そこで「〇〇局ではこのニュースをまったく取り上げなかった」「表面的に伝えただけでまったく突っ込んでいない!」「けしからん!」などと批判だけしてても仕方ないと思うのです(←たしかに、明らかに酷いときは批判もしたくなりますが)。


一人一人が情報を選び、考える力を!

いまは多くの情報源が溢れています。大手の新聞・テレビだけでなく、それこそグラビアアイドルも載せているような雑誌や日刊紙は、政治家のスクープのような記事もなんの圧力も気にすることなく出しやすい立場にあるといえるでしょう。それこそ今はネットによる情報も溢れています。

それらの中には、感情に走って誇張された情報、未確認情報、場合によってはフェイクともいえるような情報もあります。そうした情報の中から、「何が真実なのか?」を各人がしっかりと判断して取り入れる力が求められてきます。

またSNSでもしばしば見受けられることですが、記事の表の見出しだけを見て感情で反応し、投稿の趣旨から外れたコメントが続くことも…
記事に書かれている内容をちゃんと読んで理解し、「この問題のどこがどう問題なのか?」をきちんと理解する力・考える力・議論できる力が大切になってきます。

→ 考えること、表現することの大切さ(2015年9月 58歳を迎えた日につづった記事です)


大切なのはひとりひとりが自分で情報を取捨選択し、自分の頭と常識で考える力ではないでしょうか。

私も、父子二代にわたって公共放送の一角に携わった人間として、マスコミが世間に与える影響・責任はもちろん大きいと思ってきました。報道の在り方について思うことも当然あります。

しかし、国民・有権者も決して無能な受身型ロボットではないはずです。なんでもかんでも「マスコミが~~だから…」と、人のせいにしたような言い方をしてはいけないと思うのです。


週半ば深夜の独り言でした。

答えは風の中…?


音楽や自然など美しいものを求めたり、ひたむきに何かに取り組んだり、美味しいものや可愛らしいものに癒されたり…

しかし、ふと社会・政治に目を向けると…

閣僚の失言・とんでもない法案、横暴な決め方、嘘とごまかし、議論になってない国会審議…etc. 「とんでもない」話題には事欠きません。見たくもないけど、放ってもおけない。

しかし、日本人はなぜこうもおとなしいのでしょう?

昼の食堂でニュースがかかっていて、どんなに重要なことが国会で決められようとしていても全く誰も見ていない! 野球やサッカー、芸能人のニュースの時だけ振り返る…
サラリーマンもOLも会社内の狭~い人間関係の話(それって「仕事の話」?)、あとは男性ならクルマやゴルフの話、女性なら女子会の話、アプローチしてくる男性のうわさ話…etc.

「政治の問題=わたしたち社会の問題」ですよね?

いつまでこんな政権に「数の力」を与えておくのでしょうか?
どこまでやりたい放題やられたら、どこまで国民が踏みにじられたら、どこまで切り捨てられたら、どこまで騙されたら、分かるんですか?、気づくんですか?、目覚めるんですか?

…ボブディランのように「答えは風の中」ですか?

SN上でシェアしたりコメントして拡散することも無意味ではありませんが、職場の人と、サークルの仲間と、個人的な友達と、飲み友・ママ友と…身近な人との間でも、たまにはちょっと社会に目を向けた話題を交わしてもよろしいのではないでしょうか?

そして選挙では各自の意思表示をしっかりしていくこと。
それが堕落した政治に対する正しいリアクションではないでしょうか?

1にも2にも「民意」を高めること。
そのために、これまで私がひっかかってきたいくつかのキイワードごとにまとめておきます。


◆「そういう人を選んだのはわれわれ有権者だから…」?

よく政治家が不正を働いたり、公約を平気で破ったり、悪事が暴露されたようなときに、「まあ、そういう人を選んでしまったのはわれわれ国民有権者だから…」などとおっしゃる方が必ずいます。
政治家だけを責めるんじゃなく、「見る目がなかったんだから…」という諦めや慰めにも似た思いなんでしょうか…?一見穏やかな大人の意見のように聞こえなくもありませんが、私は「あなた、民主主義を分かってますか?」と長年思ってきました。

小学校の学級委員、あるいは地域で長年よく知っている人を信頼して役員に推薦したら、じつはとんでもない人だった…というなら「見る目がなかった」ともいえるかもしれません。

でも、多くの犯罪者もそうですが、前々から明らかな犯罪者なんて少数です。まして立候補した候補者のことをわれわれがどこまで前もって知っていたでしょうか?
ほとんどの場合、公約に掲げたこと・所属政党・経歴などを見て「信用」するしかないんですよね。
その候補者が議員に当選して公約を守らなかったり不正を働いた場合、われわれ有権者への「裏切り」ですよね。そこは厳しく追及されてしかるべきでしょう?
しっかり見届けて、追及すべきは追求するまでが有権者の責任でしょう!

一方、私がよく、こんな政権に「数の力」を与えてしまう民意に歯がゆい思いをし、「こんな政権を良しとしているのも、有権者の民意だ」などと表現することがあります。
決して政権・とんでもない議員の暴挙を許す(?)意味で「まあ、そういう人を選んでしまったのは民意だから」なんて擁護したり諦めの意味ではなく、「これだけやりたい放題やられて、まだ黙ってるのか?民意はどうなってるんだ!?」という意味です。


与党は大多数の国民有権者によって「支持」されてるの?

私も中学生のころまででしょうかね、最大与党である自民党は、国民の大多数によって「支持」されてるんだ、と思ってました。しかし本当にそうでしょうか?

最近の国政選挙でも地方選挙でも、投票率は軒並み50%そこそこ。約半数しか投票に行ってないわけです。
そして、投票に行った人のうち3分の1~せいぜい半数が自民党に投票すれば、揺るぎない最大与党が過半数議席を獲得します。
半数の半数、つまり最大でも全有権者のせいぜい25%に過ぎません。その中にはいわゆる組織票や「ほかよりマシだから」という票を含んでいます。

2014年12月の衆議院の解散総選挙の後の調査によると、自民党に投票したのは全有権者のわずか17%だったというデータがあります(読売新聞調査)。
しかも、その自民党に投票した人のうち65%が「ほかよりマシだから」…これって本当に「支持」って言えるんでしょうか?

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→ 
衆議院解散総選挙結果に思う
(2014年12月)


◆「しかし野党もね~」「他のどこに政権を任せられる?」…じゃない!

選挙になると「でも他の野党もね~」「じゃ、どこに政権を任せられる?」などと言ってなんだかんだ勝ち馬に一票で「ほかよりマシだから」で自民に一票ですか…?

あのね~、選挙は「今のところ政権を任せられるのはどこですか?」のアンケートでもなければ、「どっちが優勢ですか?どっちが勝つと思いますか?」の勝ち馬レースの予想でもない、まして「どこがほかよりマシですか」の消去法の選択でもないんです!

この後いくつかの論点で書きますが、自民党政権「一強」の「数の力」でやりたい放題にさせない、民主主義を取り戻す、そのための一票を投じるべきではないでしょうか?


自分たちの社会のこれからを考えて、おかしな法案、危険な道の選択にははっきり「ノー」と意思表示をする。「誰(どの政党)にわれわれ国民の声を託して国会で議論してほしいか?」を各自よく考えて候補者の中から選ぶ、それが選挙です!

毎朝「経済」と名の付く新聞を無表情に眺め一見インテリに見えなくもない熟年サラリーマンが真顔で「経済=企業の利益、経済界のための政策はやっぱり大切だよな」などとおっしゃいます。経済界・大企業を優遇すれば国民生活も豊かになる…アベノミクスをまだ信じるのですか?

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民進党の悪口にすり替えないで

あとよく聞くのが民進党(かつての民主党)の悪口ですね。
いまの安倍政権のさまざまな問題、一党強のさまざまな弊害を指摘していると、必ずと言ってよいほど「でも民主党はもっとひどかった」と口をはさんで来られる方がいます。それはそれ、これはこれ、全く違う話にすり替えないでいただきたい。
子どもが間違ったことをして叱られてるときに、「あの子はもっと悪いです」なんて言ったら親や先生からなんといわれましたか?

おそらく民進党を悪く言う人は、かつて政権を託した民主党に「裏切られた」感も人一倍強いのかもしれませんが、「自民か民主(いまの民進)か」「どっちがマシか」の2者択一の頭しかないんでしょうか?

私がここで言う「野党」とは、民進党だけを言ってません。また「〇〇か△△か」といった日本人の大好きな二者択一の話でもありません。
さまざまな野党の中にも光る議員はいらっしゃいますし、全国の地域ごとに立候補している野党さまざまな党の議員たちに頑張って議席を獲得していただきたいのです。自民一党強の体制がよくない、ということなんです。次をお読みください。


◆「数の力」を与えない!

先ごろのパククネ大統領の弾劾のニュースを見ていて、韓国では与党が過半数議席に達してないことを知りました。
また同時に、野党がすべて結束しても3分の2に達しないのです。

つまり与党側の主張にせよ、野党側の主張にせよ、党が結束するだけでは結論が出ないわけです。
これは何を意味するか?

安倍総理がいつも口先だけでは言っているように、「丁寧に説明」し、「しっかり議論」をし、「理解を深め」、野党も合意して賛成が得られなければ通らなくなるのです。それこそが本当の民主主義ではないでしょうか?

「ねじれ」大いにけっこう じゃないですか!
戦後の混乱期などには「安定した政権」も大切ですが、いまのように民主主義の根幹が危ぶまれているときに一強体制は危ういのです。


必ずしも政権交代ではなく 野党ゆえに期待できること

一強体制は危ういと申し上げましたが、いまは必ずしも政権打倒・政権交代を叫ぶ気持ちは私には正直あまりありません。「数の力」による一強体制が問題だと申し上げてるのです。

以前のように、それこそ1年おきにトップがころころ変わり、外国から見ていったい誰と交渉すればよいのか分からないような状態が良いとは決して思いません。

また、仮にどこが政権を取っても、与党となって政権の座についたとたんに、財界や官僚からのさまざまな「力」が働いて「国民の目線による、国民のための政治」からはかけ離れた方向に向かい、多かれ少なかれ今の自民党とも似たような政治になる可能性は、過去の経験から見ても十分あり得ます。

ならばなおさら、選挙で「じゃ、どこに政権を与えたらいい?」「ほかよりマシだから」…じゃないのです!

いまの野党には、残念ながら自民党政権にとって代わって日本のかじ取りを任せられる党は残念ながら見当たりません。

ただ、野党には、財界や官僚からのしがらみを受けることのない野党ゆえの役割(=国民の目線で国会で議論する使命)があるのです。その野党に1議席でも多く伸ばしていただくこと。

2014年12月の衆議院解散総選挙では、日本共産党がそれまでの9議席から21議席へと大きく伸ばしました。
議席数が増えることで、国会での質問に与えられる時間が長くなり、政府案に対して鋭く切り込んだ質問ができる時間が多くなるほか、議案提案権というものも獲得できます。より国民の視点での議論をしてもらえるようになるはずです。

日本共産党に限らず、全国の選挙区で皆がそれぞれに「この議員を応援したい」と思う候補者を国会に送り込むというのが、本来の選挙の原点のはずです。

有権者は、勝ち馬レースの予想、強そうなところに「他よりマシだから」で一票ではなく、「国民の代弁者」を応援して育てる という意識があってよいはずです。


◆議員を「見守る」視点

あと、そもそもの疑問ですが、ある党に所属しているからと言って全員が党としての意見と完全に同一である必要がありますか?

本来の議会制民主主義では、何党に所属していようと、法案や政策など個々の決議には議員ひとりひとりの意志で賛否を出すべきなのですが、実際のところ、所属政党で統一して全員が賛成に回らないと「造反」などと呼ばれますよね。

国会法にも議員運営法にもそんな規定はなく、あくまで党の規則にあるだけです。議員たちは長いものにまかれて党に所属できなくなることを恐れるんです。

ならば、われわれ有権者は、地元で当選して国会に送り込まれた議員に対して、「こんな法案に賛成するなら、二度とあなたには投票しませんよ」と言ってもよいのです。

たとえ自分が投票した候補者でなくても、「地域の代表」として国会に送り込まれた議員に、地元有権者の一人として「二度とあなたには投票しませんよ」と言うことは決してウソでも脅しでもありません。

有権者みなでそういう監視の目をもっていけば、党にいられなく以前に議員として当選できなくなるんだぞ、ということを知らしめることができるはずです。


無所属、当選したら自民党…?

最後にひとつ「無所属」というのも要注意です。
立候補の時には「無所属」なのに、当選したら「自民党」となる…これってどうなんでしょう? 
将棋の「歩」が敵陣に入って「金成り」になるような変身ぶり、しかも予測不能ですね!

小選挙区、比例代表など今の選挙制度にも問題はありますが、所属政党で候補者を選ぶ有権者にとってこれは「裏切り」ともいえるとんでもないことです。

有権者は前もって「無所属」の立候補者にその意思をしっかり問い、もし選挙後に変身したらそれは「裏切り」としてリコールの対象にすべきでしょう。

所属政党の鞍替えしかり、不正しかり…

 「センセイに なってしまえば 別の人」なんて下手な川柳が笑いにならないように!

最後に、冒頭に書いたように政治の話(=私たち社会の大切な話)をタブーのように避けるのではなく、もっと日常的に考え・表現していきませんか? 一昨年の誕生日に書いた記事です。

→ 考える・表現することの大切さ (2015年9月)


2017年4月22日 章

アリエッティ風のドールハウス ~工作ことはじめ~

2017年 4月21日(金)


「借りぐらしのアリエッティ」という宮崎アニメをご存知でしょうか?
その中に、小人のためにおじいさんが作ったという精巧なドールハウスが出てきます。

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この4月に小学校6年になり、誕生日を迎えた下の娘は工作が大好き。
いまから5年前、小学校に上がったころ「妖精の家」を発注されて作ったことがありますが、今年の誕生日を前に「時間がかかってもいい、1年がかりでもいいから、アリエッティの家を作って!」と頼まれました。

「こんなに大きくなくていい。中まではいいから、家の形だけでも…」と。
娘からの依頼は断れないけど、う~ん、これを再現するのはかなり大変そう!

考えてみれば、男の子が小さい頃はプラレール、大きくなって本格的な鉄道模型の世界に入っていくように、大人になってもシルバニアハウスの世界へ…スケールが統一された模型は奥の深~い世界。

5年前の「妖精の家」も大切にしてくれてる娘なら、ベースとなる「箱もの」を統一スケールで作っておけば、末永く愛用してくれるんじゃないかと…

そんな思いで、まずはアニメの画面をパシャ!

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画面右側にバルコニーの手すりが飛び出してますが、ここは外階段になっているようです。
ここを固定してしまうと建物の前面を上のように開けることは不可能です。
どうなってるのか…?

どうやら外階段部分は「別置き」で簡単に外せる構造のようです。

ただ、この外階段まで再現するのは大変なので、これに近い建物のイメージでまとめさせてもらうことにしました。階段は建物内の奥の方にある、という想定で…

cアリエッティ風ドールハウス スケッチ20170409


素材集め(4月初旬)

かつては渋谷の東急ハンズにもドールハウスのコーナーがあり、デザインのフロアにも建築模型の素材(レンガや石、屋根のシートなど)が豊富に置かれていましたが、いまは「生素材」が少なくなりました。

クラフトモデルのコーナーを訪ねても、駄菓子屋さんや屋台など既成のキットばかり。
安価な「生素材」を入手して1から手作りする人は少ないのでしょうか、売れないものは消えていく運命なんですね…(泣)

ハンズ内の木工の素材売り場・建築模型などデザインフロア、いきつけの鉄道模型屋さん、品揃えのありそうな文具屋さん、ファンシーショップ…etc.
気になり始めると勤め帰りでも「なにかないかな?」とあちこちに立ち寄るようになります(笑)

「そのうち、いつか」は禁句です。「いつまでに絶対に」はない代わりに、本気にならないと実現しないのが「遊びの世界」。とりあえずできるところから…


スケール=24分の1に決定

ドールハウスは、世界統一規格で6分の1、12分の1、24分の1…とスケールが決まっています。
一部屋だけをしっかり作って食器などを本格的にコレクションしていくには12分の1ですが、建物全体を作るとなると大きすぎます。
東武ワールドスクエアや台湾の「小人国」は25分の1のガリバーの世界。それでも80分の1の鉄道模型(HOゲージ)と比べると建物は結構な大きさになります。

先ほどのスケッチから、娘の机上におけるぐらいの大きさを想定すると、以前つくった「妖精の家」とのバランスも考えて、24分の1ぐらいかな…?


まずは細部から試作

手すりの飾りに使えそうな可愛らしい木のパーツを見つけました!

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先に建物を作って、後からこういう細部の素材でちょうど合うスケールのものを探すのは大変ですから、スケールの確認も兼ねてまずこの「手すり」から試作してみることに。

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ドリルで2.5ミリの穴を開けてパーツを埋め込み…

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手すりの上面部分を2ミリ厚の帯で…

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なかなかいい感じではないでしょうか?

床面から手すり上面までが3センチ
24分の1のスケールだとすると、実際の高さは72センチということになります。
大人の腰の高さ。子どもがよじ登らないためにはちょっと低いですが、いまどきの高層マンションではなく古典的な建物ですから、まあ良しとしましょう。

先のスケッチをもとに建物全体の寸法を割り出し、素材となるプレスボードに「原寸大」で建物前面を描いてみました。
はやり、けっこうな大きさになりますね!

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ふくらむイメージ

建物の隅は石組、途中に丸柱が白でレリーフされますが、壁のベースはレンガです。

建築模型としては50分の1、鉄道模型(Nゲージ)では150分の1、かなり目が細かいものしかないので、シーナリ(風景)に使う石積み(厳密にはレンガの積み方ではないが)を茶色く着色してみます。

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まずは単色で濃淡をつけ、後から「こげ茶」を入れてみると、なかなかいい感じになります。

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シート1枚がA4サイズです。

さて、レンガの建物はどうなっているのか…四隅の石、途中の丸柱のレリーフ、柱上の斗の部分は…?
鉄道模型と同様、いざ作ろうをすると、ふだん見ているはずのものでも改めて疑問だらけになってくるものです。


<レンガづくりの建物イメージ>

横浜開港記念館、山口銀行京都支店ほか(画像検索にて)

z_usia.jpg 横浜市開港記念会館06 旧20山口銀行京都支店05 外観_031


5月の連休~夏にかけて、いやもっと先まで…?
しばらくはこんな模索・資料あつめ・試作が続きそうです(笑)



「妖精の家」を作ったのは5年前のやはり4~5月でした。

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→ 妖精の家 完成 (2012年5月)

デイホーム日誌(6) 脳が喜ぶ歌の会 第4回

4月15日(土) 

東京の桜も満開を過ぎました。
月の第三土曜日「脳が喜ぶ歌の会」4回目。世田谷のデイホーム野沢です。

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先週、雨上がりの月と夜桜、近くの緑道には菜の花…
今回は♪「おぼろ月夜」でスタートしようと決めました。

朧月夜イメージ1 朧月夜イメージ2
 


響きの色変わりを感じる

さて、今日の「脳が喜ぶ」テーマは、ちょっと難しいことにチャレンジしてみました。

ボードに書いた
  ラ→レ→ソ→ド→ファ→シ→ミ→ラ

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すべて5度下へ、5度下へ…と移っていきます。
「ラ」…ラソファミ…「レ」…レドシラ…「ソ」…と、はじめはゆっくり「階段」の音も一緒にピアノで弾きながら何回か歌っていただきます。

少し慣れてきたら階段部分の「ラソファミ」を入れる代わりに、基本の和音の上に「7」や「メジャー7」の隠し味を加えて…
ピアノで、Am・A7→Dm・Dm7→G・G7…とコードを響かせます。

ちょっと難しいかなと思ったんですが、さすがは歌好きな皆さん、いとも簡単にできていました。
これでベースとなる美味しいソースの出来上がり!
この上にメロディをトッピングします!

まずは…♪「枯葉」、フランシスレイの♪「白い恋人たち」、ペトロ&カプリシャスの♪「別れの朝」、竹内まりあの♪「駅」、来生たかおの♪「グッバイデイ」、韓国ドラマ♪「冬のソナタ」のテーマ…etc.

7色に変化して、8回目で元の響きに帰ってくる「7色の散歩道」。
この上に乗っかる曲はけっこう多いんです。

何回も繰り返していると、次の5度下の響きへ、なんとなく引っ張られて誘導されるような感覚がもてるようになります。 「5度の引力」ですね。

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↓ 私の手元ノートをちらっと公開

響きの色変わり20170415 ★クリックすると大きな画像でご覧になれます


◆クラシックから映画音楽、そして昭和の歌謡曲へ

響きの移ろいにからめてもうひとつ。
クラシックの名曲のコード進行(=響きの色変わり)が、じつは映画音楽や歌謡曲にも非常によく似た曲があるというお話し。

今日ご紹介したのは、ショパンのバラード1番

「戦場のピアニスト」という映画でもテーマとして使われました。最近では一昨年のフィギュアスケートで羽生結弦選手がフリーの演技で使った曲ですね。

その冒頭からさわり程度(ピアノ譜で1ページ分)弾いたあと、メインの響きの移ろいを見てみると…

Gm → Adim → D7 → Gm → A7 → D7 → Gm


映画音楽♪「黒いオルフェ」♪「夜霧のしのび逢い」などと非常によく似ています。



◆音楽はジャンルを超えて!

「私は歌・カラオケが大好きだけど、クラシックはちょっと…」とおっしゃる方もいれば、逆に「私はクラシックをやってきたんで、カラオケ・演歌はちょっと…」とおっしゃる方もいます。もったいないですね。

思うに、映画音楽はせいぜい2時間ほどの間に「男女の出会いと別れ」や「人生」が濃縮されて詰まっていますね。そこには色彩豊かなクラシック音楽の影響を受けた音楽が用いられることが多いように思います。

クラシック、映画音楽、ジャズ、歌謡曲…、いい音楽ははジャンルを超えていますね。


~休憩・ティータイム~


ここで、みなさんにクイズを出しました。

ショパンのバラードや映画音楽の響きの移り変わりにとてもよく似た、ある昭和の歌謡曲があるんですが、さてこの曲はなんでしょう?

ちょっと夜のムードで、響きの上でバラード風に右手を自由に遊ばせて…

♪「ウナセラディ東京」というザ・ピーナッツの名曲。

いまから約150年前にショパンが書いた「バラード」と、それからおよそ100年後(=今から50年ほど前)の映画音楽、さらに日本の昭和の歌謡曲がなぜこうも似ているのでしょうか…?


じつは私の生まれた1957年(昭和32年)という年に、テレビの本放送が始まっています。
当時のテレビはすべて「生」放送。今ほどスタジオもありませんし、番組制作が間に合わず、1日のうちで放送をやってない時間帯もありました。

「その時間帯にも何か流そうじゃないか」ということで、外国の映画がTVに変換されて放送されることも多かったように思います。
外国の映画が入ってくるということは、音楽も入ってきますね。それまでの日本の歌にはなかったような響きの変化に富んだ音楽がお茶の間に届くようになったのです。

そこで焦ったのが、日本の作曲家たちだった…はずです(たぶん)。
外国の曲、クラシックやジャズの曲にそのまま日本語の歌詞を付けた曲(例、ジョコンダ「時の踊り」→ザ・ピーナッツ「レモンのキッス」など)もありますが、オリジナルの曲でも映画音楽などの影響を大きく受けたものもあります。
ザ・ピーナッツの曲をたくさん書いた宮川泰さんもその一人だったのではないでしょうか?

戦後、とくに昭和30~40年代の歌謡曲全盛期には、恋心を歌った「大人のムード歌謡」が花開きます。
そこには色彩豊かな響きをもった、クラシックや映画音楽、外国のポップスなどさまざまなジャンルの音楽が融合していったのです。


◆昭和の歌謡曲

ティータイムの後は、いつものように昭和の懐かしい歌謡曲から。
まず、先ほどクイズに出した♪ウナセラディ東京(1964年 ザ・ピーナッツ)

1964(昭和39)年にヒットした名曲ですが、じつはその前年に「東京たそがれ」というタイトルで作られてるんです。あまり人気が出なかったようですが、イタリアのカンツォーネの女王・ミルバが来日したコンサートで、この曲を日本語で歌ってくださったそうで、「あの曲はなに?」「いい曲だな」…となり、宮川さんが少し手を加えて「ウナ・セラディ=ある一夜の物語」という意味の題名にしたところヒットした…とか。

前奏なしでいきなり歌い出すバージョンも多いのですが、昭和48年の「紅白歌合戦」では宮川泰さんご自身がタクトをとり、フルオーケストラにハープ5台を並べたちょっとゴージャスなアレンジのものがありましたので、ちょっとそのイメージを真似してみました。

次に、2月にお邪魔した時に何人かの方に希望の曲をお聞きしましたが、やはり人気の高かった裕次郎の歌から、♪ブランデーグラス(1977年 石原裕次郎)


こちらも私の手元ノートを公開!

ウナセラディ東京 ブランデーグラス
★クリックすると大きな画面になります


毎回新たにやる曲は、このように作曲・作詞・歌手、つくられた年、そして歌詞を横書きで打ったものを印刷してデイホームに事前にお渡しし、みなさんにコピー配布していただきます。
私は専用ノートに縮小したものを貼り込み、高さ(キイ)決め、コードを書き込んでおきます。
基本的に楽譜は書かずに、これでやってます。それでもなるべくオリジナルに近いイントロ・間奏・エンディングを心がけてます。

大人ムードの、短調で色彩豊かな曲が2曲続いたので、終わりは明るい曲で。
海外では「すきやきソング」として親しまれている…

♪上を向いて歩こう(1963年 坂本九)


最後は、私の歌会でのラストテーマとして定着しつつある…

♪見上げてごらん夜の星を(1963年 坂本九)


きょうのプログラム、考えてみれば「おぼろ月夜」に始まって、すべて「夜」に関係する歌ばかりでしたね。



職員の方から、「もう一曲なにかアンコールを」と言われてので…

国民的な映画・「男はつらいよ」の歌詞シートをお渡ししてみなさんにコピー配布していただきました。
寅さんが大好きというその職員の方に最初と最後の台詞ナレーションを入れていただくようお願いして…

いきなり振られたその職員の方も、寅さんがけっこうお気に入りのようなので、また時々やりましょう!

次回、5月20日(土)には、友人のケーナ奏者をお迎えします。
彼のオリジナル曲の中に、東日本大震災のチャリティでもよく歌われている「広い河の岸辺」という素敵な曲があり、デイホームの皆さんにも覚えていただけたらと思っています。

7時ちょうどの…スーパーあずさ

4月5日(水) 


7時ちょうど新宿発の「スーパーあずさ」と大久保まで並走。

こちらは同じ7時ちょうどに新宿を出発する中央総武線、各駅停車。
三鷹まで通勤するようになって3年ほど、朝の通勤タイムのちょっとしたテツな楽しみ。

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西武新宿駅の脇を進行。

正月明け頃、この時刻はまだ暗かった(東京の日の出は6:51)ですが、すっかり朝日も昇って明るくなりました。


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緩やかに加速する特急列車を、一時的にではありますが各停が追い越します。
真ん中の連結部分あたりまで…

でもこのあたりからこちらは大久保駅停車のため減速。特急にぐんぐん抜かれていきます。

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まもなく大久保駅に到着。運がいいと先頭部分がこんな風に障害物なく見られます。

このように、通勤電車は短い距離で加速・原則を繰り返しますから、長距離を高速で走る特急列車よりもモーターやブレーキに負担がかかるんですね。


通勤電車のすぐ脇を走り抜けていく特急列車、その車内はまったくの別世界。
昨年、こんな記事をブログに書いたことがありましたっけ…

→ 旅ごころを大切に (2016年11月)

教育勅語 と 基本的人権

2017年 4月3日(月)

最近「教育勅語」という用語を耳にする機会が急に増えました。ご存知のとおり、明治政府が教育の根本理念として掲げたものです。
なにかと話題の事件のことからちょっと離れて、あらためて「教育勅語」と「基本的人権」について考えてみたいと思います。


そもそも 教育勅語 とは?

教育勅語とはどのようにしてできたのでしょうか?

鎖国を解いて海外からさまざまな情報が入ってくるようになった明治時代、諸外国に負けない強い国づくりをすすめるべく、西欧(とくにドイツ)に視察団を派遣したそうです。
ドイツをはじめとする西欧諸国では、法律やあらゆる社会規範の根底に、キリスト教の思想・理念が強くあることに日本人は驚いたことでしょう。

日本にはキリスト教の理念はもちろん、それに代わるべく日本人全体に共通する理念や心のよりどころとなるものが見当たらなかった。そこで「天皇」を中心に日本国民の規範となり教育理念の中心となるべきものとして、1890年(明治23年)10月に発布されたのが「教育勅語」です。

「教育勅語」の中には、江戸時代に普及した儒教の教えに基づくことも書かれています。すなわち、親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼して…といったことです。

しかしもっとも重要なのは「朕(天皇)の臣民」という考え方。つまり「主権」は国民ではなく「天皇」にあり、国民は「臣民」と表現され、国のため天皇のために尽くせということです。

教育勅語
教育勅語(口語訳)

この中でとくに重要なのは…、

「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ(口語訳=万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ)」というくだりです。

国民は国のため、天皇のために命をも投げ出せ、というのです(←キリスト教の教えにも、西欧のどの国にも、このような「国のために命を差し出せ」などというものはありません)。


いわば「教育勅語」は、日本が諸外国と戦っても勝てるよう、科学技術はもちろん、日本人全体の精神力・士気を高めるためにつくられたのです。

教育勅語は全国の学校に配布され、天皇の肖像と並んで大切に掲げられ、火災などの際には校長は是が非でもそれを守らなくてはなりませんでした。実際、燃え盛る火の中に飛び込んで命をなくされた方もいたそうですね。

この「天皇のため・国のため…」という理念が、国家総動員法治安維持法ともつながり、戦争への道をまっしぐらに進ませ、「一億玉砕」を唱える原動力ともなっていったのです。
靖国の資料館に残る、若くして命を散らせていった特攻隊員の親にあてた手紙を見ると、まさしくこの教育勅語の教えそのままだな…と。

そして敗戦後の1948年(昭和23年)、衆・参両議院の合意のもとに、この教育勅語は廃止されました。

新憲法下においては、主権は天皇ではなく「国民」であり、国のために命を差し出せなどという理念は「基本的人権」に反している(→後述)からです。



この話、私も昨今あらためて検索して調べたこととも重なりますが、じつはきのう(4月2日)、私の通う教会の礼拝で、牧師先生のお話しの中で出た話題を引用させていただきました。

もちろん礼拝は、現政権を批判する場ではありません。具体的な名指しでの批判はありませんでした。

しかし、今日なおこのような「教育勅語」を暗唱させる幼稚園があり、それを推奨するかのごとく発言をする政治家が現に少なからず存在することを覚え、日本が戦前の過ちの道を再びくりかえすことのないように、世界の平和について心から祈れるように…と。

4月のイースター(キリストの復活)の前のこの時期は「受難節」、わたしたち人間の罪・過ちについてさまざまな角度から考えさせられます。
はるか昔のイスラエルやエジプトで起こった話だけを例にするのでなく、今まさに私たちの生きる社会で起きているさまざまな問題にも目を向け、人間が愚かな過ちを繰り返さないように…

一歩踏み込んだ内容だな、と思いつつ大きくうなづいて聞いていたのは私だけではありませんでした。


◆なぜいま、教育勅語が…?

先述のとおり「教育勅語」の中には、儒教の教えに基づく「親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼し」といった人としての生き方についての記述もあります。そこだけを見ればたしかに間違っていません。

今日、家族間で殺人事件が起きたり、「自分さえよければ人のことなんて関係ない」といった動機で、信じられないような悲惨な事件が多発しています。

競争社会に疲れ、人の心が渇いて、人の痛みを理解する想像力や思いやりの心が枯れ、自分の目先の悩みや欲望のためなら手段を選ばない、短絡的でわがままな犯罪に…

そうした心の渇いた時代だからこそ、なにか「世のため人のため」「献身的な精神」「国のため」…といったことを「美徳」として掲げたくなるのかもしれません。

私もこのブログの中でしばしば、「経済=カネ儲け至上主義」、「自分のことだけでいっぱいいっぱい」、「社会にも目を向けよう」、「思いやり・想像力の大切さを」…といったことも色々と書いてきました。

しかしそれが、なぜよりによって「教育勅語」なのでしょうか?


宗教はタブーだから?

仏教でも儒教でもキリスト教でもイスラム教でも、「人としての道」の教えには大きな違い・誤まりはないと私は考えています。人を犯し、人から奪い取り、人と争うことをすすめるような教えはありません。

どんな神を信じようが、健全な宗教であればおよそ世界中の宗教は「人としての正しい道」を求めてきたはずで、人として敬うべきものを敬い、隣人と仲良く…ということは共通しているはずです。

アメリカで9.11のテロが起きたあと、イスラム教徒全体が「悪の根源」ように誤解されて差別・偏見が生まれました。アメリカ国内で、なんとキリスト教の牧者がイスラム教の経典であるコーランを燃やす…といった愚かな行動もありました。イスラムの経典のどこにも、自爆テロの薦めなど書かれていません。

人類が宗教の違いを理由に偏見をもち、争い憎み合うことは、本当に愚かなことです。


一方、今日の日本では、憲法のもとで「宗教の自由」が保障されています。宗教は人それぞれの心の内にあるもので、決して強制すべきものではありません。

そのことが、日本においてはある特定の宗教について口にすることそのものをタブーとするような風潮にもなっているように思います。
何を信じ、何を敬ってもよいのですが、なんの信仰心も敬う心もない状態で、心が枯渇してしまって、自分の目先の快楽追求だけに…それが今日の日本ではないでしょうか?


その点「教育勅語」なら「宗教」ではないし「いいことも書いてあるから」…?

…もしそのレベルで、政権の中心にいる人たちが「教育勅語には親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信頼し、など良いことも書かれており、それ自体否定されるものではない」として、たとえどんな形であれふたたび教育の現場に復活させようとするならば、あまりにも歴史認識に欠ける、無知ゆえの危険極まりない考えだと言わざるを得ません。

それは、次の「基本的人権」と根本的に矛盾するからです。


◆(基本的)人権とは?

冒頭の、明治に西欧に派遣された視察団たちが見たこと、およびその報告を受けて「日本の国づくり」をすすめた人たちが、なぜ「基本的人権」について考えを深めなかったのだろう、というのが私の大きな疑問です。

私は仮にも法学部出身ですが、学生時代から漠然とながら「権利って何だろう?」ということを考えさせられてきました。逆に言うと、それまであらためて「権利」について考える機会がなかったのです。

「選挙権」に代表されるように、一定の年齢に達し、一定期間その土地に居住し、住民税を払い…一定の条件を満たし、伴う義務を果たしている者に対して与えられる「権利」。
法律や条例で定められた条件を満たせば、国や自治体から「認められ」「与えられる」権利。その種の権利はたくさんあります。法律で定められた「〇〇権」と呼ばれるものはほとんどこの類です。

一方、わたしたち日常においてしばしば口にする「権利」は…?

*「私には~~する権利がある(=当然でしょ!)」
*「あなたにそんな権利はない(=誰の許しを得て~?、あんたいったい何様?)」

自分がもつことは当然で、人(相手)がもつことはけしからん…まるで核兵器みたいなものですか?(笑)



江戸時代まで、日本人にはあまり「権利」という概念そのものがなかったのではないかと思います。それが明治時代になって、明治憲法ができて選挙権が与えられ、長年の苦労を経て勝ち取ったものではなく、気づいたら「民主主義」や「権利」を手にすることとなった…
ですから私と同様、「権利」についてあらためて深く考える機会がなかったのかもしれません。

さて、あらためて「(基本的)人権」とは何でしょうか?

一定条件を満たして、人から認められ、国から「与えられる」権利でしょうか?
違いますよね。

「人権=人として生きる権利」とは、命を授かったときからみな平等に与えられているもので、国から認められて与えられるものではありません。

命はなにものにも代えがたい重いもので、授かったものを大切に活かして天寿を全うすべきもの。それが人の尊厳にもつながるわけですね。

それを国のために差し出せなどとは決して言えないはずです。
そこがまさに、教育勅語が基本的人権と大きく反するところなのです。



さらに言えば、「生きる権利」はヒトだけでなく、生きとし生けるものすべてに授かったものです。

と言うと、「じゃ、あなたは動物・魚などの肉を一切食べるな」と言われそうですね。たしかに戒律の厳しい宗教の中には、一切の殺生を禁じ、肉類は一切食べてはいけない、というものもあります。

しかし、そこを突き詰めていくと、地球上の肉食動物はすべて「悪」で否定されてしまいます。
また、菜食主義なら問題ないのか?、植物だって、痛いと叫びはしないが生き物じゃないか…etc.
そうした不毛の極論をここでするつもりはありません。

要は、生きるためにいただいている命に感謝する、必要以上の無駄な殺生はしない(=肉食動物と同じく)、食べ物に限らず私利私欲はほどほどに、与えられていることに感謝を…それで良いと私は思っています。

ナマケモノ

むしろ、1日にわずか8gの葉っぱを食べれば生きていける平和な生き物さえ絶滅の危機に追い込んでいる…そのことを深刻に受け止めるべきではないでしょうか?

なお人権については、ここに書いたこととも重複しますが、以前詳しく書いた記事があります。
→ 権利=授かったものへの感謝から(2015年7月)


★ 追 記

政府は、「教育勅語を教材として用いてもよい」との閣議決定をしました!

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松野文部科学大臣によれば「歴史の理解を深める観点から、社会科の教材として使う分には…」、つまり私がここまで書いてきたような、過去の誤ちの道を伝える一環として取り上げるならば…という意味に解釈できます。

しかし、菅官房長官の会見によると…

「親を大切に、兄弟姉妹仲良く、友達を信じる、といった内容が含まれており、そこは否定されるものではない」→「道徳の観点からも学ぶべき点がある」…つまり稲田防衛大臣とまったく同じ考えです!

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そもそも教育勅語のどこが問題なのか?
なぜ戦後の衆参両院で教育勅語が廃止されたのか?基本的人権との関係は…?
その本質をまったくわかっていない輩たちが自民党内(しかも政権の中心)に少なからずいるということです。

そんな教育勅語を、たとえどんな形であれ、なぜ今ふたたび教育の現場に登場させようとするのか?
しかも、たった1度の閣議決定で決めて良いのか…?
3日(月)のテレ朝「報道ステーション」ではそのあたりに一歩踏み込んだコメントをしていました。

音の小道具 ひょうたんマラカス

2017年 4月1日(土)

世田谷の馬事公苑近くの農園に毎年春先になるとお目見えするのが、小さなひょうたん。先週、3月25日(土)にもご紹介しました。

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センナリヒョウタン(千成瓢箪)という小さな品種で、片手で握れて、七味唐辛子を入れて卓上に置くのにもちょうどよい大きさです。5年前にもこの季節に2~3個いただいたことがありました。

今回は6個ほど、音の小道具・ひょうたんマラカスにしてみます。

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素材づくり

茎の部分を切り落とし、頭に穴をあけます。よき位置にキリで穴をあけ、プラスのドライバーで広げます。

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箸でつついて逆さにして根気よく振ってると、タネや内部の皮がぽろぽろ出てきます。

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紙やすりで表面の汚れた部分、ザラザラした部分を取り除きます。
ただ、あまり綺麗に取り過ぎず、ほどよく自然な感じが残るように…

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◆「音」を求めて

さて、肝心なシャカシャカの中味…
最初に思いついたのは、乾燥剤として使うシリカゲルです。湿気対策にも良いかな、と。

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薬局で400円ほどで売っていたのが、ちょうど小さな6袋入り。
袋に入った状態のまま振ってみるとシャカシャカと良い音がするので「これだ!」と喜んで買ってきたのですが…

いざひょうたんの中に入れてみると音があまりにも小さく、重量感もなくてスカスカ…

楽器屋さんで売っているたまご型のミニ・マラカスには鉄(スチール)の小さな玉が入っていて、重量感もあって音もしっかり出ますが、鉄とプラスチックによる割と高めの硬い音。

たまごマラカス


今回せっかくの天然素材ですから、もっと自然な、やさしい音色にしたい…

そこで、二子玉川の鉄道模型屋さん(=「いさみや」さん)に久々に行って、模型のシーナリ(風景)を作るための小粒の石を一袋いただきました。
大きさも選別してあって、これだけ入って200円、申し訳ないほど安価です!

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石粒はだいたい2~3ミリ径。さっそく中に入れて振ってみると…

おぉぉ、そうそう、この音! 
重すぎず、軽すぎず、振った感じもなかなか良さそうです。

石粒をどれ位入れたらよいか、量をいろいろ変えて試しました。少なすぎず多すぎず、ちょうどよい量があるみたいです。しかも6個それぞれ個性的な姿をしていて、それぞれ個体ごとにちょうど良い量が。

大きく膨らんだ個体の方が、壁が薄くていい音がするようです。

さんざん試して振って石粒を出してみると、中からまだ残っていたタネやうす皮が一緒に出てきます!
出した石粒ごと水に入れると不純物がこんなに浮きます。

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これら不純物は音を消して悪くするだけなので、石粒を入れてよく振ったことで中の壁掃除もできて良かったです。


いよいよ「形」に

あらためて乾いた石粒をそれぞれの個体に適量入れ、持ち手の棒をつけます。
本体を手で握って振るより、棒を付けた方がいい響きになります。

しかし、丸箸では細すぎ、鉛筆ぐらいの太さの木か竹の棒、何かないかな…?

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身近なところに落ちていた小枝が目に留まりました。
生垣を剪定(せんてい)したものが道端に放置され、よく乾燥していました。
色具合もなかなか良さそうです。

ほどよい太さの部分を10センチほどにカット。

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ひょうたんの穴を、それぞれ棒の太さに合わせてヤスリで広げます。

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木工用のボンドでしっかり隙間なく接着し、中の石粒がくっつかないように棒を上に向けてよく乾かします。

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持ち手・接着剤のはみだし部分をヤスリできれいに仕上げ、表面の保護・割れの防止も兼ねて透明ニスで仕上げます。

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風・日差しのないところで陰干し。

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本体が乾いたら、柄の部分も…

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完成!

12d 完成

ひとつひとつ微妙に音の異なる子たちが誕生!
デイホームでの歌会に持参したり、音の小道具として活用していきます。


<参照>

千成ひょうたん

*2012年のひょうたん→ 「鳥小屋&ひょうたん」

*鉄道模型「いさみや」さん→ 「遊びから学ぶ 人生の恩人」



新たなカテゴリー「駅の安全・案内サインなど」を設けました

3月31日(金)


最近ようやく、首都圏のJR・私鉄でも「困っている方を見かけたら一声かける思いやりを」という呼びかけが目立つようになりました。

目の不自由な方が駅のホームから転落するという痛ましい事故が後を絶たず、そのたびに「ホームドアが設置されていたかどうか?」といった設備(ハード)面ばかりがクローズアップされますが、私は何年も前から、周りの人や駅員のちょっとした「気づき」「思いやり」「大丈夫ですか?」の一声の大切さを訴えてきました。



三鷹への通勤が3年ほどになりますが、朝7時ごろの新宿駅でよく見かける白い杖をついた男性といつしか友達になりました。

新宿~中野 朝の白杖の友人

いつも中央総武線の決まった車両に乗って中野まで行かれるので、電車の乗り降りの際に「大丈夫ですか?」と声をかけたのがきっかけでした。中央総武線がなんらかのトラブルで止まってしまったとき、中央特快速に乗り換えるにはホームを移らなくてはいけません。そんなとき、私は彼とご一緒しました。
彼も最初は「駅員の方ですか?」とお尋ねになりましたが、「いえ、よく朝お見かけする通勤者です」と話すと、すぐに私の声を覚えてくださり、いまでは「おはようございます」の一声から世間話をして中野までご一緒しています。

このblog内、「社会・時事に思う」「ノーマライゼーション」のカテゴリーに書いてきたいくつかの記事をまとめ、「駅の安全・案内サインなど」という新たなカテゴリーを設けました。
この記事を含むカテゴリーURLはこちらです。以降、よろしくお願いいたします。

★駅の安全・案内サインなど

「上野東京ライン」などは愛称

3月30日(木)

「上野東京ライン」が登場したのは、たしか2015年の3月、ちょうど2年になるんですね。

上野東京ラインa

上野ー東京間が新たに結ばれたことによって、上野を玄関口とする高崎・東北・常磐方面からの在来線の列車が、東海道線とも直通運転できるようになりました。

たとえば高崎や土浦・成田方面からやってきた列車が、上野ー東京を経由して、東海道本線で小田原方面まで行けるようになったわけです。


乗り物ニュース

ところが、厳密にどの駅からどの駅までを「上野東京ライン」と呼ぶのかは不明確です。
それもそのはず、鉄道路線の正式名称としてではなく、直通運転する列車の「愛称」だからです。「湘南新宿ライン」とよく似ています。

以前、湘南新宿ラインについて書いた記事がこちら。
→ 「湘南新宿ライン」との上手な付き合い方



直通による便利さの反面…

直通によって、今まで何度か乗り換えの必要だったところへ乗り換えなしで行けて便利になった反面、同じ発着ホームに色々な行先の列車がやってくるので、うっかり乗り間違えたり、うっかり寝過ごして以前は考えられなかったとんでもない方まで連れていかれたり…という経験をされる方も多いようです。

また、沿線上のどこかで起きたトラブルによって、とんでもない遠方まで影響する…といった問題もあり、通勤時間帯のトラブルは深刻です。

直通運転による便利さの方が大きくクローズアップされますが、もともと鉄道好きな私としては、やはり従来の路線名、ルート、地理的な位置関係をよく把握しておくことは大切だと思います。

たとえば…

「湘南新宿ライン」ができたことで、渋谷から乗り換えなしで鎌倉方面に行ける便利さはたしかにあります。
ただ、ネットで前もって直通列車の時間を調べて、その列車に乗れれば、たしかに短時間で乗り換えなしで行けて便利です。

しかし仕事や所用の流れで動けるときに速やかに移動する際、いちいち前もってネットで調べることなく直接渋谷駅まで行って目的地に向かおうとすることも多いですね。

湘南新宿ライン(=埼京線)のホームは山手線とはかなり離れていますし、直通列車がちょうど行ってしまったばかりだと、次の直通列車までは30分も時間が開いてしまう…というケースも。

そんなとき、ともかく山手線で品川まで出て、そこから横須賀線に乗り換えて行くという従来のルートの方が列車の本数も多く、時間も読めます。
あるいは、東横線(東急)で横浜まで行って横須賀線に乗り換える、というルートの方が料金も安いです。

このように、あたらしくできたルートの「愛称」と、「直通で便利になった」ということだけを全面的に信用してしまうのではなく、「新しくもう一つのルートができたんだな、トラブルさえなければ便利だな」ぐらいに考えて、やはり本来の路線名やルートをイメージできることが大切だと思うのです。


◆「宇都宮線」もじつは愛称

湘南新宿ラインに関する記事にもいろいろ書きましたが、かつの国鉄の旧線をつなげたり、かつての貨物線を利用したりして、直通運転の列車が走るようになって「湘南新宿ライン」のような愛称がつくケースは、今後もできてくると思われます。

また、在来線のある区間を愛称で呼ぶこともあります。
「宇都宮線」がそのよい例です。上野から東北本線の黒磯(栃木県)まで(←宇都宮ではなく黒磯まで)の区間を「宇都宮線」という愛称で呼んでいるのです。

線路としてはれっきとした「東北本線」(上野ー青森)の一部なのです。喩えるなら、東海道本線の小田原までを「小田原線」と呼ぶのと等しいのです(←小田原線などという愛称は今のところありません)。
沿線の自治体とJRが協議して「愛称」として呼んでいるだけなのです。

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この画像で「宇都宮線」と併記されている「高崎線」はJRの正式な路線名です。
また、同じ栃木県の日光まで行く「日光線」も正式名称です(=最近では東武線の利用者が増えて、JR日光線は衰退していますが、かつて国鉄時代には上野から直通運転の特急列車「日光」も走っていました)。


たしかに黒磯・宇都宮方面から通勤している人にとっては、「東北本線、黒磯行き」などと言うよりも「宇都宮線」という愛称の方が明確で分かりやすいでしょうし、上野駅にはホームの数も多い中で、黒磯までの短距離の列車(通勤電車)が発着するホームが決まっているのは便利でしょう。

しかし以前、「大雨の影響で、ただいま宇都宮線は全線で運転を見合わせております」と駅のアナウンスで聞いたとき、上野を出発する東北本線の長距離列車(=当時は札幌行きの寝台特急「北斗星」もあった)も運転見合せになっていることを瞬時に理解できない方も多かったようです。

愛称はあくまで愛称。正式な鉄道の運行状況としては「東北本線は、大雨の影響により上野ー黒磯間で運転を見合わせております」と言うべきだと思いました。



春の一日 ~つくし、ショコラ&マロン、ひょうたん~

3月25日(土)

デイホームの活動もなく、久々に家族との貴重な時間、自宅周辺の「春」を味わいました。

◆つくし

毎年、自宅の最寄り駅近くの自転車置き場に生える土筆(つくし)。先週は忙しくて見る暇もありませんでしたが、「そろそろ出てるんじゃないかな?」と行ってみたら、もうすっかり伸びきってました。
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下の娘やかみさんもハカマ(=葉)取りを手伝ってくれて、砂糖&醤油で煮て卵とじに。
これのおかげで花粉症にならない…という説もあります。

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ところで、よく「土筆はスギナの子」と言われますが、緑色をしていない(=葉緑素を持たない)、頭から胞子を飛ばす、まるでカビかキノコの仲間のような…あの土筆っていったい何者なのか、正確にご存知でしょうか?
もう何年も前の記事ですが…
→ 土筆(つくし)って何者?(カテゴリー:身近な科学)


◆ショコラ&マロン

今年正月に我が家にやってきたマロン。家の中では走り回りショコラとも張り合ってますが、外のお散歩はあまり好きではありません。少し前までは、玄関を出るとじっと縮こまってたんですが…

つい2週間前(3月11日)のマロン
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「やだ、歩かないもん!」
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きょうは家の前の芝生から道路に出ても歩きます!

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なんと100mほど自力で外を歩きました。
しかけは…
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下の娘の手には、袋に入った「おやつ」が!

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桜が満開! 
幹を見るとたしかにサクラの仲間のようですが、ソメイヨシノよりもかなり大きな花弁です。
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◆ひょうたん

馬事公苑に向かう途中に農園があり、毎年この春先に、小さなひょうたんが並びます。前年の秋に収穫したものがよく乾燥されています。

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いろんな形の6個ほどいただいて(お金は缶に入れて)帰りました。

さて、このひょうたんが何になるのか…? 
後日またご紹介します。


森友学園 アリの一穴から?…しかし本質は?

3月20日(祝・月)


このところTVでも新聞でも連日騒がれている「森友学園」をめぐる政治家(=自民党閣僚ら)との関係。

稲田防衛大臣が籠池氏と「大いに関わっていた」事実。
安倍総理夫人から籠池氏に100万円の寄付があった、という爆弾発言。
参考人招致をかたくなに拒み続けてきた自民党も、ついに23日には籠池氏の「証人喚問」へという流れに(安倍総理への侮辱だから証人喚問に、という説明にちょっと違和感を覚えますが…)。

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そのXデイを前に、いやあれは「講演料」としてもらっていたものを返しただけ…またまたそんな「言い訳」も出てきそうだという情報もあります。

言うまでもなくこの一連の問題は「政治とカネ」に関わるスキャンダル。時間を追うごとにどこまで掘ったら何が出てくるのか、どうやら埋まっているのはゴミだけではなさそうですね…(笑)
私があえて「社会的な意見」として書くまでもないことなので、これまでこの問題に関してはずっと静観してきました。

が、ある友人から「森友学園の問題について書いてほしい」という声もあり、ここらでいちど書かせていただきます。


総理の嘘は今にはじまったことではない

そもそも安倍総理は、「学園の設立や土地取得にですね、私や妻が関わっていたとするならばですよ、私は総理も議員であることも辞めるとはっきり申し上げておく」と、国会の場で宣言したんですよね。複数のテレビ局が字幕入りで映像を保存してますよね!

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昭恵夫人が学園で「講演」をし、いったんは「講演料」としてお金を受け取っていた。そのお金を返した?…それが「寄附」であろうと「返納」であろうと、「関わっていた」ことは紛れもない事実。もうそれで充分ですよ!
総理の嘘は、これまであまたあって数え切れませんが、話をすり替えて逃げ通せるのももはやここまで、と私は見ます。

しかし、ここでまた大物政治家の嘘・政治とカネのスキャンダルが暴露されました。失脚してそれでおしまいですか?

先ごろの甘利経済産業大臣しかり、舛添前東京都知事しかり、役職を辞任してしまえば政治資金規正法も、場合によっては公金横領・詐欺などの刑事責任は一切問われないんでしょうか…?

少なくとも違法性がなければ罰せられない。芸能スキャンダルと同じく、人の噂も七十五日、のど元過ぎれば熱さ忘れるんですか…?

はっきり言わせていただきます。

 ↓

◆日本の政治は、ほんとレベルが低すぎます!


安倍政権がこれまで公約をどんどん破って強引に進めてきた法案や政策の数々、戦争できる国にしてアメリカにしっぽを振る、国民とくに弱い立場を切り捨てる、大企業・経団連に甘い汁を吸わせて自分たちに還元させる、国民の血税を湯水の如く海外にばらまく…

これらすべてを「数の力」で押し通すことを許してきたんです。
それこそ、今回の嘘のなん百倍も国民に影響のある嘘を通してきて、100万にゼロをいくつ足したらいいんだというお金を使ってきたんじゃないですか!?

野党も、批判だけじゃなく政策論をもって堂々と勝負できる力をもっともっと養って(←すでに何人かの注目に値する議員さんはいます)、野党各党が足を引っ張り合ったりある党を排斥しようとするのではなく、大同小異でまとまるべきところはまとまって力を合わせるべきです。

そして国民有権者がもっともっと「誰のための政治をやってるんだ!」という意識をもって投票に行かなくては!

そうしたまともな政策論から、安倍政権が信を問われて欲しいとずっと思い続けてきました。


◆アリの一穴から?

政治家トップと民間人との癒着、政治と金…韓国も同じようなレベルの問題から政権が崩れました。しかしお隣の韓国では、あれだけ国民全体が「許せない」と立ち上がり、その国民世論の力に後押しされて悪が暴かれたのと比べ、日本人は羊のようにおとなしい傍観者たちばかり…

こんなレベルの嘘の発覚から、アリの一穴から堤が崩れるように政権が危ぶまれる…
堂々と他流試合に臨もうとしていた相手が、自らドブに滑り落ちて流されていく…そんな拍子抜けの情けなさを感じてしまうのは私だけでしょうか…?

今ネット上では、安倍政治に反対する人たち・グループ内で、安倍総理の嘘が暴かれ政権をも揺るがしかねない動きに大いに盛り上がっていますが、まだまだ国民全体でみると、政治(=私たちの社会・日本の将来にかかわる問題)に無関心で、眠れる子羊のような状態ではないでしょうか?


選挙は勝ち馬に一票の予想じゃない!

「でも野党もね~」「じゃ、どこに政権を任せたらいい?」…じゃないんですよ!そこの経済新聞もったインテリ風にも見えなくもないオジサンたち!

なにかあるとすぐ「~~するとどうなって、あれはこうだから…」「どこが強いか」「どうなりそうか」…といった、野球や競馬の予想屋・評論家のような意見が飛び交います。無責任なバラエティ番組のように…

仮に他の党が政権を取ったとしても、政権与党となったとたんに、財界や経団連、官僚らのマリオネットのようになって今の自民党と似たような政治をやろうとするんです。それはもう過去に実証済ですよね。

私がずっと思ってきたのは、仮にも自民党が最大与党であっても構わない。しかし政権与党に過半数議席=「数の力」を与えないようにすることです!

お隣の韓国の国会もそうですが、与党が何かを通そうとしても与党だけでは過半数に満たないから勝手に決めることはできません。
それこそ安倍総理のいつもの口癖のように「丁寧に説明」して「しっかりと議論」して「理解を深め」、野党側からも一定の理解が得られて賛成が得られなければ法案も通らないようにするのです。

民主主義を取り戻すための投票をすべきなんですよ。勝ち馬に一票の予想屋じゃなく。分かりますか!?

だいたい国民有権者の約半数しか選挙にも行かず(=国政選挙でも地方選挙でも投票率は軒並み50%そこそこ)、投票に行った人のうち、自民党に一票入れた人の65%が「ほかよりましだから」…?

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2014年12月の総選挙結果から 読売新聞データより


いい大人が政治の話(=われわれの社会・日本の将来に関わる話)をまったく口にしない。政治の話はタブーというのが国民的な文化なの?
昼の食堂でニュースがかかっていても会社員同士はクルマやゴルフの話をしていて、野球やサッカーのニュースの時だけ振り返る、夜の居酒屋では会社内の狭~い人間関係の愚痴、あとは下ネタ…etc

経済的には世界の先進国といわれながら、国民の意識がこんなレベルの国、こんなに政治について語れない国がどこにあるでしょう?

考えること、表現することの大切さ (2015.9.26)


デイホーム日誌(5) 脳が喜ぶ歌の会

3月18日(土)

毎月、第三土曜日にデイホーム野沢にボランティアでお邪魔している「脳が喜ぶ歌の会」も、昨年12月から3回目となりました。

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土曜日に来所され、私の会に何度か参加されている方から「楽しみにしてます」とお声をかけていただけるようになりました。

きょう前半は「春」にちなんだ曲として、♪「花」(春のうららの隅田川…)、♪「早春賦」(大正12年、中田章作曲)、♪「知床旅情」(昭和62年、森繁久彌:作詞・作曲)の3曲。

このうち「早春賦」と「知床旅情」の歌い出しは、上昇する音の並びがまったく同じ!
ここに注目して、きょうの「脳が喜ぶ」テーマ「音程」について。


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◆歌は脳をフル回転させる

前回もお話ししましたが、脳の血流は、本の「黙読」・「音読」、「計算」よりもはるかに「歌う」ことで脳全体に及びます。

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メロディを聞いて「あ、この曲知ってる!」と分かるだけでもすごいことですが、そのメロディに合わせて正しい高さで声を出そうとする、先の歌詞が出てくる、歌詞(ことば)からイメージが膨らみ、メロディと言葉の両面から感情がわいてくる…脳はフル回転するのです。

◆「音程」

一般に「音の高さ」の意味で使われることも多いですが、音楽理論的には「音と音との幅・距離」を言います(→②)。でも、ここは音楽教室ではありませんので(笑)、楽譜(おたまじゃくし)は使わずに「音の階段」で音と音との距離を感じていただきました。

3度・4度・5度・6度…と、音の広がりが大きくなる感覚を味わっていただき、まずは出だしの部分だけをドレミで歌っていただきました。

そして5度を超えると、より跳躍感が増します。ちなみに6度(=ド~ラ)で始まる曲にはどんな曲があるでしょうか? 
♪「初恋」、「川の流れのように」、「見上げてごらん夜の星を」…etc. 
日常から外に一歩踏み出して跳躍するような…そんなイメージの曲が多くないでしょうか?

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そして、高い音に移るとき、どんなイメージを持つでしょうか?
ホースから出る水を高く飛ばすのにホースの口を絞める方法もありますが、あんな感じで喉を絞めて高い声を出そうとするのではなく、むしろ蛇口をいっぱいに開けて水量を多くする…そんなイメージで、広い音程(=高い音への跳躍)を感じていただきながら発声すると気持ち良いですね。

♪「早春賦」は中田章さん(=中田喜直さんの父)による大正12年の作品。今日いらしてた中に大正11年生まれの方(=93歳)の方がいらっしゃり「懐かしかった」と言われました。

♪「知床旅情」を同じ高さ(キイ)でやると終わりの方で「レ」まで出てきてしまうので、ひとつ下げて「in B♭」でやりました。加藤登紀子さんの歌と同じキイです。

男性でも女性でも「最高音=ド(もしくはレ)まで」をひとつの目安にするとよいことが、きょうの発声練習でもあらためて確認できました。

→ 歌いやすいキイでたどる昭和の歌

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お茶タイムをはさんで、後半は…


◆昭和の歌謡曲から


♪「恋の町札幌」は、札幌で冬のオリンピックが開催された1972年の作品です。
2月にいただいたリクエストで案外多かったのは石原裕次郎の曲。

♪「高校3年生」
まさに卒業の季節の歌ですね。

♪「兄弟船」
先月(2月)、またしても昭和の偉人がひとり旅立たれました。作曲家の船村徹さんを偲んで…

そしてラストは、私の歌会のテーマ曲
♪「見上げてごらん夜の星を」

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歌詞1


皆さん歌は大好きで、私も第三土曜日が楽しみです。次回は4月15日(土)です。
そしてその次・5月20日(土)には友人のケーナ奏者をお迎えしようと思っています。


活火山?、休火山…?

3月13日(月)

きのうのニュースで、栃木県日光市にある男体山(標高2484m)を「活火山」と認定し、これによって日本の活火山は111になると報じられていました。

従来、男体山の最後の噴火は約14,000年前だとされていましたが、山頂の噴出物の調査により約7,000年前にも噴火があることがわかり、定義に当てはまることから、2017年6月の火山噴火予知連絡会会合において活火山に分類される見込みとなったというのです。

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(2015年正月の日光にて)


ここで私の中では疑問が…

小学校高学年(5年か6年)の時、富士山など大昔には噴火していたが今は活動していない火山、今後また活動する可能性のある火山のことを「休火山」と習いました。

一定の期間噴火していない火山のうち、完全に活動を停止したとみなされるのが「死火山」、また噴火する可能性のあるのが「休火山」、そして「活火山=現在活動している火山」であると。

ところが、きのうのニュースでは、今はまったく活動していなくても、今後また活動する可能性のある火山を「活火山」と呼び、富士山も活火山の中に含まれるとされ、男体山も含めると活火山は111になる、と報じられていました。

そこで、気象庁のページで「活火山の定義」に関するページを見てみると…

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富士山も「活火山」として載っています!

この図を含む元のページはこちら
 → 国土交通省 気象庁HP 知識・解説 「活火山とは」


富士山など、かなり長期にわたって噴火活動していなくても、過去1万年以内に噴火した記録が残っているものはすべて「活火山」と定義されるように変わっていたんですね!
このように定義が改められたのは1960年代とのこと。

あれ?、私は1970年(大阪万博の年)に中学に入学したので、小学校高学年のときは1960年代も終わり近いんですが…(笑)

いまさらながら、正しい定義に修正しておきましょう。


Danny Boy ダニー・ボーイ

3月12日(日) 

「Danny Boy(ダニー・ボーイ)」という歌をご存知でしょうか?

オーケストラ(弦楽器)でも演奏される、静かな祈りも秘めたような美しい旋律の曲です。
もとは、アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」で、歌詞はありませんでした。

アイルランドの古い旋律として19世紀の盲目のヴァイオリニスト、ジミー・マッカリー(1830-1910)がストリートで弾いていたものを、ジェーン・ロス(1810-1879)という女性の民謡収集家が聴き取って楽譜にしたそうです。二人ともアイルランド人です。

のちに英国の弁護士(法律家)でもあるフレデリック・エドワード・ウェザリー(1848-1929)という人が、この旋律に、遠く離れた息子の無事を祈り、帰りを待ちわびる母の思いを歌詞にして付けたのが「ダニーボーイ」です。

戦争に行ってしまった息子が元気に過ごしているか、無事に帰ってきてくれることを待ちわびながら、季節はめぐり、「もしお前が帰ってきてくれた時、私がお墓に入ってしまっていたら、老いた母はずっとお前の帰りを待っていたと、お墓を踏みしめて思い出しておくれ」…と。

<英語の詞・対訳>
英語歌詞&訳詞(八木倫明)20170312_0001

日本語に訳されたケーナ奏者の八木倫明さんによれば、「母の悲しみ、平和の願い」であると。
世界中、時代を超えて、息子を思う母親の気持ちは同じなんですね。
しかしこんな素晴らしい歌が誕生した翌1914年に、第一次世界大戦が起こります。


英語の詞を直訳したものではメロディに合わせて歌うのは難しいので、作詞家のなかにし礼さんが、曲に合うように作詞をしたものをご紹介させていただきます。
ケーナ奏者の八木さんもこの曲をコンサートでも歌とともに演奏され、近々私がボランティアで訪れているデイホームにもお呼びできたらと思うので、日本語の歌詞を打ち込み、まずはシンプルなinC(=ハ長調)でコード譜を起こしておきました。

ただ、終わりの方で最高音=ミ まで出てくるので、デイホームで歌うにはレッドゾーンにかかってますね。
C→B♭、あるいは→A に読み替えて(2~3度下げて)弾けるようにしておきましょう。


ダニーボーイ (日本語版)       なかにし礼:詞

1.おおダニーボーイ いとしきわが子よ
  いずこに今日は眠る
  戦(いくさ)に疲れた体を 休めるすべはあるか
  お前に心を痛めて 眠れぬ夜を過ごす
  老いたるこの母の胸に
  おおダニーボーイ おおダニーボーイ 帰れよ

2.おおダニーボーイ いとしきわが子よ
  便りもすでに途絶え
  はるかなその地の果てにも 花咲く春は来るか
  祖国に命をあずけた お前の無事を祈る
  老いたるこの母の胸に
  おおダニーボーイ おおダニーボーイ 帰れよ



ダニーボーイ ペイントコード名入り(A4フルサイズ)

★讃美歌にも

冒頭、「静かな祈りも秘めたような美しい旋律」と書いたように、讃美歌になっていても不思議はないような気がして探したのですが見つからず…
先ほどFBつながりのある方から、2編の157番にあるとの情報が。2編を開いてみたら、確かにありました!

讃美歌2編15720170312_0001

帽子デビュー

3月9日(木)

きょうの日の出は6時01分(明日3月10日は5時59分)、朝の通勤電車で朝日がまぶしく感じられるようになりました。

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仕事が午後早く終わったので、中野駅で下車して遅めの昼食をとり、北口のアーケード街をぶらりと歩いていたら、昔ながらの帽子屋さんを見つけました。

詳しく理由は述べませんが…
じつは私もそろそろ帽子デビューしようかな、と思っていたのです。

通勤にもカジュアルにも着用できるハンチング帽を以前からイメージしていたのですが、なかなか見つける(本気で探す)機会がなかったのです。
ふらりと入ったこのお店、今どきめずらしく日本製の手作りの帽子を扱っていて、私の小さな頭にもぴったりのサイズで、お気に入りの色・デザイン、肌触りも良いものが運命的に見つかりました!

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以後、お見知りおきを!

私のイメージとして、「ちい散歩」で亡き俳優の地井武男さんがよく被っていたような帽子…と言ったら、地井さんの被ってらした帽子がまさにこれと同じメーカー(=職人さん)とのことでした!

お店の許可をいただいて(宣伝も兼ねて)、画像もアップさせていただきます。

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場所は中野駅北口のアーケードを進み、ブロードウェイに入る手前の路地を右に折れて数件目、タムラさんというお店です(ブロードウェイの中にも1店舗あるそうです)。


デイホーム日誌(4) 「別れの夜明け」…リクエストにお応えして!

3月9日(木)

仕事が早く終わり、明るいうちに帰宅できたので、月1・土曜日にボランティア講師・ピアノでお邪魔しているデイホーム野沢を訪ねました。

じつは前回、お茶タイムにリクエストをいただいてた曲があったのです。

そのおばあちゃま(=O.Mさん)は93歳!
歌が大好きで、石原裕次郎の「別れの夜明け」(デュエット曲)を私にリクエストくださり、お茶タイムにさびの部分を何度も口ずさんでおられました。

石原裕次郎の曲といえば♪「ブランデーグラス」「恋の町札幌」「時間(とき)よお前は」「赤いハンカチ」「夜霧よ今夜もありがとう」…などの名曲の数々、デュエット曲としては♪「銀座の恋の物語」が有名ですが、この「別れの夜明け」を私は知らなかったので、さっそくYouTubeで検索し、八代亜紀さんとデュエットしている音源から耳コピしておきました(3月1日)。

♪別れの夜明け・楽譜20170309
♪別れの夜明け20170309

これを次回、3月18日(土)に加えようと思っていたのですが…


突然のお別れ…

なんとそのO.M さん、18日を待たずして(←3日前)に、ご家族とともに足立区へ引越してしまわれるとの情報が…!
しかも、ご家族は引っ越すことを本人に告げておられず、デイホームの最後のお別れ会もないとのこと。

18日(土)の会では、春にちなんだ曲を題材に「脳の喜ぶ歌」のお話し、そして昭和の歌謡曲(×数曲)で構成。せっかく耳コピしてコードも探したけど、この曲は皆さんあまりご存じないので「お蔵入り」か…?

しかし、O.M さんにはこの曲をプレゼントしたい!
せめて歌詞コード譜をお渡ししておけば、引っ越した先でもデイホームに通われて、そこでピアノかギターを弾ける人がいてくれたら…と、コピーを届けたのです。コピーを職員にお渡ししておくだけのつもりで…


予定外のミニ歌会!

きょうもO.M さんはいらしてて、「他の皆さんも歌が大好きなので、夕方の送り第一便が出た後の小レクの時間に1曲やってもらえませんか?」と、職員の方から急に振られ、入所者の人数分コピーして配ってくださったのです!

まさか今日「歌会」になるとは思ってもいませんでしたが、ちょうどエレキピアノもセッティングされていたので、この1曲だけやらせていただきました。

お陰様で、O.M さんのお顔も見られ、「お別れ」としてではなく、「ちょっとサプライズでお届けに来ましたよ~!」という流れでプレゼントできました!

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じつは、先週3月3日(金)にも「打合せ」でお邪魔したところ、ちょうど「ひな祭り」のイベントをやっていて、「たのしいひなまつり」の他、次回に向けて考えていた春の歌から何曲か、流れと勢いで「歌会」になったんです!
簡単なコードで追いましたが、まったくの無伴奏よりは多少お役に立てた…かな?

まさに現場ではこういう予想外のことにも対応できないと…と実感します。

きょうの「別れの夜明け」は、ご存じない方も多かったので、はじめにメロディラインをゆっくり弾いて歌詞を追ってもらったあと、3番まで演奏。
リクエストくださったO.M さんも、こちらを見て「Goo!」を出してくださってました。

とりあえず、気持ちはお伝えすることができました!
どうか、いつまでもお元気で!


プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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