メニュー紹介 <更新版>

ようこそ 「ティンパニで朝食を」へ !

すべての人に音楽の喜びを! 障がいのある人もない人も、音楽の力でともに生きる社会へ。
ブログを開設したのは、そんな思いを強くした2010年の4月でした。左の「プロフィール」もご参照ください。

長文の記事も多いですが、視覚に障がいのある方も音声変換で閲覧されますし、中学生でもきちんと読んでいただければ分かる文章で書くように心掛けています。

はじめてご訪問の方にも分かりやすいように、常にこの「メニュー紹介」がトップにくるように投稿日時を本年末の日付に設定しています。 このトップページだけをご覧になって「あ~、まだ更新してないな」と閉じないで下さい! 最新記事はひとつ下にあります。

以下の各カテゴリーから、ご興味のあるテーマの項目(画像の上の文字)をクリックしていただくと、そのテーマの記事群に飛べます。
 


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~ 音楽関連~

公開情報(コンサート・放送予定など) 
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2017予定

音楽ギャラリー(リハーサル・バックヤードの様子など)
ティンパニ 
2010年3月「こころコンサート」 NHKホールにて

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不特定多数には公開していない画像を含むもので、友人・知人にアルバムをお見せするような形でのアップです。
ブログ案内を差し上げている方は、そこに書いてあるパスワードを入力してください。

何かのご縁でこのブログを訪問されてご興味のある方は、この記事下の「コメント」欄に簡単な自己紹介・お名前・メールアドレスをご記入の上、「管理人だけに表示を許可する」にチェックを入れて送信してください(いわゆる“鍵コメ”というもので、他の方からは見えない私信となります)。こちらからメールにてパスワードをお知らせいたします。 



コバケン先生との出逢い(05長崎・06熊本)
コバケン先生 

出逢いに感謝して
出逢い 

ティンパニのつぶやき(オーケストラの打楽器)
打楽器

★デイホーム日誌
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50代ことはじめ ~音楽療法の世界へ~
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★「音の小部屋」プロジェクト
5度時計(改右回り)


「音」についてアラカルト
チェロは歌う 音について

私のこの一曲

シャコンヌ 

オペラの世界へ

カルメン2 オペラ1

→ 電子書籍「オペラの世界へ ~カルメンを中心に~」


~社会~


ノーマライゼイション(ともに生きる)

コミュニケーション

「豊かさとは…?」~日本が見失ってはいけない大切なこと~
派遣村 

社会・時事に思う

一歩踏み込んで 言わせて頂きます! 

★駅の安全・案内サインなど
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原発関連 ~「社会・時事に思う」から分離しました~

★アジアにおける日本の過去 ~「社会・時事に思う」から分離しました~
 

~季節・鉄道・模型・旅~

季節・日記
季節 

模型ギャラリー(手作り模型の世界)
★鉄道模型
模型1 模型2 模型3

鉄道以外にも…
★ドールハウス(ミニチュアの家)
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もうひとりの恩師(鉄道模型屋さんから学んだ遊びの哲学)
いさみや

小さな鉄(テツ)な旅 ~江ノ電・世田谷線ほか~
テツ旅1 テツ旅2

旅・鉄道(韓国・イギリス・アメリカ・カナダ…)
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~自然・科学~

★身近な科学(ちょっと好奇心)

自然・歴史・民俗
雷・竜巻1 風神雷神

なまず通信…2011年1/18(=東日本大震災の約2か月前)に立ち上げたカテゴリーです
なまず1 なまず2 なまず3 なまず4


~その他~


己を見つめる

パウゼ(♪ひと休み)…疲れた頭と なまった腹筋に!

ピアノジョーク…「パウゼ」から分離しました

尻っぽの生えた天使たち
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デイホーム日誌(19) エディットピアフの生涯から

5月19日(土) 「脳が喜ぶ歌の会」


<エディット・ピアフの生涯>

リードヴォーカル・藤井淳水さんをお迎えして
その波乱の生涯を追いながら…

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♪バラ色の人生

♪愛の讃歌

E.ピアフ自身の詩を、美輪明宏さんが忠実に訳したものがあります。

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メロディを薄く弾いて、司会の堤さんに朗読していただきました。

皆さんがよくご存じの「あなたの燃える手で あたしを抱きしめて」とはだいぶ意味が違います。
オリジナルの意味を味わうには、朗読もよい方法です。

でも、日本語としてはやはり有名な版の方がしっくりくるようですね。
前半の最後(休憩前)に、皆さん大熱唱してくださいました!

E.ピアフ最後の名曲…
♪水に流して (私は決して後悔しない)

「パリの空の下」
フランス映画『巴里の空の下セーヌは流れる』(Sous le ciel de Paris)の挿入歌でもあり、エディット・ピアフの録音もある。旋律は認知度が高く、歌なし(アコーディオンのみ)で演奏されることも多い。
きょうはボーカルの藤井さんにフランス語で…


★「語り」と「歌」について

シャンソンには、音楽の流れが止まって「語る」ように歌われる「クープレ」という部分と、音楽の流れにのって歌う「シャンテ(歌)」の部分からできているものが多いです。
クープレ、シャンテといった呼び方はフランスならではですが、こういう2部構成で出来ている音楽は世界中にあります。もちろん日本の演歌にも…
ずっとノリノリで同じテンポの曲よりも、「語り」かけるような部分が入ることで、より状況が見えて感動を呼ぶのです。

オペラの世界にも…

有名なオペラ「カルメン」の中から、カルメンが最初に登場して「ハバネラ」を歌うシーンを紹介。
たばこ工場の昼休み。カルメンを待ちわびる人々の前に現れたカルメン…

recitativo (レチタティーボ)=状況・心境などを語るように歌う。次の歌の前説のような役割も。

♪好きだというの? そりゃ勝手だわ だめかどうか誰も知らない
  だけど今日は いやよ!

「ハバネラ」…セバスチャン・イラディエル作「スペインの歌」より引用

歌い終えたカルメンは、ホセに近づいていき…
 花をホセに投げつけると、みな「あははは…」と笑いながら散っていく。
一人残るホセは、花を拾い感傷にひたり、花をいとおしみポケットにしまう…
ここまでが、悲劇のはじまりを暗示する「ハバネラ」前後のシーン。

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3日前に思いついてメールでお伝えただけなのに、ホセ役で名演技をしてくださった望月氏(中央)と、司会&朗読を担当された堤さん(右)。

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◆いつものラストテーマに手話を交えて…

♪見上げてごらん夜の星を

まず会のはじめに皆さんに「手話」をお伝えしました。
藤井さんや職員スタッフさんにも覚えていただきながら…

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見上げてごらん… 夜の星を…

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祈ってる…
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きょうはとりあえず1番の前半まで覚えていただけたら良いと思ってましたが、
皆さんけっこう先まで覚えてくださってたようです。

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<配布資料>

エディット・ピアフ(Edith Piaf)の生涯


1915年12月19日、父=大道芸師、母=カフェ歌手 のもとに生まれる。
母は彼女を自宅前の路上で出産した。
陣痛に見舞われ病院に行く途中だったと言われている。

母は出産の翌月に家出 →麻薬に溺れ、死亡。

3歳の時に白内障にかかり失明、視力を取り戻したのは6歳の時だった。
7歳頃から父親(大道芸人)について街頭に出て歌うようになる。
17歳でマルセルという娘を出産。しかし2歳で他界。

1935年  ピアフが出演するクラブの経営者が、店で射殺される。
1941年~ ナチス・ドイツ占領下では、捕虜となったフランス兵たちを慰問して歌い、レジスタンスとしての活動にも手を貸した。

1944年  ムーランルージュに出演し、まだ無名だったイヴ・モンタンと知り合い映画にも出演。イヴ・モンタンを育て、売り出しに力を注いだ。

「バラ色の人生」(エディット・ピアフ作詞) 1945年 

1947年  ボクサーのマルセル・セルダンと知り合い激しい恋に落ちる。
彼は1948年9月21日、ミドル級の世界チャンピオンになる。

「愛の讃歌」(エディット・ピアフ作詞) 1949年

ピアフはニューヨークのクラブ「ヴェルサイユ」で彼のために歌うが…
1949年10月28日、ニューヨークにいるピアフのもとへ向かうセルダンの 乗った飛行機が、アゾレス諸島に墜落。彼は帰らぬ人となった。
「愛の賛歌」は彼の生前に書かれた曲だが以後、彼女にとっては消しえぬ悲劇の象徴となった。

1952年  ジャック・ピルスとニューヨークで結婚
1955年  カーネギーホール及びパリの名門、オランピア劇場に初出演。
1957年  ジャック・ピリスと離婚。酒浸り、体調を崩して劇場をキャンセル…
1958年  オランピア劇場出演中、ジョルジュ・ムスタキと出会うが、 彼の運転する自動車で事故に逢い、重症を負う。

「水に流して」(私は決して後悔しない) 1960年

過去は永遠に清算した。私はまたゼロから出発する。

1962年  美容師だったテオ・サラボと結婚。
1963年  リール市での公演が彼女のラスト・ステージとなる。
同年、10月10日、カンヌのはずれ、ブラスカシェ村の別荘にて永眠。

生前親交のあった詩人のジャン・コクトーはこんな文章を残している。
「マダム・エディット・ピアフは天賦の才がある。真似はできない。
彼女の以前にエディット・ピアフはなく、今後も決していないだろう。」

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◆次回のデイホームは6月16日(土) 14:00~
 オーケストラ仲間で、チェコ帰りの若手バイオリニストをお迎えする予定です!
 
◆この会のあと、ボーカルの藤井さん・見学にいらっしゃった方と、三宿にある国立音楽院へ。 「音楽療法士のたまご」と称する研究会で私の担当日でした。

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3

 ♪テーマは「身体の動きに合わせて 色変わりの即興」について

「南京事件Ⅱ」 ~これでも「南京事件はなかった」と言えますか?~

2018.5.15

「南京事件はなかった」?

1937年12月、当時の中国の首都・南京であったとされる南京事件。
年寄りや子どもを含む多くの非戦闘員が日本軍によって虐殺されたと言われるが、日本国内には「事実の捻じ曲げだ、捏造だ、南京事件はなかった」などとする声が政界の中でも飛び交っている。

果たして真相はどうなのか…?

私も戦後生まれで、戦争のことは何も知らない世代ながら、「アジアの中の日本の過去」について少しでも事実を知っておきたいと、このカテゴリーをブログ内に設けて数年、主に8月の終戦の時期を中心にいろいろなテーマでつづってきた。

一方、政権の要職にある国会議員や有名ジャーナリストと称する人たちの中にも「南京事件はなかった」と唱える人がいる。
またネット上にも同じような主張をし、日本の過去の過ちに向き合って「人」として反省することを「自虐的だ」などとする表現も多く見受けられる。

そのような不毛な論争にピリオドを打つともいえるドキュメント番組をご紹介させていただきたい。

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

 放送:5月13日(日) 24:55~25:50 (地上波)
 制作:日本テレビ
 再放送:5月20日(日) 11:00~(BS日テレ)

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★動画元が削除されると見られなくなってしまうので、あくまで一視聴者として、私なりの表現でご紹介させていただきます。

★画像はすべてサムネイルで貼りますので、クリックするとやや大きな画面でご覧になれます。
 一部に悲惨な画像もあるので閲覧注意!


◆焼却された軍の公式文書


旧大本営陸軍部、現在の防衛省の敷地内で、終戦直後に大量の軍の公式文書が焼却された。
 
1

終戦の日の昭和20年8月15日、戦争責任を問われることを避けるために連合軍がやってくる前に公式文書をすべて焼却するよう政府が決定し命じたのである。 

<政府の命令書 昭和20年8月15日>
2 3 

公式文書を焼く炎は、旧陸軍本部の敷地内で3日間燃え続けたという。
それが戦後50年以上たった1996年、防衛省の敷地内から燃え残った文書が発見されたのである!

この番組告知の画像を見て私は、今日の文書書き換えや隠蔽体質とも重なる思いであった。


◆南京事件の真相にせまった一人の民間人

燃え残った文書の中には支那事変以降の公式記録はほとんど見当たらなかった中で、唯一「南京攻略の命令書」が見つかった。
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そこで、ひとりの人物(=小野賢二さん)が、南京事件の真相に迫るべく動き始めた。

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当時の兵士たちがつづった陣中日記(コピーも含めて30冊以上)を集め、当時南京で従軍した軍人ら関係者200人以上から聞き取り調査を行った。

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当時の日記に残されていることこそ、公式文書が焼失してしまった今となっては唯一「真実」を語り継いでくれるものであり、この番組では「一次史料」と呼んでいる。

小野さんらは証言・日記・写真などを細かく分析し、国内外を丹念に調べ歩き、一定の真相にたどり着いた。
それが2015年に放送されたドキュメント番組「南京事件」

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放送終了後には多くの絶賛メッセージが寄せられたという。

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★画面内のオレンジのラインは高木による


明らかになった南京虐殺の概要(一部に悲惨な画像・記述を含みます)

その第二段として、陣中日記や元兵士ら関係者200人に直接会って話を聞いた音声テープやビデオテープを元に、緻密な調査を続け、さらに明らかになった南京事件の真実に迫ったのが、今回放送された「南京事件Ⅱ」である。

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今回取材されたのは、南京城の北部から揚子江に沿って攻め入った第65連隊の記録。

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日記に残された記述によると、1937年12月16日に「揚子江の河原に連行し5千人を銃殺」とある。
翌17日にも捕虜の大量射殺が行われた。

連行したルート、目標となる建物、当時の写真などから虐殺の「現場」のひとつがほぼ特定された。
虐殺現場は、この連隊の進路にあたる揚子江の沿岸だけで少なくとも2か所あったようだ。

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記録によれば、ここに収容されていた捕虜の数は約1万5千人(14777人)。

証言をもとに、虐殺の様子を描いたCG画像。

午前中から建物の壁に穴を開けて機関銃の銃口だけ出し、揚子江の河原におびただしい数の捕虜たち(老人や子どももいた)を後ろ手に縛って座らせ、何基もの機関銃で一斉に連射…

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1分間に600発発射できる機関銃で15~20分撃ちまくった。弾薬箱が空になった。機関銃の銃身が真っ赤になり、そのままでは装填した弾が暴発してしまうので、軍服を濡らして銃身に捲いた…など、かなり具体的な証言である。

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◆「南京事件はなかった」という声

中国側の主張によれば、南京全体で30万人もの犠牲が出たとされる南京事件。
その数をめぐる論争はたしかにある。しかし大量虐殺があったことは紛れもない事実である。

にもかかわらず、冒頭に書いたような「南京事件はなかった、ねつ造だ」とする声も根強い。
政府の要職にある国会議員の中にも、著名なジャーナリストと称する人の中にも…

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「当時の日本軍の数からして、中国側の主張する30万人を虐殺するなんてとうてい考えにくい」、「日本軍が南京入城する前に、撤退していく中国の人民軍が民間人を虐殺し、それを日本軍のしわざのようにでっち上げた」…といった説。

私もこれまでネット上でそうした主張もあることは知っている。

しかし、ここまでの証言から、たった一つの連隊だけで、2日間で1万5千人もの民間人(=お年寄りや子どもを含む無抵抗な非戦闘員)が機関銃によって射殺されたことは紛れもない事実なのである!
  
日本軍の食料さえも十分にない中、何万人もの捕虜に与える食料もなく、「仕末」(←日記の表記)するしかなかった。軍から「殺せ」という命令が出ていたという証言もある。
(日本軍が勝利して南京城を陥落していたのなら、周辺から大至急食料を調達するなど、捕虜も含めて「生かす道」を考えることはしなかったのだろうか?)

他の連隊でも同じようなことが起こっていたと考えるべきはないだろうか?

にもかかわらず、「大虐殺そのものがなかった、捏造だ」などとする声が戦後何十年もたって浮上してくるのはなぜだろうか?

公式の記録が残っていないこと、また当時でさえ実際に戦地で起きていたことでも軍にとって都合の悪いことは目に触れないように封印されていたことが背景にある。
このような状況では、もし仮に公式記録が残っていたとしても、その記述そのものの信ぴょう性さえも疑わしい。


封印された戦地の記録

戦時下においては、「新聞紙法」によって報道内容は大きく規制され、軍部にとって都合の悪いものはすべて「不許可」とされた。

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戦地で撮影された貴重な映像フィルムのほとんども焼却処分された。

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こうして戦地で繰り広げられていた「現実」は、国民の目に触れることもなく、記録として残されることもなく封印され、葬り去られたのである。
まずそのことが、戦後何十年もたってから、過去の過ちを正しく認識できないことにつながっているのではないだろうか?

しかし、その一部を保管していたところがあった。

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古いアルバムに「不許可」と赤い印を押された写真には、捕虜を後ろ手に縛っている写真や、捕虜の胸を銃剣で刺す日本軍の生々しい写真などが残っている(★閲覧注意)。

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<追想>

わが家にかつてあった中央公論の「日本の歴史」全巻(うち写真資料を集めた別冊)、また私が成人してから購入した朝日新聞の「20世紀の記録」(全巻)には、このような悲惨な画像は数多くあります。

私がまだ小中学生のころ(1970年代前半まで)は、戦時中に日本ニュースで撮影された画像やアメリカ軍によって撮影された画像がテレビで初公開もされました。
しかし今ではそうした生々しい画像の多くは、閲覧制限がかかっているせいか、ほとんど見ることができないようです。

それに代わって、1980年代からの終戦の日のドキュメント番組の多くが、「証言」によるもの、その検証によって「あの戦争はいったい何だったのか」を問いかけるものが主流になってきたように思います。

若くして出征していった軍人たちが、現地で見たこと・体験したこと、上からの命令だったとはいえ、人としてあまりも衝撃的だったことの数々…戦後生き永らえた人たちは、そうした過去の記憶を封印して生きるしかなかったのではないでしょうか?

しかし、平和がつづき繁栄を遂げた日本で、80~90歳という年齢に達して、やはり生きているうちに自分の体験したことを語っておかなくては…と。
彼らの口から出る「証言」には、ごまかしも忖度もありません。まさに「真実」なのだと思います(→「証言」については後述)。



「自衛発砲説」はどこから生まれた?

「捕虜たちの間で暴動が起きたのでやむを得ず自衛発砲したのだ」…とする「自衛発砲説」もある。

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その根拠とされる文献の多くは1970年代以降に書かれたもの。当時の兵士らの証言によるいわゆる「一次史料」ではない。

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さらにそれらの文献をさかのぼってたどり着くのは、第65連隊の郷里・福島(会津)で1964年に書かれた「郷土部隊戦記」なる書物。

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さらにその書物の元になったとされるのが、地元の福島民友新聞に1963年1月30日~2月1日までの3日間に連載された「郷土部隊戦記」というコラムである。

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この記事は、両角(もろずみ)連隊長に戦後聞き取り調査をして書かれたもので、両角氏によれば、「捕虜を釈放しようとしたが、対岸から発砲があり、捕虜たちが暴徒と化して押し寄せたので、やむを得ず発砲した」という。これが「自衛発砲説」の元となったのである。

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しかし…

両角連隊長は、2日目の虐殺があった1937年12月17日には「南京入城」に参列していて、虐殺の現場にはいなかった。

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捕虜たちの「処分」を指揮したのは、第一大隊本部・田山大隊長であり、実際に行ったのはその下の少尉・上等兵ら。

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彼ら現場にいた元兵士たちの証言によれば、捕虜の解放など考えられる余地もなく、両角氏の言うことはとんでもない「詭弁」であると。

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★オレンジの囲みは高木による

さらに帰還後、虐殺を指揮した田山大隊長から「あの事だけはしゃべらないでくれ」と口止めされたとも。

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◆「郷土部隊戦記」を書いた記者自身も…

さらに番組スタッフは、1963年の福島民報に「郷土部隊戦記」のコラムを書いた記者・阿部輝郎さん(85歳)にたどり着いた。

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元連隊長だった両角氏の自宅に行って、1日に5時間、丸二日かけて詳しい話を聞き、それを記事にしたという。
両角元連隊長は、この記事が出た翌年に他界しており、阿部さんは両角氏を取材して記事を書いた唯一の人ということになる。

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その阿部さんに番組スタッフが尋ねる。「両角氏自身は現場にはいなかった?」「はい」。

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★画像内の黄色い囲みは高木による

両角氏が出してきたメモは、戦後 昭和30年代になって書かれたもの。

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そして「最近、南京虐殺はなかったという話があるが?」という問いかけに対して…
静かに、「あったと思いますよ」

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連隊長であった両角氏と直接会ってじっくり話を聞き、その後「南京事件はなかった」とする諸説の発端となった「郷土部隊戦記」のコラムを書いた記者本人の口から静かに出る「あったと思いますよ」…

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「虐殺があったことだけは認めて 謙虚に反省しながら 進んだ方がよい」という言葉には重みがある。

これでもまだ「南京虐殺はなかった」と言えますか?


◆おわりに ~証言の信頼性~

ドキュメントを観て思うところは多いが、「都合の悪い真実の封印」「歴史事実の捻じ曲げ」は決して過去の話では済まされないと私は強く思った。

過去の「事実」にきちんと向き合い、「検証」し、伝え、「誤ち」は認め、反省すべき点は反省しなければ、また同じ過ちを繰り返すことになる。

 *都合の悪いものは出さない、真実を伝えない
 *自らの責任追及を逃れるための「保身」が第一
 *公式の記録を焼却処分して隠蔽する
 *事実を捻じ曲げ「なかったこと」にする
 *「しかたなかった」と理由をつけて正当化する

冒頭にも書いた通り、これらは決して「過去の話」として片付けられない。


またここに出てくる多くの「証言」の数々。

いま国会に呼ばれて疑惑を追及された者たちの「証言」は、我が身の「保身」と政権への「忖度」による嘘とごまかしの証言がじつに多い。そのような証言と、過去に戦地で経験したことを語る「証言」とはまったく次元が異なる。

若き日々に出征し、上からの命令だからやらざるを得なかったこと、自分自身もいつ殺されるか分からない毎日の中で、人を殺すことに感覚が麻痺してしまう、「かわいそう」とか「残虐」といった感覚さえも麻痺してしまう異常な状況の中で見たこと・体験したこと…

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生き残って日本に帰ってきても悪夢にうなされることもあっただろう。
しかしそうした記憶を多くの人に語ることなく、記憶の奥に封印して生きていくしかなかったのではないだろうか?

しかし、平和が続き繁栄した日本で生き続け、80~90歳という高齢となり、やはり自分たちがかつて見たこと・経験したことは証言しておかなくてはならない、と…
そんな思いで、個人名は伏せ、顔には画像処理をかけながらも証言に応じてくださったのではないだろうか?

そういう人たちが、口裏を合わせて嘘の証言をしているとはどうしても思えないのだ。
仮に嘘の証言をして、やってもいないことを「やった」と証言することで、いったい何の得があるだろう? 
彼らの言葉のひとつひとつこそが紛れもない「真実」なのだと私は思う。

しかしそうした証言をできる人は、どんどんいなくなっていく…

戦争責任を問われることを回避するために事実を隠蔽し、嘘の証言をした上層部も「あの事だけは言わないでくれ」と言い、「やむを得なかった」と自らにも言い聞かせるしかなかった連隊長も、おそらく大きな罪の意識にさいなまれて人生の終わりを迎えていたのではないだろうか…?

せめてその苦悩から逃れ、同じ現場で苦しんだ部下たちにも「あれは仕方なかったんだ」とすることによって少しでも重荷を下ろしたかったのかもしれない。



いずれにせよ、「命令でいたしかたなかった」「やむを得ない状況だった」とはいえ、人間が人間でなくなってしまうという現実。
戦勝国・敗戦国に関係なく、軍人にも民間人にも、老人にも子供にも、消えることのない大きな爪痕を残す…戦争とはそういうものなのだということ。

そうした尊い犠牲と、深い傷のもとに築かれた平和憲法であり、今日の平和なのである。


*「あの戦争はいったい何だったのか?」「原爆が投下されるまでの悪魔のシナリオとは?」「靖国神社はどういう場所?」「A級戦犯ってそもそも何?」…少しでも歴史の真実を知り、二度と過ちの歴史をくりかえさないために…etc.

下の帯に表示されている「アジアにおける日本の過去」というカテゴリー名をクリックしていただくと、この記事を含む過去の記事をスクロールしてご覧いただけます。 
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テレビの役割 スポンサーとの新しい関係を!

2018.5.13

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

5/13(日)深夜放送のNNNドキュメント「南京事件Ⅱ」
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戦後70年の2015年に放送した「南京事件」の続編です。
政府の公式記録は、焼却されるなどして多くが失われました。ところが防衛省の敷地からは大量の灰や焼け焦げた紙の束が見つかっています。81年前に何があったのか、改めて検証を試みます。

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

 放送:5月13日(日) 24:55~25:50 (地上波)
 制作:日本テレビ
 再放送:5月20日(日) 11:00~(BS日テレ)


歴史と向き合う   

「南京事件はなかった。あれは中国側の捏造だ」と大真面目にいう政治家らがいます。

当時の日本軍の数から考えて殺害された人数が不自然だとか、日本軍の南京入城前に撤退した中国軍の仕業だとか、まったく関係ない写真を南京事件として公開した…などなど。見ていたわけではなので「真実」は分かりません。

しかし、「記録」を極力残し、検証し、過去の過ちを繰り返さないよう努力することは絶対に必要なこと。
おなじ同盟国として敗戦したドイツは、ヒットラーの過ち、およびその過ちについていってしまった群集心理の過ちの歴史を後世に伝える努力をしてきました。過去の過ちは償いきれるかどうかは分かりませんが、少なくとも償う努力もしてきたと思います。

それに対して日本は、重要文書の「焼却処分」ですか!?

まだ番組を観る前ですが、それだけでもとんでもないことだと思いますね!

文書の書き変え(捏造)は「どの組織だってやってること」と言い放つような人物が国の政治のトップにいる現実。
一般国民の中にも、日本の過去の過ちを検証したり反省することを「自虐的」などと表現する人たちがいることを覚え、哀しくなります。

たとえ過去には生まれていなくて、直接自分が知る所ではないとしても、「事実」を探求し、謙虚に国としての過ちを認め、隣国に「申し訳なかった」と思う気持ちって大切だと思います。

国籍や主義主張・イデオロギーに関係なく「人」として。

アジア諸国と真の対話をする上でも「人」としての根本がなかったら何も進まないでしょう。
相手がいま何を持っていて、どういう立場にあって、何を考えていて、これから先どうなって…という「分析・予想屋」のような目で、国と国との「駆け引き」をやるのは、真の「外交」ではないと私は思います。


そんな中、かつて従軍して虐殺を命じられた兵士の手記などを長年集め、こつこつと調べていた人がいたのです。すでに2015年にも放送され、観た人には大きな反響と衝撃を与えたこの番組。その第二段が今回のNNNドキュメント「南京事件Ⅱ」です。
なにが真実なのかを考えさせてくれるこうした番組こそ、多くの人に観てもらいたいですね。

暗い話題、見たくない場面…そこから目を背けてはいけません。
あらためて…
  NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

しかし、その本放送はなぜか 日曜の深夜(24:55~25:50)!
(同じ深夜でも、金曜の深夜ではなく、よりによって日曜深夜に…)

録画予約しましたが、なぜ皆が起きているゴールデンタイムにやらないの…!?


◆番組制作者の思い vs 外からの「力」

おそらく、これだけ手間暇かけたドキュメントを制作した人は、多くの人に観てもらい考えてほしいはず。

NHKが毎年8月に放送している終戦の特集でも、証言を集めたり現地を訪ねたりして戦争の事実を検証しながら「あの戦争は何だったのか」を考える番組が多く、それらをちゃんと観る人は観ているのです。

「一般大衆」と言えるほど多数派ではないかもしれませんが、すくなくとも少数派ではあっても、そういう番組があれば観て考える人たちはいるのです。

なのに、そうした重要な番組を、こんな時間帯の放送枠に組むのは局の編成の判断…?
いや、そのバックに「スポンサー企業」およびそれを束ねてる「広告代理店」「大きな力」があると思います。

私が学生時代、法学部のゼミでさえ、ちょっと真面目な話を出すと一瞬固まって「まあまあまあ、は~い、カンパーイ」とはぐらかしていたような輩たちも私と同年代。若者から私ぐらいの年齢まで「考えたくない人たち」が世の中には大勢いるのでしょう。

とりわけ、過去の戦争にまつわる話、日本の過ちに関するテーマなど、暗くてつまらない、と決めつけ、それをゴールデンタイムに放送してたんじゃ「視聴率が取れない」、と勝手に決めつけてる風潮が…

「視聴率」って、その時間帯に何チャンネルを付けていたかを調査するだけで、番組の中味への評価なんて関係ありません。スポンサー企業のCMをいかに見てもらえるか…? そんな商業主義で番組がつくられ、放送局の枠が占拠されているのです!


◆売れないものは斬り捨てる「商業主義」

売れるものだけを作って並べる、売れないものは製造中止…そんな商業主義が、テレビの世界にも大いに影響しています。

真面目に考えたい人たちは「マスコミがいけない。マスコミがくだらない番組をつくるから国民がアホになるんだ」と言います。
しかし一方、マスコミは「視聴率」という幻の数字に振り回され、ウケを狙った番組を多く作ってきた。つまり「需要」があるから。この話、けっきょくニワトリと卵なんです。

昼の定食屋さんでニュースがかかっていて、国民にとってとても重要な案件が国会で審議されている話題をやっていても誰一人ニュースを観ようともしません。会社内の狭~い人間関係の愚痴や、半径数メートルの娯楽ばかり。
ところが野球やサッカーや芸能人の話題になるとふり向いて画面を観る…これが現実なんです。そっちに照準を合わせないと視聴率は取れないんです。




ところで、放送番組を流す側(放送局)と、それに協賛する企業(スポンサー)との関係は?
かつては一つの番組にはある企業が専属的にスポンサーとしてついていました。

鉄人28号 
トムとジェリー コンバット 

たとえば「鉄人28号」=グリコ、「トムとジェリー」=サンスター(シオノギ製薬)、「コンバット」=鷲のマークの大正製薬(→いまでも同社のゴキブリ退治の薬に「コンバット」という商品名が生きている!)…といった具合に、「その企業はその番組に協賛してるんだな」というイメージも定着していました。懐かしいですね。

私が小学生のころ観ていた「サンダーバード」(ご存知ですか?)、イギリスで制作され、はじめにNHKで日曜夕方放送され、その後民放で放映。そこでスポンサーについた企業はプラモデルの会社でした。

サンダーバード

サンダーバードの1号~5号、さらに搭載車両のジェットモグラタンクや基地に至るまで、さまざまなモデルが作られました。私も夢中になった一人です。
当然ながら、あの頃は先に番組があって、それを模型(商品)化していました。

しかし、いまの戦隊ものや変身するヒロインものでは…

返信グッズ(サイトより)

ミラクルパワーを生み出す秘密のステッキやペンダントなどが、玩具メーカーによって発案・製造され、それを模したものがアニメに描かれる…
つまり「商品化」と「番組づくり」が一体、いや、むしろ「商品化」が先にありきで、番組(アニメ本編)はそのための「宣伝」になってるんです!…どこまで商業主義!

また、「ご覧のスポンサーがお送りします」で連なる企業たち。今はひとつの番組にいったいいくつの企業が提供で名を連ねているでしょうか? しかもその企業が、同じ時間帯の他局の番組のスポンサーにもなっている…
競馬に喩えると、自分が信じる馬に「願」をかけるんじゃなく、広く浅くいろんな馬券をちょこっとずつ買いあさっている…そんな感じでしょうか?

かくして、同じ時間帯に民放各局どこにチャンネルを合わせても同じ企業のCMが…どんだけ企業はCMを垂れ流したいんでしょう?
しかもゴールデンタイムにCMを連続して出せるような企業は、誰もが知ってる有名企業ばかり。もはや新商品の「告知」の意味よりも、企業名・商品名の連呼です!

そんな企業群が、番組の中味や放送時間帯にいろいろ言ってくる…
番組制作者のポリシーも、放送局の独自の判断もどこまで貫けるのやら…完全に「商業主義」に乗っ取られて、放送局はどこも似たような売れっ子タレントを使って「旅」と「グルメ」と「クイズ」を合体させたようなバラエティ番組を外注でつくって電波に乗せて流すだけ?


◆放送局とスポンサーとの新しい関係を

ここからは私が長年思ってきた提案です!

個々の番組ごとにスポンサーを付けるのではなく、ある局の番組を信用して、そこにどんとスポンサーとなる企業群を集める。あるいは、ある曜日の何時~何時の時間帯にうちの企業は協賛して提供する、という具合に大枠での協賛にするのです。

放送局が自らのカラーを打ち出してしっかりした番組を作る。娯楽でもいいしドキュメントでもいい、メディアとして、こういう文化を発信したいという独自の主体性を持つのです。それに協賛する企業がスポンサーとして資金を「提供」するのです。

そして放送局は、せめてニュース報道番組ぐらいはスポンサーなしで独自に制作・放送する!どこにも忖度することなく、報道に専念することができるはず。

また、1日のうちでも1週間の中でもいいから、ある時間帯にはCMを流さな時間帯を設ける。途切れることなくしっかり見せたい番組はその時間帯に持ってくるのです。


個々の番組内容に企業や代理店がいちいち口をはさんでくる余地はなくなります。
広告代理店も、過労死問題が起きるほど仕事が多すぎるんでしょうから、少し楽しててください。番組づくりは放送局に任せましょう。

そして、時間帯ごとにスポンサーとなる企業群を設けることで、たとえば子供向けのお菓子メーカーのCMはこの時間帯、女性の下着のCMはこの時間帯、車やウイスキーのCMはこの時間帯…と、棲み分けができるでしょう。今のように、子どものお菓子のCMのあとに女性のブラのCMが入り、車のCMになり…という混在はなくなるでしょう。

そして何より、CMを見せるためのつなぎのように思わせぶりなところで途切れる番組ではなく、あくまで「番組」が主役で、それに協賛する企業が名を連ねる…という、「協賛」「提供」の本来の姿になるでしょう。


◆補足 

つい最近、さまざまな娯楽・バラエティ番組の制作費一覧が掲載された記事を見ました。

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Yahooニュースより 5/4(金)

ウケを狙ってどんどんエスカレートしてきたバカ番組、いや失礼、バラエティ番組の数々。あらゆる番組が「旅」と「グルメ」と化し、芸能人に旅をさせて大騒ぎ。
スタジオ内に遊園地みたいな巨大セットを組んで、芸能人を大勢集めてクイズ。小学生の「国語」「社会」「理科」並みの問題に正解して大騒ぎ…

上の一覧リストの中で私が「いいかな」と思える番組は、「ブラタモリ」、「鶴瓶の家族に乾杯」、「ためしてガッテン」(いずれもNHK)、民放では「タモリ倶楽部」、「パネルクイズ アタック25」、「マツコの知らない世界」ぐらい。いずれも200~400万円の安上り番組でした(笑)。
あと、下町など街角を訪ねて歩く「お散歩」系の番組など(おそらく制作費は低い)は安心して観てられますね。



この比較表を掲載したニュースでは、ようやく各局とも「費用対効果」を考え、あまりにも馬鹿げたカネの使い方を考え始めたとのことですが、問題は内容。

60年ほど前にテレビの放送が始まったころとは大きく変わり、いまは必要な情報はネットはじめさまざまな手段で得られる時代。
お茶の間で家族がそろってひとつの番組を観ていた時代ではなく、一人一人の興味の対象でさまざまなメディアから情報を選択できる時代。ひと昔前の「どっきりTV」的なものもYoutubeにあふれています。

あらためて、テレビの役割って何なのか、テレビの存在意味って何なのか…?
各局がそれぞれ主体的な「主張」をもって、カネをかけるより「中味で勝負」で番組づくりを考えていくべき時に来ているのではないでしょうか?


バリ・クンチャナ「春らんまんバリ舞踊祭」

2018.5.12

一昨年の暮れにご紹介したバリ舞踊のグループ「バリ・クンチャナ」が例年開催しておられる、地元・代沢の「春らんまんバリ舞踊祭」(下北沢にほど近い代沢地区会館にて)にお邪魔してきました。

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まずは会館前の路上パフォーマンス
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★クリックすると大きな画像でご覧になれます(以下同じ)

◆14時~ 会館内の広間にて

Gabor ガボール 歓迎の花まきの踊り
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Wiranata ウィラナタ 王者の踊り
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Condong チョンドン 宮廷の踊り
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Legong Lasem レゴン ラッサム 宮廷舞踊「ラッサム王の物語」より
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Gopala ゴパラ 牛飼い農夫たちの踊り(男性舞踊)
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客席に飛び入り!
(ふつう「飛び入り」って、お客さんが舞台に飛び入ることなんですが…)
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新緑の中で
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★一昨年2016年の暮れにもご紹介しましたが、バリ舞踊の内容はとても多岐にわたっています。

今回は登場しませんでしたがハマヌーンという猿の神様が登場したり、舞踊のテーマも、魚を捕る漁民の様子を表した世俗的なものから、蜜蜂の求愛であったり…とさまざま。

今回はすべてCDによる伴奏でしたが、ガムラン楽器による生演奏だとなおさら臨場感が増します。

音楽も、いかにもガムランの音階によるものから、ちょっと沖縄の音階に似たものまで…
世界の音楽・舞踊のルーツをたどっていくのはとても興味深いです。

→ バリ音楽・舞踊の世界へ(2016.12.30)

オルゴールの癒し

5月3日(木)

大型連休の後半、関東では昨夜からの雨も朝には上がりました。
下の娘(この春から中1)と一緒に、横浜・元町中華街にあるスイスオルゴール・サロン・ルヴィーブルにお邪魔してきました。

上の娘が生まれた時(いまから20年前)に、ここでスイスのムーブメント(72弁)をシンプルな木箱におさめたオルゴールを購入しました。
その後、スイスのオルゴールメーカーはなくなってしまい、今は日本のメーカー(諏訪にある会社)がムーブメントをつくり、イタリア製の箱におさめる…というスタイルに。

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★クリックすると大きな画像になります


上のカタログをご覧になってもお分かりのように、オルゴールといってもお値段もピンキリ。
ただ、どんながあるのかも、その音源(どんなアレンジか)も、店にサンプルは置いてないのです。
箱(表装)も、写真だけでは重さ質感が分からない。なんでも通販のように注文して買う時代…?

事前に何度か問合せた私の「こだわり」をよく理解してくださり、30弁・50弁・72弁(…弁というのはいわゆるオルゴールの鍵盤数)ごとに、曲目リストを私の自宅に郵送してくださり、音源のサンプルを聴けるサイトをメーカーから聞いて教えてくださったり、ご自身の手持ちのオルゴールをショップに持って来てくださったり…

この連休中に、下の娘を連れてショップへ…という流れだったのです。

ただ、好きな曲でも、原曲キイとは違う高さのものがほとんどで、アレンジによっては「?」だったり…
(必ずしもオルゴールと何か楽器を合わせることはないので、原曲キイにこだわる必要はありませんが、アレンジなど雰囲気は大切です)
50弁ぐらいでいい曲が見つかっても、それを納める木箱で娘の気に入るものがなかったり…(シンプルでいいな、と思えるものがどんどんなくなっている傾向に、ショップの方も「なぜ?」…と)

そういう時は、無理してあるものの中から決めないで、希望を伝えて機会を待つことに…


オルゴール療法

元町にあるこのショップでは、オルゴール療法というのをやられています。
大型のオルゴールは音域も広く、自動演奏のできる楽器のような音色。
オルゴールには人間の耳に聴こえない周波数の音も混じっていて、それが脳波に良い影響を与えることも科学的に分かってきています。

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きょうは午前中にアポを取って伺い、午後13時から始まるテラピーに先駆けて、特別にいくつか体験させていただきました。
共鳴箱の上で鳴らしていただいて、あるいはテーブルの上に耳をつけて、あるいはオルゴールの箱を抱きかかえて…
さらに、長い時代を経てきた円盤式の大型のものや、ストリートオルガンと呼ばれるものも…

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ご興味のある方は、こちらにお問合せしてみてお訪ねになってみては…

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<余談>

渋谷から元町中華街へ向かう東横線で、休日にしか運行していない「Sトレイン」という列車(全席指定)がちょうどやってきたので、初めて乗りました!
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元町中華街の商店街、オルゴールショップからほど近い場所で見かけたからくり時計
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紀尾井ホールへの想い ~時流に流されることなく~

2018.4.24(火)

僭越ながら、私は社会人になって民間の小さな研究所で「まちづくり」に関わった当時以来、世の中の常識に埋もれることなく、儲かることに走ることなく、考えること・提案することを柱に生きてきたように思います。

某放送局の関連会社に身を置いてから、新日鉄が記念事業としてなにかを創りたい、という話から「紀尾井ホール」に至るまでの4年間、コンサルタントとして関わりました。
たまたまかかってきた電話に私が出て上司に取次いだこと、私が趣味で音楽(オーケストラ)をやっていることから会合に参加させていただいたことがきっかけでした。

バブル期に各地にホールが建設され、大企業が文化・芸術を広告塔として「冠コンサート」を展開していたような傾向に流されることなく、本当に良いホール・使いやすいホールとは何か?、企業が文化にお金を出すとはどういうことか?、若手の育成につながることとは何だろうか…?

作曲家の池辺晋一朗先生をはじめとする専門委員の先生方を交えて、私の上司のF氏、新日鉄のH氏・T氏らとともに4年間、毎週火曜日の午後に定例会議をもち、ずっと考えました。当時の議事録はすべて保管しています。

・「箱もの」にお金をかけるより「中味(自主企画)」に力点を!

・「若手の育成」=奨学金を出して「個人」を援助するよりもむしろ日本に必要なのは「アンサンブル」を育てること。そのため、ホールを本拠地とする室内オーケストラをつくり「自分たちの響き」を生み出せるように!

・あまり稼働することのないパイプオルガンを飾るよりも、ホールの「響き」を最優先する

・出待ちスペースとステージとの温度差がないように、バックヤードではチェロのケースを持ってすれ違えるだけの幅を、といった演奏者に使いやすい機能を

・日本の音色(和楽器)をコンサート形式で聴ける小ホールを併設する

・新日鉄財団を設立するが、企業名は前面に出さず「紀尾井ホール」とする…etc.

…もう24~28年も前のことですから、「仕事の話」としては時効でしょう(笑)



世の中の主流がこうだから、これは売れ筋だから、これは売れないから…
そういう価値基準だけでどんどん大切なもの、基本的なものが失われて行くことを私はとても寂しく感じます。

また、ひとつ前のブログ記事に書いたように、「人」として何が常識で、何が正しいのか?
正しいことを言ってはなぜいけないのか…?

上から言われたこと、マニュアルに定められたこと(=上から下へのトップダウン)はやるが、現場で感じること・利用者からの声を真剣に受け止めて上に進言し、変えていこうという提言(=下から上へのボトムアップ)をしようとしない・しづらい多くの会社・組織…

たとえメジャーな売れ筋ではなくても、ごく基本的に必要なものがどんどん店頭から消える(手作りの危機)…「売れるものしか置かない」=商業主義の姿!


私がこういうことを言わなく(書かなく)なったら、それは私が生きる力を失う時、私が存在する意味がなくなる時でしょう。

→ 「われ思う、ゆえに我あり」!

われ思う、ゆえに我あり!

2018.4.22(日)

新年度にスタートしたNHKの日曜朝の番組に「チコちゃんに叱られる」というのがあります。
当たり前のこと、あらためて問われると「なぜ?」…ちゃんと答えられないと、チコちゃんから「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られるんですね(笑) 

「当たり前に受け流してることながら、あらためて、なぜ?」…その視点に私は興味をもちます。

けさたまたま見ていたら、「ドレミの名前はどこから?」というのがありました。
何年か前に私もブログにも書いたテーマ!…私のブログの視点と似たものを感じます。
→ ドレミの起源(2011年7月)

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ところで、私のブログも8年目となります。
ここに書くことはあくまでも個人的な価値観ですが、私なりに「常識」と感じることについて問いかける要素も当然含まれます。

このブログをお読みいただいている方、あるいは実際に私と面識のある方はお判りでしょうが…

私には私の価値観があり、譲れないものがあります

人によってこだわる部分、ちょっとマニアックに調べてみてわかること、好きな世界、譲れない部分、価値観…etc.
ばらつきはあるでしょうが、ごく基本的・常識的な部分で「おかしい」「なぜ?」と思うことはあるはずです。

私も時にマニアックにこだわりもしますが、少なくとも「問いかけ」では、ごくごく基本的な当たり前のことしか出してません。

ところが、「おかしい」と思うことを言わない・言えない、「言う方がおかしいの?」…そんな風潮を感じてしまうのです。

東大出のエリート高官が平気でセクハラ発言をする。それを告発した女性記者が批難を浴びる…「なぜ?、正しいことをちゃんと言った側が批難されなきゃいけないの?」


親の常識・良識

子どもの習い事の発表会で、自分の子どもだけを応援し、子どもの出番だけを写真におさめる。それは昔から常でした。
発表会は、お金を払って芸術を享受するコンサートとは違います。自分の子ども、知り合いの子の日頃の成果を見る場ですから、1日中客席にいて出てくる全員の演技を鑑賞する義務はありません。

しかし…

朝から荷物を置いてまとめて席取りし(センターのかなりいい席)、ほとんどその場にいない親…何考えてるんですか!
そんな一部の非常識な人への対策として、主催者側で「〇時間以上離席する際の席取りはおやめください。〇時間を経過したら荷物は回収します」などとルールを作り、いちいち会場内に張紙したり場内アナウンスしなくてはいけないんでしょうか??

最近の小学校の運動会では、なん年生の〇〇m走はプログラム何番で、該当する学年の生徒の親には、クラスごとの編成・第何レースで何コースで走るかまで情報が出されます。それぞれの親たちがゴールを捉えられる撮影ポイントに集まりますが、自分の子どもの出番が済んだらその場をどいて次に出番を待つ親と入れ替わるなど、上手にやってますよ。常識があればスムーズにできるんです。


あと、レッスン・教室を見学に来てべちゃくちゃ喋り続けてる親!
劇団や楽団、さまざまな習い事、レッスンは見学自由とはいえ、子ども(自分の子どもだけではなく、同じ門下の子どもたち)が一生懸命やっている姿を見ることが目的のはず。そこで大した中身もないママ友会話をべちゃくちゃと延々と。

とくに音楽系などで集中力が要求される場で、ろくに「見学」する気もなくべちゃくちゃやられたら、子どもたちも集中できないばかりか、ちゃんと見学したいこちらにとっても迷惑です!

「見学する気がないんなら出ていけ!」でしょう。それが常識じゃないんでしょうか。

それを言う先生は「怖い」「おかしい」んでしょうか…!?
先生も教室も「お客様(=受講者)は神様」で、何も言えないんでしょうか!?

何も感じない人はともかく、多少なりとも私と同じ思いを抱いたあなたならどうしますか?

1.レッスン後、先生に伝えて先生から次回注意してもらう
2.教室(事務局)に電話・FAX・手紙などで伝えて注意してもらう
3.「あの~、子どもたちが一生けんやってるんだから少しは静かに見ませんか?」と直接言う

子どももいる場でレッスンを中断して嫌な空気は作りたくないので「3」には慎重さが必要でしょう(メモを手渡す、トイレに立った時などを狙って廊下で伝えるなど)。「1」か「2」の方法で主催者側に伝える、「3」で直接伝える。細かい方法はともかく、大きくその3通りでしょう。

でも、それでもいっこうに改善されなかったら…?
そもそも、なんでこっちが長い間気にして、知恵を絞らなきゃならないの!?


◆基本的なものが店から消える…

可愛らしいキャラクターグッズが人気、売れるものを優先して店頭に並べる…それは当然あるでしょう。
でも、基本的なものはなくさないでほしい!

たとえば文具店では、大学ノート無地のクリアファイルといったごく基本的なものは十分な在庫を置いておいてほしい。
毎日必要なわけではないが、クリアファイルなどはまとめて10冊とか20冊ほしいこともある。なのに棚にわずか3冊しかない…

私が子どものころには、学校近くには「町の文房具屋さん」(個人商店)があり、接着剤や電池、豆電球などを配線するためのリード線(ビニールコード)などは苦労なく買えました。
しかし、今はそういう個人商店が少なくなり、そういう基本的なものを買うのにも苦労することしばしば。

接着剤も、模型をやってる人なら基本的に分かるでしょうが…
水性のボンド(黄色い容器に入った木工用)・合成ゴム系の万能タイプのボンド・2液を混合して時間をかけて硬化するエポキシ系…その3タイプが基本。
たいていの工作にはこの3種類のいずれかで事足りるものなんです。そんなに多品種はいらないけど、その基本的な3タイプは必需品です。
そのほかに必要があるとすれば、プラモデル用の接着剤のようにABS樹脂を溶かしてくっつけるタイプ、あとは瞬間接着剤ぐらい。

ところが、最近はコンビニはもちろん文具・デザインの店でさえ、「アロン~」という商品名の瞬間接着剤ばかり、どれが何用か迷うほど細分化した多品種をただずらっと並べるばかりで、合成ゴム系の接着剤・木工用ボンド・エポキシ系…といった基本的な接着剤を置いてないのです!
 
あと、「スティックのり」も、私は赤い元祖「ピット」を愛用してます。
最近は、青色で渇くと色が消えるタイプが主流なんでしょうか? でもあれ、乾燥してちょっと時間がたつと予期せぬときにパリっとはがれてしまうんです!
楽譜を製本したり、郵便物を封印するのに、それじゃ困るわけです(←経験ある方いらっしゃいませんか?)。

液体タイプのもの(郵便局によく置いてあるタイプ)は貼る時にしわになりますが、少なくとも予期せぬ時に剥がれることはありません。赤いピットがなければ多少しわになっても液体タイプを使いたい(=実際に使った人なら分かるはず)。

帰宅後に作業していて、スティックのりがなくなって買いに行くのはたいてい夜ですからコンビニ。ところがコンビニの棚には、赤い基本的な「ピット」も液体タイプもなく、「青色→色消え」タイプしか置いてない店がほとんど。
もう何年も前ですが、この「青色→色消え」タイプは予期せぬ時に剥がれるトラブルがあるので、赤いピットも置いてほしいと大手コンビニの経営者に何度となく伝えてるのですが、一向に改善されないまま。なんで…???

だいたい店員が工作もやらなければ基本的なことを分かってないのです。ただマニュアル通り仕入れて並べるだけ?
以前、文具・デザイン具を専門とする老舗の「I 屋」の二子玉川店でパステルを求めたけど、店にないばかりか、店員(正社員)が「パステル」というものを知らなかった!
コンビニにパステルがなくてもさすがの私も文句は言ませんよ(笑)。でも文具・デザイン具の老舗の社員が、デザインで使う基本的なパステルも知らないの…!?

私が求めるものは、そんなに特殊? 私がごく当たり前に必要とするものは、それこそ東急ハンズのような店に行くしかないんでしょうか? あるいは、最近はなんでも通販で買えとでも…!?


商売の原則からして「売れるものを主に仕入れる」、「売れないものは置かなくなる」…それはある程度仕方ないと思います。最近はお店でもデータを取って、売れるものを優先的に入れ、売れないものは排除していくんでしょうね。

でも、私は世間の統計通り・世間の売れ筋に沿って生きてなんかいませんよ!
実際に何かを作ったり使う人として、当たり前の基本的なもの、ごくふつうに必要なものは必要なんです!

駅の売店やコンビニなど、限られたスペースしかないから売れないものは置かなくなる…それは仕方ない。
でも、文具などを専門に扱う店舗だったら、売れ筋のものだけじゃなく、基本的なものはちゃんと揃えてほしい!
私の要求することって、そんなにマニアックで特殊!?

一般に店頭は季節の風物詩のようにめまぐるしく移り行くものですが、過去にこんな経験も…
→ 赤と白のバラの思い出 


◆基本的な人としてのマナー

バス停にはいくつかの行先が併記され大勢並んでいる。バスが来たが列の前方にいる乗らない人がなんの意思表示もせずボーっと立ってる…おいおい、こっちはそのバスに乗りたいんだよ。乗らないんなら一歩下がるとか、何か意思表示できないのか!?
歩道(時には車道も)に横一列広がって歩いてる人たち…「Gメンやるなら滑走路でやれよ」…古い?(笑)

いちいち挙げ始めたらきりがありませんが…

ようやく暖かくなってきましたが毎年秋~春にかけて、1年の半分近くの間ずっと私のストレスになっていることのひとつ=レストランのテーブルでのコートの着脱!
なぜみんな着膨れ状態のまま席(食卓)について、すぐ隣で食事している人がいる所でコートを脱ぎ、食べ終わるとその場でガバっと着るの!?

席のすぐ後ろのビニールシートの外は寒風吹きすさむ「屋台」じゃなんですよ。ビル内のレストランなら、レジで支払いを済ませてドアの外に出てもまだビル内。レジの前あたりにもコートを着るスペースぐらいはある。
なぜ食卓を立ったその場で、すぐ隣で食事してる人がいる所で、マフラー&コートで重装備しなきゃいけないわけ?

人の家を訪問、あるいはちゃんとしたレストランなら、玄関を入ったところでコートは脱いでクロークにかけてから食卓につく、それが当たり前でしょう!

あまりにも狭い席のすぐ隣で、無神経にコートを着ようとする人に、私は「すみませんが、ここでコートを着ないでいただけませんか」と、こちらの食器を手で覆いながら申し上げます。
こちらの言い方(表現)にもよるでしょうが、たいていそれで逆切れされることはなく、そこで初めて「アッ!すみません」と気づくようです。私にすれば、なんでそんな当たり前のことも言われなきゃ分からないの?(←「ボーっと生きてんじゃねえよ!」)

これは客ひとりひとりの「常識」であって、店に責めはありませんが、店に入ってきた客に席を案内するにあたり、せっかくこちら(客)が配慮して入口付近でコートを脱ごうとしてるのに、「どうぞ」とせかさないでいただきたい!

むしろ、できることなら混雑時には他のお客にも「コートはこちらでお脱ぎください」と言ってから席に案内してほしい。それがむしろ常識だと思うんですが、こちらがおかしいんでしょうか??


言い方(表現)の問題はあるにせよ…

私は、思ったことはそれなりに表現する方だと自覚しているので、あまりストレスは溜めこまないタイプだと思います。
一方、ぼーっと生きていて何も感じない人はともかく、少なくとも「おかしい」とは思いつつあえて言わない(言えない)人は多いのでは?

私も若い頃(20~40代)は性格も尖がってたでしょうから、きつい言い方をしてきたこともあります。そのことで、せっかく楽しく一緒に出かけた友人・家族にまで不愉快な思いをさせてしまったこともあったと反省もします。

しかし、単なるクレーマーとして相手を責め立て、相手を完全否定したり罵倒するような破壊的な言い方はいけませんが、少なくとも「今後の改善」を期して相手に伝える・提言するすべを持っていてはいけないんでしょうか?

私はそんなに特殊な要求ばかりしてるんでしょうか?
言わないことが当然で、言う方が「変な人」なんでしょうか?
まあ、そこは全ての人に同意してもらうことではなく、分かる人が分かってくれればよいことなんですが…


<追記>

「いちおう上には伝えます」

改札を出て、行きたい場所に近い出口や乗換案内を見る。しかし案内サインが肝心な場所にない、あるいは分かりづらい、そのサインに従って行くとえらく遠回りになる…よくあることです(机上のサイン計画、トップダウンで決められるものが、必ずしも現場で見やすいとは限らない)。

「ここにこういうサインが一つあればいいのに、このサインはかえって不親切だからこう改めたら良いのに」…と思うところを駅員に伝えます。
ところが、多くの駅員は無表情に「上には伝えます」…それだけ?
案の定、簡単に改善できそうなこともそれっきり、何ヶ月経っても改善は見られない。

利用者に一番近い現場で毎日働いてる駅員さん、それ以前に一人の「人」として、「あ、そうですね」「なるほど」「ご指摘ありがとうございます」…ではないんでしょうか?

上から言われたこと、マニュアルになってることはやるけど、それ以外のことはまったくやる気無し?
利用者の目線で見て「たしかに」と思うことはないんでしょうか? 下から上に「提案」して改善できることは改善しようとは思わないの?


上から下(トップダウン)、下から上(ボトムアップ)

これ、駅員(鉄道会社)だけの話ではなさそうです。
あらゆる量販店でも、データ上「売れ筋」のものをただ仕入れて並べるだけ。実際にそれを使う消費者にとって、絶対に必要なものはあるはずなのに、どんどんそういうものが消えていく。
会社のトップレベルで決められることには、往々にしてそういうことが多いのではないでしょうか?

上が決めたこと、マニュアルで定められたことは下々にすぐに徹底するけど、利用者の声→店員へ、店員(売り場)から上へ、という「下から上」へのコミュニケーションがほとんどない。…なぜ??


◆考えることを止めてしまった人たち

人間には本来「思う」「感じる」「考える」という機能があるはずです。
ところが、学生時代から管理教育の場に慣らされ、社会人となってからは会社・組織の中で長く生きていると、思ったこと、素朴に「なぜ?」と思うこと・もっとこうすればいいんじゃないかと提案する…といったことをやっても、どうせ何も変わらない、むしろ言ったことで「じゃあ、お前がやれよ」と言われたり、白い目で見られたり、出る杭は打たれる…。

けっきょく考えるだけ無駄、むしろストレスの原因になる。→自己防衛反応として
「考える・感じる・思う」ことをやめてしまう?


◆「手作り」も絶滅?

「手作り」の世界をサポートすべく誕生した東急ハンズでも様変わりは多く、かつてあった素材のコーナーごとなくなってしまっているケースも多々あります。
流行りもの・キャラクターグッズのコーナーが様変わりするのは当然として、文具・デザイン・建築模型…といった世界はある程度普遍的で、街の文具屋さんでは手に入りづらいものでもここに来ればある、という需要はあったはずなんですが…

ここにも「売れないものは置かなくなる」の原則で、上の方で決められた方針どおり、必要な人にとっては必要なものがどんどんなくなっていく傾向が見て取れます。

「手作り」を続ける人は少数なんでしょう。それは分かってます。でも、それを支えてくれる素材売り場がなかったら、「手作り」は絶滅するしかありません



デイホーム日誌(18)外国からやってきた歌たち

2018.4.21(土) 13:45~

新年度はじめての会、声楽家・大前恵子さんをお迎えして 「外国からやってきた歌たち」

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♪蝶々(ちょうちょ) …ドイツ「幼いハンス」が原曲。
伊沢修二(教育者・文部官僚)が明治8~11年に師範学校設立に向けて調査のため渡米し、ルーサー・メイソン教授のもとで学ぶ。 そのとき、この歌を教えてもらい、日本語の歌詞をつけて歌ってごらんと言われる。
そのほか、「ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ…」も、もとはドイツ(チェコ・ボヘミア)民謡。

★「蝶々」の歌で、大前さんのレクチャーにより発声練習。

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♪線路はつづくよどこまでも …アメリカ民謡・労働歌

♪アルプス一万尺
Yankee Doodlr(ヤンキー ドゥードゥル) :南北戦争当時の愛国歌
1853年、浦賀にやってきた黒船からフィルモアが下りて幕府に親書を手渡す時に行進曲として演奏されたのがこの曲といわれる。
日本語歌詞が誰の作なのか不明だが、29番まで存在!
1万尺(3300メートル)の「アルプス」は、穂高・槍ヶ岳あたりがモデルと言われる。

★こどもの手遊びの動きを、デイホームの職員らに演じてもらい、来所者たちにもやっていただきました。
ラジオ体操の各場面になぞらえて、ゆっくり~速く…
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♪海のマーチ (アメリカ民謡)
 「アルプス一万尺」とともに、「アメリカン・パトロール」という曲(フランク・W・ミーチャム作曲 1885年)に引用されています。

♪フニクリ・フニクラ 
近年では「鬼のパンツ」として有名ですが、もとは登山電車の歌。
イタリアのヴェスビアス火山といえば、かつてポンペイの街を滅ぼしたことで有名。
その火山に登山電車ができた際に、鉄道会社(トーマス・マック社)が宣伝のためにルイージ・デンツァに作曲を依頼し、ジャーナリストのジュゼッペ・トゥルコが作詞。世界最初のコマーシャルソングなんですね。

フニコラーレ
当時をしのばせる貴重な写真(配布資料にも添付)

★「鬼のパンツ」とは微妙に異なる拍の伸ばし方を比較しながら、本来の「登山電車」の歌で歌っていただきました。
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鬼のパンツは「伸び」が変…!?
鬼のパンツ 「伸び」 20180408

<もうひとつのエピソード>

世界最初のコマーシャルソングだけに、いろいろな歌詞を当てて歌うこともできます。
その親しみやすさから、この歌を「ナポリ民謡」とした誤った表記も見かけます。
 
有名な作曲家 リヒャルト=シュトラウス(1864~1949年)もこのメロディを“民謡”だと勘違いし、自身の交響的幻想曲『イタリアから』の中にそのメロディーを引用してしまったのです。 それを知った作曲者デンツァは訴訟をおこして勝訴。Rシュトラウスは自身の『イタリアから』を演奏するたびにデンツァに対して著作権料を払うはめになったとか… 
 
あらためて、「民謡」って何でしょうね…??

<休憩時間トーク>

「民謡」について、また古来から日本にもたらされた「外国の音楽」について簡単にレクチャー。

民謡とは?…「祝い唄」「祭り・踊り」「労働歌」「子守歌」「手遊び歌」…etc.
誰が作ったかは分からないが(詠み人知らず)、昔からその地方に定着している音楽。
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その国・地方の旋律と、それに合った楽器…(例)尺八の音階=民謡のしらべ
♪「新日本紀行」のテーマ(冨田勲)

では、日本の音楽のルーツは?
外国から音楽が入ってきた節目
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♪天平時代の雅楽(中国から) 「越天楽」→「黒田節」
♪15世紀、キリスト教とともに入ってきた教会旋法(ドリア旋法など)
♪明治時代、西洋の音楽教育の普及
♪昭和(戦後)の歌謡曲には、クラシック・映画音楽・ポップスなどの影響も…


そして後半…

♪広い河の岸辺(スコットランド民謡)

NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」、「マッサン」の2作品に連続してこの歌が登場。
昨年5月に、ここデイホームにお招きしたケーナ奏者の八木倫明さんによる訳詞。
きょうお越しいただいた大前さんは、八木さんのお友達です。

♪ダニーボーイ(アイルランド民謡)

アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」で、もともと歌詞はありませんでした。
アイルランドの古い旋律として19世紀の盲目のヴァイオリニスト、ジミー・マッカリー(1830-1910)がストリートで弾いていたものを、ジェーン・ロス(1810-1879)という女性の民謡収集家が聴き取って楽譜にしたそうです(2人ともアイルランド人)。

のちに英国の弁護士(法律家)でもあるフレデリック・エドワード・ウェザリー(1848-1929)という人が、この旋律に、遠く離れた息子の無事を祈り、帰りを待ちわびる母の思いを歌詞にして付けたのが「ダニーボーイ」です。

<日本語訳詩 朗読>
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戦争に行ってしまった息子が元気に過ごしているか、無事に帰ってきてくれることを待ちわびながら、季節はめぐり、「もしお前が帰ってきてくれた時、私がお墓に入ってしまっていたら、老いた母はずっとお前の帰りを待っていたと、お墓を踏みしめて思い出しておくれ」…と。

英語の歌詞を和訳したものをまず大前さんに朗読していただいてから、なかにし礼さん作詞の歌でみなさんと一緒に歌いました。
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いつの時代、どこの国でも、戦争に送り出したものを待ちわびる気持ちは同じ。
「二度とこのような時代が来ないように…」大前さんの言葉に120%同意!

♪遠き山に日は落ちて/家路 (ドヴォルザーク交響曲9番「新世界より」)

アントニー・ドヴォルザーク(1841-1904年)は、スメタナと並んでチェコの「国民楽派」と称されます。
1892年にアメリカに招かれ、4年間ニューヨークの国民音楽院の院長として滞在。
この間、交響曲第9番「新世界より」のほか、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、チェロ協奏曲ロ短調 などを作曲しています。

ドヴォルザークがアメリカに来た頃、エジソンはレコード、電球、活動写真などを発明し、新しい鉄道や道路が建設され、自動車が走り、大都市では高層ビルが建ち始めていました。活気あふれる新天地アメリカから、故郷・チェコのボヘミアの地を望郷してつくられた曲…それが交響曲9番「新世界より」です。

日本語では、「遠き山に日は落ちて」「家路」の2つの詞があります。
遠き山に日は落ちて・家路20180405

♪見上げてごらん夜の星を
こちらは、この会でのラストテーマ。日本の歌です。


★次回は5月19日(土)

新年度も第3土曜日に開催させていただく予定です。
クラシック~昭和歌謡まで毎回テーマを決めて構成していきます。
今年は「身体の動き」と「即興による音」とをシンクロさせる試みにも挑戦していきたいと思います。

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★見学は随時OKですが、いちおう事前にご一報お願いします。


「ムラ社会」から「カイシャ社会」へ

2018.4.15(日)

社会問題政治に絡む話題を出すと、友達が遠ざかる?、職場やグループで居づらくなる?
…なんとも不思議な日本社会です。

政治の話=私たち社会の話、日本の将来にかかわる話、公平忠実・公共とはどういうことかを考える話だと思うのですが、そういう話題を避ける傾向が強いのはなぜでしょう…?

単に「考えることが嫌」なのではなく、そういう話題を出しづらい社会、「個」を出しづらい社会なのではないか?
また「人と同じであること」を良しとし、人と「違う」ことを恐れ、違う意見の人と議論を交わすことが苦手で、何かが違うことで「いじめ」にもつながりやすい…それはなぜ?

かつて学生時代に学んだ「社会学」的な視点で、こんな風に考えてみました。

*私もかつて(学生時代)そうでしたが、「日本人は~~だ」という視点でとらえる「日本人論」に対して、「必ずしも全員がそうではないはず!」という反発を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、民俗学・文化人類学・社会学…といったマクロの視点で、ある集団・社会・国民のもつ特性について歴史文化から考察することは、現代の私たち社会を考える上で重要なヒントにもつながると思います。そこから「われわれはどう生きるか」を考えればよいのです。


ムラ社会

人と同じで安心する、人と違うことを避ける、違う人をいじめる、違いを認めて議論するのが下手…
それらは、日本は長年「ムラ社会」だったことと大いに関係がありそうです。

ムラ社会では、皆と同じ時に同じことを協力してやらないといけません。田植え・刈り取り・屋根のふきかえ…
そこに「寄合い」「溝」「結」といった助け合いの仕組が生まれました。とても素晴らしい文化です。

田植え1 結2
飛騨高山の合掌造りの里では、1軒の屋根の葺き替えを地域総出で行う「(ゆい)」が今も生きている


騎馬民族や遊牧民族は、どこに行ったら獲物がいるか、羊の群れを連れてどこへ行くか…天候を見ながらひとりで判断して行動しなくてはいけません。いわば主体性がなかったら生きていけないのです。

しかし農耕民族はみなで協力し合っていくことが求められます。騎馬民族や遊牧民族のような主体性をもつことよりも、「ムラ社会」の中では調和・協調性がもっとも優先します。

ムラ社会では、人と違うことをやると秩序を乱すとされ「村八分」となります。それは「生きていけない」ことを意味します。

かくして、日本では「和」を重んじ「協調性」が美学とされてきました。それはそれで素晴らしい日本の文化だと私は思っています。

しかし日本も近代国家となり、政党政治・議会制民主主義による政治が行われるようになって100年以上。都会では個人主義が進んでいる今、いつまでも「ムラ社会」の意識のままではいけない面もあるはずです。

その辺りの意識変革はどうでしょうか?
小学校時代からクラスの運営において、学級委員を「選挙」で決めたり、物事を決めるときに「多数決」を採用してきましたが、本当の意味での「民主主義とはなにか?」を考える機会が十分にあったといえるでしょうか?


「ムラ社会」→「カイシャ社会」へ

かつての「ムラ社会」にとって代わったのが、いうまでもありません「会社(カイシャ)」です。

健保・厚生年金など基本的な福利厚生の他、社員食堂・社宅・保養所、運動会・慰安旅行…etc.
家族で社宅に住むと、近隣住民もみな会社の人たち。ゴミの出し方・掃除・建物の管理も「会社」のコミュニティ。

会社は本来「利益社会(アソシエーション)」ですが、限りなく「共同社会(コミュニティ)」に近いのが日本の「カイシャ」。(★マッキーヴァー「コミュニティとアソシエーション」)

会社

良くも悪くも、終身雇用・帰属意識・年功序列…といった流れの中に身を置くことで安心する。

若者の「就職」という概念も、自分が大人になって「社会に対してどんな仕事を提供したいか」よりも「どの会社に入れるか(=所属)」が最大関心事で、仕事の内容は二の次…?


名刺を見ても、なんの会社なのか?、「〇〇事業本部 第〇営業部」ってどういう部署なのか?…その会社組織内の識別標のようで、外の人がその名刺を見ただけでは「その人がどういう仕事をしているのか」がいまひとつよく分かりません。そこに書かれているのは「所属」しかないのです。

名刺・所属


自分の意見をもたない・出さない?

組織に入り、その中でやっていくのは大変。
個人の思いは捨てて会社・組織のために行動することが求められる場面は多いでしょう。
「組織にいられるようにふるまうこと=仕事」。個人が優れていても、上の立場の人のメンツをつぶさないように、という配慮も大切。とにかく組織の中ではみ出し者にならないように…

そういう中では、社会に目を向け、社会の一員として、ひとりの「人」としての価値観をもつ、さらにそれを「表現」する、といったことは極力避けたいと思うようになるのでしょう。

さらに、趣味のサークルでも、「カイシャ」にいる感覚に近くなる…
団体・会の運営も、会社組織の運営形態になぞらえた形になり、年功序列、周りに合わせてはみ出さないように、あまり自分の意見を言わない…いわば社会全体が「カイシャ」的になっているような気がします。

しかし…

いくらムラ社会の良き伝統として、またカイシャ組織の中でうまくやっていくために「協調性」が重んじられる社会とはいえ、社会の一員として、ひとりの「人」としての面はどうでしょうか?

いまから3年前、学生時代からの想いをつづった記事をあらためて…
→ 「考えること・表現することの大切さ」


古き良き日本人としての素晴らしい文化、協調性を大切にしつつも、現代の社会の一員として生きていく価値観をしっかり持って生きる…そこを考えてみる必要があるように思います。

<追記>
つい先ほど、Facebook上である方の言葉に共感したので、ここにご紹介させていただきます。

「『職務に忠実である』ということが『正しい』とは限らないこと、そして『正しさ』って何なのか?ってことを、いつも自分の心と頭で考えてほしいと願います」

日本では、個人の犯罪には厳しい反面、組織ぐるみの犯罪・組織のためにやった(やらされた)罪にはあまりにも寛容。
原発事故しかり、鉄道などの重大事故しかり、最近の文書管理をめぐる刑事責任しかり…
組織のトップの責任も、実際に手掛けた担当者の認識も問われないまま。組織のため、上からの命令でやられされたことが、本当に「正しい」のかどうかの検証があまりにも甘いように思います。

行政の中立が歪められている!?

4月10日(火) 朝日新聞一面トップ

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加計学園の設立をめぐる政府と地元との会談の記録が見つかった…!
秘書官がこれまで「会った記憶はない」と答弁してきた事実に反して、「これは首相案件だ」と伝えたという記録も…
森友問題につづいて、いよいよ政府の疑惑追及の第二幕の開幕でしょうか!

それにしても…

あったはずのものが消えた!、なかったはずのものが出てきた!

最近の政治がらみのニュースは、まるでマジック(手品)でしょうか!?


誰が、何のために?

3月初め、朝日新聞のスクープで明らかになった森友学園への用地売却に関する公文書が書き変えられていた問題。
はじめの文書に明記されていた政治家や総理夫人の名前、用地の貸付・売却に関する具体的な経緯がすべて消されていた!

麻生財務大臣は、会見ですぐさま財務省内の一部の手によって書き変えられたと断定し、安倍総理は「行政の長としての責任を痛感」と言っているが、私は大いに違和感を覚えています。

果たして財務省が勝手に改ざんをした、政府は単に「監督責任」に「落ち度があった」というレベルの問題なのでしょうか?


野党からの要求に応じてようやく実現した佐川氏の証人喚問。

予想はしていたが、「刑事訴追の対象となるのでお答えは差し控えさせていただく」を連発。
書き変え前の文書を見たのかどうかさえ答えず、これでは証人喚問の意味がない、と憤りを感じた国民は多いはず。

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しかし、自民党の丸川議員からの「書き換えに、総理・財務大臣・昭恵夫人からの指示はなかったんです『ね』」と念を押すような誘導尋問には、即座に「ありません」と明言。経緯も何も答えられないのに、なぜそこだけ明言できるのだろうか…?

けっきょく政権側のシナリオ通り、佐川氏は国会喚問を乗り切り、政権および政権を信じる一部の人たちは「これで政権側の関与はなかったことが明確になった」などと、あたかも政権の疑いは晴れたかのように言うが、果たして多くの国民はそう見ているのだろうか?


◆直接手を下して「指示」はしてないでしょうが…

そりゃ、安倍総理や麻生財務大臣が直接「文書を書き変えろ」「ここの記述を削除せよ」などと具体的に指示するはずはないでしょう。そんなことが明らかになったらさすがにまずいことぐらい分かるでしょうから。

しかし、書き換えを直接「指示」はしていなくても、1省庁である財務省がなぜ公文書を書き変えるという違法行為を危険を冒してまでやらなければならなかったのか…?

連日の国会での追求で財務省は「捜査中につき答えられない」「調査中」を繰り返す中で、日本共産党の小池議員から「何をもって『特殊な案件』と認識したのか、昭恵夫人の名前をどうとらえたのか?」との質問に対して、太田理財局長は「総理夫人だからです」と答えた。小池議員はすかさず「これは重大な発言ですよ」と言った。ここがまさに本質ではないだろうか?

すなわち、政治のトップの意向であるかのように受け取られる表現そのものが「強い圧力」であったということ!
加計学園の設立をめぐる「会談」で、「これは首相案件だ」という呈示があったのも同様。

行政(中央省庁・都道府県・市町村、その他公共のあらゆる機関)は、本来国民生活のために中立な立場で公正に業務をしなくてはならないはず。
しかし「大きな政治の力」には逆らえないというジレンマがある。良くも悪くも「親方日の丸」という言葉が示す通り。

安倍政権が発足するよりもっともっと前から、行政は現場の仕事をしてきたはず。
それが、なぜここに来て急に、文書を書き変えたり隠蔽したり…という問題が次々に起きるのか?
ここ数年で行政のモラルが急激に低下したのか?、はたまた、これまでバレなかっただけで、ずっとこういうことは行われてきたのか…?

私はそのいずれでもないと見る。ずばり、安倍政権の進めようとしていることに都合の悪い事実は、表に出たらまずいという判断が働いているのではないでしょうか?
言い換えれば、「明るみに出たらまずい」ことの上に築かれた砂上の楼閣のようなもの…?


◆イラク日報が見つかった!

つい2~3日前には、イラクでの日報の存在が明らかになったとの報道。
しかし、その日報に何が書かれていたのかはまだ明らかにされていない。

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自衛隊や防衛省の文書管理の問題、シビリアンコントロール(=かつての軍部による支配への反省から、国民が選んだ「政治」が監視する、という大原則)が効いていないのでは、という問題ももちろんあるでしょう。
「存在しない」「破棄した」とされてきた日報が、なぜ今になって出てきたのか、誰がなぜ隠していたのかももちろん追及されるべき重大問題。

しかし、私は何よりも「その日報には、いったいどんなことがつづられていたのか?」を早く知りたい!

今の段階ではまだ仮定での話ですが…

自衛隊がイラクに派遣されたのは、まだ安保法制(集団的自衛権、自衛のための武力行使等)が決定される前のこと。
安保法制をめぐる国会審議においても、イラク派遣の実態についてはさんざん質問が飛び交っていたが、政府側は一貫して「非戦闘地域である」としてきた。

安保法制が通り(強引に通され)、後方支援活動・自衛のための最小限の武器使用は可能になったが、政府はなお自衛隊が派遣される先(南スーダン等)で「戦闘」は行われていないとしている。
(「武力による衝突はあったが、戦闘ではない」など意味不明な表現も含めて、「戦闘はない」ことになっている。)

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しかし、実態はどうだったのか? 本当に戦闘行為はなかったのか?

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これまで「ない」とされてきた日報には、いったい何が書かれているのか?
自殺した自衛隊員にはいったい何があったのか?
「自殺」とされているが、もしかしたら「戦死」だったのではないか?

…憶測は限りなく広がります。

安保法制を通した政府、憲法に自衛隊を明記しようなどという政府は、事実をすべて包み隠さず国民に示す義務と責任があるはずです!


行政が政治によって歪められている?

元・文部科学事務次官の前川氏の言葉です。
天下り問題や、援助交際とのかかわりなどが表沙汰になって辞任に至った前川氏ですが、彼にはもはや「失うもの」がないだけに真実が語れるのではないかと私は見ています。
名古屋の学校における講演内容も、彼を講演に招いた学校の校長の話す内容も、とてもまともに思えるのです。

ここ最近あちこちで発覚する問題は、これまでの「一般的な隠蔽」とは根本的に異なるように思えてなりません。
「一般的な隠蔽」とは、たとえば病院での医療ミスを隠蔽していた、学校内でいじめの事実はなかったとするような、その組織内部の不祥事を表沙汰にしたくなくて隠されるケースがほとんどでした。

しかし、ここ一連の文書書き換えや、なかったとされる文書の存在は根本的に違うような気がします。
政権が進めようとしていることに都合の悪い事実を、行政側が「忖度」して隠蔽していたとすれば…?

日本人の素晴らしい文化でもある「忖度」を悪用して、政権が無理を通してきた。つまり政治の力によって行政の公正中立が歪められてきた、ということではないでしょうか?
それが今つぎつぎに明るみに出ている事象の根本なんじゃないでしょうか?

(2018.4.10現在の私的見解です)

使えないモノたち

2018.4.9

なにかと「使えねぇな~」と思うことの多い今日このごろ…

こちら、からくりデザインの福田繁雄さんの作品「使えない食器」の一例

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こちらは、私の思いつきから…

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「使えないモノ」と、「使うと危険なモノ」、「ばかばかしくて笑ってしまうモノ」とは紙一重ってこと!

え?、何の話かって?
まあ、どう結びつけるか、なにをご想像いただいてもよろしいんじゃないでしょうか(笑)?

やってしまった後悔 vs やらなかった後悔

2018.4.8

本当にその通りだと思います!

後悔

リタイヤされたご年配の方に「あなたが人生において後悔することがありますか?」と尋ねると、多くの人が「リスクを恐れて行動しなかったこと」と答えるそうです!

完全にリタイアして、人生も終わり近くなってからそれに気づくか、少しでも早く気づくか…


リスクを恐れる?

何かをやって失敗することも当然あります。失うものもあるでしょう。
でも、失敗の原因をきちんと解明して同じ過ちを繰り返さないように前に進んでいけば、絶対に得るものもあるはずです。

ところが、何もやらなかったら失うものもないでしょうが、得るものも何もないでしょう。
いや、本当に失うものはないでしょうか? 人生の貴重な時間が失われていくのでは…?

はじめから転ぶこと・失敗することを恐れて、マニュアル通りのこと、言われたことしかやらない。迷ったらやめておく…そういう生き方が増えているように思います。

企業・組織などの求める成果主義・合理主義・効率主義も、無駄なこと(無駄かもしれないこと)・リスクを伴うこと・やらなくてもよいことは避けて通る生き方を助長する一因になっているのかもしれませんね。

でも、少なくともリスクや、他にもっと効率のよい方法があるのでは、と考えているなら、そして後になって「ああ、やっておけばよかった」という後悔が「だんだん大きくなる」のであれば、まだ救いようもありますが…


単に、動かないだけ?

せっかく情報を出してあげてるのに、「やってみたいです」「見てみます」(未来形)のまま、いつまでたっても動かない人。
たいていそういう人は、1か月たっても1年たっても「やってみたいです」と言っています(笑)

やってみてダメなら、他にもっといい方法があるかもしれない。模索しながら少しずつでも進んでいきます。でも、やりもしなかったらそれさえ分からない。

できない理由は「いま仕事が忙しくて」「バタバタしてて」…?
「いまの仕事が一段落したら」…そのころにはまた次の仕事にうずもれるんじゃないでしょうかね(笑)



「本業はやってあたり前。遊びは、本業以上に本気にならなきゃできない世界」…私が中学3年からお世話になっている鉄道模型屋のオヤジさんの名言です! → 遊びから学ぶ 人生の恩人

仕事は報酬(お金)をもらっている以上やらなくてはいけないこと、やって当然のこと。
また、たとえ報酬をもらっていないボランティア趣味のサークルでも、活動・役割には期限もありますし、いったん引き受けた役割には責任も伴います。

でもそれ以外、個人的に興味をもった世界・趣味・ライフワークには期限もありませんし、やらなくても誰からも責められません。だからこそ、よほど「本気」でやろうとしなければいつまでもできないのです!

「やってみたいです」とずっと言い続けている人が、完全にリタイアして日がな1日なにもやることがなくなったら、本当にやるんでしょうか?…おそらく、なにもやらないんじゃないかと私は思います。

とくに、感動は生もの、人生のひとこまに待ったなし!
「そのうち」「時間(余裕)ができたら」…は禁句です!

忙しい日々の中、「来週〇曜日まではちょっと時間がありません」などと具体的におっしゃる方は信用できます。
そして、「とりあえず、ここまで見てみました」「やってみました」「どうだった」…といった反応を完了形で頂けると、こちらも自分の時間をやりくりし、知恵を絞りながら、一緒に探求していきたいと意欲がわいてきます。

「やってみたいです」「見てみます」という希望的・近未来系の言葉だけでは、私は信用しません。
口先だけ・その場限りの「本気」に騙されて、せっかく親身にあれこれ情報提供してあげても無駄!
その後どうなったのかイライラし、結局こちらのおせっかい・一人相撲に終わるのがオチ。…最近ようやく嗅ぎ分けられるようになりました。

来るものは拒まず、されど、無理強いはせず (「去る者は追わず」ではなく)

<中国の格言>
   
「馬を水飲み場に連れていくことはできる。
      しかし、馬に水を飲ませることはできない」

身体の動きに合わせて「色変わりの即興」

2018.4.2

身体の動き(テラピー等)に「生(即興)」で音を付ける試みです。

「♪音の小部屋」のテーマのひとつでもある「コード循環」(=響きの色変わり)を使って、身体の動きに合わせて即興で音をつけられたら…

響きの色変わり即興

P4037574.jpg

健康体操や身体を使ったテラピーの現場では、既存の音源を探してCD等で流し、それに合わせて動く…というケースがほとんどではないでしょうか?

身体の動きに合わせて音楽を作る、あるいは何か既存の音楽に動きを振付ける…いずれにしても、決まった曲・決まったテンポに合わせた決まった動きしかできません。

もし即興で生音を付けることができれば、もっと自由に身体を動かしていただくことができ、対象者の年齢や身体の事情に応じた動きがその場で作れます。
「音に合わせて動く」しかなかったのが、「動き」と「音」とを一緒に創っていく世界へと大きく広がります!

ただ、いきなり「即興で」と言われても、抽象絵画を描くようなもので、どう演奏して良いのやら…ですよね。


3色・7色・12色 「コード循環」の実践的応用

そこで用いるのが「コード循環」のパターンです。

3色…
基本Ⅰ・Ⅳ・Ⅴの明るい3和音だけを使って
7色…ハ長調ではド~シまでの白鍵の7音をベースとする7つのコードを使って
12色…明るい響きを暗く、暗い響きを明るく変えたり、dimやaugを交えて黒鍵も含めた12音

それらをどんな順序で奏でたら良いのでしょうか…?

既存の曲を伴奏する場合も、あらたに作曲する場合も、メロディラインが先にあってそこにどんなコード(響き)で伴奏を付けようか?…と考えるから難しいのです。
そうではなく、音楽は「響きの色変わり」がベースにできている、ということです。

イルミネーションの施された光の樹が「色変わり」するような場面に喩えるなら…

赤からいきなり緑に、青に…と光の3原色で変わるよりも、赤→朱色→オレンジ→黄→黄緑→緑→青→青紫→赤紫→赤…といった流れ(逆でも良い)でグラデーションで色変わりしたら美しいでしょう。
音の響きも、次にどんな響きに移ると心理的にスムーズな流れになるか、ちょっとした原理があるのです。

響きの色変わりがベースにあれば、右手でその色変わりに合う有名な曲を重ねてもよし、まったく自由に右手を遊ばせてもいい…それが即興です。



身体の動きに合わせるのに、基本となる動きは4こま(1小節)・8こま(2小節)。それを何回どう繰り返すかによって、8小節、16小節…といったフレーズになります。
全体のフレーム(小節数)を決めたら、響き(コード)の流れだけをストーリー化しておくのです

台本はそれだけ、あとはすべて自由です!

拍子…1小節をいくつに刻むかで、4拍子・3拍子・2拍子…自由に設定
テンポ… ♩=60(=4分音符が1分間に60回打つ速さ=1秒)ぐらいを目安に
メロディ…自由、思うがままに右手を遊ばせて…
ニュアンス…弾むように、揺らぐように、のびやかに、しっとりと…etc.

リズミカルなタッチで弾くのと、しっとり弾くのとでは、当然ながら動きのイメージも変わってきます(実験済み)。逆に、ある程度「自由」に感じるままに動いていただいて、それに合わせて奏でる…「音」へのイメージも広がります。

「動き」のシナリオと「音」のシナリオでどんな形がつくれるか、何人かのインストラクターの方とも色々と模索しながら形にしていけたらと思っています。


さまざまな可能性

健康体操はもちろん、身体を使ったパフォーマンス、あるいは詩の朗読、瞑想のBGMなど、いろいろと応用できると思います。生の「音」とのコラボを考えておられる方、ぜひご一考ください。

また、ピアノなど楽器を演奏される方で「楽譜をください、練習しておきます」ではなく、その場で即興で音を創り出すこと(=音楽の原点!)に興味のある方…

ご相談、企画・提案、なんでも大歓迎です!ご連絡いただけたら嬉しいです。

技術は「幸せ」のために使われてこそ

2018.3.31


人の知恵が技術(Technology)を生み出しました。

技術は日進月歩、さまざまな「不可能」を「可能」にし
 人々の「」をかなえてきてくれました。
アラジン

夢があらたな技術を生み出し、技術がその夢に応える…

でも、人や社会の進むべき道、モラルは変わりません。

知恵も技術も、すべての人を「幸せ」に導くことに使われてこそ!



世田谷線の面白看板

2018.3.29

え~、世の中には「面白看板」っていうジャンルのお笑いネタがありましてね、
誰かがウケを狙って作ったもの、注意書きなんだけどちょっとウィットを利かせたもの、いろいろとあるわけですが、中にはたまたま偶然が重なってとんでもないものができてしまった、というものもあるわけでございまして…

こちらは、もう何年も前に発見したもの。
東急世田谷線が下高井戸の駅を発車して間もなく目に飛び込んでくる看板です。

じじい?

「ん? じじい…?」

こちら、京王線の下高井戸駅の歩道橋から見た世田谷線。かなり急カーブであることがわかります。

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「制限10」、下高井戸を出発してこの急カーブの区間は制限速度が10キロ。

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そして急カーブを抜けると、長い直線コースにさしかかりますが…

3_20180329175239cd4.jpg

ここです!
運転手さんが「制限解除、進行!」と指差し確認するその先に…

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ちょうど信号機ぐらいの高さに「爺」の1文字!

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平行する道側に入口がある、新鮮な魚介類の美味しい居酒屋さんのようですが、まだ入ったことはありません。

一度入ってみたいところ。できれば世田谷線の運転手さんと、研修中に初めてこの看板を目にしたときの感想など聞きながら…
ついでに、姉妹店に「婆」というバー(Bar)もあったらいいですね~

<考察>
海鮮居酒屋らしい建物の入口・暖簾などと看板とが一緒に見えていればまだしも、この看板の後ろ=線路と道路に挟まれた三角の敷地に建つのはモダンな住宅風の建物。しかも「爺」という一文字看板も居酒屋風ではなく、しかも支柱から線路側に…
いろんな要素が重なって、「爺」の一文字が妙に「ん?」と異彩を放ってるんじゃないでしょうか…?


コードでとらえる ドボルザーク交響曲8番・第3楽章

2018.3.26

クラシックの名曲をコードでとらえるシリーズ。
これまでショパン、バッハ、ラフマニノフ、スメタナ…などを随時取り上げてきましたが、シリーズ第何弾でしょうか…?

今回は、スメタナと並んでチェコを代表する作曲家・ドボルザークの交響曲8番から美しく哀愁を帯びた第3楽章を取り上げてみました。



ドボルザークの交響曲といえば第9番「新世界より」が圧倒的に有名ですね。
アメリカの音楽大学から招きを受けて新天地・アメリカに移り住み、祖国チェコを望郷して書いた最後の交響曲です。

そのひとつ前、こちら8番は、チェコで書かれた最後の交響曲。
副題に「イギリス」と表記された曲紹介もありますが、初版の楽譜がイギリスの出版社から出されたことからそう呼ばれるようになっただけで、音楽の内容にはとくにイギリスは関係ありません。

この第3楽章章は、ゆったりした3拍子で美しく哀愁が漂う名曲で、スメタナの「モルダウ」と並んで、この曲を聴いたことがきっかけでクラシック音楽が好きになったという方も多くいらっしゃいます。

演奏時間にしておよそ6分半。最後のコーダの部分を除けば大きく<A・B・A>の3部形式で分かりやすく、コード進行の色変わりも豊かで、よい素材かと思います。

私のお気に入り、ジョージ・セル指揮、クリーブランド管弦楽団の演奏で…


◆メロディラインとコード

「楽譜がないと弾けません」からの脱却を目指しておよそ5年、ようやく「オタマジャクシからの脱皮」も出来つつあるようです(笑)。

コードで響きをとらえれば、知ってる曲なら楽譜にわざわざ起こす必要のないところですが、「♪音の小部屋」のテキスト・資料として、メロディラインだけを手描きで起こし、コード名を入れました(けっこう面倒でした)!

それを惜しげもなく公開してしまいしょう!
ピアノを弾かれる方はもちろん、ハープやギターなどを演奏される方も、コードとメロディラインを奏でてみてください。

3楽章120180326 3楽章220180326 3楽章320180326 3楽章420180326
★クリックすると大きな画面でご覧になれます


ちなみに、同じ曲の冒頭部分をオーケストラのスコアで見ると…
スコア20180326

ピアノ用に編曲した楽譜で見ると…
ピアノ譜20180326
★いずれもクリックすると大きな画面でご覧になれます

いかがでしょうか、複雑な音符から響きが浮かびますか? オーケストラの各楽器の音を拾ってピアノ譜に落としてあるので、必ずしもピアノで弾きやすいとは限りません。

ところが、今回ご紹介したようにコードでとらえると、美しい名曲のエッセンスを簡単に取り出して奏でることができるのです!

「♪音の小部屋」では、もっと身近に音楽に親しみたい方、クラシック畑にありがちな「楽譜がないと弾けません」からの脱却を試みたい方、コードに慣れてお洒落な響きを見つけたい方…などをお待ちしています。
個別のメッセージまたはメールにて、お気軽にご相談ください。

「明日はどこから」(朝ドラ「わろてんか」テーマ)

2018.3.24(土)

朝の連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)「わろてんか」のテーマ音楽「明日はどこから」、松たか子さんの作詞・作曲・歌です。

明日はどこから20180120 
明日はどこから(「わろてんか」テーマ)20180117★クリックすると大きな画面になります

1月のデイホームの歌会でも取り上げたところ、みなさんよくご存じで歌ってくださいました。

私がこれを取り上げた理由のひとつ、字幕なしでもちゃんと歌詞が聞き取れること!…当たり前のようですが、じつは最近の歌としては珍しいのです。

昭和30~40年代の歌謡曲では、字幕なしで聞いただけでちゃんと歌詞が聞き取れるのが当たり前でした。
でも、最近の歌(ドラマの主題歌も含めて)は、妙に巻き舌が入っていたり、変なところで息継ぎで切れたり、意味もなく変な英語が挿入されていたり、前後の脈略から予想される単語ではない意外な単語が唐突に出てきたり…なんだか「“ことば”がアート化」してしまってるような気がします。

→ 
歌は世につれ 世は歌につれ ~歌詞が聞き取れない~


あと、音楽の話題から外れますが…

朝ドラの名物といえば「戦争」。けさ(3月24日)の放送では、大阪も空襲に見舞われ、北村商(笑)店が35年の歴史をいったん閉じるという場面。「みんな命を大切に(危ないと思ったらすぐに逃げて)」…

かつての朝ドラは4月に始まって1年のサイクルでしたから、8月の終戦記念日のころに戦争のシーンが登場することが多かったですが、最近の朝ドラは半年サイクルなので、こんな時期に…。
でも昭和20年3月には東京大空襲、その後各都市にも空襲が激化しましたから、あながち季節外れとも言えません。

ドラマの中では、戦争に突き進む世の流れ、軍部からの不当な圧力、民衆もそれに従い「文化・芸術」を大切にしたり外国人と仲良くしようものなら「非国民」呼ばわり。焼け跡で途方に暮れる人たち、価値観が180度変わる…そういうシーンが多く登場してきました。

「あの戦争はいったい何だったのか?」、「二度とあのような過ちを繰り返してはならない」…強烈なメッセージが朝ドラには含まれているように思います。



「春」にちなんだ曲

2018年 3月17日(土)14時~ 脳が喜ぶ歌の会 17回        

リードヴォーカル 藤井 淳水(ふじい あつみ)さんをお迎えして
       ~春を待つ歌~

2
★クリックすると大きな画像になります(以下同じ)


まず、前回(2月)♪「モルダウ」によく似た曲は…?という宿題を出しておきました。
冒頭「川の流れ」を表すチェロの動きを、1オクターブ上げて「木枯らし」(←季節外れですが)と思っていただいて…

♪枯れ葉散る 夕暮れは 来る日の寒さを物語り
   雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない…

正解は…
7

「恋人よ」(五輪真弓)でした!


<本日のプログラム>

♪早春賦   inC      
♪知床旅情 (森繁久彌・加藤登紀子) inC 
♪なごり雪  (かぐや姫・イルカ) inG 
♪襟裳岬   (森進一) inE♭

<休憩>

♪いい日旅立ち inAm (山口百恵・谷村新司)
♪北の旅人   inCm (石原裕次郎・テレサテンほか)
♪花は咲く  inC (NHKの復興ソングではinFだが、高いのでinCに)
♪見上げてごらん夜の星を inF

3 4

♪早春賦♪知床旅情、…じつはこの2曲、歌い出しの音程がまったく同じなんですね!
次の上の音を狙って声を出す…脳トレを兼ねて、まずは発声していただきました。

P3177553.jpg  1

音の高さを狙って出す、その高さの声を出すように喉の筋肉を調整する、大きく呼吸して声を出す…
さらに言葉の意味を考えて、メロディに言葉を乗せて歌う…
歌を歌うことって、脳全体を刺激してくれるんです!


次の2曲はどちらも1974年(昭和49年)に作られた曲。

♪なごり雪…かぐや姫の歌ですが、イルカの歌の方が有名かもしれませんね。

♪襟裳岬…
平昌五輪でカーリング女子が銅メダルを獲得し、地元・北見に帰って子どもたちを前に「この町ってほんと、なんにもないよね~(笑)、でも大切な家族がいて、友達がいて、どうしても叶えたい夢があって…」名スピーチだと思いました。

その「何もない」からヒントを頂いて「♪襟裳の春は 何もない春です」…この曲を取り上げました。
森進一さんの語りかけるような歌ながら、紅白ではバックに女性コーラスが100人も入り、後半はけっこう盛り上がる曲!

リードボーカルさんのもと皆さんにも大きな声で歌っていただいて、前半終了。

<休憩>

♪いい日旅立ち…まだ国鉄時代だった1978年(昭和53年)に山口百恵さんが歌って有名になった谷村新司さんの名曲。なるべくオリジナルに近い伴奏で歌っていただきました。

じつは同じ谷村新司さんの作詞・作曲でもうひとつ♪「いい日旅立ち・西へ」(鬼束ちひろ)があります。
山口百恵さんの歌が「雪どけ間近の 北の空に向かい」と、北に向かうイメージだったのに対して、こちらは「はるかな しまなみ 銀色の凪の海」と瀬戸内方面を思い描く歌詞。「自分の影を探しに西へ行く」…
父の転勤で関西・広島で育った私にとってしっくりくる歌詞、私はカラオケでこちらをよく歌います。


…さて、私の歌会名物
★響きの色変わり(=コード進行)の似ている曲を重ねる音楽のオヤジギャグ:かくれ歌!

今日はこの♪「いい日旅立ち」のそっくりさん、ジャズの♪「The Gift」という曲をボーカルの藤井さんに英語で歌っていただいて、伴奏で「いい日旅立ち」を…

ジャズのライブなどでギターでワンフレーズ「いい日旅立ち」を入れて笑いを取ることはありますが、全曲版はおそらく他では聞けないでしょう。空耳よりもはっきりと聴こえたはず…(笑)。

5

お互い、よく連られずにできました!

♪北の旅人…1985年(昭和60年)、石原裕次郎さん最後のレコーディングとなった曲です。裕次郎とテレサ・テンがデュエットした版も残っています。

きょうはデイホームの男性スタッフ・望月さんにもデュエットで加わっていただきました。
「ちょっと待ってください」といわれ、サングラスに私のハンチング帽をかぶって変装して…

8 9 10


♪花は咲く…東日本大震災から、先日11日でちょうど7年。
昨年のこの会ではどうしようかと迷って取り上げなかったのですが…
花は咲く20180224

表面的には復興が進んでいるように見えるところもありますが、本当に被災者に寄り添った復興が行き届いているでしょうか…?

私の知人の音楽家の中にも、被災地と交流されてきた方がいらっしゃいますが、仮設住宅に住む人も減ってきて、「忘れられることがいちばん辛い」という声が聞かれること、気持ちを届けると本当に喜ばれ、喜ばれることでこちらが勇気をいただき…

せめて自分にできることを、離れた人・違う立場の人を思いやり寄り添う気持ち、すべての人にとって「ふるさと」をいつまでも大切に…

そんな思いを込めて、今回この歌を取り上げ、最後に♪「ふるさと」も1番だけご一緒に歌っていただきました。歌詞は印刷してませんでしたが、皆さんしっかり歌ってくださいました。

♪見上げてごらん夜の星を…私の会でのラストテーマ



きょうは、開始時間の前から最前列に席を確保して待っておられた方もいらっしゃり、いつもにも増して積極的に声を出していただきました。男性スタッフの変装にも大うけ! これからも、男性・女性スタッフさんにもどんどん参加していただきます!

12 11

「早春」をイメージしてプログラム案を組んだのが今月はじめ。ここ2週間ほどで東京は一気に春を通り越して初夏の陽気になりました。
今回は「北国」にまつわる曲が多かったですが、北国の本格的な春はこれからでしょうね。

季節ごとの日本の唱歌の他、これまでは昭和30~40年代の歌謡曲を多く取り上げてきましたが、きょうはもう少し後の昭和50年代の歌も取り入れてみました。
世代をまたいでよく知られている名曲をこれからもどんどん取り入れていけたらと思います。


<P.S.> 広がる輪!

今日は、私や藤井さんの先輩に当たる卒業生で若返りリトミックでピアノを弾かれている方がわざわざ平塚から、また昨年7月にお呼びしたボーカルの「ゆかりん」と一緒のダンスチームにいらしたYさん(現在「姿勢科学」の勉強中)のお二人が見学にいらっしゃいました。

また本日のボーカリスト藤井さんは、今回でもう3回目のご参加。じつは今夜、三軒茶屋のうどん屋さんで19時半~ライブに出演されます。デイホームの職員お二人と一緒に聴きに行きます。
音楽がご縁での輪の広がりに感謝です!

次回は 4月21日(土) 14時~ 


4月からの受講者募集!

2018.3.11

あらためて…

「♪音の小部屋」はこんな方をお待ちしています。

楽譜は読めないけど…
★音楽は大好き、「音」についてもっと知りたい
★「もしもピアノが弾けたなら」症候群の熟年男性

楽譜は読める(た)けど…
★クラシック畑にありがちな「楽譜がないと弾けません」から脱却したい
★「昔ピアノを習ってました」と過去形でおっしゃり、レッスンは嫌いだったけど、また音楽に親しみたい
★ドミソ・ドファラ・シレソだけでなく、もっとお洒落な響きで伴奏したい
★教育実習などでピアノは一応やったが、コード演奏・即興など応用力をつけたい

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私のセカンドルーム(世田谷区下馬)、88鍵の電子ピアノ

音楽の専門的なことは分からない、楽器は演奏できないけど、「音」に関する雑学ネタ収集に、という方も歓迎です。ただ、それだと「♪音の小部屋」がどういう場所かが分かりにくくなってしまうので、以下やや音楽的な内容に絞って書きます。


いろんなプロジェクトで…

*音の歴史&人の心理プロジェクト

音はどうして12音になったの?
5音階・7音階の誕生秘話、モードと調性とは?
  ↓
明るい長調と、暗く淋しい短調、その違いはなに? 長い・短いってどこが…?
人は、なぜこの音(響き)からこう感じるの?
  ↓
クラシック・映画音楽・昭和歌謡…人の心に響く響きの色変わり(=コード進行)
5度の引力…あるきっかけで5度下に降りて安定…なぜ?


*目からウロコプロジェクト


とっつきにくい楽典(音楽理論)。属七、〇〇的短音階、基本3和音、調性(♯や♭のつき方)…ただ覚えただけでは「なぜ?」の分からなかった「理論」にもちゃんと理由があります。その辺りを、音の現場から必要に応じて紐解いていきます。

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属七はなぜⅠに帰りたくなるのか? 区切りをちょっと変えてみることで…


*オタマジャクシからの脱皮プロジェクト

「楽譜がないと弾けません」からの脱却は、私自身もずっとあこがれていた世界。
比較的やさしい曲でも、2~3週間弾いてないだけで左手が「あれ、なんだっけ?」と止まった瞬間にその先は弾けなくなります。せっかく練習して弾けた曲がどんどん遠くなる…淋しいことです。

クラシック~映画音楽・昭和歌謡をコードでとらえることで、一字一句おたまじゃくし通りでなくても音を再現できるようになり、楽譜が無くても(コードのメモだけで)弾けるようになります。
またコードでとらえることに慣れてくると、初見で楽譜を読むこと・耳コピ・曲を覚えること…も早くなります。


*ちょっとお洒落な ズージャな響きプロジェクト

基本3和音だけでもたいていの曲は伴奏できてしまいますが、どうしたらもうちょっとお洒落な響きになるのか、ちょっと大人のズージャな音はどうしたら作れるんだろう…
各調のⅠ~Ⅶまでの和音(コード)→その変形(dimやaugなど)のバリエーション。 
コード循環とその使い方…

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やや専門的な資料も…


*どこでもコード プロジェクト


キャンプなど楽器のない場所で、誰かが「うー」と基準の音を出してくれたら、知ってる曲ならその高さでちゃんと歌えますよね?
喉元に♯や♭の装置はついてませんが、ちゃんとそのメロディを口ずさむことができます。
それと同じことを楽器でも出来たら…?

調性を身体で覚え、ちょっとした訓練をすることで、高さを変えて弾くことも夢ではありません!

どこでもコード!

…こんな風に、その方の目指したいテーマごとにプロジェクトを設定して「音」を「楽」しんでいきましょう。


「音」が見える装置=鍵盤を使って

「♪音の小部屋」はピアノ教室ではありません。

ふだん違う楽器を演奏される方にも、いちど鍵盤(=音が見える装置)を使って、「音」のしくみについて考えていただきます。音のしくみを「見える化」してくれる装置、それが鍵盤です。

ギターも和音の出せる伴奏楽器。大人になってからも始められるのは、楽譜が読めなくてもコードを覚えれば良いというのが大きな特徴といえるかもしれません。

ただギターをはじめ多くの楽器は、音(オタマジャクシ)や響きの名前(コード)を「手の形」に一致させて覚え、出てきた音を最終的に耳で確認する…脳の働きとしてそういう流れではないでしょうか?

しかしその脳の流れだけでは、長年楽器を習ってきたはずなのに即興に弱い、楽譜に書いてないことはできない(お洒落なコードが分からない、アレンジが苦手)、高さを変えて弾くなんて信じられない…etc.

そこで、ちょっと違う脳を使って、ちょっとした訓練をすることで、それができるようになるんです! 50台後半の私でもできたんですから。


料金とシステム

その方のニーズに合わせて、5回~10回のプログラムを組み、オリジナル資料をご用意します。

   1回あたり1時間:単発5千円 *体験レッスン(30分):2千円
   5回シリーズ(基本ユニット):2万円(1回あたり4千円見当) 
     6回目以降(継続):ご相談にて

毎週定例ではなく、勤め帰り(平日夕方・夜)・土日など都合のよい時間をご相談して決めましょう。
ただし、あまり間をあけすぎると前の内容を忘れてしまうので…
5回…2~3か月以内、10回…半年以内 を目安にご検討ください。

昨年の経験から、その方のレベルや求めることもよく分からない当初から10回シリーズとしてプログラムを組むより、まずは5回シリーズを基本の1セットとし、その先は個別にご相談のうえ新たに5回のプログラムを組む、あるいは個別に補習…という形が良いと思われます。

遠隔地で通うのは難しいという方には、回ごとの資料をメール添付でお送りし、メール等でレクチャー…といった方法も可能です。(受け取りっぱなしで「見ておきます」ではなく、ちゃんと内容に関して打ち返してくださる方であれば、実際にレッスンにいらっしゃるのと同じ成果が得られることがわかりました。)


お気軽にご相談ください

「♪音の小部屋」がどういう場か、ひとことで説明して定義するのは難しいですが、「音」に関するあれこれを、その人の要望に合ったテーマを見つけてご一緒に探っていくプロジェクト…そんなところでしょうか。

「♪音の小部屋」に年度の切り替えはとくにありませんが、いま受講されている方で間もなく終了する方もいらして、4月以降は土曜日の午後(←いちばん設定しやすい枠)にも空きがあります。

「音」に興味のある方、焼鳥屋さん or ワインバーで軽く一杯…ぐらいのお値段で、「♪音の小部屋」に遊びにいらっしゃいませんか? 個別にご連絡・ご相談お待ちしています。


プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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カウント開始 2011.1.14~
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