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メニュー紹介 <更新版>

ようこそ 「ティンパニで朝食を」へ !

すべての人に音楽の喜びを! 障がいのある人もない人も、音楽の力でともに生きる社会へ。
ブログを開設したのは、そんな思いを強くした2010年の4月でした。左の「プロフィール」もご参照ください。

長文の記事も多いですが、視覚に障がいのある方も音声変換で閲覧されますし、中学生でもきちんと読んでいただければ分かる文章で書くように心掛けています。

はじめてご訪問の方にも分かりやすいように、常にこの「メニュー紹介」がトップにくるように投稿日時を本年末の日付に設定しています。 このトップページだけをご覧になって「あ~、まだ更新してないな」と閉じないで下さい! 最新記事はひとつ下にあります。

以下の各カテゴリーから、ご興味のあるテーマの項目(画像の上の文字)をクリックしていただくと、そのテーマの記事群に飛べます。
 


★テーマ項目(緑文字)をクリックすると、今開いているメニュー画面とは別の新しいタブで開きますから、そのカテゴリ内を色々ご覧になったあと右上の「×印」で消せば、再びこのメニュー画面が表示されます。

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~ 音楽関連~

公開情報(コンサート・放送予定など) 
in 徳島 2017.6.25 in 飯山 2017.8.6 in 岐阜20170627
2017予定

音楽ギャラリー(リハーサル・バックヤードの様子など)
ティンパニ 
2010年3月「こころコンサート」 NHKホールにて

★フェイスブックもこのプロフィール写真でやっていますので、よかったら探して下さい。

★このカテゴリにはパスワードをかけてある記事があります。
不特定多数には公開していない画像を含むもので、友人・知人にアルバムをお見せするような形でのアップです。
ブログ案内を差し上げている方は、そこに書いてあるパスワードを入力してください。

何かのご縁でこのブログを訪問されてご興味のある方は、この記事下の「コメント」欄に簡単な自己紹介・お名前・メールアドレスをご記入の上、「管理人だけに表示を許可する」にチェックを入れて送信してください(いわゆる“鍵コメ”というもので、他の方からは見えない私信となります)。こちらからメールにてパスワードをお知らせいたします。 



コバケン先生との出逢い(05長崎・06熊本)
コバケン先生 

出逢いに感謝して
出逢い 

ティンパニのつぶやき(オーケストラの打楽器)
打楽器

★デイホーム日誌
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50代ことはじめ ~音楽療法の世界へ~
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★「音の小部屋」プロジェクト
5度時計(改右回り)


「音」についてアラカルト
チェロは歌う 音について

私のこの一曲

シャコンヌ 

オペラの世界へ

カルメン2 オペラ1

→ 電子書籍「オペラの世界へ ~カルメンを中心に~」


~社会~


ノーマライゼイション(ともに生きる)

コミュニケーション

「豊かさとは…?」~日本が見失ってはいけない大切なこと~
派遣村 

社会・時事に思う

一歩踏み込んで 言わせて頂きます! 

★駅の安全・案内サインなど
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原発関連 ~「社会・時事に思う」から分離しました~

★アジアにおける日本の過去 ~「社会・時事に思う」から分離しました~
 

~季節・鉄道・模型・旅~

季節・日記
季節 

模型ギャラリー(手作り模型の世界)
★鉄道模型
模型1 模型2 模型3

鉄道以外にも…
★ドールハウス(ミニチュアの家)
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もうひとりの恩師(鉄道模型屋さんから学んだ遊びの哲学)
いさみや

小さな鉄(テツ)な旅 ~江ノ電・世田谷線ほか~
テツ旅1 テツ旅2

旅・鉄道(韓国・イギリス・アメリカ・カナダ…)
旅1 旅2カナダ 旅3シアトル 


~自然・科学~

★身近な科学(ちょっと好奇心)

自然・歴史・民俗
雷・竜巻1 風神雷神

なまず通信…2011年1/18(=東日本大震災の約2か月前)に立ち上げたカテゴリーです
なまず1 なまず2 なまず3 なまず4


~その他~


己を見つめる

パウゼ(♪ひと休み)…疲れた頭と なまった腹筋に!

ピアノジョーク…「パウゼ」から分離しました

尻っぽの生えた天使たち
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大阪市北部で地震!

2018.6.18

この「なまず通信」のカテゴリーでの久しぶりの投稿、まさに「忘れたころに…」です。
400年に一度という大きな地震が、けさ7:58、大阪市北部を襲いました。

じつは、ほぼ1週間前の今月12日(火)の夕刻、神戸ではこんな夕焼けが見えていたようです。
異様に赤い夕焼け空に、縦に短冊状の虹も…

地震の前兆  NATURAL WARNINGS OF EARTHQUAKES への投稿画像を拝借

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兵庫県神戸市六甲山手から。神戸の海上が真っ赤です。虹も出ていました。pm18:50〜19:00にかけて。南方向。(投稿者コメント)


◆大自然に謙虚な目を向けよう!

日本列島は活断層だらけです。過去の地震によって出来上がった列島と言ってもよいでしょう。それらの断層が何百年に一度という周期で、いつ・どこで起こるかを、東大や気象庁の専門とする地質学の分野から予知することは、今のところ不可能と言われています。

しかし、地震が起こるメカニズムの事後解説はともかく…

巨大な地震が起こる直前には地下の岩石にふだんとは異なる大きな負荷がかかっていることは確か。
岩石中に含まれる金属物質に力が加わることで、磁気が変化するのです。

そして磁気の変化によって、雲の形状・朝夕の太陽光の色・空気中のイオン濃度などが変化し、動物たちが異常行動をとり…といったことが起こることは大いに考えられます。

ひごろから 大自然に謙虚な目を向けること が大切です。

そして、預言者のように騒ぐのではなく、「備え」をする!
寝ている場所に倒れてくるようなものを置かない、揺れている時は頭を守る、危険なところには近づかない、非常食や貴重品をまとめておく、家族との連絡方法を前もって決めておく…といったことは個人が心得るべきことです。

一方、建物・設備の安全基準は…


◆過去の教訓が活かされなかった「人災」

今回の犠牲となった3名の方のうち、2件はブロック塀の倒壊によるもの。

1978年宮城県沖地震で、倒れたブロック塀の下敷きになって亡くなった方がいらっしゃいました。
「ブロック塀は倒れる」ということを教訓に、中には鉄骨またや鉄筋の芯を入れること、倒れにくくする補強のための控え壁を付ける、高さに基準を設ける、といった基準が作られたはず。

にもかかわらず…

今回、子どもたちの登校見守りをされていた80歳の方の命を奪った塀は…?

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芯となる鉄筋・鉄骨も、控え壁もないようです。

そして、9歳の児童の命を奪った学校プールの壁は…?

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「目かくし」として増設された部分だけが道路側に落下! 接合部分に下から一貫した芯となる鉄骨も控え壁もありません。
高さもブロックを積み上げただけで3.5メートル! 

★高槻市は、この学校プールのブロック塀は設置基準に当てはまらない「違法建築」であったことを認めました!

地面の揺れだけで人は死にません。人間が建てたものが倒れて来て人を殺すのです。

建物の設置基準、安全対策は、何をさておいても最優先されるべきことだったはず!
過去の教訓を活かせなかった「人災」といえるでしょう。

チェコ帰りのヴァイオリニストをお迎えして

デイホーム日誌(20) 2018.6.16

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♪「愛の挨拶」 (エルガー) で演奏スタート

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★クリックすると大きな画像でご覧になれます(以下おなじ)


◆きょうのソリスト・遠藤万里さんのご紹介


2011年、「コバケンとその仲間たちオーケストラ」大阪公演に一緒に参加。
チェコに留学されていて一時帰国中のご参加。その後あちらのオーケストラに就職。チェコでの生活は8年間。昨年1月に結婚されて帰国。

つい先日、在日チェコ商工会議所のビジネス&カルチャーネットワーキングイベントでスメタナやフィビフ、ドヴォジャークなどチェコ音楽を演奏されたそうです。

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・チェコでの演奏活動、思い出など 写真の解説も交えながら…

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◆チェコを代表する作曲家といえば?

♪「ユモレスク」(ドボルザーク)

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ドボルザークってどんな人?
 スメタナより約10年後に出たチェコを代表する作曲家、国民楽派、鉄道好き?
・アメリカの音楽学校に招かれて、1892年から4年間アメリカに在住。
 その間の代表作:弦楽四重奏「アメリカ」 、チェロ協奏曲…

♪「新世界より」 2楽章 「遠き山に日は落ちて」 演奏&みなさんの歌

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 活気に満ちたアメリカ & 遠く故郷チェコを望郷…
 (「新世界より」については、休憩時間にキイボードを使って少々解説)

・「新世界より」のひとつ前の交響曲8番が、チェコで書かれた最後の交響曲。

♪交響曲8番 3楽章
 …キイボード&1stヴァイオリンでA-B-A (コーダ以外)
 この哀愁を帯びた美しい3楽章を聴いてクラシックを好きになった人も!
 
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◆ジプシー的な音楽について

“ジプシー的な音楽”ってどんな曲? チェコ、ハンガリー、スペイン…
情熱的で、民族的で、即興…

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♪チャールダーシュ(モンティ)
 酒場で兵士が奏でた即興、緩急が豊か、民族音楽などを混ぜても良い…つまり「いじり」やすい曲。 
 例によって脳トレを兼ねて、日本の演歌など皆さんもよ~く知ってる曲が割り込みます!

 空耳よりはっきり聞こえたはずの曲…
  「ゴッドファーザー」「舟歌(八代亜紀)」「かあさんの歌」
  「乙女の祈り」「ラジオ体操第一」「アニーローリー」…
 

<休憩・お茶タイム>

いろんな方に聞いてみて、ドヴォルザークといえば、やはりいちばん有名なのは「新世界より」(交響曲9番)!
各楽章の有名なテーマ、それらが4楽章では総出演!…キイボードを使って、ちょっとばかり解説。

「新世界より」各楽章を代表する「顔」たち

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デイホームでこのように「楽譜」で解説するのは今回初めて!

3分ゲーム

4楽章の終わり3分ほどをキイボードで弾きます。各楽章の「顔」が出たら「1」「4」…などと手を挙げてください!

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フィナーレ終わりあたりは、おいしいメロデイは管楽器が持って行ってしまって、ヴァイオリンはシャカシャカ刻んでるところがほとんど。
休憩中の遠藤さんにご協力いただいて、正解を指さしていただきました。


◆第2部 日本のジプシーサウンド

私が独断で選んだ「むせび泣き系」の昭和歌謡から…

♪恋人よ(五輪真弓)

♪霧の摩周湖(布施明)

♪ウナセラディ東京(ザ・ピーナッツ)

♪北の旅人(石原裕次郎)

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職員スタッフさんの歌とヴァイオリンで皆さんをリードしていただきました。
カラオケで「♪恋人よ」をよく歌われるという方にもマイクをお渡しして…

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♪「恋人よ」の間奏では「モルダウ」が、♪「霧の摩周湖」の間奏では「チャールダーシュ」が顔を出す今回オリジナルのバージョン!

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最後は、私の会で定番のラストソング…

♪見上げてごらん夜の星を(坂本 九)

素晴らしいゲストと、職員スタッフさんとのコラボ…これからもご期待ください!

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次回は 7月21日(土)14時~
 
ヴォーカルの藤井淳水さんをお迎えして、「カルメン」特集…?


私の「五線紙」対策

2018.6.13

やはり音楽をやられる方の嘆き…
「最近、文房具屋さんに五線紙を置いていないところが多い」 

そうなんです!
学校で使うような「五線ノート」は比較的よく見かけるんですが、いわゆるふつうの「五線紙」がない…
いまは五線紙に手描きでおたまじゃくしを描く人が少ないんでしょうね。近い将来、「五線紙」というものを知らない文具店員さんも出てくるんじゃないでしょうか。

しかし…

◆お店は 売れ筋ランキングの展示会場じゃない!

たとえめったに売れないものでも、必要な人には必要なもの、基本的なものはなくさないで欲しい!
たいしてスペースを取るものでもないでしょう。今まで通り残してくれて、なくなったら補充する程度でいい、少量多品種を仕入れなくてもいいんです!

じつは五線紙にもいろいろあって、ピアノ用(2段組)、弦楽合奏など3段組・4段組…さらにオーケストラスコア用…といろいろあるんですよね。ただ、そこまでいろいろな種類を一般の文房具屋に置いておくのは無理でしょうし、要求はしません。それに「それにしか使えない」特殊なものはかえって不便。

むしろB5版・A4版で12段ぐらいの、ごく一般的な「五線紙」でいいんです!


私の五線紙 対策

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私はルーズリーフのシリーズの五線紙を使ってます。
MARINOというのがメーカー名でしょうか… これです。

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12段・両面で16枚入って200円、お手頃な価格で、いまのところ伊東屋などのちゃんとした文具店にはあるのでまとめ買いしてます。

A4サイズのちょっと厚手の紙に印刷された五線紙もいいのですが、線の間隔・段の間隔が広かったり狭かったり、印刷が薄かったり(グレーで印刷)。オタマジャクシを黒ペンで書いてコピーを取ると線が薄くてところどころかすれたりすることも…

このルーズリーフ用の五線紙は、線の印刷もしっかりしていて、線や段の間隔もまあ平均的に使いやすく、なかなかいいと思います。

私はこの五線の幅に合わせて、はんこ屋さんのデザイン見本にあった「ト音記号」を縮小・サイズ合わせしてゴム印を作ってもらっちゃいました!(ヘ音記号やハ音記号はないので手描きですが)

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おもに教材用に、耳コピした一曲の保存に…
手描きで描いた譜面をスキャンして、PC上「ペイント」でレイアウト・編集…けっこう便利です!

水に流して歌詞入り

感動は生もの 待ったなし!

2018.6.11

子どもの頃、旅先で「そろそろホタルが飛んでるかもしれない」という話題になったら、夕食もそわそわ、早く外に見に行きたかったものです。
見られるか見られないかは、行ってみなくては分かりませんが、とにかく行ってみるしかなかったはず。「今度、そのうち見に行こうね」…なんて言われて納得できたでしょうか?

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大人になると、いつごろから「今度、そのうち」が口癖になっていくんでしょう…?


◆「そのうち」「今度ぜひ」でそれっきり…

すでに準備万端で、「さあ、具体的にどうしましょう」で打合せに入り、すぐ実現できるようなことは限られています。

多くは、ふと浮かんだ夢のようなアイディア、雑談的な発想から出てきたアイディアから、「もうちょっと詳しく相談」→「具体的な例を出してみる」→「とりあえずやってみる」…そうやって少しずつ形ができてくるもの。

共同でビジネスを始めようという話でなくても、「遊び」であったり、何かの活動の「企画」だったり、趣味で何かを始める話だったり…どんなことでも、まずは相手とコンタクトをとる、せっかく頂いた情報を確認するなど、具体的に動き出すこと。手探りながらも「やってみる」こと。「そのうち」「今度ぜひ」は禁句なんです!


◆感動は生もの、思い立ったが吉日!

小学校時代…
鉄道模型というものが世の中にあると知ったら、いきなり買ってはもらえなくても、どんな種類があるのかを人に聞いたり資料を集めたり、まずはデパートの売り場に行って穴のあくほど眺めたものです。何かをせずにはいられなかった。

高校・大学時代…
何かを作りたくてムズムズするのも、「あの曲を弾いてみたい」と思うのも、なぜか試験前(笑)。そんな、すぐには実行できない時でも、あれこれ考えたり、下調べしたり、スケッチしたり…とにかく今できることを何かせずにはいられなかったものです。
ただ「思っただけ」では、試験が終わったらどこかへ消えてしまってます。

思いたったら冷めないうちに、「鉄は熱いうちに打て」なんです。

今やらなくてはいけないこと(本業)はしっかりと。でも好きな世界を大切に。「遊び」は「義務」じゃないから逆によほど真剣にならなきゃできない世界…
中学3年生の時に出会った模型屋さんのおやじさんから学んだ大いなる哲学です!
→ 
遊びから学ぶ 人生の恩人


◆友達と一緒に…はやめた方がいい

趣味でなにかを始める、なにかを調べる・学ぶ、どこかで活動をはじめる…そんな時、だれかと一緒にできたらいいなと思うこともたしかにあります。

でも、はじめから「友達と一緒に」はやめた方がいい…これは私の長年の経験から。
「もう少し~~してから」「そのうち」…という人を待ってはいられません!

大人には、今すぐできない理由はたくさんあります。
「今はまずこれをやらなくてはいけない」という最優先のことがある、人それぞれ優先順位は違う…それは仕方ありません。子どもじゃあるまいし、その場にしゃがみこんで「やだ~」とダダをこねて泣いたりはしません。

でも、「もし~~したらどうしよう」という不安や、「もう少し~~してから」という完ぺき主義でなかなか腰が上がらない人が本当に多い。だから何事も一歩踏み出せないんです。
素直に言われたことをやってみれば、何ということはない簡単なことだってあるのに…
ちょっとやってみてその面白さに気づけば、人生観や世界観が変わるかもしれないのに…

とにかく行ってみる、話を聞いてみる、とりあえずやってみる…思い立ったら、冷めないうちにまず1歩踏み出すかどうか、そこが分水嶺です。



「馬を水飲み場に連れて行くことはできる。でも馬に水を飲ませることはできない」ということわざがあります。

「そのうち」「もう少し~~してから」という人を何度も誘ったり、何度も連絡を取ってタイミングを合わせるのは大変です。
またどちらか一方がもっと踏み込みたいのに、相手がそれほど熱がないと、気遣ったり遠慮してしまったり…お互いが足を引っ張り合う結果になることも多いです。

せっかく美味しいラーメン屋さんに連れて行ってるのに、麺をなんども持ち上げて「こしがありそうですね」とか「本当に美味しいんですか?」などと言ってるばかりで、いつまでたっても口に運ばない人がいたら、どう思いますか?
こっちは勧誘員でも営業マンでもない。なんでこっちが「大丈夫ですから」「本当に美味しいですよ」などと誘う立場になってエネルギー使わなきゃいけなんでしょう?

桃太郎さんも、出かける前に犬やキジやサルの参加を募るメールなんかしてませんよね。

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思い立ったら、まずは一人で始めること。やっていく中で同志もみつかり、つながってくるものです。


(追記)

◆感動の共有


せっかく手作りケーキを出されても、ちょうどたまたまお腹が一杯ですぐその場でいただくことはできないこともあります。それはしょうがない。

でも、いつもいつも「そのうちいただきます、今度ぜひいただきます、食べてみたいです」などと言われ続けたらどうでしょう…?

感動は強制できるものではありません。興味のない人を誘っても意味がない。
興味がないならないとはっきり言っていただきたい。
「~~してみたいです」などと心にもないことは言わないでいただきたい!

もし本当に興味があるなら、いつまでも未来形で「食べてみます」じゃなく、実際に食べてみてほしい!
そして「どうだった」のか聞きたい!
いつまでも行動しない、反応がない、「どうだったのか」の打ち返しがない…がっかりですね。

行動(アクション)と反応(レスポンス)…「感動の共有」って、そういうことなんじゃないでしょうか?

「命」の重さについての教育を!


約40年前に、いちおう法学部を卒業した私。
私はもともと厳罰主義ではありません。むしろ刑罰の目的は「応報」ではなく、社会復帰のための「教育」「気づき」の機会であるべきだ、などと主張してきた人間です。

しかし最近のニュース報道にはいたたまれなくなることが多いです。とくに私が許せないのは、人の「命」を何だと思ってるのか!、という事案です。


◆危険な運転、悪意による悪質運転

なかなか適用されない危険運転致死傷罪

通常の交通事故は、安全運転を心がけることが大前提での「過失」です。
しかし、明らかに悪意による危険な運転が後を絶たず、被害者が浮かばれない、一般の「過失運転」とのバランスから「危険運転罪」が国会で議論されたときは、当然だと思って見ていました。

しかしふたを開けてみたら、「致死傷罪」というのが最後についていた。「結果」を出して初めて適用されるもので、しかもなかなかこれが狭き門で適用されるケースがきわめて少ない!

*「飲酒または薬物を摂取して正常な運転ができない状態で」という条文の意味は、「酒を飲んだり薬物を摂取したら正常な運転はできませんよね」という大前提(=すでに科学的に立証済み)を書いてると見るべきでしょう。

条文に色々ごちゃごちゃ並べ過ぎてる感もありますが、これを裁判所の判事の多くは「酒は飲んでいたが、正常な運転ができない状態だったとは言えない」などと、じつに奇妙な解釈をしてなかなか適用しません!(アホか!?)

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最近よく話題になる「あおり運転」など、人を死傷させるなどの「結果」が出ていなくても「危険な運転」「悪意による運転」「迷惑な運転」は、もはや通常の安全運転を心がけていたけど「うっかり」という「過失」の域を超えた、悪意による「犯罪」と見るべきです。

飲酒運転やスピード違反の常習者など、そういう危険な運転をしたら人を死傷させるかもしれないことを十分予見できるはずですから、「未必の故意」があったとして「殺人罪」も視野に入れていいはずだと私は長年思ってきました!

立法(条文づくり)の愚と、運用する司法の愚。それゆえの「悪」への生ぬるい対応に歯がゆい思いです。


◆子殺し・虐待

先日、マンガ喫茶で出産してすぐに子どもを殺し、コインロッカーに隠した女のニュース。頭ごなしにバカ呼ばわりはせず、こういう事件が起こる背景としての「社会の責任」と、加害者本人の認識・それまでに形成してきた人格など「個人の責任」という、私が中学生のころ夏の自由研修で触れたテーマに立ち返ってFBに投稿しました。

★私が中学3年の夏休み、1970年代の前半は、連合赤軍派による事件があったり、当時できたばかりのコインロッカーに乳幼児を遺棄するという事件もありました。
夏休みに新聞の社説をいくつか切り抜き、感想を添えて自由研究にしたんですが、そういう事件が起こる社会的な背景(=社会の責任)と、加害者本人の問題(=個人の責任)ということを書いたのです。


そうしたら、「女性ひとりで生きて行くのも精一杯の人もいる、個人の責任とはいえない」…などという、情に熱い優しい方からのコメントをいただきました。

たしかに私もニュースの当事者を知ってるわけでもなく、どんな事情があったのかは存じません。
しかし、生活困窮などどんな事情があったにせよ、望まない妊娠であったにせよ、妊娠が分かってから出産までに10か月という時間があったわけですよね。誰にも相談できなかった、なんの手立ても考えられなかった…?
マンガ喫茶で出産して、殺してコインロッカーに隠す…それしか選択できる行動がなかった?

それまでの人格形成、命に対する認識、だれかに相談するなど問題を解決する能力は…?
じゃあこの女性に対して、社会が、行政が、いったい何をしてあげたらよかったというのでしょうか?



子どもをつくるのに国家資格はありませんが、子どもができれば少しは「人」としての自覚をもち、「命」の大切さを学ぶべき。なのに「人」としての基本がなっていない大人が現にいるということです。

きょう(6月7日)のニュースでは、目黒区在住の両親(父33歳、母25歳)が、幼い子供に食事もろくに与えず部屋に軟禁しつづけ、虐待がバレるのを恐れて病院にも連れて行かず、死に至らせた…という事件が報じられています。
朝4時から勉強させたり、真冬にベランダに放置したり、幼子が一生懸命「反省文」を書いて「ゆるしてください」と乞うていた…など、関連する報道内容には本当に心が痛みます。

このケースに限らず、自分の子どもに食事を与えない、自分のイライラから子どもに暴力をふるう…といったとんでもない事件は後を絶ちません。

<相次ぐ子どもの虐待に関連する記事>
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人命より企業の利益優先

過労による疲れが原因のバス事故をはじめ、企業が起こす事件の多くに、安全管理よりも効率・企業の利益が優先した結果というケースは非常に多いです。過労死問題も含めて、企業の絡む事件のほとんどの根本にこの問題があると言っても過言ではないでしょう。

私のブログにもここ数年何度となく書いてますが、
「人の命よりも、地球よりも、経済(企業の利益)は重い」のか!?
(基本的人権=「人の命は地球より重い」のおきかえです)



いまの日本の教育にとっての急務は、「命の大切さ」を徹底的に教えることではないでしょうか?

漢字がまともに読めなくても国会議員になれるんですから(笑)、多少一般常識がなくても教養がなくても、まあ生きていくうえでさほど支障はないと言ってもいいでしょう。

でも、どんな状況であれ「命」の大切さを分かっているかどうか?
一時的な快楽追及・身勝手な欲があったとしても、人の命を奪うところでは一線を踏みとどまれる必要があります。

一国の為政者が「弱い立場」を思いやる政策を打ち出すことも含めて、人としてのやさしさ・思いやり・想像力をもつこと。
その一番根底に必要なことが「命の大切さ」ではないでしょうか?

ハシビロコウが絶叫マシンに?

ハシビロコウが今なぜかブームに?


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ハシビロコウという鳥をご存じでしょうか?

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アフリカ・ウガンダのビクトリア湖周辺に生息している、体長約1.2メートル、翼長2メートルという大型の鳥です。ペリカンの仲間。

恐そうながらどこか愛嬌のある顔。湿地で獲物の魚が近づいてくるのをひたすら立ったままじっと待つことから「動かない鳥」とも言われ、その姿は以前NHKの「ダーウィンが来た」でも紹介されました。

そのハシビロコウが、いまなぜか静かなブームに?

よみうりランドではこの春から「ハシビロGO」なるアトラクションが人気を集めているようです。
40人乗りの大きな円盤が、回転しながらUの字型のレールの間を行き来する、新しいタイプの絶叫マシン。

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名前の「ハシビロGO」は「ハシビロコウ」をオヤジギャグ風に文字ったんでしょうが、その心は「回るぜ!じっとしてな!!」…それだけ?

ハシビロコウの大きなオブジェが円盤の中央にいますが、乗客は外側を向いて座るんですね。あまり関係なさそうな気も…

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「動かない鳥」と「絶叫マシン」…そのミスマッチやいかに?


◆絶叫マシンは 三半規管を刺激してくれる

ここからちょっと科学的なお話し。

私はあまりジェットコースターやフリーフォールといった絶叫マシンは好みません。子どもと遊園地に行っても、私はどちらかというとご遠慮して待ってるタイプ。

でも、こういう刺激って、平衡感覚を司る内耳三半規管に良い刺激になるんだそうですね。
小さな子が「高い高~い」を喜ぶのも、ブランコ、シーソー、電車などの乗り物を心地よいと感じるのも、この三半規管への刺激を伴うため。

蝸牛(内耳)は、音の振動を聴覚神経に伝える役割だけでなく、平衡感覚を司る三半規管が備わっています。

地球には重力があります。内耳の中に満たされている塩水に重力が作用することによって、身体の平衡感覚を保つ重要な役割があります。いわば重力(G)を感じ取るセンサー。そこに刺激を与えることになるのです。私もたまには絶叫マシンに乗ってみようかな…

詳しくは、こちらの記事をご参照ください。
私が音楽療法を学び始めた2013年の夏ごろの記事。この後半に詳しく書いてます。

→ 「火を灯されるランプ」のつぶやき

チコちゃん風 「なんでさらっと弾けないの?」

最近の私のマイブーム、NHK「チコちゃんに叱られる」風に…
                                   
「ねえねえ、この中でピアノを弾ける素敵な大人って、だ~れ?」

一流のホールで聴くスタインウェイも素晴らしいですが、家庭・旅館・ラウンジ・バー・ペンション・合宿場…身近なところで自由に奏でられるピアノのある空間も私は大好きです。
あらたまって練習して、楽譜を持参して…ではなく、ふとした日常の空間にピアノがあって、「何か弾いて」と言われたら、さらっと弾けますか?

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子どものころ毎日ピアノを弾いていた頃なら 今習ってる曲を弾けたかもしれませんね。でも大人になって、もう何か月・何年も人前でピアノを弾いてない…

ソロ演奏をお聴かせするとなると、どうしても緊張しちゃいますよね?

でも、ベートーヴェンのピアノソナタ1楽章~3楽章まで、あるいはショパンの「革命」エチュードやリスト「ラ・カンパネラ」などの名曲を、すべて暗譜で間違えずにさらっと弾けて、感動を与えなくてはいけない…なんて考えなくってもいいんです!常にレパートリーを磨いているプロのピアニストじゃあるまいし…(笑)

でもだからといって「猫ふんじゃった」ではなく…(笑)

ピアノを何年も習ってきたのに、「何か弾いて」と言われてさっと弾ける曲がなにもない!「楽譜がないと弾けません」「こんど練習しておきます」(汗)…という方が多いのではないでしょうか?

一方ジャズの世界では、「マスカレード」「ミスティ」「煙が目にしみる」「ムーンリバー」…などリクエストを受けたら、「キイは何?スイング?それともボサノバ?」…などと言いつつ、さらっと弾いてくれます。

なんでジャズの人はそんな神業みたいなことが出来るの?
またお年寄りも懐かしいと感じる日本の歌曲を、少しお洒落な響きでさらっと伴奏…なんで出来るの?
私もずっと不思議で、憧れでした!

「楽譜がないと弾けません」から脱却したい!ちょっとお洒落な響きも入れて、もっとピアノで遊びたい!…なのに、さらっと弾ける曲がなにもない!

そんな日本人のなんと多いことでしょうか…「なんで?」
でもチコちゃんは知っています。5,4,3,2,1…


◆ジャズの人が楽譜なしでさらっと弾けるのは…(♪どどん)
   音楽をコードでとらえているから~! 


コード、つまり響きの流れでとらえるのです。
一字一句オタマジャクシ通りでなくていいんです!

曲を覚えるのにもいろんな要素があります。楽譜を目に焼き付けて覚える(←私はこれが苦手)、耳で響きを覚える、手のポジション・広がり・動きで覚える…etc.

いずれにしても、毎日練習してる曲なら弾けるでしょうが、数日弾いてないだけで指が固くなって思うように動いてくれなかったり、メロディは思い出せても左手の伴奏が「あれ、なんだっけ?」となった瞬間に止まってしまい、もうその先は弾けなくなる…もったいないですね!

もし、コード(響き)でとらえて奏でることができたら?

ショパンのワルツかノクターンの中からあまり超絶技巧のないゆったりした1曲、ドビュッシーの「アラベスク」…etc.
あるいは、コンチェルトの有名な一節など名曲の名場面…etc.
メロディ楽器の人がいたら、例えばサンサーンスの「白鳥」、シューベルトの「セレナーデ」、グノーの「アベマリア」(バッハのプレリュード1番が伴奏)、またクラシックでなく、ディズニーの曲や映画音楽、カラオケでみんなが歌うような曲など…etc.

「楽譜ありますか?」「こんど練習しておきます」ではなく、その場でさらっと弾けたらいいと思いませんか?


◆コードで音楽をとらえる試み

「♪音の小部屋」では、「コード循環(響きの色変わり)」「クラシックの名曲をコードでとらえる」といったテーマをこれまでにも色々と取り上げてきました。

メロディラインに「どんなコードが合うかな?」じゃなく、音楽は「コードの移り変わりがベースになってできている」、「メロディはそこに乗っかってる」という発想の転換も大切な第一歩。

決まったメロディに伴奏をつけるのに、基本「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」の明るい3つの和音だけでも一応伴奏はできます(=3色の世界)。そこから脱却したい、もっとお洒落な響きで伴奏したいと思っている人は多いはず。

たとえばすべて白鍵だけでできているハ長調でも、ド~シまで7つの音があって、それぞれを根音(ベースの音)としたコードが作れます。だんご3兄弟が7本できるわけです(=7色の世界)。
さらに黒鍵を使ってそれらをちょっと変化させた響きも作れます(=12色の世界)。

それらをどう循環させて音楽の流れを作れるか…(後述)
このコード循環(=響きの移り変わり)を捕まえて、次に進むべき音(響き)が予測できたら、楽譜なしでも弾けるはずなんです!


◆楽譜を否定はしませんが…

緻密に組み立てられたクラシックの名曲は、楽譜に書き込まれていることがすべてと言ってもよいほど完成し尽くされています。

「ベートーベンの曲はベートーベン自身に聞け」、「バッハはバッハに聞け」と言われるぐらい、楽譜に真剣に向き合い、書かれていることをじっくり見ていけば、作曲家が何を意図して、その1音にどんな思いを込めたのかが見えてくる。
オーケストラの曲におけるアナリーゼもそうですが、楽譜と穴のあくほど向き合い、一音一音の意味をしっかりとらえることは大切です。そういう世界をないがしろにしろと申し上げるつもりは決してありません。

しかし、そのように楽譜(おたまじゃくし)に忠実であろうとすることで、せっかく今そこに楽器があって、音楽を聴きたい人がいて、音楽をもっと身近に楽しめたらいいと思うのに、「楽譜がないと弾けません」で手が出せない哀しさ…

お金を取ってきちんとお聴かせできるほどのレベルでなくても、コード(響き)でその曲のアウトラインぐらいそれらしく再現できたらいいのに、と思いませんか?

好きなクラシックの名曲をコードでとらえてみましょう。
楽譜をコピーしてそこに赤でコードを書き入れてみる、あるいは有名なメロディラインに響き(コード)だけを書いて弾いてみる…

   ショパンバラードコード    モルダウ
  ショパン「バラード」1番     スメタナ「モルダウ」

★クリックすると大きな画面でご覧になれます(以下同じ)


なぜかコードに弱いクラシック畑の人たち

楽譜を見て忠実に弾くのではなく、ピアノ曲でもオーケストラの曲でも、曲の流れを思い描いて、それをコードでとらえてピアノで弾くことができたら…

そんな楽しみを広げるにも「コードが分かったら便利なのに…」と思っているクラシック畑出身の方も多いと思います。でも、なぜかコードにはとっつきにくい…それはなぜでしょう?

コードの存在、その利点は分かっていても、学ぶ機会・教材が意外と少ないのです。
その理由は大きく3つあると思います。


*楽譜があるとどうしても楽譜を見てしまう

映画音楽などをピアノ用に編曲した楽譜には、たいていコード名も上に書かれています。
でも、もともとピアノをやってきて楽譜が読める人は、わざわざ上段に書かれているコード名を見て、そのコード(響き)を思い浮かべて弾くでしょうか?

ポピュラーピアノコード - コピー

「C」は明るい「ドミソ」だな、「Cm(マイナー)」は暗い「ドミ♭ソ」だな…ぐらいは分かっても、コードの表記だけを見てそこから「響き」をイメージしてその和音をつかんで弾く…ということはせず、楽譜の方を見て弾いてしまっていることがほとんどではないでしょうか?

強弱記号やテンポの指示などは「交通標識」みたいなものですから一応見ますが、コード名の列はいわば「街路樹」みたいなもの。そっちをいちいち見てたら運転できないよ、と。


*コードは一覧で「覚え」られるものではない!

そもそもコードを一覧にして「覚えなきゃいけない」と思うから億劫で手が出ないのです。

いまは中学生の音楽の教科書にもコード表は出てきます。
でもその表は、根音(=ベースの音)が「C(ド)」だけでもさまざまな種類のあるコード名がずらっと一覧になっているのです。
「+5」「△7」「♭9」だの、見たこともない「Φ」の記号…なんじゃこれ!?

中学教科書コード

それを「C(ド)」だけでなく12音すべてに…と考えると気が遠くなります。
それらをすべて一覧にしたって覚えられるはずもなく、仮に覚えたとして使えません(笑)!


*「コードで奏でる~~」式の教材の多くは、ピアノ経験者には不向き

楽譜が読めなくても、楽器を奏でることはできます。その最大の武器は「コード」でしょう。コードを中心としたポピュラー曲の教則本は多数あります。
しかしその多くは、主にギターなどで、フレットを押さえる位置(=手の形)でコード名を覚えるもの。

運指コード

たとえばこのテキストは、弦が4本なのでおそらくベース用だと思いますが、調弦された弦のどこを押さえたらいいか、その手の形(運指表のようなもの)で「Cm」なら「Cm」というコードを覚え、ジャランと音を出して鳴る響きが耳に届いて、その響きが「Cm」の響きなんだな、と一致させる…そういう流れです。

この手の教則本は、すでにピアノを経験して楽譜(ト音記号・ヘ音記号)が読める人にとって、コードを学ぶ教材としては適しません。ピアノの鍵盤や楽譜でコードを解説したもの、コード循環などの原理を教えてくれるものが意外とないのです。



★「そうそう、そうなんですよ!」…ピアノとの付合いは長く、やはり「楽譜がないと弾けません」からの脱却を強く望んでおられる方と、そんな話で大いに盛り上がってます!

★「楽譜通り」に、楽譜に書かれている意図をちゃんと理解して弾くのは大変なこと。
でも、多くの場合「楽譜通り」というと、そこまで深く考えることなく(なにも考えず)、「ただ楽譜にそう書いてあるからそう弾く」という意味で言われることも残念ながら多いようです。楽譜があればその通り弾く=楽譜がないと弾けない。

チコちゃん風にいわせていただけば、「ボーっと弾いてんじゃねーよ!」 

チコちゃん

失礼しました。 では…


楽譜を読める人にとって、コードへの手引きは…?

はい、そこがまさに「♪音の小部屋」が目指す「すきま」のひとつです!
「ぜひ1日も早くいらしてください」…なんですが、簡単にアウトラインだけ。

中学の教科書に載ってるほどのたくさんの種類をいきなり覚える必要はありません。仮に覚えても使えません(笑)。
まず基本として押さえておきたいコードは、つぎの4種類でOK!

明るいメジャーコード、その真ん中の音を半音下げて暗いマイナーコード
明るいコードの一番上の音をさらに半音上げて「augオーギュメント」、暗いコードの一番上の音を半音下げて「dimディミニッシュ」。…この4種類をしっかり覚えます。

4種類の3和音★コード名入り ★クリックすると大きな画面でご覧になれます(以下同じ)


つぎに、コード名を単に「覚える」のではなく、ある調の中での「位置・役割」としてとらえるのです。
たとえば簡単なハ長調は7つの白鍵で音階が出来ています。その7音をそれぞれベースとする3和音(コード)は7つ。だんご3兄弟×7組ですね。

ハ長調7コード

3つの明るいコード、3つのマイナーコード、そして最後にちょっと変わった「dim」のコード…その7つのコードを「チーム」として捉えるのです。同じ響きでも、その調の中での何番目かによって「役割」があります。

たとえば「G」というコードは「ソシレ」、世界中どこで、いつ聞いても「ソシレ」という響きは同じです。でも、その「ソシレ」がト長調の曲ではもっとも安定して聞こえますが、ハ長調の中では「5番目の響き」で、Ⅰの「ドミソ」に戻りたくなるような響きに聞こえます。同じ音(=響き)なのに不思議ですよね。ハ長調の中での7つのコードをチームとしてとらえるのは、そういう感覚を一緒に取り入れるためです。

音(=響き)はただ単体で存在しているのではなく、ある音(響き)から次にどの音(響き)に行きたくなるか…いわば「引力」のようなもので結びついていることを感じていただきます。またその原理について考えてみます。

ある響きから次の響きに移る間にどんなコードが入ってくると気持ちいいか…そんなことから「コード循環(響きの色変わり)」が見えてくるはずです。

そして、基本7色(7つの白鍵だけ)のコードをちょっといじって変形させていくのです(=7色から12色へ)。
明るいコードの真ん中の音を半音下げてマイナーに、逆にマイナーコードの真ん中の音を半音上げて明るく、明るい和音の一番下の音を半音上げて「dim」に、一番上の音を半音上げて「aug」に…

さらにその上に7thや9thを足して、△7(メジャーセブン)、dim7、Φ(ハーフディミニッシュ)、sus4…といったコードへ広げていきます。それらもただ「覚える」ためではなく、ある響きから次の響きに移るどんな場面でどう使うと良いか…?

このあたりからは、実際に音を出しながら説明する方がはるかに簡単に理解できるでしょう。
ぜひ「音の小部屋」をお訪ねください!



すでに楽譜が読めてピアノも弾ける方なら、こんな方法で遊んでいるうちに2~3か月もすればコードの感覚は身に付いてきます。
また、楽譜が読めない方でも、コードでとらえて音楽を奏でられるようになります。

明るい長調でのコード循環、哀しい短調でのコード循環…そこで使われている響きを、「おたまじゃくし」ではなく「コード名」でとらえていくのです。
さらに、「C」「Dm」「Em」「F」…といった響きの固有名称ではなく、その調の中でのⅠ~Ⅶの度数でとらえる。すると、違う高さに移しても弾けるようになります!

コード循環だけで即興の音楽はつくれます。テラピーの音付けに、あるいは詩の朗読のBGMに、即興で音楽をつけることもできます。

コード色変わり

よく「ギターなら大人になってからでも始められるし、楽譜が読めなくても大丈夫」、「ピアノは難しいけどギターなら…」とおっしゃる方がいらっしゃいます。

たしかにギターにはギターの魅力はあります。でも、先ほど書いたように、ギターでは弦を押さえる「手の形」でコードを覚えていきます。6本の弦が正しい音に調弦されていれば、その手の形でそのコードの響きが出ます。
でも、どの音を半音上げると明るくなるとか、この音とこの音の間隔が広い・狭い…といった関係は見えません。

でも、鍵盤ならそれが見えます!いわば音を可視化してくれる装置・鍵盤を使って、「音の原理」「感覚」を身に付ていくことができます。ギターをやる方も、いちど鍵盤で確かめてみることをお勧めします。

さて、コードで音楽をとらえることの大切さ、ガッテンしていただけたでしょうか?
ガッテン、ガッテン… あ、これは違う番組でしたね!(笑)

まあ、この文章を読んだだけで「へ~そうか。よしやってみよう!」という方ばかりだったら「音の小部屋」は要りませんね(笑)

思うようにすぐできなくても、チコちゃんのように「ボーっと生きてんじゃねえよ!」なんて顔を真っ赤にして怒ったりしません。
また政治家のセンセイとは違って、口先だけでなく本当に「ていねいな説明」をしますので、ご興味のある方、とくに好奇心行動力のある方からのお問合せ、楽しみにお待ちしております。

オルゴールの癒し Part2

◆下の娘の誕生記念に…

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この5月の大型連休中に、横浜・元町にあるスイス・オルゴールサロン・ルヴィーブルに行って来ました。
→ オルゴールの癒し

じつは上の娘が生まれた時(いまから19年前)、このお店でスイスのオルゴールを購入しました。曲は私の好きなラフマニノフのピアノ協奏曲2番。

ところが下の娘の誕生記念にはオルゴールを購入していませんでした。
中学に上がった誕生日に、自分で好きな曲を選んでもらって、遅ればせながら…

しかし、当時のスイスのメーカーからの輸入がストップしてしまい、木製の木箱もくるみ材のものが大幅に値上がりしてしまっていました。

そこで、横浜のルヴィーブルに問い合わせ、日本電産サンキョーという諏訪にあるメーカーが、イタリアの木製箱「オルフェウス」と提携して造っているオルゴールを紹介していただいたのです。

オルフェウス&日本電算サンキョー20180529 オルフェウス&日本電算サンキョー拡大
★クリックすると大きな画面でご覧になれます(以下同じ)


曲&弁の数

サンキョーで扱っている音のサンプルはこちらのサイトで聴くことができます。
→ ♪視聴(音のサンプル)
30弁、50弁…といった枠をクリックし、曲名の頭文字を入れて検索すると色々聴けます。

「弁の数」とはオルゴールの鍵盤(=振動板、櫛歯)の数。小さなものだと18弁、20弁…いわゆる高音で可愛らしいオルゴールの音色です。
30弁、50弁、72弁と音域が広がるにつれ、低音も加わってかなり深い響きになります。

ところが、実際に箱を手に取って、音(響き)を確かめて購入できる店が少ないのが現状です。

今はなんでも通販で注文して…というスタイルが主流ですが、オルゴールはやはり目と耳で確かめて買いたいですよね。

ルヴィーブルで得た情報のひとつが、鎌倉の長谷寺のすぐ隣にある「オルゴール堂」というお店が在庫が豊富とのこと。さっそくサイトで調べてみたら…


小樽オルゴール堂 

本家は北海道の小樽でした! 
かなり昔ですが、出張で小樽を訪れた時に、前を通った記憶があります!

小樽オルゴール堂120180529 小樽オルゴール堂220180529 

小樽には何店舗かあり、アンティークミュージアムや手作り体験のできる工房なども。

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その「オルゴール堂」が、函館、富良野、京都、鎌倉、沖縄にも支店を出され、最近ではなんと私の学生時代からの庭のような表参道にも! 

情報を得たら即行動! さっそく行って来ました!

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場所は表参道の交叉点にほど近く、国道246からほんの一筋入った場所。

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日当たりのよいテラスの奥に、すぐに見つかりました。明るい店内に、オルゴールがあるある…!
(お店の快諾をいただいて、このブログで宣伝させていただきます!)

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30弁、50弁あたりだと、だいたいどの曲もそれなりに聴きごたえのある響き。

音のムーブメントを小樽のオルゴール堂オリジナルの木箱に入れてもらえば5~6万円台から、イタリアのオルフェウスの木箱だともう少し高くなりますが、一過性の楽しみと違って末永く大切にする記念としては、リーズナブルなお値段だと思います。

お手頃なオルゴールも各種いろいろ…

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曲・ムーブメント

ドラムが1回転する長さは限られていますが、横にスライドしてずらすことで、曲を分けて納めることができます。長い曲を2~3パートに分けてあるもの、2~3曲をまとめて入れてあるものなど、色々です。

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娘のお気に入りは、小物入れもついたこの青い箱。なかなか重量感があります。
希望の曲は、W.ディズニーの「ア・ホール・ニューワールド」(アラジンより)、こちらは50弁で2パート。

私もついいろいろと目移りしてしまい…

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♪パリの空の下(50弁)、♪モルダウ(50弁)…etc.

♪リスト作曲「ラ・カンパネラ」(100弁×ダブル)は見事でした!

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クラシックの曲の多くは、原曲とは違う高さで作られているものが多いのがちょっと残念。
でも、オルゴールと他の楽器を合わせることはあまりないでしょうから、オルゴールはオルゴールとして…


癒しの音

こちらは、もう何十年も前に雑貨屋さんで見つけた手回し式。
♪「星に願いを」(20弁)

手回し20弁

途中、ちょっと気に入らない音があったので、ドラム上のあるピンをカットし、違う音をはじくように1ミリの真鍮線をドラムに穴を開けて差し込んでハンダ付け。
錆びも出てますが、木箱の上で回すと懐かしい響きが…山小屋風の家でも作って納めてあげようかな。

オルゴールの音色はアルファー波を刺激してくれます。
「オルゴール療法」の効用も言われています。

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私が月にいちどお邪魔しているデイホーム、毎月テーマを考えてプログラムを組みます。
ゲストをお呼びして「癒しの音」をお届けする機会もなるべく取り入れたいと思っています。

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→blog内カテゴリー デイホーム日誌

いちどオルゴールを持参して、大きなテーブルの上で鳴らして皆さんにも聴いていただけたら…
オルゴール堂さん、ぜひレンタルのお取り扱いもご検討いただけたら幸いです。

2018.5.29 Akira Takagi


大人になってからでも絶対音感は身につく!

◆絶対音感…音を聴いただけでその音名が分かる感覚

ワイングラスを爪でチーンとはじいて「ミ」の音だ、こっちはちょっと低めの「ソ」…などと分かる。音楽を聴いてすぐそれを楽譜に書き取ったり、同じ音をすぐにピアノで弾ける…とてもミラクルで便利な力。

それは子どもの頃からピアノやヴァイオリンを習うなど、特殊な訓練を受けた人だけのもの?

いえ、大人になってからでも、絶対音感を身に付けることは可能です!


音(ある高さの音)には名前がある

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しかし、なんでこの話題に牛ちゃんたち…?

はい、私も子どものころからピアノをやらされてきて、気づいた時(小学校に上がる前)には、いつの間にか絶対音感が身についていました。
当時は「絶対音感」なんていう呼び方も知らず、聴こえてくる音楽で「ミ」は「ミ」と聴こえ、「ソ」は「ソ」と聴こえる…つまり音にはすべて名前があることに気づいたんです。

この感覚をもっとも分かりやすくお伝えできるイメージが、上の牛ちゃんたちなんです。

われわれ一般人は、たくさんの牛が放牧されているところに行って牛たちを見ても、どれもみんな同じ顔に見えます。でも、牧場で毎日その牛たちの世話をしている人は、これは太郎、これは花子…とすべての牛の顔が見分けられるのです。

音の名前が分かるのもこれに似ています。
毎日「音」を名前と合わせて聴いていたら、音の名前が分かるようになります。どのぐらいの期間でそうなるかは個人差がありますが…


◆1日10分 訓練方法

簡単なハ長調の曲、なんでも好きな曲を選び、そのメロディラインに実音の音名を書いておきます。

朧月夜

夏の思い出

これを、ピアノ・キイボード・オルガン・ピアニカ・木琴…など、どんな楽器でもかまいませんが、正しい音程の出る楽器で奏でます。そして、その高さに合わせて音名で歌うのです。

もちろんハーモニカ、リコーダー、オカリナなどでも良いのですが、吹きながらは歌えません。吹いて音を出して、その高さで歌えばよいのですが、できれば鍵盤系の楽器の方が便利でしょう。

調によって移動する「階名」は使わず、ト長調であっても「ソ」は「ソ」として歌うこと。「ファ♯」を単純に「ファ」と呼んで歌っても構いません。「ある高さの音=その実音名」で一致させるのです。

これを、1日10分ずつでよいので毎日続けてください。

人によって個人差はありますが、2~3か月あるいは半年もすれば「あれ?、音を出す前にその高さの音が予想できるぞ」と感じたり、楽器を使わないで鼻歌で歌った後で楽器の音を出してみたら「あれ、合ってた!」ということが起こり始めます。

そして、楽器の音を聴いたときに、いつの間にか「ミ」は「ミ」に、「ソ」は「ソ」に聴こえるようになっていることに気づくでしょう。

私がこの訓練方法をお伝えして、大人になってから絶対音感が身に付いた方が何人もいらっしゃいます。

そのきっかけとなったのは、大学のオーケストラで3年生の時、1年生で初めて弦楽器を始める人がいました。楽譜を読めるようになりたいというその人に、当時秋の定期演奏会に向けて練習していたワーグナーの「マイスタージンガー」という曲(=ハ長調)のパート譜を見ながら毎日音源を聴くように勧めたところ、数か月で「音の名前が分かるようになった」と言ってきたんです。

この方法なら大人でも絶対音感は身に付くんだというこを証明してくれたのです。


大切なのは「素直さ・柔軟性・行動力」

大人と一口に言っても、20歳そこそこの若者から50代・60代の熟年層まで、すべて同じように可能かどうか、臨床的に実験したわけではありません。

ただ私の知る限り、その人の性格というか、日ごろの行動パターンによるところが大きいと思います。

「大人になっても身に付く」という私の話しに興味を示す方は、少なくとも音楽がお好きで、好奇心はおありなんですね。問題はその先です!

大人になればなるほど、自分の中の「常識」が鎧のようにガードを固くしていきます。いわゆる「頭が固く」なっていくんですね。
そんな中でも、「嘘でしょ?」と思うようなことも騙されたと思ってまずは信じてみる(=素直さ)、未知のことにも耳を傾け理解しようとする(=柔軟性)、とにかくやってみようと取りかかる(=行動力)、この3つを備えてる人は、年齢に関係なくいろんな可能性を秘めています。

逆に、せっかくこちらが分かりやすく説明しようとしてるのに、「音の名前が…」という単語だけでもう拒絶反応が出て、「だめだ、俺には分かんないや」と耳(=心)を閉ざしてあきらめてしまう人(←せっかく説明してるのに視線が泳いでそわそわし始めるのですぐに分かります…笑)は正直あまり期待できませんね。
道案内でもそうですが、ちゃんと聞いて理解しようとせず、すぐ「分んないや」と諦めてしまう人、ときどきいらっしゃいますね。完全にクローズしてしまってる人には、どんなに分かりやすく説明を試みても無駄のようです。

また、せっかく簡単な方法をお示ししてるのですから、帰ったらすぐこのページにアクセスして読んでみて、さっそくその日からトレーニングを始める…そんな行動力のある人なら可能性はきわめて高いです。
でも1週間たっても「いろいろばたばたしてて、まだ見(ら)れてません」などとおっしゃる方、忙しい理由はいろいろあるでしょうが、1週間のうちにわずか数分で読めるものを一度も開けてみようとしなかった、ということですね。これは音楽に限らず、何事によらず…ではないでしょうか?

まあ、絶対音感が身に付くかどうか、身に付いたところでどうなのか…はともかく、好奇心に自信のある方は、「素直さ・柔軟性・行動力」をもってぜひトライしてみてください!
そしてできればその結果をコメント欄にでもお知らせいただけたら嬉しいです。


年齢的な変化 絶対音感がすべてではない

私は50代も後半になってから、ときどきある楽器の音が半音高く聞こえてしまうことが起こってきました。
とくに教会のパイプオルガンの音や、困ったことに人が弾くピアノの音が、半音高く聞こえてしまうのです。

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高齢になると、聴覚神経の高音域の方から衰えが生じ、高音域が聞こえづらくなると言われています。だから同じ高さの音でも「高い」と感じてしまうのでしょう。

楽譜と突き合わせながら聴いたり、「この音がラだ」と確認すればしばらくその高さでちゃんと聞こえます。
だから自分でピアノを弾いているときは大丈夫なんですが…

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ジャズピアノをすぐ脇で聴いていて、耳でとらえる音としては「ファソラ…」(ヘ長調)に聴こえるんだけど、手元を見るとどうも黒鍵の付き方が違う…じつは「ミファ♯ソ♯…」(ホ長調)。そう思って聴けば修正されてその音に聴こえてくるんですが…

若いころから絶対音感を信じてきた私にとって、それはとてもショックでした。

その代わり、どの高さであっても、その調のコード進行でとらえるようになり、高さを変えても演奏できるようにトライするなど、いい意味で絶対音感に頼りすぎない実践に心がけています。
必ずしも絶対音感があるから優れているとか、音楽を奏でる上で有利ということは決してないんだということに改めて気づかされました。

あと私はオーケストラでティンパニを担当する際に、曲の途中で次に出すべき音に合わせておくような時、あるいはオケ全体が似たようなフレーズを演奏してるけど1回目と2回目とで高さが違うときに聴いただけで今どっちかが分かる…など、絶対音感が便利な場面はありますが、あくまで補助的なものであって、そこが演奏の本質ではありません。

なので、この記事も決して「絶対音感をぜひ身に付けましょう」という奨めではなく、あくまで「感覚として身に付くはず」というお話しです。

アジサイの季節に

2018.5.26(土)

5月も終盤、梅雨入りも近いのかなと感じます。
私のセカンドルーム近くのアジサイも色づいてきました。

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きょうはここ周辺に多くの報道陣が押しかけていました。
すっかり時の話題のスポットに…
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先週の土曜は2つの予定(音楽関係)が重なり、社会的な話題はちょっとお休み(ニュースだけはチェックしてましたが)。
→ デイホーム日誌(19)
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しかしその数日前には、かつての公式記録が焼却されてしまったことに端を発するあるドキュメント番組の内容を詳しくご紹介しました。
→ 南京事件Ⅱ ~これでも「南京事件はなかった」と言えますか?

さらにその前の週末は、バリ舞踊のイベントにお邪魔してました。

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このブログ内は、いろんな話題が雑居してるように見えるでしょうね。
2010年にblogをはじめたときから、10ぐらいのカテゴリーに分けて投稿してきました。あるカテゴリーから独立分離させたカテゴリーや新たに設けたカテゴリーもありますが、だいたいその中のどこかには納まっています。なので、カテゴリーごとに過去の話題を引っ張り出すことは簡単です。

私の中では…

◆自然・芸術など美しいものを求めること
◆素朴な「なぜ?」を子供のような目で探求すること
◆世の中にはびこる「悪」に見て見ぬふりをしないこと
◆歴史に学び、世界の中で恥ずかしくない日本に
◆弱い人・大切なことに携わる人がちゃんと報われる「まともな世の中」に

これらはすべて同等に大切なことだと思っています。

「今はこれ」という優先順位は当然ありますが、こっちには目を向けるけどこっちからは目を背ける…ということはできません。

「仕事」か「プライベート」か…式にとかく日本では二者択一で言われることが多いように思いますが、「お肉」も「野菜」も大切、バランスが大切なんじゃないでしょうか?

目先の利益や情報に振り回されることなく、ことの本質を見て過ごしたいですね。

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昨年9月に娘からプレゼントしてもらったヒメリンゴの鉢植え。
伸びた枝を切ったところから芽を出し、こんなに茂りました。

明日は、両親も眠る教会の墓地・冨士霊園へ、墓前礼拝に行って来ます。

デイホーム日誌(19) エディットピアフの生涯から

5月19日(土) 「脳が喜ぶ歌の会」


<エディット・ピアフの生涯>

リードヴォーカル・藤井淳水さんをお迎えして
その波乱の生涯を追いながら…

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♪バラ色の人生

♪愛の讃歌

E.ピアフ自身の詩を、美輪明宏さんが忠実に訳したものがあります。

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メロディを薄く弾いて、司会の堤さんに朗読していただきました。

皆さんがよくご存じの「あなたの燃える手で あたしを抱きしめて」とはだいぶ意味が違います。
オリジナルの意味を味わうには、朗読もよい方法です。

でも、日本語としてはやはり有名な版の方がしっくりくるようですね。
前半の最後(休憩前)に、皆さん大熱唱してくださいました!

E.ピアフ最後の名曲…
♪水に流して (私は決して後悔しない)

「パリの空の下」
フランス映画『巴里の空の下セーヌは流れる』(Sous le ciel de Paris)の挿入歌でもあり、エディット・ピアフの録音もある。旋律は認知度が高く、歌なし(アコーディオンのみ)で演奏されることも多い。
きょうはボーカルの藤井さんにフランス語で…


★「語り」と「歌」について

シャンソンには、音楽の流れが止まって「語る」ように歌われる「クープレ」という部分と、音楽の流れにのって歌う「シャンテ(歌)」の部分からできているものが多いです。
クープレ、シャンテといった呼び方はフランスならではですが、こういう2部構成で出来ている音楽は世界中にあります。もちろん日本の演歌にも…
ずっとノリノリで同じテンポの曲よりも、「語り」かけるような部分が入ることで、より状況が見えて感動を呼ぶのです。

オペラの世界にも…

有名なオペラ「カルメン」の中から、カルメンが最初に登場して「ハバネラ」を歌うシーンを紹介。
たばこ工場の昼休み。カルメンを待ちわびる人々の前に現れたカルメン…

recitativo (レチタティーボ)=状況・心境などを語るように歌う。次の歌の前説のような役割も。

♪好きだというの? そりゃ勝手だわ だめかどうか誰も知らない
  だけど今日は いやよ!

「ハバネラ」…セバスチャン・イラディエル作「スペインの歌」より引用

歌い終えたカルメンは、ホセに近づいていき…
 花をホセに投げつけると、みな「あははは…」と笑いながら散っていく。
一人残るホセは、花を拾い感傷にひたり、花をいとおしみポケットにしまう…
ここまでが、悲劇のはじまりを暗示する「ハバネラ」前後のシーン。

★「カルメン」については、全編について詳しく取り上げる回を近々設けたいと思います。

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3日前に思いついてメールでお伝えただけなのに、ホセ役で名演技をしてくださった望月氏(中央)と、きょうの司会&朗読をしてくださった堤さん(右)。いつもありがとうございます。

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◆いつものラストテーマに手話を交えて…

♪見上げてごらん夜の星を

まず会のはじめに皆さんに「手話」をお伝えしました。
藤井さんや職員スタッフさんにも覚えていただきながら…

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見上げてごらん… 夜の星を…

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祈ってる…
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きょうはとりあえず1番の前半まで覚えていただけたら良いと思ってましたが、
皆さんけっこう先まで覚えてくださってたようです。

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<配布資料>

エディット・ピアフ(Edith Piaf)の生涯


1915年12月19日、父=大道芸師、母=カフェ歌手 のもとに生まれる。
母は彼女を自宅前の路上で出産した。
陣痛に見舞われ病院に行く途中だったと言われている。

母は出産の翌月に家出 →麻薬に溺れ、死亡。

3歳の時に白内障にかかり失明、視力を取り戻したのは6歳の時だった。
7歳頃から父親(大道芸人)について街頭に出て歌うようになる。
17歳でマルセルという娘を出産。しかし2歳で他界。

1935年  ピアフが出演するクラブの経営者が、店で射殺される。
1941年~ ナチス・ドイツ占領下では、捕虜となったフランス兵たちを慰問して歌い、レジスタンスとしての活動にも手を貸した。

1944年  ムーランルージュに出演し、まだ無名だったイヴ・モンタンと知り合い映画にも出演。イヴ・モンタンを育て、売り出しに力を注いだ。

「バラ色の人生」(エディット・ピアフ作詞) 1945年 

1947年  ボクサーのマルセル・セルダンと知り合い激しい恋に落ちる。
彼は1948年9月21日、ミドル級の世界チャンピオンになる。

「愛の讃歌」(エディット・ピアフ作詞) 1949年

ピアフはニューヨークのクラブ「ヴェルサイユ」で彼のために歌うが…
1949年10月28日、ニューヨークにいるピアフのもとへ向かうセルダンの 乗った飛行機が、アゾレス諸島に墜落。彼は帰らぬ人となった。
「愛の賛歌」は彼の生前に書かれた曲だが以後、彼女にとっては消しえぬ悲劇の象徴となった。

1952年  ジャック・ピルスとニューヨークで結婚
1955年  カーネギーホール及びパリの名門、オランピア劇場に初出演。
1957年  ジャック・ピリスと離婚。酒浸り、体調を崩して劇場をキャンセル…
1958年  オランピア劇場出演中、ジョルジュ・ムスタキと出会うが、 彼の運転する自動車で事故に逢い、重症を負う。

「水に流して」(私は決して後悔しない) 1960年

過去は永遠に清算した。私はまたゼロから出発する。

1962年  美容師だったテオ・サラボと結婚。
1963年  リール市での公演が彼女のラスト・ステージとなる。
同年、10月10日、カンヌのはずれ、ブラスカシェ村の別荘にて永眠。

生前親交のあった詩人のジャン・コクトーはこんな文章を残している。
「マダム・エディット・ピアフは天賦の才がある。真似はできない。
彼女の以前にエディット・ピアフはなく、今後も決していないだろう。」

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◆次回のデイホームは6月16日(土) 14:00~
 オーケストラ仲間で、チェコ帰りの若手バイオリニストをお迎えする予定です!
 
◆この会のあと、ボーカルの藤井さん・見学にいらっしゃった方と、三宿にある国立音楽院へ。 「音楽療法士のたまご」と称する研究会で私の担当日でした。

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 ♪テーマは「身体の動きに合わせて 色変わりの即興」について

「南京事件Ⅱ」 ~これでも「南京事件はなかった」と言えますか?~

2018.5.15

「南京事件はなかった」?

1937年12月、当時の中国の首都・南京であったとされる南京事件。
年寄りや子どもを含む多くの非戦闘員が日本軍によって虐殺されたと言われるが、日本国内には「事実の捻じ曲げだ、捏造だ、南京事件はなかった」などとする声が政界の中でも飛び交っている。

果たして真相はどうなのか…?

私も戦後生まれで、戦争のことは何も知らない世代ながら、「アジアの中の日本の過去」について少しでも事実を知っておきたいと、このカテゴリーをブログ内に設けて数年、主に8月の終戦の時期を中心にいろいろなテーマでつづってきた。

一方、政権の要職にある国会議員や有名ジャーナリストと称する人たちの中にも「南京事件はなかった」と唱える人がいる。
またネット上にも同じような主張をし、日本の過去の過ちに向き合って「人」として反省することを「自虐的だ」などとする表現も多く見受けられる。

そのような不毛な論争にピリオドを打つともいえるドキュメント番組をご紹介させていただきたい。

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

 放送:5月13日(日) 24:55~25:50 (地上波)
 制作:日本テレビ
 再放送:5月20日(日) 11:00~(BS日テレ)

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★動画元が削除されると見られなくなってしまうので、あくまで一視聴者として、私なりの表現でご紹介させていただきます。

★画像はすべてサムネイルで貼りますので、クリックするとやや大きな画面でご覧になれます。
 一部に悲惨な画像もあるので閲覧注意!


◆焼却された軍の公式文書


旧大本営陸軍部、現在の防衛省の敷地内で、終戦直後に大量の軍の公式文書が焼却された。
 
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終戦の日の昭和20年8月15日、戦争責任を問われることを避けるために連合軍がやってくる前に公式文書をすべて焼却するよう政府が決定し命じたのである。 

<政府の命令書 昭和20年8月15日>
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公式文書を焼く炎は、旧陸軍本部の敷地内で3日間燃え続けたという。
それが戦後50年以上たった1996年、防衛省の敷地内から燃え残った文書が発見されたのである!

この番組告知の画像を見て私は、今日の文書書き換えや隠蔽体質とも重なる思いであった。


◆南京事件の真相にせまった一人の民間人

燃え残った文書の中には支那事変以降の公式記録はほとんど見当たらなかった中で、唯一「南京攻略の命令書」が見つかった。
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そこで、ひとりの人物(=小野賢二さん)が、南京事件の真相に迫るべく動き始めた。

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当時の兵士たちがつづった陣中日記(コピーも含めて30冊以上)を集め、当時南京で従軍した軍人ら関係者200人以上から聞き取り調査を行った。

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当時の日記に残されていることこそ、公式文書が焼失してしまった今となっては唯一「真実」を語り継いでくれるものであり、この番組では「一次史料」と呼んでいる。

小野さんらは証言・日記・写真などを細かく分析し、国内外を丹念に調べ歩き、一定の真相にたどり着いた。
それが2015年に放送されたドキュメント番組「南京事件」

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放送終了後には多くの絶賛メッセージが寄せられたという。

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★画面内のオレンジのラインは高木による


明らかになった南京虐殺の概要(一部に悲惨な画像・記述を含みます)

その第二段として、陣中日記や元兵士ら関係者200人に直接会って話を聞いた音声テープやビデオテープを元に、緻密な調査を続け、さらに明らかになった南京事件の真実に迫ったのが、今回放送された「南京事件Ⅱ」である。

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今回取材されたのは、南京城の北部から揚子江に沿って攻め入った第65連隊の記録。

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日記に残された記述によると、1937年12月16日に「揚子江の河原に連行し5千人を銃殺」とある。
翌17日にも捕虜の大量射殺が行われた。

連行したルート、目標となる建物、当時の写真などから虐殺の「現場」のひとつがほぼ特定された。
虐殺現場は、この連隊の進路にあたる揚子江の沿岸だけで少なくとも2か所あったようだ。

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記録によれば、ここに収容されていた捕虜の数は約1万5千人(14777人)。

証言をもとに、虐殺の様子を描いたCG画像。

午前中から建物の壁に穴を開けて機関銃の銃口だけ出し、揚子江の河原におびただしい数の捕虜たち(老人や子どももいた)を後ろ手に縛って座らせ、何基もの機関銃で一斉に連射…

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1分間に600発発射できる機関銃で15~20分撃ちまくった。弾薬箱が空になった。機関銃の銃身が真っ赤になり、そのままでは装填した弾が暴発してしまうので、軍服を濡らして銃身に捲いた…など、かなり具体的な証言である。

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◆「南京事件はなかった」という声

中国側の主張によれば、南京全体で30万人もの犠牲が出たとされる南京事件。
その数をめぐる論争はたしかにある。しかし大量虐殺があったことは紛れもない事実である。

にもかかわらず、冒頭に書いたような「南京事件はなかった、ねつ造だ」とする声も根強い。
政府の要職にある国会議員の中にも、著名なジャーナリストと称する人の中にも…

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「当時の日本軍の数からして、中国側の主張する30万人を虐殺するなんてとうてい考えにくい」、「日本軍が南京入城する前に、撤退していく中国の人民軍が民間人を虐殺し、それを日本軍のしわざのようにでっち上げた」…といった説。

私もこれまでネット上でそうした主張もあることは知っている。

しかし、ここまでの証言から、たった一つの連隊だけで、2日間で1万5千人もの民間人(=お年寄りや子どもを含む無抵抗な非戦闘員)が機関銃によって射殺されたことは紛れもない事実なのである!
  
日本軍の食料さえも十分にない中、何万人もの捕虜に与える食料もなく、「仕末」(←日記の表記)するしかなかった。軍から「殺せ」という命令が出ていたという証言もある。
(日本軍が勝利して南京城を陥落していたのなら、周辺から大至急食料を調達するなど、捕虜も含めて「生かす道」を考えることはしなかったのだろうか?)

他の連隊でも同じようなことが起こっていたと考えるべきはないだろうか?

にもかかわらず、「大虐殺そのものがなかった、捏造だ」などとする声が戦後何十年もたって浮上してくるのはなぜだろうか?

公式の記録が残っていないこと、また当時でさえ実際に戦地で起きていたことでも軍にとって都合の悪いことは目に触れないように封印されていたことが背景にある。
このような状況では、もし仮に公式記録が残っていたとしても、その記述そのものの信ぴょう性さえも疑わしい。


封印された戦地の記録

戦時下においては、「新聞紙法」によって報道内容は大きく規制され、軍部にとって都合の悪いものはすべて「不許可」とされた。

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戦地で撮影された貴重な映像フィルムのほとんども焼却処分された。

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こうして戦地で繰り広げられていた「現実」は、国民の目に触れることもなく、記録として残されることもなく封印され、葬り去られたのである。
まずそのことが、戦後何十年もたってから、過去の過ちを正しく認識できないことにつながっているのではないだろうか?

しかし、その一部を保管していたところがあった。

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古いアルバムに「不許可」と赤い印を押された写真には、捕虜を後ろ手に縛っている写真や、捕虜の胸を銃剣で刺す日本軍の生々しい写真などが残っている(★閲覧注意)。

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<追想>

わが家にかつてあった中央公論の「日本の歴史」全巻(うち写真資料を集めた別冊)、また私が成人してから購入した朝日新聞の「20世紀の記録」(全巻)には、このような悲惨な画像は数多くあります。

私がまだ小中学生のころ(1970年代前半まで)は、戦時中に日本ニュースで撮影された画像やアメリカ軍によって撮影された画像がテレビで初公開もされました。
しかし今ではそうした生々しい画像の多くは、閲覧制限がかかっているせいか、ほとんど見ることができないようです。

それに代わって、1980年代からの終戦の日のドキュメント番組の多くが、「証言」によるもの、その検証によって「あの戦争はいったい何だったのか」を問いかけるものが主流になってきたように思います。

若くして出征していった軍人たちが、現地で見たこと・体験したこと、上からの命令だったとはいえ、人としてあまりも衝撃的だったことの数々…戦後生き永らえた人たちは、そうした過去の記憶を封印して生きるしかなかったのではないでしょうか?

しかし、平和がつづき繁栄を遂げた日本で、80~90歳という年齢に達して、やはり生きているうちに自分の体験したことを語っておかなくては…と。
彼らの口から出る「証言」には、ごまかしも忖度もありません。まさに「真実」なのだと思います(→「証言」については後述)。



「自衛発砲説」はどこから生まれた?

「捕虜たちの間で暴動が起きたのでやむを得ず自衛発砲したのだ」…とする「自衛発砲説」もある。

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その根拠とされる文献の多くは1970年代以降に書かれたもの。当時の兵士らの証言によるいわゆる「一次史料」ではない。

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さらにそれらの文献をさかのぼってたどり着くのは、第65連隊の郷里・福島(会津)で1964年に書かれた「郷土部隊戦記」なる書物。

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さらにその書物の元になったとされるのが、地元の福島民友新聞に1963年1月30日~2月1日までの3日間に連載された「郷土部隊戦記」というコラムである。

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この記事は、両角(もろずみ)連隊長に戦後聞き取り調査をして書かれたもので、両角氏によれば、「捕虜を釈放しようとしたが、対岸から発砲があり、捕虜たちが暴徒と化して押し寄せたので、やむを得ず発砲した」という。これが「自衛発砲説」の元となったのである。

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しかし…

両角連隊長は、2日目の虐殺があった1937年12月17日には「南京入城」に参列していて、虐殺の現場にはいなかった。

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捕虜たちの「処分」を指揮したのは、第一大隊本部・田山大隊長であり、実際に行ったのはその下の少尉・上等兵ら。

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彼ら現場にいた元兵士たちの証言によれば、捕虜の解放など考えられる余地もなく、両角氏の言うことはとんでもない「詭弁」であると。

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★オレンジの囲みは高木による

さらに帰還後、虐殺を指揮した田山大隊長から「あの事だけはしゃべらないでくれ」と口止めされたとも。

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◆「郷土部隊戦記」を書いた記者自身も…

さらに番組スタッフは、1963年の福島民報に「郷土部隊戦記」のコラムを書いた記者・阿部輝郎さん(85歳)にたどり着いた。

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元連隊長だった両角氏の自宅に行って、1日に5時間、丸二日かけて詳しい話を聞き、それを記事にしたという。
両角元連隊長は、この記事が出た翌年に他界しており、阿部さんは両角氏を取材して記事を書いた唯一の人ということになる。

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その阿部さんに番組スタッフが尋ねる。「両角氏自身は現場にはいなかった?」「はい」。

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★画像内の黄色い囲みは高木による

両角氏が出してきたメモは、戦後 昭和30年代になって書かれたもの。

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そして「最近、南京虐殺はなかったという話があるが?」という問いかけに対して…
静かに、「あったと思いますよ」

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連隊長であった両角氏と直接会ってじっくり話を聞き、その後「南京事件はなかった」とする諸説の発端となった「郷土部隊戦記」のコラムを書いた記者本人の口から静かに出る「あったと思いますよ」…

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「虐殺があったことだけは認めて 謙虚に反省しながら 進んだ方がよい」という言葉には重みがある。

これでもまだ「南京虐殺はなかった」と言えますか?


◆おわりに ~証言の信頼性~

ドキュメントを観て思うところは多いが、「都合の悪い真実の封印」「歴史事実の捻じ曲げ」は決して過去の話では済まされないと私は強く思った。

過去の「事実」にきちんと向き合い、「検証」し、伝え、「誤ち」は認め、反省すべき点は反省しなければ、また同じ過ちを繰り返すことになる。

 *都合の悪いものは出さない、真実を伝えない
 *自らの責任追及を逃れるための「保身」が第一
 *公式の記録を焼却処分して隠蔽する
 *事実を捻じ曲げ「なかったこと」にする
 *「しかたなかった」と理由をつけて正当化する

冒頭にも書いた通り、これらは決して「過去の話」として片付けられない。


またここに出てくる多くの「証言」の数々。

いま国会に呼ばれて疑惑を追及された者たちの「証言」は、我が身の「保身」と政権への「忖度」による嘘とごまかしの証言がじつに多い。そのような証言と、過去に戦地で経験したことを語る「証言」とはまったく次元が異なる。

若き日々に出征し、上からの命令だからやらざるを得なかったこと、自分自身もいつ殺されるか分からない毎日の中で、人を殺すことに感覚が麻痺してしまう、「かわいそう」とか「残虐」といった感覚さえも麻痺してしまう異常な状況の中で見たこと・体験したこと…

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生き残って日本に帰ってきても悪夢にうなされることもあっただろう。
しかしそうした記憶を多くの人に語ることなく、記憶の奥に封印して生きていくしかなかったのではないだろうか?

しかし、平和が続き繁栄した日本で生き続け、80~90歳という高齢となり、やはり自分たちがかつて見たこと・経験したことは証言しておかなくてはならない、と…
そんな思いで、個人名は伏せ、顔には画像処理をかけながらも証言に応じてくださったのではないだろうか?

そういう人たちが、口裏を合わせて嘘の証言をしているとはどうしても思えないのだ。
仮に嘘の証言をして、やってもいないことを「やった」と証言することで、いったい何の得があるだろう? 
彼らの言葉のひとつひとつこそが紛れもない「真実」なのだと私は思う。

しかしそうした証言をできる人は、どんどんいなくなっていく…

戦争責任を問われることを回避するために事実を隠蔽し、嘘の証言をした上層部も「あの事だけは言わないでくれ」と言い、「やむを得なかった」と自らにも言い聞かせるしかなかった連隊長も、おそらく大きな罪の意識にさいなまれて人生の終わりを迎えていたのではないだろうか…?

せめてその苦悩から逃れ、同じ現場で苦しんだ部下たちにも「あれは仕方なかったんだ」とすることによって少しでも重荷を下ろしたかったのかもしれない。



いずれにせよ、「命令でいたしかたなかった」「やむを得ない状況だった」とはいえ、人間が人間でなくなってしまうという現実。
戦勝国・敗戦国に関係なく、軍人にも民間人にも、老人にも子供にも、消えることのない大きな爪痕を残す…戦争とはそういうものなのだということ。

そうした尊い犠牲と、深い傷のもとに築かれた平和憲法であり、今日の平和なのである。


*「あの戦争はいったい何だったのか?」「原爆が投下されるまでの悪魔のシナリオとは?」「靖国神社はどういう場所?」「A級戦犯ってそもそも何?」…少しでも歴史の真実を知り、二度と過ちの歴史をくりかえさないために…etc.

下の帯に表示されている「アジアにおける日本の過去」というカテゴリー名をクリックしていただくと、この記事を含む過去の記事をスクロールしてご覧いただけます。 
                     ↓                        

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2018.5.13

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ」

5/13(日)深夜放送のNNNドキュメント「南京事件Ⅱ」
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 放送:5月13日(日) 24:55~25:50 (地上波)
 制作:日本テレビ
 再放送:5月20日(日) 11:00~(BS日テレ)

「南京事件はなかった。あれは中国側の捏造だ」と大真面目にいう政治家らがいます。
一般国民の中にも、日本の過去の過ちを検証したり反省することを「自虐的」などと表現する人たちがいることを覚え、哀しくなります。

当時の日本軍の数から考えて殺害された人数が不自然だとか、日本軍の南京入城前に撤退した中国軍の仕業だとか、まったく関係ない写真を南京事件として公開した…などなど。

その真偽のためにも「記録」を極力残し、検証し、過去の過ちを繰り返さないよう努力することは絶対に必要なこと。

なのに、終戦直後に政府の命令により、軍の公式記録はすべて「焼却処分」!?
今日の文書改ざんや隠蔽にも通じるものを感じざるを得ません。

たとえ過去には生まれていなくて、直接自分が知る所ではないとしても、イデオロギーを超えて「事実」を探求し、国としての過ちを謙虚に認め、隣国に「申し訳なかった」と思う気持ちって大切だと思います。

かつて従軍して虐殺を命じられた兵士の手記などを長年集め、こつこつと調べていた人がいたのです。すでに2015年にも放送され、観た人には大きな反響と衝撃を与えたこの番組。
その第二段が今回のNNNドキュメント「南京事件Ⅱ」です。

その内容は、次の記事に詳しく書くことにします。
    ↓
「南京事件Ⅱ」 ~これでも「南京事件はなかった」と言えますか?~

しかし、多くの人に観てほしいこういう番組の放送がなぜか 日曜の深夜(24:55~25:50)!
(同じ深夜でも、金曜の深夜ではなく、よりによって日曜深夜に…)

録画予約しましたが、なぜ皆が起きているゴールデンタイムにやらないの…!?


◆番組制作者の思い vs 外からの「力」

何年にもわたってこつこつと調べてきた事実、200人を超える関係者らに聞き取り…これだけ手間暇かけたドキュメント番組を制作した人は、多くの人に観てもらいたいはずです。

NHKが毎年8月に放送している終戦の特集でも、証言を集めたり現地を訪ねたりして戦争の事実を検証しながら「あの戦争は何だったのか」を考える番組が多く、それらをちゃんと観る人は観ているのです。

「一般大衆」と言えるほど多数派ではないかもしれませんが、すくなくとも少数派ではあっても、そういう番組があれば観て考える人たちはいるのです。

なのに、そうした重要な番組を、こんな時間帯の放送枠に組むのは局の編成の判断…?
いや、そのバックに「スポンサー企業」およびそれを束ねてる「広告代理店」「大きな力」があると思います。

私が学生時代、法学部のゼミでさえ、ちょっと真面目な話を出すと一瞬固まって「まあまあまあ、は~い、カンパーイ」とはぐらかしていたような輩たちも私と同年代。若者から私ぐらいの年齢まで「考えたくない人たち」が世の中には大勢いるのでしょう。

とりわけ、過去の戦争にまつわる話、日本の過ちに関するテーマなど、暗くてつまらない、と決めつけ、それをゴールデンタイムに放送してたんじゃ「視聴率が取れない」、と勝手に決めつけてる風潮が…

「視聴率」って、その時間帯に何チャンネルを付けていたかを調査するだけで、番組の中味への評価なんて関係ありません。スポンサー企業のCMをいかに見てもらえるか…? そんな商業主義で番組がつくられ、放送局の枠が占拠されているのです!


◆売れないものは斬り捨てる「商業主義」

売れるものだけを作って並べる、売れないものは製造中止…そんな商業主義が、テレビの世界にも大いに影響しています。

真面目に考えたい人たちは「マスコミがいけない。マスコミがくだらない番組をつくるから国民がアホになるんだ」と言います。
しかし一方、マスコミは「視聴率」という幻の数字に振り回され、ウケを狙った番組を多く作ってきた。つまり「需要」があるから。この話、けっきょくニワトリと卵なんです。

昼の定食屋さんでニュースがかかっていて、国民にとってとても重要な案件が国会で審議されている話題をやっていても誰一人ニュースを観ようともしません。会社内の狭~い人間関係の愚痴や、半径数メートルの娯楽ばかり。
ところが野球やサッカーや芸能人の話題になるとふり向いて画面を観る…これが現実なんです。そっちに照準を合わせないと視聴率は取れないんです。



一番組一スポンサーだったころ

ところで、放送番組を流す側(放送局)と、それに協賛する企業(スポンサー)との関係は?
かつては一つの番組にはある企業が専属的にスポンサーとしてついていました。

鉄人28号 
トムとジェリー コンバット 

たとえば「鉄人28号」=グリコ、「トムとジェリー」=サンスター(シオノギ製薬)、「コンバット」=鷲のマークの大正製薬(→いまでも同社のゴキブリ退治の薬に「コンバット」という商品名が生きている!)…といった具合に、「その企業はその番組に協賛してるんだな」というイメージも定着していました。懐かしいですね。

私が小学生のころ観ていた「サンダーバード」(ご存知ですか?)、イギリスで制作され、はじめにNHKで日曜夕方放送され、その後民放で放映。そこでスポンサーについた企業はプラモデルの会社でした。

サンダーバード

サンダーバードの1号~5号、さらに搭載車両のジェットモグラタンクや基地に至るまで、さまざまなモデルが作られました。私も夢中になった一人です。


◆番組本編が商品を売るためのCMに?

当然ながら、あの頃は先に番組があって、それを模型(商品)化していました。
しかし、いまの戦隊ものや変身するヒロインものでは…

返信グッズ(サイトより)

ミラクルパワーを生み出す秘密のステッキやペンダントなどが、玩具メーカーによって発案・製造され、それを模したものがアニメに登場する…

つまり「商品化」と「番組づくり」が一体、いや、むしろ「商品化」が先にありきで、番組(アニメ本編)はそのための「宣伝」になってるんです!…どこまで商業主義!

また、「ご覧のスポンサーがお送りします」で連なる企業たち。今はひとつの番組にいったいいくつの企業が提供で名を連ねているでしょうか? しかもその企業が、同じ時間帯の他局の番組のスポンサーにもなっている…
競馬に喩えると、自分が信じる馬に「願」をかけるんじゃなく、広く浅くいろんな馬券をちょこっとずつ買いあさっている…そんな感じでしょうか?

かくして、同じ時間帯に民放各局どこにチャンネルを合わせても同じ企業のCMが…どんだけ企業はCMを垂れ流したいんでしょう?
しかもゴールデンタイムにCMを連続して出せるような企業は、誰もが知ってる有名企業ばかり。もはや新商品の「告知」の意味よりも、企業名・商品名の連呼です!

そんな企業群が、番組の中味や放送時間帯にいろいろ言ってくる…
番組制作者のポリシーも、放送局の独自の判断もどこまで貫けるのやら…完全に「商業主義」に乗っ取られて、放送局はどこも似たような売れっ子タレントを使って「旅」と「グルメ」と「クイズ」を合体させたようなバラエティ番組を外注でつくって電波に乗せて流すだけ?


◆放送局とスポンサーとの新しい関係を

ここからは私が長年思ってきた提案です!

個々の番組ごとにスポンサーを付けるのではなく、ある局の番組を信用して、そこにどんとスポンサーとなる企業群を集める。あるいは、ある曜日の何時~何時の時間帯にうちの企業は協賛して提供する、という具合に大枠での協賛にするのです。

放送局が自らのカラーを打ち出してしっかりした番組を作る。娯楽でもいいしドキュメントでもいい、メディアとして、こういう文化を発信したいという独自の主体性を持つのです。それに協賛する企業がスポンサーとして資金を「提供」するのです。

そして放送局は、せめてニュース報道番組ぐらいはスポンサーなしで独自に制作・放送する!どこにも忖度することなく、報道に専念することができるはず。

また、1日のうちでも1週間の中でもいいから、ある時間帯にはCMを流さな時間帯を設ける。途切れることなくしっかり見せたい番組はその時間帯に持ってくるのです。


個々の番組内容に企業や代理店がいちいち口をはさんでくる余地はなくなります。
広告代理店も、過労死問題が起きるほど仕事が多すぎるんでしょうから、少し楽しててください。番組づくりは放送局に任せましょう。

そして、時間帯ごとにスポンサーとなる企業群を設けることで、たとえば子供向けのお菓子メーカーのCMはこの時間帯、女性の下着のCMはこの時間帯、車やウイスキーのCMはこの時間帯…と、棲み分けができるでしょう。今のように、子どものお菓子のCMのあとに女性のブラのCMが入り、車のCMになり…という混在はなくなるでしょう。

そして何より、CMを見せるためのつなぎのように思わせぶりなところで途切れる番組ではなく、あくまで「番組」が主役で、それに協賛する企業が名を連ねる…という、「協賛」「提供」の本来の姿になるでしょう。


◆補足 

つい最近、さまざまな娯楽・バラエティ番組の制作費一覧が掲載された記事を見ました。

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Yahooニュースより 5/4(金)

ウケを狙ってどんどんエスカレートしてきたバカ番組、いや失礼、バラエティ番組の数々。あらゆる番組が「旅」と「グルメ」と化し、芸能人に旅をさせて大騒ぎ。
スタジオ内に遊園地みたいな巨大セットを組んで、芸能人を大勢集めてクイズ。小学生の「国語」「社会」「理科」並みの問題に正解して大騒ぎ…

上の一覧リストの中で私が「いいかな」と思える番組は、「ブラタモリ」、「鶴瓶の家族に乾杯」、「ためしてガッテン」(いずれもNHK)、民放では「タモリ倶楽部」、「パネルクイズ アタック25」、「マツコの知らない世界」ぐらい。いずれも200~400万円の安上り番組でした(笑)。
あと、下町など街角を訪ねて歩く「お散歩」系の番組など(おそらく制作費は低い)は安心して観てられますね。



この比較表を掲載したニュースでは、ようやく各局とも「費用対効果」を考え、あまりにも馬鹿げたカネの使い方を考え始めたとのことですが、問題は内容。

60年ほど前にテレビの放送が始まったころとは大きく変わり、いまは必要な情報はネットはじめさまざまな手段で得られる時代。
お茶の間で家族がそろってひとつの番組を観ていた時代ではなく、一人一人の興味の対象でさまざまなメディアから情報を選択できる時代。ひと昔前の「どっきりTV」的なものもYoutubeにあふれています。

あらためて、テレビの役割って何なのか、テレビの存在意味って何なのか…?
各局がそれぞれ主体的な「主張」をもって、カネをかけるより「中味で勝負」で番組づくりを考えていくべき時に来ているのではないでしょうか?


バリ・クンチャナ「春らんまんバリ舞踊祭」

2018.5.12

一昨年の暮れにご紹介したバリ舞踊のグループ「バリ・クンチャナ」が例年開催しておられる、地元・代沢の「春らんまんバリ舞踊祭」(下北沢にほど近い代沢地区会館にて)にお邪魔してきました。

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まずは会館前の路上パフォーマンス
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★クリックすると大きな画像でご覧になれます(以下同じ)

◆14時~ 会館内の広間にて

Gabor ガボール 歓迎の花まきの踊り
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Wiranata ウィラナタ 王者の踊り
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Condong チョンドン 宮廷の踊り
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Legong Lasem レゴン ラッサム 宮廷舞踊「ラッサム王の物語」より
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Gopala ゴパラ 牛飼い農夫たちの踊り(男性舞踊)
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客席に飛び入り!
(ふつう「飛び入り」って、お客さんが舞台に飛び入ることなんですが…)
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新緑の中で
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★一昨年2016年の暮れにもご紹介しましたが、バリ舞踊の内容はとても多岐にわたっています。

今回は登場しませんでしたがハマヌーンという猿の神様が登場したり、舞踊のテーマも、魚を捕る漁民の様子を表した世俗的なものから、蜜蜂の求愛であったり…とさまざま。

今回はすべてCDによる伴奏でしたが、ガムラン楽器による生演奏だとなおさら臨場感が増します。

音楽も、いかにもガムランの音階によるものから、ちょっと沖縄の音階に似たものまで…
世界の音楽・舞踊のルーツをたどっていくのはとても興味深いです。

→ バリ音楽・舞踊の世界へ(2016.12.30)

オルゴールの癒し

5月3日(木)

大型連休の後半、関東では昨夜からの雨も朝には上がりました。
下の娘(この春から中1)と一緒に、横浜・元町中華街にあるスイスオルゴール・サロン・ルヴィーブルにお邪魔してきました。

上の娘が生まれた時(いまから20年前)に、ここでスイスのムーブメント(72弁)をシンプルな木箱におさめたオルゴールを購入しました。
その後、スイスのオルゴールメーカーはなくなってしまい、今は日本のメーカー(諏訪にある会社)がムーブメントをつくり、イタリア製の箱におさめる…というスタイルに。

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★クリックすると大きな画像になります


上のカタログをご覧になってもお分かりのように、オルゴールといってもお値段もピンキリ。
ただ、どんながあるのかも、その音源(どんなアレンジか)も、店にサンプルは置いてないのです。
箱(表装)も、写真だけでは重さ質感が分からない。なんでも通販のように注文して買う時代…?

事前に何度か問合せた私の「こだわり」をよく理解してくださり、30弁・50弁・72弁(…弁というのはいわゆるオルゴールの鍵盤数)ごとに、曲目リストを私の自宅に郵送してくださり、音源のサンプルを聴けるサイトをメーカーから聞いて教えてくださったり、ご自身の手持ちのオルゴールをショップに持って来てくださったり…

この連休中に、下の娘を連れてショップへ…という流れだったのです。

ただ、好きな曲でも、原曲キイとは違う高さのものがほとんどで、アレンジによっては「?」だったり…
(必ずしもオルゴールと何か楽器を合わせることはないので、原曲キイにこだわる必要はありませんが、アレンジなど雰囲気は大切です)
50弁ぐらいでいい曲が見つかっても、それを納める木箱で娘の気に入るものがなかったり…(シンプルでいいな、と思えるものがどんどんなくなっている傾向に、ショップの方も「なぜ?」…と)

そういう時は、無理してあるものの中から決めないで、希望を伝えて機会を待つことに…


オルゴール療法

元町にあるこのショップでは、オルゴール療法というのをやられています。
大型のオルゴールは音域も広く、自動演奏のできる楽器のような音色。
オルゴールには人間の耳に聴こえない周波数の音も混じっていて、それが脳波に良い影響を与えることも科学的に分かってきています。

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きょうは午前中にアポを取って伺い、午後13時から始まるテラピーに先駆けて、特別にいくつか体験させていただきました。
共鳴箱の上で鳴らしていただいて、あるいはテーブルの上に耳をつけて、あるいはオルゴールの箱を抱きかかえて…
さらに、長い時代を経てきた円盤式の大型のものや、ストリートオルガンと呼ばれるものも…

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ご興味のある方は、こちらにお問合せしてみてお訪ねになってみては…

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<余談>

渋谷から元町中華街へ向かう東横線で、休日にしか運行していない「Sトレイン」という列車(全席指定)がちょうどやってきたので、初めて乗りました!
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元町中華街の商店街、オルゴールショップからほど近い場所で見かけたからくり時計
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紀尾井ホールへの想い ~時流に流されることなく~

2018.4.24(火)

僭越ながら、私は社会人になって民間の小さな研究所で「まちづくり」に関わった当時以来、世の中の常識に埋もれることなく、儲かることに走ることなく、考えること・提案することを柱に生きてきたように思います。

某放送局の関連会社に身を置いてから、新日鉄が記念事業としてなにかを創りたい、という話から「紀尾井ホール」に至るまでの4年間、コンサルタントとして関わりました。
たまたまかかってきた電話に私が出て上司に取次いだこと、私が趣味で音楽(オーケストラ)をやっていることから会合に参加させていただいたことがきっかけでした。

バブル期に各地にホールが建設され、大企業が文化・芸術を広告塔として「冠コンサート」を展開していたような傾向に流されることなく、本当に良いホール・使いやすいホールとは何か?、企業が文化にお金を出すとはどういうことか?、若手の育成につながることとは何だろうか…?

作曲家の池辺晋一朗先生をはじめとする専門委員の先生方を交えて、私の上司のF氏、新日鉄のH氏・T氏らとともに4年間、毎週火曜日の午後に定例会議をもち、ずっと考えました。当時の議事録はすべて保管しています。

・「箱もの」にお金をかけるより「中味(自主企画)」に力点を!

・「若手の育成」=奨学金を出して「個人」を援助するよりもむしろ日本に必要なのは「アンサンブル」を育てること。そのため、ホールを本拠地とする室内オーケストラをつくり「自分たちの響き」を生み出せるように!

・あまり稼働することのないパイプオルガンを飾るよりも、ホールの「響き」を最優先する

・出待ちスペースとステージとの温度差がないように、バックヤードではチェロのケースを持ってすれ違えるだけの幅を、といった演奏者に使いやすい機能を

・日本の音色(和楽器)をコンサート形式で聴ける小ホールを併設する

・新日鉄財団を設立するが、企業名は前面に出さず「紀尾井ホール」とする…etc.

…もう24~28年も前のことですから、「仕事の話」としては時効でしょう(笑)



世の中の主流がこうだから、これは売れ筋だから、これは売れないから…
そういう価値基準だけでどんどん大切なもの、基本的なものが失われて行くことを私はとても寂しく感じます。

また、ひとつ前のブログ記事に書いたように、「人」として何が常識で、何が正しいのか?
正しいことを言ってはなぜいけないのか…?

上から言われたこと、マニュアルに定められたこと(=上から下へのトップダウン)はやるが、現場で感じること・利用者からの声を真剣に受け止めて上に進言し、変えていこうという提言(=下から上へのボトムアップ)をしようとしない・しづらい多くの会社・組織…

たとえメジャーな売れ筋ではなくても、ごく基本的に必要なものがどんどん店頭から消える(手作りの危機)…「売れるものしか置かない」=商業主義の姿!


私がこういうことを言わなく(書かなく)なったら、それは私が生きる力を失う時、私が存在する意味がなくなる時でしょう。

→ 「われ思う、ゆえに我あり」!

われ思う、ゆえに我あり!

2018.4.22(日)

新年度にスタートしたNHKの日曜朝の番組に「チコちゃんに叱られる」というのがあります。
当たり前のこと、あらためて問われると「なぜ?」…ちゃんと答えられないと、チコちゃんから「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られるんですね(笑) 

「当たり前に受け流してることながら、あらためて、なぜ?」…その視点に私は興味をもちます。

けさたまたま見ていたら、「ドレミの名前はどこから?」というのがありました。
何年か前に私もブログにも書いたテーマ!…私のブログの視点と似たものを感じます。
→ ドレミの起源(2011年7月)

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ところで、私のブログも8年目となります。
ここに書くことはあくまでも個人的な価値観ですが、私なりに「常識」と感じることについて問いかける要素も当然含まれます。

このブログをお読みいただいている方、あるいは実際に私と面識のある方はお判りでしょうが…

私には私の価値観があり、譲れないものがあります

人によってこだわる部分、ちょっとマニアックに調べてみてわかること、好きな世界、譲れない部分、価値観…etc.
ばらつきはあるでしょうが、ごく基本的・常識的な部分で「おかしい」「なぜ?」と思うことはあるはずです。

私も時にマニアックにこだわりもしますが、少なくとも「問いかけ」では、ごくごく基本的な当たり前のことしか出してません。

ところが、「おかしい」と思うことを言わない・言えない、「言う方がおかしいの?」…そんな風潮を感じてしまうのです。

東大出のエリート高官が平気でセクハラ発言をする。それを告発した女性記者が批難を浴びる…「なぜ?、正しいことをちゃんと言った側が批難されなきゃいけないの?」


親の常識・良識

子どもの習い事の発表会で、自分の子どもだけを応援し、子どもの出番だけを写真におさめる。それは昔から常でした。
発表会は、お金を払って芸術を享受するコンサートとは違います。自分の子ども、知り合いの子の日頃の成果を見る場ですから、1日中客席にいて出てくる全員の演技を鑑賞する義務はありません。

しかし…

朝から荷物を置いてまとめて席取りし(センターのかなりいい席)、ほとんどその場にいない親…何考えてるんですか!
そんな一部の非常識な人への対策として、主催者側で「〇時間以上離席する際の席取りはおやめください。〇時間を経過したら荷物は回収します」などとルールを作り、いちいち会場内に張紙したり場内アナウンスしなくてはいけないんでしょうか??

最近の小学校の運動会では、なん年生の〇〇m走はプログラム何番で、該当する学年の生徒の親には、クラスごとの編成・第何レースで何コースで走るかまで情報が出されます。それぞれの親たちがゴールを捉えられる撮影ポイントに集まりますが、自分の子どもの出番が済んだらその場をどいて次に出番を待つ親と入れ替わるなど、上手にやってますよ。常識があればスムーズにできるんです。


あと、レッスン・教室を見学に来てべちゃくちゃ喋り続けてる親!
劇団や楽団、さまざまな習い事、レッスンは見学自由とはいえ、子ども(自分の子どもだけではなく、同じ門下の子どもたち)が一生懸命やっている姿を見ることが目的のはず。そこで大した中身もないママ友会話をべちゃくちゃと延々と。

とくに音楽系などで集中力が要求される場で、ろくに「見学」する気もなくべちゃくちゃやられたら、子どもたちも集中できないばかりか、ちゃんと見学したいこちらにとっても迷惑です!

「見学する気がないんなら出ていけ!」でしょう。それが常識じゃないんでしょうか。

それを言う先生は「怖い」「おかしい」んでしょうか…!?
先生も教室も「お客様(=受講者)は神様」で、何も言えないんでしょうか!?

何も感じない人はともかく、多少なりとも私と同じ思いを抱いたあなたならどうしますか?

1.レッスン後、先生に伝えて先生から次回注意してもらう
2.教室(事務局)に電話・FAX・手紙などで伝えて注意してもらう
3.「あの~、子どもたちが一生けんやってるんだから少しは静かに見ませんか?」と直接言う

子どももいる場でレッスンを中断して嫌な空気は作りたくないので「3」には慎重さが必要でしょう(メモを手渡す、トイレに立った時などを狙って廊下で伝えるなど)。「1」か「2」の方法で主催者側に伝える、「3」で直接伝える。細かい方法はともかく、大きくその3通りでしょう。

でも、それでもいっこうに改善されなかったら…?
そもそも、なんでこっちが長い間気にして、知恵を絞らなきゃならないの!?


◆基本的なものが店から消える…

可愛らしいキャラクターグッズが人気、売れるものを優先して店頭に並べる…それは当然あるでしょう。
でも、基本的なものはなくさないでほしい!

たとえば文具店では、大学ノート無地のクリアファイルといったごく基本的なものは十分な在庫を置いておいてほしい。
毎日必要なわけではないが、クリアファイルなどはまとめて10冊とか20冊ほしいこともある。なのに棚にわずか3冊しかない…

私が子どものころには、学校近くには「町の文房具屋さん」(個人商店)があり、接着剤や電池、豆電球などを配線するためのリード線(ビニールコード)などは苦労なく買えました。
しかし、今はそういう個人商店が少なくなり、そういう基本的なものを買うのにも苦労することしばしば。

接着剤も、模型をやってる人なら基本的に分かるでしょうが…
水性のボンド(黄色い容器に入った木工用)・合成ゴム系の万能タイプのボンド・2液を混合して時間をかけて硬化するエポキシ系…その3タイプが基本。
たいていの工作にはこの3種類のいずれかで事足りるものなんです。そんなに多品種はいらないけど、その基本的な3タイプは必需品です。
そのほかに必要があるとすれば、プラモデル用の接着剤のようにABS樹脂を溶かしてくっつけるタイプ、あとは瞬間接着剤ぐらい。

ところが、最近はコンビニはもちろん文具・デザインの店でさえ、「アロン~」という商品名の瞬間接着剤ばかり、どれが何用か迷うほど細分化した多品種をただずらっと並べるばかりで、合成ゴム系の接着剤・木工用ボンド・エポキシ系…といった基本的な接着剤を置いてないのです!
 
あと、「スティックのり」も、私は赤い元祖「ピット」を愛用してます。
最近は、青色で渇くと色が消えるタイプが主流なんでしょうか? でもあれ、乾燥してちょっと時間がたつと予期せぬときにパリっとはがれてしまうんです!
楽譜を製本したり、郵便物を封印するのに、それじゃ困るわけです(←経験ある方いらっしゃいませんか?)。

液体タイプのもの(郵便局によく置いてあるタイプ)は貼る時にしわになりますが、少なくとも予期せぬ時に剥がれることはありません。赤いピットがなければ多少しわになっても液体タイプを使いたい(=実際に使った人なら分かるはず)。

帰宅後に作業していて、スティックのりがなくなって買いに行くのはたいてい夜ですからコンビニ。ところがコンビニの棚には、赤い基本的な「ピット」も液体タイプもなく、「青色→色消え」タイプしか置いてない店がほとんど。
もう何年も前ですが、この「青色→色消え」タイプは予期せぬ時に剥がれるトラブルがあるので、赤いピットも置いてほしいと大手コンビニの経営者に何度となく伝えてるのですが、一向に改善されないまま。なんで…???

だいたい店員が工作もやらなければ基本的なことを分かってないのです。ただマニュアル通り仕入れて並べるだけ?
以前、文具・デザイン具を専門とする老舗の「I 屋」の二子玉川店でパステルを求めたけど、店にないばかりか、店員(正社員)が「パステル」というものを知らなかった!
コンビニにパステルがなくてもさすがの私も文句は言ませんよ(笑)。でも文具・デザイン具の老舗の社員が、デザインで使う基本的なパステルも知らないの…!?

私が求めるものは、そんなに特殊? 私がごく当たり前に必要とするものは、それこそ東急ハンズのような店に行くしかないんでしょうか? あるいは、最近はなんでも通販で買えとでも…!?


商売の原則からして「売れるものを主に仕入れる」、「売れないものは置かなくなる」…それはある程度仕方ないと思います。最近はお店でもデータを取って、売れるものを優先的に入れ、売れないものは排除していくんでしょうね。

でも、私は世間の統計通り・世間の売れ筋に沿って生きてなんかいませんよ!
実際に何かを作ったり使う人として、当たり前の基本的なもの、ごくふつうに必要なものは必要なんです!

駅の売店やコンビニなど、限られたスペースしかないから売れないものは置かなくなる…それは仕方ない。
でも、文具などを専門に扱う店舗だったら、売れ筋のものだけじゃなく、基本的なものはちゃんと揃えてほしい!
私の要求することって、そんなにマニアックで特殊!?

一般に店頭は季節の風物詩のようにめまぐるしく移り行くものですが、過去にこんな経験も…
→ 赤と白のバラの思い出 


◆基本的な人としてのマナー

バス停にはいくつかの行先が併記され大勢並んでいる。バスが来たが列の前方にいる乗らない人がなんの意思表示もせずボーっと立ってる…おいおい、こっちはそのバスに乗りたいんだよ。乗らないんなら一歩下がるとか、何か意思表示できないのか!?
歩道(時には車道も)に横一列広がって歩いてる人たち…「Gメンやるなら滑走路でやれよ」…古い?(笑)

いちいち挙げ始めたらきりがありませんが…

ようやく暖かくなってきましたが毎年秋~春にかけて、1年の半分近くの間ずっと私のストレスになっていることのひとつ=レストランのテーブルでのコートの着脱!
なぜみんな着膨れ状態のまま席(食卓)について、すぐ隣で食事している人がいる所でコートを脱ぎ、食べ終わるとその場でガバっと着るの!?

席のすぐ後ろのビニールシートの外は寒風吹きすさむ「屋台」じゃなんですよ。ビル内のレストランなら、レジで支払いを済ませてドアの外に出てもまだビル内。レジの前あたりにもコートを着るスペースぐらいはある。
なぜ食卓を立ったその場で、すぐ隣で食事してる人がいる所で、マフラー&コートで重装備しなきゃいけないわけ?

人の家を訪問、あるいはちゃんとしたレストランなら、玄関を入ったところでコートは脱いでクロークにかけてから食卓につく、それが当たり前でしょう!

あまりにも狭い席のすぐ隣で、無神経にコートを着ようとする人に、私は「すみませんが、ここでコートを着ないでいただけませんか」と、こちらの食器を手で覆いながら申し上げます。
こちらの言い方(表現)にもよるでしょうが、たいていそれで逆切れされることはなく、そこで初めて「アッ!すみません」と気づくようです。私にすれば、なんでそんな当たり前のことも言われなきゃ分からないの?(←「ボーっと生きてんじゃねえよ!」)

これは客ひとりひとりの「常識」であって、店に責めはありませんが、店に入ってきた客に席を案内するにあたり、せっかくこちら(客)が配慮して入口付近でコートを脱ごうとしてるのに、「どうぞ」とせかさないでいただきたい!

むしろ、できることなら混雑時には他のお客にも「コートはこちらでお脱ぎください」と言ってから席に案内してほしい。それがむしろ常識だと思うんですが、こちらがおかしいんでしょうか??


言い方(表現)の問題はあるにせよ…

私は、思ったことはそれなりに表現する方だと自覚しているので、あまりストレスは溜めこまないタイプだと思います。
一方、ぼーっと生きていて何も感じない人はともかく、少なくとも「おかしい」とは思いつつあえて言わない(言えない)人は多いのでは?

私も若い頃(20~40代)は性格も尖がってたでしょうから、きつい言い方をしてきたこともあります。そのことで、せっかく楽しく一緒に出かけた友人・家族にまで不愉快な思いをさせてしまったこともあったと反省もします。

しかし、単なるクレーマーとして相手を責め立て、相手を完全否定したり罵倒するような破壊的な言い方はいけませんが、少なくとも「今後の改善」を期して相手に伝える・提言するすべを持っていてはいけないんでしょうか?

私はそんなに特殊な要求ばかりしてるんでしょうか?
言わないことが当然で、言う方が「変な人」なんでしょうか?
まあ、そこは全ての人に同意してもらうことではなく、分かる人が分かってくれればよいことなんですが…


<追記>

「いちおう上には伝えます」

改札を出て、行きたい場所に近い出口や乗換案内を見る。しかし案内サインが肝心な場所にない、あるいは分かりづらい、そのサインに従って行くとえらく遠回りになる…よくあることです(机上のサイン計画、トップダウンで決められるものが、必ずしも現場で見やすいとは限らない)。

「ここにこういうサインが一つあればいいのに、このサインはかえって不親切だからこう改めたら良いのに」…と思うところを駅員に伝えます。
ところが、多くの駅員は無表情に「上には伝えます」…それだけ?
案の定、簡単に改善できそうなこともそれっきり、何ヶ月経っても改善は見られない。

利用者に一番近い現場で毎日働いてる駅員さん、それ以前に一人の「人」として、「あ、そうですね」「なるほど」「ご指摘ありがとうございます」…ではないんでしょうか?

上から言われたこと、マニュアルになってることはやるけど、それ以外のことはまったくやる気無し?
利用者の目線で見て「たしかに」と思うことはないんでしょうか? 下から上に「提案」して改善できることは改善しようとは思わないの?


上から下(トップダウン)、下から上(ボトムアップ)

これ、駅員(鉄道会社)だけの話ではなさそうです。
あらゆる量販店でも、データ上「売れ筋」のものをただ仕入れて並べるだけ。実際にそれを使う消費者にとって、絶対に必要なものはあるはずなのに、どんどんそういうものが消えていく。
会社のトップレベルで決められることには、往々にしてそういうことが多いのではないでしょうか?

上が決めたこと、マニュアルで定められたことは下々にすぐに徹底するけど、利用者の声→店員へ、店員(売り場)から上へ、という「下から上」へのコミュニケーションがほとんどない。…なぜ??


◆考えることを止めてしまった人たち

人間には本来「思う」「感じる」「考える」という機能があるはずです。
ところが、学生時代から管理教育の場に慣らされ、社会人となってからは会社・組織の中で長く生きていると、思ったこと、素朴に「なぜ?」と思うこと・もっとこうすればいいんじゃないかと提案する…といったことをやっても、どうせ何も変わらない、むしろ言ったことで「じゃあ、お前がやれよ」と言われたり、白い目で見られたり、出る杭は打たれる…。

けっきょく考えるだけ無駄、むしろストレスの原因になる。→自己防衛反応として
「考える・感じる・思う」ことをやめてしまう?


◆「手作り」も絶滅?

「手作り」の世界をサポートすべく誕生した東急ハンズでも様変わりは多く、かつてあった素材のコーナーごとなくなってしまっているケースも多々あります。
流行りもの・キャラクターグッズのコーナーが様変わりするのは当然として、文具・デザイン・建築模型…といった世界はある程度普遍的で、街の文具屋さんでは手に入りづらいものでもここに来ればある、という需要はあったはずなんですが…

ここにも「売れないものは置かなくなる」の原則で、上の方で決められた方針どおり、必要な人にとっては必要なものがどんどんなくなっていく傾向が見て取れます。

「手作り」を続ける人は少数なんでしょう。それは分かってます。でも、それを支えてくれる素材売り場がなかったら、「手作り」は絶滅するしかありません



デイホーム日誌(18)外国からやってきた歌たち

2018.4.21(土) 13:45~

新年度はじめての会、声楽家・大前恵子さんをお迎えして 「外国からやってきた歌たち」

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♪蝶々(ちょうちょ) …ドイツ「幼いハンス」が原曲。
伊沢修二(教育者・文部官僚)が明治8~11年に師範学校設立に向けて調査のため渡米し、ルーサー・メイソン教授のもとで学ぶ。 そのとき、この歌を教えてもらい、日本語の歌詞をつけて歌ってごらんと言われる。
そのほか、「ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ…」も、もとはドイツ(チェコ・ボヘミア)民謡。

★「蝶々」の歌で、大前さんのレクチャーにより発声練習。

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♪線路はつづくよどこまでも …アメリカ民謡・労働歌

♪アルプス一万尺
Yankee Doodlr(ヤンキー ドゥードゥル) :南北戦争当時の愛国歌
1853年、浦賀にやってきた黒船からフィルモアが下りて幕府に親書を手渡す時に行進曲として演奏されたのがこの曲といわれる。
日本語歌詞が誰の作なのか不明だが、29番まで存在!
1万尺(3300メートル)の「アルプス」は、穂高・槍ヶ岳あたりがモデルと言われる。

★こどもの手遊びの動きを、デイホームの職員らに演じてもらい、来所者たちにもやっていただきました。
ラジオ体操の各場面になぞらえて、ゆっくり~速く…
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♪海のマーチ (アメリカ民謡)
 「アルプス一万尺」とともに、「アメリカン・パトロール」という曲(フランク・W・ミーチャム作曲 1885年)に引用されています。

♪フニクリ・フニクラ 
近年では「鬼のパンツ」として有名ですが、もとは登山電車の歌。
イタリアのヴェスビアス火山といえば、かつてポンペイの街を滅ぼしたことで有名。
その火山に登山電車ができた際に、鉄道会社(トーマス・マック社)が宣伝のためにルイージ・デンツァに作曲を依頼し、ジャーナリストのジュゼッペ・トゥルコが作詞。世界最初のコマーシャルソングなんですね。

フニコラーレ
当時をしのばせる貴重な写真(配布資料にも添付)

★「鬼のパンツ」とは微妙に異なる拍の伸ばし方を比較しながら、本来の「登山電車」の歌で歌っていただきました。
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鬼のパンツは「伸び」が変…!?
鬼のパンツ 「伸び」 20180408

<もうひとつのエピソード>

世界最初のコマーシャルソングだけに、いろいろな歌詞を当てて歌うこともできます。
その親しみやすさから、この歌を「ナポリ民謡」とした誤った表記も見かけます。
 
有名な作曲家 リヒャルト=シュトラウス(1864~1949年)もこのメロディを“民謡”だと勘違いし、自身の交響的幻想曲『イタリアから』の中にそのメロディーを引用してしまったのです。 それを知った作曲者デンツァは訴訟をおこして勝訴。Rシュトラウスは自身の『イタリアから』を演奏するたびにデンツァに対して著作権料を払うはめになったとか… 
 
あらためて、「民謡」って何でしょうね…??

<休憩時間トーク>

「民謡」について、また古来から日本にもたらされた「外国の音楽」について簡単にレクチャー。

民謡とは?…「祝い唄」「祭り・踊り」「労働歌」「子守歌」「手遊び歌」…etc.
誰が作ったかは分からないが(詠み人知らず)、昔からその地方に定着している音楽。
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その国・地方の旋律と、それに合った楽器…(例)尺八の音階=民謡のしらべ
♪「新日本紀行」のテーマ(冨田勲)

では、日本の音楽のルーツは?
外国から音楽が入ってきた節目
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♪天平時代の雅楽(中国から) 「越天楽」→「黒田節」
♪15世紀、キリスト教とともに入ってきた教会旋法(ドリア旋法など)
♪明治時代、西洋の音楽教育の普及
♪昭和(戦後)の歌謡曲には、クラシック・映画音楽・ポップスなどの影響も…


そして後半…

♪広い河の岸辺(スコットランド民謡)

NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」、「マッサン」の2作品に連続してこの歌が登場。
昨年5月に、ここデイホームにお招きしたケーナ奏者の八木倫明さんによる訳詞。
きょうお越しいただいた大前さんは、八木さんのお友達です。

♪ダニーボーイ(アイルランド民謡)

アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」で、もともと歌詞はありませんでした。
アイルランドの古い旋律として19世紀の盲目のヴァイオリニスト、ジミー・マッカリー(1830-1910)がストリートで弾いていたものを、ジェーン・ロス(1810-1879)という女性の民謡収集家が聴き取って楽譜にしたそうです(2人ともアイルランド人)。

のちに英国の弁護士(法律家)でもあるフレデリック・エドワード・ウェザリー(1848-1929)という人が、この旋律に、遠く離れた息子の無事を祈り、帰りを待ちわびる母の思いを歌詞にして付けたのが「ダニーボーイ」です。

<日本語訳詩 朗読>
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戦争に行ってしまった息子が元気に過ごしているか、無事に帰ってきてくれることを待ちわびながら、季節はめぐり、「もしお前が帰ってきてくれた時、私がお墓に入ってしまっていたら、老いた母はずっとお前の帰りを待っていたと、お墓を踏みしめて思い出しておくれ」…と。

英語の歌詞を和訳したものをまず大前さんに朗読していただいてから、なかにし礼さん作詞の歌でみなさんと一緒に歌いました。
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いつの時代、どこの国でも、戦争に送り出したものを待ちわびる気持ちは同じ。
「二度とこのような時代が来ないように…」大前さんの言葉に120%同意!

♪遠き山に日は落ちて/家路 (ドヴォルザーク交響曲9番「新世界より」)

アントニー・ドヴォルザーク(1841-1904年)は、スメタナと並んでチェコの「国民楽派」と称されます。
1892年にアメリカに招かれ、4年間ニューヨークの国民音楽院の院長として滞在。
この間、交響曲第9番「新世界より」のほか、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、チェロ協奏曲ロ短調 などを作曲しています。

ドヴォルザークがアメリカに来た頃、エジソンはレコード、電球、活動写真などを発明し、新しい鉄道や道路が建設され、自動車が走り、大都市では高層ビルが建ち始めていました。活気あふれる新天地アメリカから、故郷・チェコのボヘミアの地を望郷してつくられた曲…それが交響曲9番「新世界より」です。

日本語では、「遠き山に日は落ちて」「家路」の2つの詞があります。
遠き山に日は落ちて・家路20180405

♪見上げてごらん夜の星を
こちらは、この会でのラストテーマ。日本の歌です。


★次回は5月19日(土)

新年度も第3土曜日に開催させていただく予定です。
クラシック~昭和歌謡まで毎回テーマを決めて構成していきます。
今年は「身体の動き」と「即興による音」とをシンクロさせる試みにも挑戦していきたいと思います。

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★見学は随時OKですが、いちおう事前にご一報お願いします。


「ムラ社会」から「カイシャ社会」へ

2018.4.15(日)

社会問題政治に絡む話題を出すと、友達が遠ざかる?、職場やグループで居づらくなる?
…なんとも不思議な日本社会です。

政治の話=私たち社会の話、日本の将来にかかわる話、公平忠実・公共とはどういうことかを考える話だと思うのですが、そういう話題を避ける傾向が強いのはなぜでしょう…?

単に「考えることが嫌」なのではなく、そういう話題を出しづらい社会、「個」を出しづらい社会なのではないか?
また「人と同じであること」を良しとし、人と「違う」ことを恐れ、違う意見の人と議論を交わすことが苦手で、何かが違うことで「いじめ」にもつながりやすい…それはなぜ?

かつて学生時代に学んだ「社会学」的な視点で、こんな風に考えてみました。

*私もかつて(学生時代)そうでしたが、「日本人は~~だ」という視点でとらえる「日本人論」に対して、「必ずしも全員がそうではないはず!」という反発を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、民俗学・文化人類学・社会学…といったマクロの視点で、ある集団・社会・国民のもつ特性について歴史文化から考察することは、現代の私たち社会を考える上で重要なヒントにもつながると思います。そこから「われわれはどう生きるか」を考えればよいのです。


ムラ社会

人と同じで安心する、人と違うことを避ける、違う人をいじめる、違いを認めて議論するのが下手…
それらは、日本は長年「ムラ社会」だったことと大いに関係がありそうです。

ムラ社会では、皆と同じ時に同じことを協力してやらないといけません。田植え・刈り取り・屋根のふきかえ…
そこに「寄合い」「溝」「結」といった助け合いの仕組が生まれました。とても素晴らしい文化です。

田植え1 結2
飛騨高山の合掌造りの里では、1軒の屋根の葺き替えを地域総出で行う「(ゆい)」が今も生きている


騎馬民族や遊牧民族は、どこに行ったら獲物がいるか、羊の群れを連れてどこへ行くか…天候を見ながらひとりで判断して行動しなくてはいけません。いわば主体性がなかったら生きていけないのです。

しかし農耕民族はみなで協力し合っていくことが求められます。騎馬民族や遊牧民族のような主体性をもつことよりも、「ムラ社会」の中では調和・協調性がもっとも優先します。

ムラ社会では、人と違うことをやると秩序を乱すとされ「村八分」となります。それは「生きていけない」ことを意味します。

かくして、日本では「和」を重んじ「協調性」が美学とされてきました。それはそれで素晴らしい日本の文化だと私は思っています。

しかし日本も近代国家となり、政党政治・議会制民主主義による政治が行われるようになって100年以上。都会では個人主義が進んでいる今、いつまでも「ムラ社会」の意識のままではいけない面もあるはずです。

その辺りの意識変革はどうでしょうか?
小学校時代からクラスの運営において、学級委員を「選挙」で決めたり、物事を決めるときに「多数決」を採用してきましたが、本当の意味での「民主主義とはなにか?」を考える機会が十分にあったといえるでしょうか?


「ムラ社会」→「カイシャ社会」へ

かつての「ムラ社会」にとって代わったのが、いうまでもありません「会社(カイシャ)」です。

健保・厚生年金など基本的な福利厚生の他、社員食堂・社宅・保養所、運動会・慰安旅行…etc.
家族で社宅に住むと、近隣住民もみな会社の人たち。ゴミの出し方・掃除・建物の管理も「会社」のコミュニティ。

会社は本来「利益社会(アソシエーション)」ですが、限りなく「共同社会(コミュニティ)」に近いのが日本の「カイシャ」。(★マッキーヴァー「コミュニティとアソシエーション」)

会社

良くも悪くも、終身雇用・帰属意識・年功序列…といった流れの中に身を置くことで安心する。

若者の「就職」という概念も、自分が大人になって「社会に対してどんな仕事を提供したいか」よりも「どの会社に入れるか(=所属)」が最大関心事で、仕事の内容は二の次…?


名刺を見ても、なんの会社なのか?、「〇〇事業本部 第〇営業部」ってどういう部署なのか?…その会社組織内の識別標のようで、外の人がその名刺を見ただけでは「その人がどういう仕事をしているのか」がいまひとつよく分かりません。そこに書かれているのは「所属」しかないのです。

名刺・所属


自分の意見をもたない・出さない?

組織に入り、その中でやっていくのは大変。
個人の思いは捨てて会社・組織のために行動することが求められる場面は多いでしょう。
「組織にいられるようにふるまうこと=仕事」。個人が優れていても、上の立場の人のメンツをつぶさないように、という配慮も大切。とにかく組織の中ではみ出し者にならないように…

そういう中では、社会に目を向け、社会の一員として、ひとりの「人」としての価値観をもつ、さらにそれを「表現」する、といったことは極力避けたいと思うようになるのでしょう。

さらに、趣味のサークルでも、「カイシャ」にいる感覚に近くなる…
団体・会の運営も、会社組織の運営形態になぞらえた形になり、年功序列、周りに合わせてはみ出さないように、あまり自分の意見を言わない…いわば社会全体が「カイシャ」的になっているような気がします。

しかし…

いくらムラ社会の良き伝統として、またカイシャ組織の中でうまくやっていくために「協調性」が重んじられる社会とはいえ、社会の一員として、ひとりの「人」としての面はどうでしょうか?

いまから3年前、学生時代からの想いをつづった記事をあらためて…
→ 「考えること・表現することの大切さ」


古き良き日本人としての素晴らしい文化、協調性を大切にしつつも、現代の社会の一員として生きていく価値観をしっかり持って生きる…そこを考えてみる必要があるように思います。

<追記>
つい先ほど、Facebook上である方の言葉に共感したので、ここにご紹介させていただきます。

「『職務に忠実である』ということが『正しい』とは限らないこと、そして『正しさ』って何なのか?ってことを、いつも自分の心と頭で考えてほしいと願います」

日本では、個人の犯罪には厳しい反面、組織ぐるみの犯罪・組織のためにやった(やらされた)罪にはあまりにも寛容。
原発事故しかり、鉄道などの重大事故しかり、最近の文書管理をめぐる刑事責任しかり…
組織のトップの責任も、実際に手掛けた担当者の認識も問われないまま。組織のため、上からの命令でやられされたことが、本当に「正しい」のかどうかの検証があまりにも甘いように思います。

プロフィール

高木 章

Author:高木 章
アマチュアの打楽器奏者です。

某放送局関連に勤務しながら長年趣味で続けてきた音楽活動。あるご縁から、障がいのある方たちとも音楽を通じてのバリアフリーを、また東日本大震災以降は「がんばろう日本」…そんな活動を続けています。

単に自分が音楽が好きだから演奏したいだけでなく、「音楽の力」で「せめて自分にできることを」!

50代半ばにして勤め帰りに学校に通い「音楽療法」を学びました。

音楽寄りの話題、社会・時事に関する日常的なあれこれを徒然なるままに…
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カウント開始 2011.1.14~
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